「鹿児島県警問題にみる権力と報道の問題点」
この問題については、問題が多岐に渡っており、また新聞に報道された日と問題が生じた日との間で内容が行き来して分かりにくいので、まずは朝日新聞デジタルの記事に沿って、何があったかを時系列で整理してみる。
(要旨のみ記載)
・「鹿児島県警の一覧表が漏洩か 捜査を疑問視するウェブメディアが掲載」(2024年3月13日)
(内容は県警の「告訴・告発事件処理簿一覧表」を入手したウェブメディア「ハンター」が、昨年10月25日に県警の捜査について疑問を呈する自社記事を補強する材料として、その内容の一部を公開したというもの。
このハンターの記事は、新型コロナウイルス宿泊療養施設で女性看護師に同意なく性的行為をしたとして県医師会の元職員の男性が強制性交の疑いで書類送検されたが不起訴になった事件について報じており、この件に関する県警の捜査について疑問を呈する内容だった。)
(*この元職員の父親は元警官で、県警に相談に行ったとき、事件にならないから安心しろと言われたとの話もある。)
(*当時鹿児島県医師会の対応にも不審な点があったようである。)
*2024年4月8日鹿児島県警は福岡市にあるハンターを家宅捜索、パソコン等を押収。同日鹿児島では、県警の捜査情報などを「第三者」に流出した地方公務員法(守秘義務)違反の疑いで、元警備部公安課所属、藤井光樹巡査長(49歳)が逮捕された。
(*この巡査長が上述した事件の捜査資料を持ち出したということで逮捕された。)
(*またこの時押収したパソコンの中に、後述する県警本部長の隠蔽疑惑の告発者は前生活安全部長ということが分かったようである。この前生活安全部長は3月末で定年退職している。))
・「不祥事続く県警で警察署長等会議」(2024年4月20日)
「県警を巡っては、4月18日に不同意わいせつの疑いで警備部公安課課長補佐の警部(51)を逮捕。4月8日には捜査情報を外部に漏らしたとして、曽於署の巡査長(49)が地方公務員法違反(守秘義務違反)の疑いで逮捕されるなど、現職警察官の不祥事が続いている」
・「現職警察官を逮捕、約1カ月で3人目 鹿児島県警、今度は盗撮の疑い」(2024年5月14日)
「女子トイレで盗撮したとして、鹿児島県警は13日、枕崎署地域課の巡査部長、鳥越勇貴容疑者(32)=同県枕崎市妙見町=を建造物侵入と性的姿態撮影等処罰法違反の両容疑で逮捕し発表した」
(*この事件が発覚したのは前年の12月19日でその後しばらく捜査は中断していた。これを前生活安全部長は本部長の指示によるものだとして問題視したもの。))
・「警察の内部文書を漏らした疑い、鹿児島県警の前生活安全部長を逮捕」(2024年5月31日)
「監察課によると、本田容疑者は3月25日付で県警を退職した後の3月下旬、鹿児島市内で、生活安全部長在任中に入手した警察情報などが印字された複数枚の書面を封筒で第三者に郵送し、職務上知り得た秘密を漏らした疑いがある。」
・「「隠蔽が許せなかった」情報漏らした疑いで逮捕の前県警幹部が陳述」(2024年6月5日)
「鹿児島簡裁で前部長は意見陳述で、昨年12月に県警の現役警察官による盗撮事件があったが、野川明輝本部長が捜査に消極的だったと主張。別の不祥事についても「本部長指揮の事件」となったが公表されず、「不都合な真実を隠蔽しようとする県警の姿勢に失望した」「マスコミが記事にしてくれることで、不祥事を明らかにしてもらえると思った」と訴えた」
・「鹿児島県警本部長、「隠蔽」の有無明言せず、「捜査の中で確認する」」(2024年6月6日)
・「隠蔽疑惑」本部長説明は5分弱 前部長側「内部通報のようなもの」(2024年6月7日)
「前部長によると、昨年12月にあった盗撮容疑事件をめぐり、「容疑者は枕崎署の捜査車両を使っている」として署員の捜査を進めようとしたが、野川本部長は「泳がせよう」などと言って捜査に着手しなかったと主張。「本部長が警察官による不祥事を隠蔽しようとする姿にがく然とし、失望した」と批判した」
「前部長は、盗撮容疑事件を巡って「本部長が隠蔽しようとした」と主張。「不祥事が相次いでいた時期だったため、新たな不祥事が出ることを恐れた」とし、他にも市民から提供された個人情報をまとめた「巡回連絡簿」を使ったストーカー規制法違反容疑事件も公表されなかったと訴えている」
・「隠蔽の指示は一切なかった」鹿児島県警本部長、前部長の指摘を否定」(2024年6月7日)
・「鹿児島県警の内部文書、なぜ札幌に 前部長逮捕の発端は別事件」(2024年6月11日)
「県警が前部長の漏洩(ろうえい)容疑にたどり着いたのは、あるウェブメディアへの捜査がきっかけだった。
福岡に拠点を置く「ハンター」は、鹿児島県警が進める事件の捜査を批判的に報じていた。ハンターでは、前部長から内部文書を受け取った札幌市のライターが鹿児島県警の不祥事について、県警に公文書の開示を求めながらたびたび記事を執筆していた。
ハンターは昨年10月、事件に関する県警の内部文書「告訴・告発事件処理簿一覧表」を掲載した。今年3月中旬にも、別のウェブメディアが一覧表を掲載し、県警は約50人態勢の調査・捜査チームを発足させた。
そして4月8日、一覧表を外部に郵送したなどの疑いで、曽於署の元巡査長(49)を地方公務員法違反(守秘義務違反)の疑いで逮捕した。捜査関係者によると、県警はこの捜査の過程で、ハンターを主宰する男性の関係先を捜索。その際、前部長がライターに送った内部文書を発見した。ハンターを主宰する男性に、ライターが転送していたという。
前部長は10日に弁護人を通じて発表したコメントで、ライターが県警を糾弾するような記事をハンターで書いていたことなどを郵送した理由に挙げた。ただ、ライターとは面識がなかったとも説明した。前部長を知る警察関係者は「なぜ、通報先がライターだったのか疑問が残る。本部長の不祥事を訴えたいのなら、警察庁や公安委員会に伝えればよかった」と話した。」
・「本部長の「隠蔽」訴えた鹿児島県警前部長を起訴 守秘義務違反罪」(2024年6月21日)
「鹿児島県警の内部文書が漏洩(ろうえい)した事件で、鹿児島地検は21日、県警の前生活安全部長、本田尚志容疑者(60)を国家公務員法違反(守秘義務違反)の罪で起訴し、発表した。」
・「茶封筒の中に「闇をあばいて」 県警の内部文書受けたライターの悔恨」(2024年6月21日)
・「家宅捜索、守れなかった取材源 鹿児島県警前部長から文書受けたライター「小さなメディアでも許されない」」(2024年6月25日)
・「盗撮事件捜査が一時ストップ 本部長指示伝わらず、「私の説明不足」」(2024年6月25日)
「鹿児島県警元枕崎署員の盗撮事件を巡り、野川明輝本部長の指示が枕崎署長(当時)に適切に伝わらず、捜査が一時ストップしていたことが分かった。野川本部長は21日の記者レクで「私の説明がまずかったと思う」と述べた。
野川本部長らによると、同署は昨年12月19日に鳥越被告の関与が疑われる盗撮事件を認知した。3日後に署長が県警本部の首席監察官(当時)に報告。首席監察官は電話で当時の生活安全部長、本田尚志被告(60)に相談し、野川本部長に口頭で一報を入れたという。
その際、野川本部長は「犯人であるとの証拠が乏しかったので、証拠を収集したうえで、(鳥越被告が)被疑者として特定されたら、本部長指揮事件としてやろう」と首席監察官に指示し、捜査継続を署長に伝えるよう話したという。
しかし、署長は「客観的証拠がないので捜査は中止」と受け止め、22日に署員に誤った本部長指示を伝達。署長が25日に首席監察官に再確認して、署長指揮事件として捜査を継続するのが本部長の本意だったと判明した。この結果、22~24日の間、捜査がストップしたという。野川本部長は「私が相手の気持ちに立ってちゃんと説明しなかったのが原因」と述べた。」
・「鹿児島県警本部長を不起訴 犯人隠避容疑などで告発」7/6(土) 共同通信
「鹿児島県警の情報漏えい事件を巡り、鹿児島地検は6日までに、警察官による犯罪の捜査を行わないようにしたなどとして、犯人隠避などの容疑で県警トップの野川明輝本部長が刑事告発され、いずれも不起訴としたと明らかにした。5日付。
地検によると、枕崎署員の盗撮事件の捜査を行わないようにしたとの告発は嫌疑不十分、霧島署員のストーカー事件や、県警本部公安課警察官の情報資料漏えい事件を隠蔽したなどとの告発は嫌疑なしとした。」
経緯の記載がやや長くなったが、問題は大手メディアが本件についてどのように向き合ってきたかと言うこと。
当初当方が新聞でこの件での報道を目にしたときは、何のことか全く意味が分からなかった。記事も小さくまた内容も「内部文書漏洩の問題で県警の前生活安全部長が逮捕された」ということが強調され、前生活安全部長が述べた「県警本部長の隠蔽問題」は付け足しのような感じだった。
県警のウェブメディア家宅捜索の問題も、記事になったのはかなり後になってからである。
それまでは県警が発表することをそのまま記事にしたような感じで、前生活安全部長が述べた県警本部長の隠蔽問題はさほど重視されていなかった。
朝日新聞でさえこのような状態なのだから、他の大手メディアはどうだったのかおよそ想像はつく。
当方がようやく事の本質を把握できたのは、朝日新聞が「茶封筒の中に「闇をあばいて」、県警の内部文書受けたライターの悔恨」(2024年6月21日付)と題した記事を記載してからである。
*(県警本部長が不起訴となったことについては朝日新聞はまだ(7/7現在)報じていない。)
*(追記:本件については、朝日新聞は7/9の朝刊に小さな記事で報じていた。)
「腹が立つ事、腹が立つ輩たち」(2023年8月22日付)のところでも次のように述べたが、近年大手メディアの記者たちも(全部ではないが)サラリーマン化してしまい、昔のような正義感・使命感が失われてしまったように感じられるのは残念なことである。
「新聞で反権力と言えば朝日新聞がその筆頭と言えるが、近年どうも変節してきたように感じる。新聞社と言えども民間企業で経営上、発行部数による収入の問題もあるし、また広告収入などスポンサーの意向も無視するわけには行かないだろうが、近年経営側が取材側にあれこれ口をはさむことが多くなってきたように感じる。」
「新聞記者やジャーナリストだが、どうも近年、権力のある相手にはおもねいたり忖度したりするような傾向が見られる。政治部や経済部などはそうでないと取材相手から記事になるような話が取れないということもあるだろうが、もっと信念を持って取材して欲しいものである。
この点、私が好きなのは社会部の記者で正義感が強く気骨のある人たちが多い。しかし社会部の記者と言えども近年サラリーマン化し、前述のような人たちが増えてきたのは悲しいことである。」
○「(天声人語)隠蔽はない、以上?」(2024年6月12日)
「着任の記者会見では、目標を語った。「県民に信頼される、県民のための警察をめざす」。2年後の離任会見は、自画自賛だった。大きな事件は解決し、交通死亡事故も減少したのだから、「百点満点をつけてよいかと思う」▼1997年まで神奈川県警トップの本部長を務めた渡辺泉郎(もとお)氏の話である。その言葉に反し、彼は離任後に不正を問われた。県警が組織ぐるみで、警察官の覚醒剤使用をもみ消した事件だった▼公判では、自らの指示を認めている。「間違った職場愛から、くさいものにふたをする習性が身についてしまった」。執行猶予つきの有罪判決のなかで、裁判官は断じた。「法治国の基盤を危うくするもので、万死に値する」▼古い事件を思い出したのは、鹿児島県警の前幹部による異例の告発が明らかになったからだ。警察官に嫌疑がかかった事件を「野川明輝本部長が隠蔽(いんぺい)しようとした」という。真偽は不明だ。とうの野川氏は隠蔽を否定しているが、説明に言を尽くしているとは思えない▼県警は、情報を漏らした疑いで前幹部を逮捕した。告発された側が、告発した側を逮捕している構図である。当事者だけによる捜査で、真実は解明できるのか。不正はない、以上、といった釈明では誰も納得できまい▼神奈川県警の事件の後、富山県警でも、元本部長が事件のもみ消しで有罪の判決を受けた。「くさいものにふた」の隠蔽は本当になかったか。問われているのは、警察という組織そのものへの信頼である。」
○「(耕論)報道の自由、守るには」(2024年7月5日)
「鹿児島県警が、情報漏洩(ろうえい)事件の関係先としてウェブメディアを家宅捜索した。こうした強制捜査は、取材源の秘匿や報道の自由、知る権利をも脅かす。報道界はどう反応すべきなのか。」
・「強制捜査、知る権利脅かす」 小笠原淳さん(ライター)
(要旨のみ記載)
「闇をあばいてください――。表紙にそう書かれた10枚の文書が私の元に封書で届いたのは、4月3日のことでした。内容は、鹿児島県警の警察署員の盗撮事件やストーカー事案などを告発するものでした。」
「県警は前生安部長の行為を公益通報ではないと主張しますが、組織内の不祥事の疑いを告発したもので、自浄作用を期待できないからこそ外部に追及を委ねた公益通報だと思います。しかし大手メディアは当初、容疑者側の言い分を伝える努力も見えず、告発された側である県警の一方的な見立てに沿った報道ばかりで、暗然としました。」
「今回の件で新聞やテレビの記者から取材を受け、何度も「なぜ知り合いでもないあなたに情報提供したのか」と問われました。私にも分かりません。ただ、私は逆に「なぜ皆さんに送られなかったのか、考えてみてください」と言いたい。記者クラブの大手メディア記者と捜査当局との「関係」は、警察幹部であればよく知っていたのでしょう。」
「いわゆる「サツ回り」から記者のイロハを学び、事件報道の取材源を当局に頼る「アクセスジャーナリズム」のあり方を、根本的に見直す機会にすべきです。」
「報道機関を捜索し、押収した資料を元に公務員を逮捕した例など、過去にないはず。取材源の秘匿を脅かす強制捜査は、報道の自由への重大な侵害です。今回のような捜査がまかり通ってしまえば、だれも内部告発などできなくなる。そうなれば国民の知る権利そのものが脅かされます。」
・「大手メディアも連帯して」 篠田博之さん(月刊「創」編集長)
(要旨のみ記載)
「今回の事件は様々な意味で、大手メディアのあり方に対する大きな問題提起だったと思います。」
「まず、鹿児島県警の前生活安全部長の情報提供先が新聞社やテレビ局ではなかったことを、既存メディアは真剣に捉えるべきです。」
「ジャーナリズムの役割である権力監視において、特に全国紙は従来、一定の機能を果たしてきました。しかし今回、ウェブメディア「ハンター」がかなり前から鹿児島県警の問題を指摘していたにもかかわらず、どの社も後追い報道に及び腰でした。再審請求で弁護側に利用されないよう捜査書類の廃棄を促していたり、市民の個人情報を悪用して警察官がストーカー行為に及んでいたり……。その後明らかになった県警の不祥事は本来、地元の権力と距離を保てる全国紙こそが徹底した調査報道で追及すべきものでした。」
「さらに問題なのは、ハンターへの家宅捜索に対し、報道界全体の反応が冷淡なこと。もし強制捜査の対象が朝日新聞の総局や記者だったら、日本新聞協会もすぐさま声明を出したはずです。小さな独立メディアの受難を、あまりに自分事として捉えられていない。そこには、大手メディアと週刊誌、ネットメディアの間の対立も背景にあるかもしれません。県警もその分断を見越して今回、見せしめ的に捜索したのでしょう。」
「前生安部長が漏らした内容に個人情報が含まれていたことを殊更に強調する報道もあります。SNSでは、情報提供を受けたライターの小笠原淳さんやハンターが取材源を守り切れなかったことを問う声もある。しかしそれは、沖縄密約事件や奈良の医師宅放火殺人事件で、毎日新聞記者だった西山太吉さんやジャーナリスト草薙厚子さん、あるいは逮捕された情報源に対して使われた論点ずらしと同じです。」
「「取材源の秘匿を最大限尊重する」という民主社会の原則を踏みにじる強制捜査こそを問わねばならないのに、当時も情報提供や取材の手法の問題にすり替えられ、これにメディアが加担したことで、世の空気が変わってしまった。」
・「取材源秘匿権、明文規定を」 鈴木秀美さん(慶応大学教授)
(要旨のみ記載)
「取材源を特定するために警察が強制捜査をしたのだとすれば、報道機関にとって、取材源秘匿権の侵害にあたり、憲法上許されない行為です。」
「ハンターという報道機関への警察の強制捜査について、日本のマスメディアはもっと抗議の声を上げるべきではないでしょうか。事態を見過ごしていると、大手メディアが守ってきた取材源の秘匿という核心部分も崩されることになるという危機感を持って欲しい。」
「強制捜査の令状を出したのは裁判官です。チェックの甘さを感じます。取材源秘匿権を脅かしかねず、憲法上の問題があるという認識が裁判所で共有されていないのは残念です。」