以前ブログで
「セカンドオピニオンを受けて欲しい」
という記事を書いたのですが、
その転移性ガンで闘病していた
清子さんの訃報が届いたのが
1月20日の夜でした。
自宅で療養をしていた清子さんに
「もう一度会いたい」と
あゆみが言っていたのに
自分が寝込んでいて
家の事ができない状態の時に
自宅にお邪魔するのは、と
遠慮してしまっていました。
通話や返信ができなくても
メールだったら
読むことができるかもしれないと
清子さんに少しでも
生きる希望を持ってほしくて
送り続けたメール。
私は携帯を開いて
清子さんにメールを打ちました。
『まだ繋がっていますか
清子さんが旅立ってしまったと
聞きました
悲しいです
もう一度お会いしたかった
私 清子さんに
たくさんしてもらってばかりで
何も返せてないです
早すぎます
もうジャー子ちゃんには
会えましたか
ゆっくり安らかに眠って下さい
私 清子さんのこと忘れません』
そばにいたあゆみが
「きっと届きましたね」と
言いました。
ありがとうございました。
「セカンドオピニオンを受けて欲しい」
という記事を書いたのですが、
その転移性ガンで闘病していた
清子さんの訃報が届いたのが
1月20日の夜でした。
自宅で療養をしていた清子さんに
「もう一度会いたい」と
あゆみが言っていたのに
自分が寝込んでいて
家の事ができない状態の時に
自宅にお邪魔するのは、と
遠慮してしまっていました。
通話や返信ができなくても
メールだったら
読むことができるかもしれないと
清子さんに少しでも
生きる希望を持ってほしくて
送り続けたメール。
私は携帯を開いて
清子さんにメールを打ちました。
『まだ繋がっていますか
清子さんが旅立ってしまったと
聞きました
悲しいです
もう一度お会いしたかった
私 清子さんに
たくさんしてもらってばかりで
何も返せてないです
早すぎます
もうジャー子ちゃんには
会えましたか
ゆっくり安らかに眠って下さい
私 清子さんのこと忘れません』
そばにいたあゆみが
「きっと届きましたね」と
言いました。
ありがとうございました。