部下の河合は、家に来る度、私に様々な技術を教えてくれた。
デジカメで撮った家族の写真を加工する技術。
ブログで、ページが開いた瞬間、音楽が鳴るようにもした。
気まぐれマダムさん、新宿トモさん、牧師さんといった、私のブログの常連以外にも、どんどん新しい人が増えてきた。
自分のブログが、色々な人に見てもらえる。嬉しくて仕方がない。
ひょっとした拍子でやり始めたブログ。
今までは、仕事を終え、会社から帰ってからしかパソコンに触れなかったのが、携帯でも暇さえあれば、コメントがあるかどうかと、チェックするようになっていた。
河合は、そんな私を見る度、ニヤリと嫌な笑い方をする。
「木島課長。気になってしょうがないんすね?」
「ま、まあね……」
「俺もそうなんですよ。コメントが集まれば集まるほど、気になりますもんね」
「そうなんだよ。すっかり日課になってしまったというのかな」
上司と部下の関係。それが我自宅では、立場が逆転する。
「この間ブログで仲良くなった子と、実際に逢ったんですよ。まあ、オフ会ってやつですけどね」
「オフ会?」
「みんな、実名を隠し、ハンドルネームでブログやってるじゃないですか?」
「うん」
「バーチャル空間同士だった人間が、現実に実際会う。それをオフ会っていうんですよ」
「何故、オフなの?」
「だってパソコンをつけている時は、オンじゃないですか」
「なるほど、外で会う時はそれでオフか。うまい事言うな」
「でも、色々な問題ってありますけどね」
「問題?」
「だってみんな、自分のすべてを曝け出している訳じゃないでしょ。仲良くなればなったで、自分のいいところを知ってもらいたいと思うのが、人間の性ってやつですよ」
確かに河合の理論は、正論であった。みんな、誰だっていいところを見てもらいたい。私だって、もちろんそうだ。
「でもそれは当然の事で、何故会うと問題になるんだね?」
「だってすべての人間が自分の顔を晒している訳じゃないから、実際に逢った時、その違いにまず驚くんですよ」
「何で?」
「当たり前じゃないですか。だって今までは自分の想像していただけ。それが実際に逢うとなると、当然ギャップは生じます。自分で都合のいい想像をしていた分だけ、それは裏切られたという気持ちになるもんですよ」
「なるほどね。勝手にいい女だと想像していたら、全然違っていたみたいな?」
「ええ、そんなもんです。それにまだ大事な点があるんですよ」
「大事な点?」
それまでおどけた表情で話していた河合は、急に真剣な表情に切り替わる。
「すべての人間が、善人ではないからですよ」
「ま、まあ……」
「それと、男と女…。どこかでお互いが興味あるから、わざわざ時間を割いて会ったりする訳で……」
「……」
まだ二十歳そこそこである河合。こんな若いのに、鋭いところを突いてくるものだ。
「例えば俺が、誰か女の子と会ったりするのは、問題ない訳です。結婚している訳じゃないから。でも、課長だと……」
「わ、私はそんな事、考えた事さえないよ」
「まだ、人が少ないからですよ」
「……」
河合の目つきが、意地悪そうに笑っている。
「ブログって、楽しいだけじゃないんですよ、課長」
そう言い残して、河合は自分の机に戻っていった。
体のどこかが、妙にざらついた感覚を察知していた。
(お絵描き番長)
わぁ~、何てほのぼのしたブログなんでしょうか。私は絵を描いていますが、こんなほのぼのとした絵をいつか描いてみたいものです。
(うめ)
こんばんは、うめちんです。気まぐれパパさんって、いつもブログのタイトル通り、ほのぼのしてますね。いつまでも暖かいパパでいて下さいね~。
(カイコチャン)
気まぐれパパさんたちご家族の食事の量…。やばい、私、全部一人で食べられちゃうかもしれない。
(ちゃち)
笑顔の数だけ、お子さんの幸せが増えているような気がします。
(新宿トモ)
気まぐれパパさんの家庭って、俺にとって理想な家庭ですよ。頑張って下さいね。
今日も新しい人が、コメントを残してくれている。読んでいて心が躍る。早速私はコメントをくれた人たちのブログへお邪魔した。
職業、年齢、性別問わず、気の合う自由な仲間を作る事に生き甲斐を感じていた。
リアルタイムで日常が色々な人たちと、リンクしているのだから……。
次の日の記事、またその次の日……。
コメントをくれる新しい人たちが、増えていく。
(海)
何かここへ来ると、自然と癒されます。気まぐれマダムさんのところから、来ちゃいました。
(らん)
はじめまして、新宿トモさんのところからお邪魔しました。コメント見て、どんな人なのかなって気になっていたんです。来て良かった。こんないいブログで……。
(ミーフィー)
お子さんたちと、楽しい食事を過ごされたのですね。うふっ、こっちまで楽しさが伝わってくるようです。
(牧師)
ムッハ! こ、これは…。もの凄くおいしそうなステーキではありませんか。実は私、大好物なんですよ、ステーキ…。このようなステーキ、一度、食べてみたいものです。
ずっと気になっている牧師さん。本物の牧師さんなのだろうか? そろそろ気心も知れてきたので聞いてみてもいいかな。
私は、牧師さんのブログを覗いてみた。
コメントで聞こうと思っていた事。先に新宿トモさんが質問をしていた。それについての答えも、牧師さんはマメにコメントしてあった。
牧師とは、ただの仇名であり、実際は違うらしい。それにしても、本物の牧師のように穏やかな人である。
ブログ……。
それは、みんなに見られる事を前提とした自分の日記でもある。
もはや、それは日記と言えるのだろうか。私には分からない。最近、インターネット絡みのテレビのニュースで、様々な事件が起きている。
顔の知らない男女が会い、関係のもつれから殺人へ……。
出会い系サイトといったもので、お互いを知り合う。当然お互いの名前や姿形は分からない。だから自分をより必要以上に、良く見せる事ができる。それぞれの想像はどんどん膨らんでいき、やがて、その感情は収拾がつかなくなる。
その結果が、このニュースで流されるような事件に発展していくのかもしれない。
常識とモラルの間で、自己を形成する人間。今の世の中、そのバランスがおかしくなりつつある。
部下の河合が、この間、ブログ上で知り合った子と、現実に会ったと言っていた。彼の言い方だと、あくまでも一対一、男と女という関係が成り立った上で会っているらしい。詳しくは聞いていないが、最後に言った河合の台詞。
「ブログって、楽しいだけじゃないんですよ、課長」
その言葉に、どんな深い意味合いが隠されているのだろうか。お互い、興味を持った男と女がひっそりと会うのだ。そこに、男女の関係がないとは言い切れない。
私は男なので男側の意見しか言えないが、いい女は確かに抱きたい。抱いてみたい。それは男本来の欲望というものである。
しかし、私には女房も子供もいる。自分の欲望を叶えたい為に、それらを犠牲にする事はできない。
もし、それをしてしまったら、私を産んだ両親と、同一レベルになってしまうだろう。
いや、それ以前に顔も知らない女と会った瞬間…。自分の想像していた女性像と、まったく違う人間が来たとしたら、その時男は何を考え、どう行動するのだろうか。
「ほら、早く…。私を気持ち良くさせなさいよ。早く!」
瞬間的に蘇る過去のおぞましき記憶……。
自分を産んだ母親。
この私を育ててくれはしたが、父親に捨てられたという現実が、母親を狂わせていた。いや、違う…。本当におかしくなったのは名も知らぬ借金取りたちが家に入り込むようになってからじゃないだろうか。
あの頃まだ幼かった私は、自分の母親が悪者たちに乱暴されている。そんな風にしか感じていなかった。何故この人たちは泣いて嫌がる母親を床へ押し倒し、体を押さえつけているんだろう? 嗚咽を漏らす母親の口を手で押さえ、嘲笑を浴びせる男たち。
私はそんな様子を廊下から覗く事しかできなかった。
思春期を迎えた頃、知人の影響か性に対する興味を覚えると同時に、母親がされた行為を初めて理解した。あれは無理やり複数の男に犯されていたのだと……。
腹を痛めて生んだ我が子の前で犯される行為。母親はどんな心境で今日までいたのだ。料理を作る母親の後姿を見つめる以外、私には何もできなかった。
ある日夜中にふと目が覚めた事がある。甲高い笑い声が聞こえてきたからだ。面白い本やテレビを見て自然と笑うような笑い方でなく、尋常でない感じの笑い方。
足音を殺し、声のする方向へ向かう。案の定声の主は母親だった。虚ろな視線で天井を見上げ、薄ら笑いを浮かべた母親を見た瞬間、私は全身に鳥肌が立っていた。
ドアの隙間から覗き見し、その場で息を殺しながら視線を外せなかった。
彼女ははだけた服の中へ手を入れ、自ら乳房を触っている。男なら当たり前の自慰行為。誰かが女だってすると言っていた。まさか異性の自慰行為を初めて見たのが、自分の母親だったなんて……。
ショックと興奮、そんな感覚が体内をグルグル駆け巡っているような気がした。見てはいけないものを見てしまったという罪悪感。しかしそれさえも凌駕する好奇心。
現実に戻る事ができたのは、一瞬母親と視線が合ったような気がしたからだ。実際に彼女が私の存在に気付いたのかは分からない。自身の行動を恥じながら部屋へ戻る。その日、私はまったく眠れなかった。
それ以来、深夜甲高い声が聞こえてくると、私は布団を頭から被って寝るようになる。
複雑な心境のまま高校三年生になり、私は最後の部活生活を懸命にこなす事で現実を逃避していた。
部活から帰り、学生服のまま布団で寝ていると、妙に寝苦しさを感じた。体が重く、顔が熱い。あまりの寝苦しさから、目を覚ます。
両目を見開き、ギョッとなった。
私の母親が、衣服を何も纏わず、裸の状態で私の体の上にまたがっていたのだ。しかも、うっすらと薄ら笑いを浮かべながら……。
「か、母さん……」
実の母親の顔が、どんどん近づいてきたと思うと、私は唇を奪われていた。ヌメッとした感触の舌が、私の唇を強引にこじ開け、侵入してくる。何故か頭の中で爬虫類の何かを連想させた。
体全身が痺れた。血の繋がった同士の禁断の行為。
最近の母親は、息子の私の目から見ても、壊れかけていると感じていた。
「やめろっ!」
声に出したくとも、声帯から言葉が出る事はなかった。突拍子もない非現実的な行動に、私はうまく考えがまとまらず、ひどく混乱していた。
母親の舌は千差万別の蛇のように、あらゆる不快な動きで思考能力を奪っていく。早く逃げなきゃ…、だけど手に力が入らない。そんな状況下の中、私の下半身は意志に逆らい、強烈に勃起している。
一度だって、母親を女性として見た事などなかった。考えた事さえない。それが、この現状は何なのだろう。
腹の辺りから、母親の手がモゾモゾと、下に向かって伸びていく。
どうする事もできない私……。
甲高い声を発しながら自慰行為をしていた姿を思い出す。
母親の手は、固く勃起していた私の下半身を強く握り締めていた。あがらう事ができず、されるがままの状態が続く。
私の手首をつかみ、強引に自分の胸へ持っていく母親。
罪悪感と気持ち良さが、交互に行き来する。完全に母親の表情は狂っていた。私を自分の息子だという意識はない。気がつけば、私のズボンとパンツは脱がされ、下半身裸になっていた。
「ほら、早く…。私を気持ち良くさせなさいよ。早く!」
生まれて初めての性行為……。
私は、血の繋がった母親が、最初の相手だった……。
長い髪を振り乱しながら、母親は、私の上で一心不乱に腰を振る。
そんな中で、私の下半身は果てた。
母親は布団の上で、気が狂ったように大声を張り上げながら笑っていた。私は、その様子を眺めている内に、吐き気を感じ、トイレに駆け込む。便器に顔を乗せながらも、胃袋いっぱいに溜まった異物を思い切り吐き出した。
その日から私は、母親を恐ろしく感じるようになり、熟睡して寝る事ができなくなってしまった。
そして私が高校を卒業する前に、母親は姿を消した。
当然進学への道は不意に絶たれ、苦悩する日々が続く。そんな時期、奨学金制度というものがあるのを知った私は、それにすがるよう必死に取り組んだ。
唯一幸いだった事は、出て行った父親と母親の戸籍は何もいじっていなかったぐらい。だから卒業後、まともな会社へ就職する事ができたのだろう。
四十歳になった今でも、両親を怨めしく思う時がある。
贅沢でなくていい。ただ、普通のささやかな幸せ溢れる家庭の中にいたかった……。
思えば、私はずっと理想の家庭を築く為に頑張ってきた。
気がつけば、自分一人ではない。周りに支えられて、今日まで生きてこられたのだ。
暖かい家庭。妻と子供の笑顔。
社内での仲間たちの信頼。
背中に乗っかっているものが、徐々に大きくなっていく。信頼の積み重ねが、私の背中を重くしている。
定年退職まで、敷かれたレールの上を走らねばならない現状。
ふと、思う……。
私は…、私自身は、幸せなのだろうか。周りの人間の幸せを考えるあまり、自分自身の幸せを考えているのか。答えは分からない。妻のみゆきや、娘の佳奈。家族の楽しそうな笑顔で、間違いなく私は癒されている。
癒しと幸せ…。果たしてイコールなのだろうか?
心の奥底で私は一体、何を望んでいるのだろう。このような考えをしている時点で、何かしら現状に不満を感じているのだ。
毎週水曜日には、部下の河合が自宅にやってくる。そこで私は新たなパソコンのスキルを徐々に習得している。
週に一度というペースではあるが、私以外の家族の人間にも、河合は、確実に親密度がアップしていた。
「課長、だいぶパソコンも覚えたんじゃないですか?」
「おかげさまでね」
「俺も週に一度は、おいしいご馳走をいただけるので、毎週水曜日が待ち遠しいですよ」
「あら、河合さんたら、お上手ね……」
頬を赤く染める妻のみゆき。私が心の底から愛した女性……。
「佳奈ちゃんも、ある程度大きくなったらさ。お兄ちゃんがパソコンを教えてあげるね」
「ほんと!」
優しく頼もしいお兄さんができたかのように、顔をほころばせる佳奈。
「そうだ! 奥さん、CDプレイヤーあります? せっかくの豪華な食事なんだから、優雅に音楽を聴きながら楽しく食べたくないですか?」
そう言って河合はバックの中から一枚のCDを取り出しテーブルの上に置いた。
「すぐそこにあるからこのCDを掛ければいいのかしら?」
「ええ、お手数掛けてすみません」
「お兄ちゃん、それ何の曲?」
「まあ聞いてからのお楽しみ」
掛かった曲は、以前パソコンを教えてもらう時聴いたビゼー作曲のアルルの女だった。
「あら、河合さん、こんなクラシックもお聴きになるの?」
「娘さんの教育上、こういう曲とかのほうがいいと思いませんか?」
「なかなか素敵なセンスだと思うわ」
「曲名はアルルの女と言って、フランスのパリで生まれたビゼーが作った曲なんですよ。この話、実は……」
得意満面に河合はアルルの女の話を始めた。一度聞いている私には退屈で溜まらない。しかしみゆきや佳奈は目を輝かせながら、河合の博学ぶりを楽しそうに見つめている。
一見、ほのぼのとした楽しい団らんのひと時ではあるが、そこに私の存在感はなかった。二十歳そこそこの男と、四十歳の男。年の数だけでいえば、純粋に二倍の時間を私は生きている。河合を見つめる家族の表情。少しばかりの嫉妬を感じていた。
マンネリ化した日常にうんざりしていた私ではあるが、このような刺激だと、どこかで面白くないと感じている自分自身がいる。身勝手なものだ。
食事を終え、河合が帰ると、みゆきは私にコーヒーを淹れてくれた。
「ねえ、最近さ」
「ん、なんだい?」
「携帯であなたのブログ見てるけど、どんどん人が増えてない?」
「そうだね」
「一人一人にコメントを返している訳でしょ?」
「ああ」
「大変じゃないの?」
確かにここ最近それは何となくではあるが、感じていた部分でもあった。一人一人のブログ記事をちゃんと読み、それに関するコメントを書く。礼儀としては当たり前の話ではあるが、人の人数が増えると時間的に厳しいものがある。
人間は本来働いた上で、その後にプライベートがある。私は妻子持ちだ。自分一人での時間を好きに使える訳ではない。
家族全員で食事をし、時には旅行へ行き、週末になればどこかへお出掛けをする。
当然睡眠時間もある訳で、限られた時間内しかブログには関われない。
人の数が増えれば増えるほど、私のプライベートな時間を使う事になる。
コメントを返すといった時間を作るには、睡眠時間を削るしかなかった。
深夜おのずと減る妻との性行為。みゆきは遠回しに、その事を言いたかったのだろうか。
しかしブログは動いている。「ご機嫌パパ日記」は、ほぼ毎日のように動いているのだ。もう私一人でやっているものではなくなっている。
(お絵描き番長)
気まぐれパパさん。この間、私のブログでおおちゃくして、息子のホームページの記事のリンクを貼り付けてしまいました。間違って……。
気まぐれパパさん、息子のリンク先に行ったみたいですね?
おかげで息子に怒られました。
勝手に人の息子のリンク先に行って、コメントとかされても困ります。
何だ、このコメントは……。
いつもやり取りしているお絵描き番長。本当に絵画教室の先生をしているらしいが、何故、このようなコメントをしたのだろう? 私は理解に苦しむ。
お絵描き番長のブログに行くと、孫の記事が書かれており、その記事の中にリンク先に飛べるようになっていた。何だろうと思い、睡眠時間がないのを分かりながらも、リンク先へ行ってみた。
行った先は、番長の息子が運営しているホームページで、自分の子供を中心とした内容であった。まだ二歳ぐらいの可愛い子供の写真が掲載されていたので、私は顔をほころばせながらコメントを残したのであった。
(気まぐれパパ)
とても可愛いお子さんですね。目に入れても痛くないでしょう?
いつも、お絵描き番長にはお世話になっています。
別段、変なコメントは残していないつもりである。リンク先があったから行ってみてコメントを残しただけの事だ。
それを何故、こんな言い方されなければいけないのだろう。
少しばかり気分が悪くなった。
本音を言えば、だったらリンク先などつけて飛ぶようにするなと言いたい。誰かに行かれるのが嫌なら、そんな事をはなっからしなければいいのである。
それでも感情を剥き出しにするのは他の人の目もあるので、私は差し障りないコメントを返す事にした。
(気まぐれパパ)
ご迷惑をお掛けしたみたいで、すみませんでした。リンク先が記事の中にあったもので、何かなと思って行ったら、とても可愛いお孫さんの写真がありましたので、ついコメントを残してしまいました。以後、気をつけます。
自分の常識の判断で、勝手に他人まで巻き込んではいけない。よく自分の物差しで計るなというが、実際その通りだと思う。
コメントを投稿した時点で、私の中に、ちょっとした心境の変化があった。
今まで、楽しくお気楽にやってきたブログ。
自由に記事を書き、楽しいコメントのやり取りをしていたはずなのに、いつの間にか、普段と変わらない自分がネットの中にいた。
楽しくやってきたはずが、ストレスを感じている自分がいる。
他の人の迷惑にならないよう最新の注意を払い、細かい気遣いをしてあげる。一番人に好かれる方法である。
これを社会人になって、ずっと繰り返しやってきたのだ。会社でも、家庭でも……。
息抜きがてらに始めたブログなのに、今現在息が少し詰まっている。
出来る限りみんなの前ではいい人でいたい。
しかしそれが最近になって、自分の首を絞めている事に気がついている。静かに蓄積していくイライラは、やがてストレスとなり、私の体を蝕んでいく。
生活していく上で嫌な事があると、必ずプレイバックする過去のトラウマ。
幼き頃、父親には捨てられ、母親には犯され…。そして最後には捨てられた……。
誰からも必要とされない忌み嫌われし子。
今でこそ幸せな家庭を築き上げたが、これが本当に、私の望んでいたものなのだろうか。
たまに思う時がある。私、一人…。孤独に、孤高にいるのが、一番お似合いじゃないのかと……。
両親の呪われた遺伝子。決して自分の子供は作るまいと、そう決めて生きてきた。妻のみゆきに出逢うまでは……。
彼女の持つ優しさに私は過去を浄化され、二人の子供を産んだ。
今現在の幸せ…。ずっとこれでいいと思い、頑張ってきた。
しかし、私に流れる血は、薄汚れた呪われし者の血。二人の子供は、そんな私の血を受け継いでいる。だから卓はあんな不運な目に遭わねばならなかったんじゃないか。今は笑顔でスクスクと育っている佳奈。あの子もいずれ……。
いや、同じ目になど二度と遭わせない。もうあんな思いは嫌だ。
複雑な思いを胸に抱きながら、私は他の人のブログを眺めた。
『おおうめ日記』 うめ
バトン
こんばんは、うめちんです。新宿トモさんから回ってきたバトン。これを私が渡せるのは、牧師ツマさんしかいません。
牧師ツマさ~ん。見てますか~? バトン渡しましたよ~。よろしくお願いしますね。
トモち~ん、うめちん頑張ったよぉ~。
仲良くなってからしばらく経つ、うめさんという主婦のブログ。どうやらバトンというものが、ブログ内で流行しているようだ。
バトンを渡された人は、言われた質問に答え、仲のいい相手にバトンを回す。それだけの事ではあるが、見ていて非常に興味深く面白いものである。
バトンの渡し主は、新宿トモさん。では、トモさんにバトンを渡したのは誰だろう。
私は彼のブログを開いた。バトンの記事をちゃんと読んでみる。なるほど、新宿トモさんは、らんさんからバトンを受け取ったのか。いずれ私のところにも、バトンは回ってくるのだろうか?
それと牧師ツマさんという方…。ひょっとして、私が仲良くさせていただいている牧師さんの奥さんなのだろうか。
少し気になったので、牧師さんのブログを見てみる。
「……」
どうみても牧師さんは、独身な様子である。牧師ツマという名前は、どこにも見つからない。ただ、ハンドルネームが、たまたまそうだっただけなのだろうか?
私はうめさんのところにある各部屋のリンク先から、牧師ツマさんのブログへ飛んでみた。
ブログ全体を見て驚いた。本物の牧師さんの奥さんだったのだから……。
ネット上とはいえ、本当に色々な人がいるものだなと、つくづく感心してしまう。これが一般世間だったら、ここまでお互いの親交を深め合う事ができるのだろうか。
誰かが、職業に貴賎はないと言っていたのを思い出す。
このインターネットの世界では、人間性が重視なのだ。職業や立場はそれぞれ違えども、価値観の似たような人間同士、自然と仲良くなっていく。
『ご機嫌パパ日記 その三十六』 気まぐれパパ
最近クラシックを聴いている自分がいます。
部下に教えてもらった曲でビゼーとかいう人が作った曲で、アルルの女と言います。
第一組曲と第二組曲それぞれ四曲ずつで成り立つこの曲は、悲劇をモチーフにした物語で、時には悲しく時には激しく、でも何故か聴いていると不思議と落ち着く曲です。
もし時間があれば、四十を過ぎた男がピアノにチャレンジするなんて、いいかもしれませんね。
こんな事を書くと、ちゃんとピアノを弾いている新宿トモさんに申し訳ないなあと恥ずかしい限りです。
そうそううちの娘がピアノのお稽古を開始しました。弾いているところを写真に撮りましたので、画像をアップしたいと思います。
親馬鹿ですみません……。
ピアノなんて弾く気なんてこれっぽっちもないのに、私もよくもまあこんな記事を書いたもんだ。
平凡な毎日を過ごしているから毎日ように記事を書くとなると、内容が思いつかないでいる。ネタなんてそんなに転がっているものではないのだ。
他の人のブログをチェックして時間を潰してから自分のブログに戻る。
すると早速新宿トモさんや、気まぐれマダムさんからコメントが入っていた。
(新宿トモ)
自分も三十歳からピアノを弾き始めました。是非とも気まぐれパパさんには頑張ってほしいものですね。陰ながらエールを送ります。
実際に四十歳になってピアノを始め、ちゃんと弾けるようになったら本当に格好いいし、素敵で素晴らしい事だと思います。
それにしてもピアノを一生懸命に弾く娘さんの画像。とても可愛らしいですね。
いつまでも幸せにいて下さいね。
(気まぐれマダム)
おお、やっぱ気まぐれパパさんの娘さん、本当に可愛いなあ~。
我が家の姫も、もう少し大きくなったらピアノを習わせたいですね。
パパさん、ピアノを始めちゃうんですか? もしそうならいつか新宿トモさんとの連弾とかを聴いてみたいですね。
期待しています。ガンバレー!
おや、新しい人からのコメントも入っているぞ。
(自分流)
はじめまして、自分流と申します。
気まぐれパパさんと私は同世代なので、いつも応援しています。
お互い頑張りましょう。
自分流さんか。同世代なんてそういないと思っていたので親近感が沸く。
彼のブログへ飛ぶと、農業を営んでいる方のようで、専門的な事が長文で書いてあった。集落営農というものに携わり、方々で活躍されているようだ。
彼の文章を読んでいて、素朴で奥ゆかしい人柄が自然と想像できた。仕事も住む場所も違い、共通点は同世代という点だけだが、このように少しでも繋がる事ができて嬉しく思う自分がいた。