不動産には、いわゆる『いわくつき物件』というものがある。
前の住人が自殺していたり、
殺人事件が起きたなどの事故物件と呼ばれるものであるが、
我々、不動産屋さんには、事故物件は、
入居する前に入居者へちゃんと告知しないといけない義務がある。
(但し、自然死は告知義務がない)
そして、不動産物件にも、都市伝説なるものもある。
不動産屋でさえ、震え上がった話。
聞いたところによると、アパートの階段は、多くの場合14段。
しかし、珍しい事に、
「階段が13段」のアパートがあり、そのアパートの201号室はヤバイ…と云うのだ。
階段を昇った先の角部屋。201号室。
この街にも、その物件は存在していた。
いわくつきの物件であるから、もちろん、家賃は破格的に安い。
事情を説明しても、安いことをいいことに、数人が借りて住んでいたが…
僕は、悪寒を感じながら、その物件の資料を手に取った。
何年振りだろう。こんな日が、こなければいいと、願っていたのに。
僕の目の前には、年齢不詳の母親とおぼしき女性、
(10代ではないことは確か。しかし、異様に若く見える)
その横に、3才くらいの女の子が座っていて、ふたりとも能面のような顔をしていた。
「1万以下のお部屋って、ありませんか。どんなに古くても、お風呂がなくてもかまいません」
母親が云ったのだ。だから、これを出すしかなかった。
もちろん、事情は説明する。
この部屋で、5年前、一人暮らしの女性が自殺していた。
異臭に気づいた隣りの住人の報せで行ってみると、
首を吊った女性の腐乱死体が、動いていた。
ぶるっと、思わず身震いする。
動いているように見えたのは、沢山の、ハエと蛆虫だった…
体液が真下の畳を黒く染め、下の階の天井まで浸みていた。
この騒ぎで、隣りと真下の住人が逃げるように退去していった。
「その後、4人、若い人がこの部屋を借りました。
どれも長く暮らすことはできず、みんな引っ越しました。
そのうちの1人は、…変死体で発見されています」
「何故ですか?」
表情を崩さない母親。事務のおばさんが持ってきた麦茶を、
女の子はおいしそうに飲んでいる。
「やめた方がいい…やめた方がいい…」
おばさんは、そそくさと僕らから離れていった。
「何故って、想像に難くないでしょ。人が自殺した部屋ですよ。
気味悪くないんですか? 怖くないんですか」
「何がです?」
母親は、自分も麦茶を一口飲み、云った。「お化けがでるとでも?」
「お化け!?」
女の子が、パッと顔を輝かせた。
「母さん、それは、ひとのお化けですか? 妖ですか?
それとも、悪魔? それとも、悪戯な妖精? 」
「ひとのお化けでしょうね」
僕は、何度も頷いた。
「やめましょう。こんな物件、どうせまたすぐ引っ越すことになる」
「…お金がないんです。この一週間、公園に寝泊まりしながら、この街に来ました」
「何か事情があるなら、警察に行った方がいいですよ」
「警察に行っても、助けてくれないんですよ。知らないんですか?」
「失礼を承知で伺いますが、DVから逃げてこられました?
それなら、安心なシェルターだってありますよ」
「この街なら、見つからない。わたし、終いの住処を探しているんです」
「だったらなお更、この部屋はやめた方がいい!」
僕が、思わず立ち上がって机を叩くと、
それに呼応したかのように、母親がゆっくり立ち上がった。
「とりあえず、見せてください、そのお部屋」
それから、初めて笑顔を見せた。
「自己紹介もまだで…、わたし、しちじゆかりと申します」
手元の書類に書かれていた。
七字 紫。 娘の名は、凛。
「あ、僕は、ねこひら、猫平って云います。って、本当に行くんですか!?」
「行きましょう」
「ええええええええ………」
僕は、呆然と、事務のおばさん、サヤカさんを見た。
サヤカさんは、ため息をつきながらやってくると、
凛ちゃんのポケットに、沢山の飴玉を押しこんで云った。
「これは、元気がでるキャンディーです」
続く
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