「風呂桶を無断で持ち出した人がいます 速やかに返してください」
とのお触れを見たのは、仲間たちと酒を呑んで寮に帰った時であった。
わが寮には一階の食堂の横に浴場があるわけであるが
そこからどうやら風呂桶が持ち出されてしまったらしい。
そこで、はたと考えた。
風呂桶が持ち出されるとは一大事だ。我々は風呂に入れなくなる。
我々はこの先加齢臭という強大な敵に立ち向かわなくてはならぬのに
風呂の存在なくして十分な戦略を立てれようか、いや立てれない。
誰が持ち出したのだ
まだ私は独り身だ、これは由々しき問題なのだ。
これから私は幾度と無く男女が出会いを求めて酒を酌み交わす会合に参加することになるであろう
そこに至るまでは準備が必要だ。
顔面偏差値はこのさいもうどうしようもない。
トオクカ(りょく)も一朝一夕で身につくものではないだろう。
だが、それだからこそ
女性を腰砕けにさせる魅力の無い人間こそ身を清潔に保つことが必要なのである。
風呂桶が無くては風呂に入る気が起きない。
それすなわち身を小奇麗に保てなくなり、
ただでさえ女性に縁の無いこの生活がより暗やかなものになってしまう。
暗やかというのは「華やか」の反義語である。私が今造った言葉だ。
そのような考えをめぐらして私は酔いを吹き飛ばしてしまったが、
だいたい風呂桶を持ち出せるものなのであろうか。
わが寮の風呂は決して貧相なものでなく、
一昨年に改築され、それはもう立派ないでたちなのであるが
それを持ち出すというのであれば恐らく周到な準備が必要である。
モンキー・パンチも青山剛章もルブランも吃驚である。
そんな力量を持ち合わせたものが寮生にいただろうか。
同期にそのような者はいない(と思う)
後輩にもいない(と思う)
だとしたら先輩か。
社会人を長く続けるとそのような驚愕の行動を取れるようになるものなのであろうか。
風呂桶である。
風呂桶である。
たしか3畳くらいはあったと思うので、がんばって捜索すれば見つかりそうなものだが・・・
と思いつつ意を決して浴場に行った。
そこで、読者の皆様がだいたい予想しているであろう事実に気づいた。
持ち出されたのは洗面器であった。
アッチョンブリケ!!!