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新聞やテレビ、雑誌などで、興味深かった記事や内容についての備忘録、感想、考察

オリンピックの若者たち

2024-08-31 16:10:13 | 話の種

「オリンピックの若者たち」

パリ・オリンピックも終了したが、今年もオリンピックでは様々な問題が浮かび上がっている。
曰く誤審問題・誹謗中傷問題・性別問題・紛争による参加国の問題など。
また各国のメダル争いも相変わらずの光景である。
しかし、これらの問題はさておき、私がオリンピックを見て感銘を受けたのはスケートボード、スポーツクライミングなど近年の新しい種目での若者たちのすがすがしさである。
これらの競技では、若者たちは国籍や勝敗など関係なく、自分の最高の技を披露することを目的とし、また相手も競争相手の素晴らしい演技には惜しみない拍手を送る。ここにはお互いの技を高め合い、競い合うというスポーツ本来の精神が宿っているように思える。

例えば東京オリンピックでのスポーツクライミングのボルダリングだが、選手同士が国籍に関係なく、どのようにルートを攻略するか相談し合う姿が強く印象に残っている。


これについてネット検索したところ、次のような記事があった。

〇「ライバル同士でルート相談「高め合う感じスポーツとしていい」」日刊スポーツ(2021年8月6日)

「2種目のボルダリングが行われる前に選手同士が互いにルートを相談し合う光景が、SNS上で注目されている。

高さ5メートル以下の人工壁に設定された複数の課題(コース)を制限時間内にどれだけ完登できたか競うボルダリングは、登る前にオブザベーション(下見)が許されている。限られた下見の時間で攻略方法を探ろうと、選手同士が知恵を出し合う様子が見られた。

決勝に残った日本勢の野中生萌(24=XFLAG)と野口啓代(32=TEAMau)も、互いに話し合う姿が見られた。
SNS上では「登る前に選手みんなで下見してどう登るか相談し合うのおもしろい!」「協力しながら高め合う感じ、スポーツとしていいなぁ」などの声が寄せられた。」


またスケートボードでも印象に残ったシーンがあったので、確か新聞記事の切り抜きを保存してあるはずと思い探したところ、下記記事が見つかった。

〇「スケボー、「新たな世界」開く「自分らしさ表現」価値置く」朝日新聞(2021年8月14日)(一部省略)

「スケートボード女子パーク決勝。最終滑走者だった岡本碧優(みすぐ)(15)は難易度の高い演技に挑戦し、転倒した。4位。技の難易度を下げて成功していれば表彰台の可能性もあった。控え場所へ戻ろうとしたところ、ブラジルや豪州の選手たちに突然、担ぎあげられた。「目標としていた演技ができなくて悔しい。でも、(担がれて)とてもうれしかった」

今大会で初めて五輪に採用されたスケートボードでは、演技が成功すれば他の選手たちも拍手を送り、失敗すれば我がことのように悔しがった。

日本勢の史上最年少出場で銀メダルを手にした開心那(ひらきここな)(12)が予選1本目の演技を終え、真っ先に駆け寄った相手はフィンランド代表リジー・アルマント(28)だった。都心の最高気温が34.4度だったこの日、アルマントは自らがさすパラソルを傾け、開を日陰に入れた。開は「五輪がすごい大会というのは分かっているんですけど……。全然緊張しなかった」。

英国代表の銅メダリスト、スカイ・ブラウン(13)は、金メダルの四十住(よそずみ)さくら(19)、開と3人で肩を組みながら記者会見場に現れ、言った。「一緒に表彰台に乗れてうれしい」

「スケートボードが新しい世界をみせてくれた」と語るのは、オリンピアンの為末大さんだ。

五輪において、日本のスポーツ界はこれまでの社会の価値観を反映していたと指摘する。「常に、決められたレースの中でランキングや勝利を重視していた。だから、『勝たなければ意味がない』という考え方になっていった」

これに対し、スケートボードが違う評価軸を示したとみる。「勝ち負けよりも『楽しんで自分らしさを表現する』という部分を大事にしていた」。他の競技はもちろん、社会全体にもこうした考え方が広がることを期待する。」

 

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米欧のダブルスタンダード

2024-08-29 20:38:37 | 話の種

「米欧のダブルスタンダード」 

この問題については、これまで諸問題に対する米欧の対応について当方疑問を抱くことが幾度かあったが、このダブルスタンダードがはっきりと世間に示されたのが、米欧のウクライナ問題に於ける対応と、イスラエルのガザ侵攻に対する対応の違いであろう。
そしてこのことを改めて強く感じたのが、今年の広島、長崎の平和祈念式典に於ける米欧の対応である。

今年の広島、長崎の平和祈念式典では、広島はイスラエルを招待したが(パレスチナは招待せず)、長崎はイスラエルを招待しなかったので(パレスチナは招待)、これに反発した米欧6か国(米、英、仏、カナダ、ドイツ、イタリア)の大使は長崎の式典には欠席した。
理由は「ロシアやベラルーシと違い、イスラエルは(イスラム組織ハマスの攻撃に対して)自衛権を行使している」(ロングボトム駐日英国大使)ということで、他の国も同様のようである。
これには当方愕然とした。

(参考:長崎の平和祈念式典についての大手新聞の記事で、パレスチナが招待されていることについて言及しているのは日経新聞だけで、他の新聞は全く言及がないようである。これには何か意図があってのことだろうか。)

当方若いころは、米国は自由及び民主主義の象徴として一番好きな国だったが、近年はその身勝手さが目につくようになり、これまでの米国経済の発展もその身勝手さによるものではないかと思うようになった。
(過去の自動車、半導体などの日米貿易摩擦、現在の半導体などの米中貿易摩擦など)

近年新興国や発展途上国の米欧離れが目につくのも、欧米流の価値観の押し付けということ以外に、このダブルスタンダード(二重基準)にこれらの国は嫌気が差しているからではないだろうか。
また近年民主主義の危機が言われるようになったのもこれらのことに起因しているものと思われる。

民主主義の危機ということについては「権威主義と民主主義」の項でも触れているが(参考:「権威主義と民主主義」https://blog.goo.ne.jp/sunny3/d/20230605 )、今回はこの米欧のダブルスタンダードについて過去の切り抜きをチェックしてみたところ次のようなものがあった。


〇「(日曜に想う)欧米の「二重基準」がもたらす代償は(編集委員・佐藤武嗣)2024年7月28日」

「米欧の首脳らが7月上中旬、ワシントンに集い、岸田文雄首相も参加した北大西洋条約機構(NATO)首脳会議。その共同宣言を見て、思わず、ため息をついてしまった。

宣言では、ウクライナに軍事侵攻したロシアを「国連憲章を含む国際法の明白な違反だ」と痛烈に批判。宣言文には「ロシア」が40回も登場し、ウクライナ勝利のための支援強化を確認した。残忍な戦闘を繰り返すロシアをNATO諸国が結束して非難するのは当然のことだ。

ただ、宣言文に「ガザ」や「イスラエル」の文言は見当たらない。国際司法裁判所(ICJ)がイスラエルのパレスチナ自治区への占領政策を「国際法違反だ」と勧告しても、ガザ情勢には見て見ぬふりだ。

トルコなどNATO内でも、バランスを欠いた対応に異を唱える国もある。スペインのサンチェス首相も「我々がウクライナを支援するのは国際法を擁護するからだ。ガザ問題にも同じ姿勢でなければならない」と、「二重基準」を改めるべきだと訴えた。確かにロシアの侵攻と、イスラム組織ハマスの攻撃への反撃としてのイスラエルのガザ侵攻では事情は異なる。だが、市民の巻き添えもいとわず、人道地域や病院、国連学校への爆撃を繰り返すイスラエルの行為は、国際法違反、人権侵害という点で、ロシアの蛮行と同じだ。

(中略)

民主主義国家の権威主義国家への対抗軸は、「力には力」ではなく、法の秩序や法の支配といった、理念や価値であるべきだ。欧米が、二重基準を続ければ、「法の秩序」を主張したところで、説得力を欠き、正当性が失われていく。それはロシアや中国など権威主義国家にとって好都合に働く。実際、欧米の二重基準を見透かし、中国は今月、パレスチナ自治区の各派代表を北京に招き、中東での仲介外交を演出した。

日米中やアジアの国防相らがシンガポールに集った6月のアジア安全保障会議で演説し、ロシアの国際法違反を指摘したウクライナのゼレンスキー大統領に、カンボジア代表が「それならイスラエルにも国際人道法の順守を求めるべきではないか」と質問。会場の一部から起きた拍手について、会場にいた神保謙・慶応大教授は「欧米と東南アジア諸国の価値観の対立を代表させるもの。アジア諸国は欧米の二重基準に不信感を抱いている」と見る。国際秩序の帰趨(きすう)を左右するグローバルサウスも欧米の対応を注視している。

(後略)」

この他に朝日新聞には次のような記事があった。(どれもガザ問題についての記事で、いずれも一部抜粋)

〇(ガザの衝撃 問われる世界)米だけの「正義」ではなく(アメリカ総局長・望月洋嗣) 2023年11月5日

「ロシアによる露骨な侵略が起きたウクライナ情勢をめぐり、バイデン氏は「正義は力を生む(Right makes Might)」と語り、抵抗を励ました。米国が道義的な優位を得るのは難しくなかった。

一方、激しい空爆を続けるイスラエルに対し、国際的批判は日増しに強まっている。ユダヤ系米国人は政財界や言論界で強い影響力を持ち、米国はイスラエルの建国以来、巨額の軍事援助を通じて支えてきた。その米国内でも、パレスチナ側への同情論が広がる。

だが米国は10月18日、国連安全保障理事会で拒否権を使い、戦闘の中断を求める決議案を葬り去った。単独で反対した米国にどれほどの「正義」があったのか疑わしい。

冷戦後、圧倒的覇権を得た米国が、イラク戦争などで示したのは「力こそ正義(Might makes right)」と言わんばかりのおごりだった。覇権に影が差し、米国は中国との競争に目を奪われるようになっていく。その虚を突いたガザの衝撃はウクライナでは見えにくかった米国の「二重基準」も浮き彫りにしている。」

〇(ガザの衝撃 問われる世界)信頼損なう、欧州の二面性 (ヨーロッパ総局長・杉山正)2023年11月7日

「欧州が説いてきた理念が「二重基準」に揺れている。

ガザの人道危機が深刻化して、欧州首脳らの発言に人道や支援の必要性が強くにじむようにはなった。だが、首脳らからイスラエルを強く直接いさめる言葉はほぼない。
「イスラエルには国際法と国際人道法に沿った形での自衛をする権利がある」。決まり文句として使われる言葉には、人道危機を止めようとする意思は感じられない。

欧州の姿勢には歴史など様々な背景もある。

ブリュッセル近郊のデモに参加したモロッコ系の男性が言った。「欧州はホロコーストの罪悪感からイスラエルを止めようとしない」
ベルギー人でイスラム教徒の友人が私にこう語った。「人道主義は強者の都合でしか適用されない」

パレスチナ問題は、アラブ民族運動を支援しつつ、ユダヤ人の国家建設にも甘い言葉をかけ、仏ロと第1次大戦後の中東地域の分割を秘密裏に決めた英国の「三枚舌外交」に端を発する。欧州側の責任も大きい。」

(参考:パレスチナ問題及び英国の三枚舌外交については下記の項を参照)
(「パレスチナ問題」https://blog.goo.ne.jp/sunny3/d/20231014 )


なお、今年の広島、長崎の平和祈念式典の問題については、朝日新聞の社説は次のように述べている。

〇(社説)被爆地の式典 納得できぬ米英の欠席 2024年8月10日

「どの国・地域に声をかけるかは、基本的に式典の開催地が決めることだろう。ところが米英側は、長崎市の決定に対して「イスラエルをロシアなどと同列に扱うのは誤解を招く」と反発した。

ハマスの奇襲を受けて戦闘を始めたイスラエルと、一方的にウクライナに侵略したロシアとは異なるものの、イスラエルは多くの市民を巻き添えにしており、けっして見過ごせない深刻な事態だ。

しかし主要7カ国(G7)はロシアを非難する一方、人道を軽視するイスラエルへの対応は鈍いままだ。この「二重基準」を、米英は被爆地にも持ち込んだとも言える。

被爆地でも、さまざまな意見がある。広島は、政府が国家承認している国の大使を基本にイスラエルも招いたが、被爆者団体からはイスラエルを除くよう申し入れがあった。長崎の判断に対しては、紛争当事国を含めて全ての国を招き、平和を訴えるべきだとの声も出ている。」

 

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SNSと若者と選挙

2024-07-21 16:52:21 | 話の種

「SNSと若者と選挙」

SNSの問題点、弊害については数多く指摘されているが、当方自身SNSはあまり好きではなく、このブログ及びYouTube(こちらは見るだけだが)以外は利用していない。
(Twitter、Facebook、Instagram、LINEなどは一応アプリをダウンロードして登録してはあるが、全く使用していない)

何故かと一言でいえば煩わしいから。
好きではない当初の理由は、LINEの「既読」の表示だったが、他にもSNSには「お薦め」とか、余計なお世話だと思われる機能、情報提供が多すぎる。
これらSNSがなくても当方の生活には何ら支障はなく、不便さも感じていない。
SNSにも、情報源の多様化、多くの人と繋がることが出来るなど、それなりの意義、利用価値はあると思うが、どうも最近はその弊害の方に目が向いてしまう。

電車の中では相変わらず多くの人がスマホ片手に何やらしているが、目を悪くしないだろうかと他人事ながら心配になる。
また当方パソコンでも文章を読むのに、画面上ではよく理解できない(頭の中に入らない)ことも多く、その場合はいちいち印刷して読んでいる。
若い人たちはこのようなことはないのだろうか。
最近は授業でもタブレットを使っているようなので、慣れれば平気なのかもしれないが。


ところで、SNSの問題点、弊害については今更列挙することもないだろうが、一応総務省が纏めたアンケート結果を記しておく。

[ソーシャルメディアの情報発信者が経験したトラブル](2018年の調査結果)

「自分の発言が自分の意図とは異なる意味で他人に受け取られてしまった(誤解)」
「ネット上で他人と言い合いになったことがある(けんか)」
「自分は軽い冗談のつもりで書き込んだが、他人を傷つけてしまった」
「自分の意思とは関係なく、自分について他人に公開されてしまった(暴露)」
「自分は匿名のつもりで投稿したが、他人から自分の名前等を公開されてしまった(特定)」
「他人が自分に成りすまして書き込みをした(なりすまし)」
「自分の書いた内容に対して複数の人から批判的な書き込みをされた(炎上)」
「自分のアカウントが乗っ取られた結果、入金や商品の購入を促す不審なメッセージを他人に送ってしまった」


今回なぜSNSの問題を取り上げたかと言うと、先日行われた東京都知事選で元安芸高田市長の石丸伸二氏が若者たちを中心にした265万票という立候補者中2番目の高得票を獲得したから。
この人の市長時代及び今回の都知事選の選挙活動を見ると、その特徴はネットメディアのフル活用と言うこと。これが若者受けしたという事のようだが、当方としては気になることでもある。

石丸氏は市長時代もそうだったが、この人の言動の特徴はネットを利用して「煽る」ということ。
今回の街頭演説でもプラカードに「撮影OK、拡散歓迎」と書いて、若者たちにネットへの投稿を促し、若者たちは閲覧数の獲得に繋がるからか、演説を撮影した動画をこぞってネットに投稿し、これが拡散していった。

若者たちはなぜ石丸氏に投票したのだろうか。

当方当初、同氏の演説会の様子をTVで見たときは、声を張り上げるでもなく静かな口調で、むしろ印象は良かったが、選挙直後のTVでのコメンテーターたちとのやり取りでは、まともに受け答えをせず、偉そうな態度で話をそらしたり、質問者を子馬鹿にしたりしており、不愉快な気持ちになった。
その後TV局のワイドショー等に度々顔を出すようになり、この時は選挙後の周囲からの批判が身に染みたのか、選挙直後のような傲慢な態度は身を潜めるようになったが、逆にメディアや質問者たちに迎合するような態度が目立つようになり、質問に対する答えも一般的なことばかりで、知識の浅さが浮き彫りとなるようなものだった。
これら(市長時代、都知事選、ワイドショー出演など)を振り返ってみると、この人の関心、目的は政治ではなく、ともかく自分を売り込むことではなかったかと思えてくる。(これらによるネット収入もかなりのものだったようだが。)
更にこれ迄の言動が(反発も承知の上での)全て意図的なものだとしたら、相当計算高い人物ということになる。

当方、石丸氏の街頭演説の様子をネット動画で再度見てみたが、どこの場所でも同じように、自分の経歴と、「東京を動かそう」「都政の見える化、分かる化」ということを繰り返すばかりで、政策については「政治屋をなくす」「政治を変えよう」と言った後、3本の柱として「政治再建」「都市開発」「産業創出」ということを述べていたが、単に単語を断片的に並べただけで、後はYouTubeを見てくれとのこと。そして最後は「皆さん、撮影した動画は友達に送って拡散してください」というものだった。
(YouTubeを見てみたが、政策については3本の柱が書かれているが、中身は具体性のないものだった。)

街頭演説の内容はこれでもかまわないが、問題はその手法で、同氏は市長時代にもいわゆる「切り抜き動画」を多用(許容)しており、今回も同じ様な方法で挑んでいたようである。

*「切り抜き動画」
市議会をはじめとする市の公式映像などをもとに、第三者が短く編集・加工し、SNSにアップされたもの。
例えば、質問を行った市議の質問の前提が間違っているとして「バッジを外せ」と石丸氏が求める動画や、居眠りが疑われる議員を巡り議長に異議を唱える様子などが「切り抜き動画」として使われている。
当時の石丸市長が相手を斬り捨てていく「切り抜き動画」はYouTubeなどに多数投稿、拡散されたが、石丸氏側もこうした動画の拡散を許容し、知名度アップの一因にもなったとされている。

選挙後、「石丸構文」という言葉が流行ったが、これは「質問に対して質問を返す、質問内容がおかしいと一蹴するなどの、会話がかみ合わない発言」のことを言うらしい。

Yahoo知恵袋に次のように説明している人がいた。
「実際には中身がない者が答弁に詰まった際に用いる屁理屈・小理屈のこねくり回しと、意味不明な質問返しを繰り返す事で急場を凌ぐ論点ずらしの手法。
特徴として、頭が悪い者が賢者ぶる時に多用する、実に狡猾で浅はかな対処法です。」


石丸氏の悪口を言うのがここでの趣旨ではないので、このことについてはこれ以上は書かないが、当方が危惧しているのは次のようなこと。

つまり、ネット社会が広まると、人々はあまり深く物事を考えなくなるということ。
昔、文章の「行間を読む」という言葉があったが、今は行間どころか文章自体も読まなくなっているのではないだろうか。
Twitterなどはその名の通り短い文章を売りとしており、他のSNSは画像・映像中心となっている。
特に最近はTikTokなどのように動画時間も短くなり、テロップも短く貼り付けるだけ。

今米国では、トランプ氏などはTwitterなどを多用し短い言葉で、嘘も織り交ぜて人々を扇動し、人々も大手メディアは信用できない、SNSのみを信用するという人たちが増えている。

我々日本人から見ると、あれほど非常識ででたらめなトランプ氏の人気がなぜ高いのかと疑問に思うが、それは「反エスタブリッシュメント」つまり「既成政治に不満や反感を持ち、政治の変革や刷新を求める人々」を引き付けたからであり、民主党はエスタブリッシュメント(特権階級)の集まりと見られているからのようである。

日本でも今回石丸氏があれだけの票を集めたのは、ネットメディアを上手く利用したということの他に、人々に既成政党への不信感、反発があり、この点「政治を変えよう」ということをしきりに繰り返していた石丸氏への共感があったからと思われる。
この点、スローガンに「Meke America Great Again」ということを掲げ、繰り返していた(今再度繰り返しているが)トランプ氏と共通した面があったかと思う。

米国の場合、政治に関して言えば、良し悪しは別として、近年大手メディアは共和党か民主党のどちらかに肩入れした報道をする傾向にある。例えばCNNは民主党(リベラル)、FOXニュースは共和党(保守)というように。
日本の場合は、大手メディアは両論併記で、自分たちの意見はほとんど述べないが、それだけに物足りなさを感じる時がある。どちらが良いかは意見の分かれるところであろう。

(*CNN、FOXはいずれもケーブルTV。3大ネットワークTVのNBC、ABC、CBSは一応中道だが、どちらかというとリベラル寄りか。新聞ではNYタイムズ、ワシントンポストはリベラル。
日本の場合、傾向としては、新聞では読売、産経は保守、朝日、東京はリベラル、毎日は一応中道だがリベラル寄り。TVでも同様だが、米国ほど極端ではない。)

ただ米国にせよ日本にせよ、大手メディアは物事の真偽は一応検証するので、この点に関しては概ね信用できる。
一方SNSの場合、発信者はほとんど個人なので、自分の主観で発言、発信し、内容も真偽のほどは定かではない。
また読む方も、自分の考えに沿ったもの、好みに合ったものしか読まなくなるので、判断も偏ったものになりがちである。

繰り返しになるかも知れないが、当方SNSそのものを否定しているのではないのと同様、選挙でSNSを利用することが悪いと言っているのではない。このこと自体は法律違反でも何でもない。
要はその使い方、内容だということ。そして問題は(注意しなければならないのは)受けて側にあるということ。

石丸氏の選挙活動も、若者たちの政治に対する関心を呼び起こすという意味では貢献したと思うが、このような手法が広まり、人々(特に若者たち)がよく考えずに、ただ雰囲気に流されて投票してしまうようになると、政治の質は今よりも更に低下してしまうのではないかと、それが危惧される。
とは言え日本人の多くは、一般的な米国人のように狭い視野の単細胞ではなく、知性や教養、常識もあるので、今の米国のように極端な方向に向かうことはないだろうとは思っているが。

若者たちもSNSの弊害については分かっているようだが、多くの人や仲間と繋がっていたい、話題で仲間外れになりたくないなどの理由により、SNSから離れられず、むしろのめり込んでしまっているというのが実情なのだろう。

 

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内部告発と権力と組織

2024-07-19 14:35:29 | 話の種

「内部告発と権力と組織」

兵庫県知事に対するパワハラの内部告発と、告発者である元県民局長の死をめぐって、このところ連日のように報道がなされている。

報道によればこの問題の経緯は次の通り。

3月中旬、元局長が告発文書を県議などに送る
3月27日、知事は元局長を解任し、3月末の退職を取り消す
4月初旬、元局長は県の公益通報窓口にも同じ内容を通報
4月16日、告発文書にある「物品の受取」について、県産業労働局長が受け取っていたことが判明
5月7日、知事は元局長に対して、停職3ヶ月の懲戒処分を行う
5月21日、知事が第三者機関による調査を表明
6月13日、県議会で百条委員会の設置が決まる
7月5日、県議会事務局が元局長に対して告発文書などの提出を要請
7月7日午前、元局長は告発文書をメールで県議会事務局に送信
7月7日午後、元局長の死亡が判明

朝日新聞は7月12日の社説で次のように書いている。(抜粋)

「(告発)文書の内容を見極めるだけでなく、県が男性にとった対応が適切だったかどうかの検証を忘れてはならない。

県は3月末、男性が文書を出したことを認めたとして、処分の検討に入った。斎藤知事は会見で「業務時間中に、嘘八百含めて、文書を作って流す行為は公務員として失格」と厳しく非難し、懲戒処分を行う方針を表明。4月の会見では「当該文書は、県の公益内部通報制度では受理していないので、公益通報には該当しない」と述べた。

男性はその後、県への公益通報手続きを行ったが、県の人事課は調査を続行。「文書の核心部分が事実ではない」として、5月に他の理由も併せて男性を停職3カ月の処分にした。」

ここでの問題は、告発文書に書かれた知事の言動は勿論だが、当方がそれ以上に問題と思うのは、県庁内部の組織の対応である。
元局長の当初の告発が公益通報に当たるかどうかは今後の判断を待つとしても、その後元局長が県の公益通報窓口に手続きをした後も、県は公益通報窓口とは別に内部調査を行い、告発内容を真実ではないとして、元局長を停職3ヶ月の懲戒処分にしている。(その後告発内容は事実との証拠も出てきている)

内部告発とその後の組織の対応については、「鹿児島県警問題にみる権力と報道の問題点」のところでも述べたが、この時は、鹿児島県警の前生活安全部長が県警本部長が署員の犯罪を隠蔽したとして内部告発したが、県警はこれに対し告発者である前安全部長を守秘義務違反として逮捕・起訴している。

(*鹿児島県警の問題については、大手メディアはさほど大きく取り扱っていなかったが、今度の兵庫県知事の問題についてはTVも含め連日報道している。この違いは何だろうか。
鹿児島県警問題の報道は地方のウェブメディアから端を発しており、大手メディアとしては二番煎じとなるような報道にはあまり身が入らないということなのだろうか。)

今回取り上げた2例はいずれも権力を持つ相手を内部告発したものだが、通常、告発の対象者が権力者や組織の上層部ともなれば、告発したくても余程の覚悟がない限りなかなか出来るものではない。(これ迄述べてきたようなケースがその結果を如実に示している。)

*兵庫県知事問題では、元局長は「死をもって抗議する」という趣旨のメッセージを残しているが、今思うと凄い迫力である。(遺族はこれを百条委員会に提出している。)

この2例に共通しているのは、告発者がそれぞれの組織の幹部で、60才という定年退職の直前に内部告発をし、これに対して告発された「長」の部下たちが、告発者の処分に組織ぐるみで動いたということ。
告発した人たちは「長」たる人の行為に問題があると分かっていても、家族の生活などのこともあり、退職の間際でなければこのような内部告発は難しかったのではと思われる。

7月12日付朝日新聞には次のような記事もあった。
「公益通報者が処分を受ける事例は相次いできた。消費者庁が弁護士チームに依頼して2006年以降の裁判例を集めたところ、解雇や配置転換など、不利益な扱いが争点となった訴訟が84件あり、うち44件の判決で処分無効などの判断が示された。」

今後これらの問題がどのような結果になるかはまだ分からないが、内部告発者を守るという観点では、今の制度ではまだ不十分と言わざるを得ない。
(*改正公益通報者保護法が2022年6月に施行されたが十分に機能しているとは言えず、引き続きの検討が必要である。)


(参考)

「公益通報と内部通報の違い」
公益通報と似た言葉に内部通報がある。 よく混同されるが、内部通報は、企業内部の問題を知る労働者から、違法行為等に関する情報を早期に入手し、未然防止・早期是正を図る仕組みのことで、法律で定められた用語ではない。 一方、公益通報は、公益通報者保護法によりその定義が定められている。

「公益通報者保護法」
公益通報は「労働者などが、不正の目的でなく、組織内の通報窓口や権限のある行政機関、報道機関などに通報すること」と定めており、通報を理由とする降格など不利益な取り扱いを禁じている。
(*「不正の目的でなく」というのは「不正の利益を得る目的、他人に損害を加える目的、その他の不正の目的でなく」という意味。)

「百条委員会」
自治体の事務に関して疑惑や不祥事があった際、事実関係を調査するため、地方自治法100条に基づいて地方議会が設置する特別委員会。 関係者の出頭や証言、記録提出を求めることができるなど強い調査権限を持つ。

 

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裁判について

2024-07-17 15:28:17 | 話の種

「裁判について」

最近裁判の話を多く取り上げたので、裁判について少し整理しておく。

裁判所が扱う訴訟のうち、主なものは次の3つ。

1.「民事訴訟」
対象:私的な権利や義務に関する紛争
当事者:原告と被告
目的:権利の確認、履行の請求、損害賠償など

2.「刑事訴訟」
対象:犯罪行為
当事者:国家(検察)と被告人
目的:犯罪の有無の判断、有罪の場合の刑罰の決定

3.「行政訴訟」
対象:行政機関の決定や行為
当事者:原告(市民や法人)と行政機関
目的:行政処分の適法性や適正さの判断


*国を相手とした行政訴訟の場合、国側の代理人は国家公務員である法務官僚(一般的には法務省の職員)や弁護士が担当する。(具体的には法務省の訟務局やその地方支部が担当し、国家を代表して防御や主張を行う)

*「水俣病訴訟」「薬害エイズ訴訟」「ハンセン病国家賠償訴訟」「諫早湾訴訟」などの薬害問題、公害問題などは、警察と同様、民事不介入の原則から検察は一切関与していない。検察が関与するのはあくまでも刑事事件(訴訟)のみである。

*民事不介入といっても、事件に刑事事件の対象となる犯罪行為に該当するものがあったかどうか、判断が難しいものも多くある。これを理由に摘発をせず、深刻な事態を招いた例もあるが、一方不当に介入すれば権力の濫用ということにもなりかねず、いろいろと議論が分かれるところでもある。

*法律上直接に民事不介入の原則を定めた規定はないが、警察法第2条第2項が以下のとおり定めていることに民事不介入の法的根拠を求める見解もある。
「警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきであって、その責務の遂行に当っては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない。」(警察法第2条第2項)

*民事事件には「民事訴訟」以外に「民事調停」も含まれるが、この場合当事者の呼び名は原告・被告ではなく、申立人・相手方となる。
家事事件の「家事調停」も同様。但し「家事審判」の場合は相手側はいないので、当事者は申立人のみとなる。(後述、性別変更の審判などはこの例)

 

ところで最近の裁判で、原告側或いは申立人側の意向に沿った決定が相次いでなされている。

新聞記事の表題及び概要のみ記しておくと、

・7月11日付朝日新聞(朝刊)
「トランス女性訴え」「性別変更 手術なし認める」
「外観要件 手術必要なら違憲疑い」
「「自分の性で生きる」また一歩」
「申立人「生きにくさから解放」」

「出生時の性別は男性で、女性として生活するトランスジェンダー(トランス女性)が、戸籍上の性別変更を求めた家事審判の差し戻し審で、広島高裁(倉地真寿美裁判長)が10日、性別変更を認める決定を出した。手術なしで男性から女性への性別変更が認められるのは極めて異例で、トランス女性に手術なしで性別を変更する道を開く司法判断となった。」

「この家事審判では最高裁大法廷が昨年10月、特例法の別の要件である「生殖腺がないか、その機能を永続的に欠く」(生殖不能要件)を「違憲で無効」と判断。だが、高裁段階で外観要件は検討されていないとして、この点の審理を差し戻していた。」

*性別変更の申し立てには、民事裁判のように対立する当事者はいないため、今回の高裁決定が確定した。高裁の判断は、他の裁判所の判断を拘束しない。

・7月12日付朝日新聞(朝刊)
「旧統一教会 審理差し戻し」
「「賠償求めぬ」念書無効」「献金勧誘 違法性に基準」「最高裁初判断」
「違法勧誘の判断基準「画期的」」
「念書無効「やっと認められた」」

「世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に、母親(故人)が高額献金をした60代女性が、教団側に賠償を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第一小法廷(堺徹裁判長)は11日、信者だった母親が「教団に賠償を一切求めない」と書いた念書を「公序良俗に反し、無効」と判断した。」

*(田近肇・近畿大教授(憲法、宗教法人法)の話)

「公序良俗に違反、類似訴訟へ影響」
「献金勧誘がどんな場合に違法と判断されるか、教団に対する訴えを起こさないことを約束する「念書」などはどんな場合に公序良俗に反するのか、判決はそれぞれについて判断の枠組みを示した。類似の裁判で広く使われる判例として、影響力が大きいと考える。」
「献金勧誘の違法性については、2022年制定の不当寄付勧誘防止法上の配慮義務に違反したら違法だと評価され得ることを、最高裁が示したという意義もある。」

・7月12日付朝日新聞(夕刊)
「定年延長巡る判決、国側控訴せず確定 検事長人事の関連文書」

「東京高検検事長だった黒川弘務氏の定年を延長した2020年の閣議決定をめぐり、神戸学院大の上脇博之教授が関連文書を不開示とした国の決定を取り消すよう求めた訴訟で、決定の一部を取り消した大阪地裁判決が確定した。控訴期限の11日までに上脇氏、国の双方とも控訴しなかった。」

*検察官の定年は検察庁法で「63歳」(検事総長は65歳)と定められていたが、当時の安倍晋三政権が、延長規定を検察官として初めて定年目前の黒川氏に適用した。法改正を経ず「政権が重用する黒川氏を検事総長にするためだ」と批判が相次いだ。

(余談)
安部元首相がらみの事件をチェックしているなかで、「アベガー」という言葉に出会った。
調べてみたら、「安部がー」という意味で、何でも安部氏のせいにして批判する、ということを批判するネット用語らしい。

 

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国家機関と人事制度/任命権者

2024-07-15 15:47:21 | 話の種

「国家機関と人事制度/任命権者」

今回、裁判所、検察、警察などに関する事案を纏めている過程で、「忖度」ということが気になったので、公務員と言われる人たちの人事、任命権者は誰なのか整理してみた。(当方が関心のあるもののみ記載)

「任命権者と任命対象者」

任命権者:任命対象者

[天皇]
天皇:内閣総理大臣、最高裁判所長官

[立法府]
衆議院:衆議院議長
参議院:参議院議長
衆議院議長・参議院議長:当該議員の議員法制局長

[行政府]
内閣:内閣官房副長官、内閣法制局長官、検事総長、次長検事、検事長、人事院総裁
内閣総理大臣:国家公安委員会委員、公安審査委員会委員長及び委員
国家公安委員会:警察庁長官、警視総監、道府県警察本部長、地方警務官
警察庁長官:警察庁職員
各省大臣:各省職員
外局の長:当該外局の職員
人事院総裁:人事院職員

[司法府]
最高裁判省・各地の高等裁判所・地方裁判所・家庭裁判所:当該裁判所の裁判官以外の職員
最高裁判所:各地の検察審査会事務官及び事務局長
各地の検察審査会事務局:各地の検察審査員(くじによる)
検察審査員:各検察審査会の会長(委員の互選による)

[地方公共団体]
警視総監:東京都警察職員
道府県警察本部長:当該道府県警察職員

(参考)
[内閣官房]:内閣の補助期間
組織:内閣総理大臣ー内閣官房長官ー内閣官房副長官ー(各組織)
*内閣官房長官ー内閣人事局長ー(内閣人事局)
*内閣官房長官は行政事務を分担管理しない国務大臣

行政機関の任命権者のトップは当然のことながら内閣総理大臣。
また、三権分立の建前から、行政府の長である内閣総理大臣、司法府の長である最高裁判所長官の任命権者は「天皇」と形式的になっている。

*最高裁長官は内閣が指名すると憲法で明記されているが、首相が現職長官の意見を聞いたうえで了承するのが慣例となっている。

ここで注目されるのは、「検察」は組織上、行政機関であり、その長である検事総長や幹部の任命権は内閣にあるということ。日本の場合、検察に起訴、不起訴の裁量が与えられており(「起訴便宜主義」)、司法の側面も担っている。
(*従って検察を行政府から切り離すか、「起訴法定主義」にしたほうが良いのではとの指摘もある。)

*起訴法定主義:
刑事司法手続において証拠が存在するときや特定の犯罪に関する事件などについては検察官の不起訴裁量を認めない原則。 検察官に公訴(刑事訴訟)の提起を義務付けることを目的としており、1877年にドイツで採用された。

また「内閣人事局」だが、これは2014年安倍内閣の時に創設されたもの。
(*これ以降、昇格を人質にとられた官僚側に政治家の顔色をうかがう傾向が出てきたとの指摘もある。)

*内閣人事局には担当大臣が置かれており、現在は河野太郎国家公務員制度担当大臣が、国家公務員の人事行政及び国の行政組織を担当している。また、内閣人事局長は内閣官房副長官を充てることとされており、栗生俊一内閣官房副長官が担当している。


「序列と階級」

[省庁]

内閣総理大臣、大臣、副大臣、大臣政務官、事務次官(国家公務員のトップ)、外局長官、官房長(大臣官房のトップ)、局長、部長/審議官、局次長、課長、課長補佐、室長、企画官/専門官、係長、主任

[検察]

検察官の階級は検察庁法3条により次のようになっている。

検事総長、次長検事、検事長、検事、副検事

検事は,司法試験合格者である必要があるが、副検事は、一定の司法・行政事務に一定期間携わった者に資格が与えられることとされており(検察庁法施行令2条)、そのほとんどが検察事務官経験者。
なお,上記とは別に検事正という官職があるが、検事正は官名ではない。

[警察]

警察の階級は警察法第62条により次のように規定されている。

警視総監、警視監、警視長、警視正、警視、警部、警部補、巡査部長、巡査

巡査: 各警察署の交番などに勤務
巡査長: 階級として正式な名称ではないが実務上存在する役職
巡査部長: 担当部署の主任格
警部補: 警察署で「係長」職に相当
警部: 警察本部の「課長代理」、警察署の「課長」職に相当
警視: 警察署の「署長」「副所長」「課長」などの役職を担当
警視正: 警察本部の「部長」「参事官」、大規模警察署の「署長」などの上級管理職 
警視長: 警視庁の「部長」、警察本部の「本部長」などに就く階級
警視監: 警察庁の「次長」「局長」「官房長」、警視庁の「副総監」などに就く階級(定員は38名)
警視総監: 日本警察のトップ(椅子は1つ)
 
*日本警察の実際の最高位は警察庁長官だが、警察庁長官は警察の階級制度が適用されないため、階級制度上では警視総監が日本警察のトップという扱いになる。

*キャリア・準キャリアとノンキャリア:
「キャリア」:
「国家公務員総合職試験」に合格して警察官になった人。幹部候補。
 階級は「警部補」からのスタート。
「準キャリア」:
「国家公務員一般職試験」に合格して警察官になった人。警察庁採用の警察官として働く。
 階級は「巡査部長」からのスタート。
「ノンキャリア」:
 上記以外の人たち。
(各都道府県の警察採用試験に合格し警察学校を卒業後、巡査からスタートした人たち。)

*警視正以上の階級はノンキャリアでは昇任するのが非常に難しく、警視正以上はほぼキャリアと準キャリアしかいない。

*刑事:
刑事課配属の刑事事件を担当する警察官。(「刑事」という階級名は存在しない)
刑事と呼ばれるのは「巡査」や「巡査長」の階級の警察官で、管理職はそれぞれ役職で呼ばれる。
(「巡査部長」は刑事の中では「部長刑事」と呼ばれることもある。)
「刑事」になるのに階級は関係ない。

 

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検察が自民党裏金問題で不起訴処分

2024-07-14 11:50:54 | 話の種

「検察が自民党裏金問題で不起訴処分」


自民党の裏金問題で今年1月検察は安部派幹部5人の立件を見送ったが(この時は他の安部派議員3人と秘書らが立件されている)、一昨日(7/8付)は告発されていた計16人の国会議員や元議員を不起訴処分とした。(派閥の収支報告書にウソの内容を記載していたとされる3派閥8議員については「嫌疑なし」、派閥から受け取ったキックバックを自らの政治団体の収支報告書に記載しなかった11人については「嫌疑不十分」だった(3人は重複)。)
(この他、派閥や各議員の会計責任者など24人については「起訴猶予」または「嫌疑不十分」、2人については「被疑者死亡」で不起訴処分とした。)(従って今回は計42人が不起訴)

*不起訴処分:検察官が「起訴しない」とする決定
*不起訴処分の種類:
 ・嫌疑なし(犯罪を犯していない、嫌疑がないとされるケース)
 ・嫌疑不十分(完全に嫌疑がなくなったわけではないけれど証拠が不十分なケース)
 ・起訴猶予(諸事情によりあえて起訴しない決定)

*立件:
刑事事件が起こった際、テレビ報道などで立件という言葉を耳にするが、立件とは、法律用語ではなく、定まった明確な定義があるわけではない。一般的に、「検察官が公訴を提起できる要件が備わっていると判断し、事案に対応する措置をとること。」という風に理解される。テレビ報道においては、警察が逮捕したという意味で使うこともあれば、検察官が起訴という意味で使うこともある。

検察は今年1月に安部派議員3人を立件したが、安部派5人衆といわれる幹部の立件は見送っている。
これは不記載額3千万円を基準に線引きしたためで、「過去の摘発例を超える判断は公平性に欠け法的安定性を損なう」と述べているが、ちょっと待てよと言いたい。
最高裁は旧優生保護法問題で国の賠償責任を認めたが、これはかつて最高裁自身が下した「時の壁」という判断(判例)自体を変更したことによるもの。
裁判所は過去の判例を覆してまで正義を貫こうとしているのに、検察は未だに前例踏襲に拘って不正を見逃そうとしているのだろうか。過去の判断は間違っていたとは思わないのだろうか。
まず必要なのは法律に違反しているかどうかの判断で、金額の多寡はその次の問題である。
(金額の多寡というのは、事件の悪質度と同様、量刑にかかわる問題に過ぎない。)

日本の検察は「有罪となる確証がないと不起訴にする」傾向が強い、言い換えれば「確実に有罪判決を得られると確信した場合のみ起訴する」と言われているが、今回本当にその確証が得られなかったのだろうか。

政治家がらみの事件では特に不起訴が多い気がするが、どうも検察と言えども政治家に対する「忖度」があるとしか思えない。
(例えば、「もり・かけ・さくら」といわれる「森友学園」「家計学園」「桜を見る会」の問題など)

他方、検察は民間人相手の訴訟には異常なほどの執念を発揮する。
(例えば、「袴田事件」や「大川原化工機事件」など)

今回の裏金問題の42人不起訴処分についても、当然SNSでも国民の怒りが沸騰している。
「これで国民が納得すると思う?」
「一般人も一定額、脱税してもいいのですか?」
「これでは裏金や政治資金パーティーは無くならない」
「マジメに納税するのがアホらしくなる」
「もはや法治国家ならぬ犯罪者を野放しにする放置国家」など

この不起訴処分についても、当然告発した大学教授たちはこれを不服として、今後検察審査会に申し立てをする方針だが、思うような結果は期待できないだろう。
起訴相当あるいは不起訴不当となる確立はかなり低く、仮に裁判に持ち込めたとしても、有罪となる確立は更に低い。
(政治家がらみの事件で検察審査会の議決により、裁判で有罪となった例もないわけではないが、その場合でも有罪となったのは秘書で、政治家本人は無罪となっている。)

検察は日本では「起訴便宜主義」により、司法の側面も担っているが、組織上は行政機関であり、任命権者も内閣であることより、現行制度では検察がこのようになってしまうのは仕方がない(どうしようもない)ことかもしれないが、もういい加減に国民の声に耳を傾け、諸問題につき再考すべき時であろう。

*検察審査会とは:

検察審査会議において、検察が不起訴処分にした事案を、告発人からの申し立てにより、その可否を審査する。(非公開)
構成は選挙人名簿に基づきくじで選出された11人の検察審査員(任期6カ月)。(名前は非公開)

検察審査会議の議決は次の3種類。(議決書は非公開)
「起訴相当」(起訴すべきである)(*11人中8人以上の賛成が必要)
「不起訴不当」(更に詳しく捜査をすべきである)
「不起訴相当」(不起訴処分は妥当である)

・議決が「不起訴相当」となった場合は終結。
・議決が「不起訴不当」となった場合は、検察は再捜査を行う。その結果「不起訴」となれば終結。「起訴」となれば「裁判」となる。
・議決が「起訴相当」となった場合は、検察は再捜査を行う。その結果「起訴」となれば「裁判」となる。「不起訴」となれば再度検察審査会にかけられる。

再度行われた検察審査会議の議決は次の2種類。
「起訴すべき旨の議決(起訴議決)」(*11人中8人以上の賛成が必要)
「起訴議決に至らなかった旨の議決」

・議決が「起訴議決に至らなかった旨の議決」の場合は終結。
・議決が「起訴すべき旨の議決(起訴議決)」の場合は指定弁護士による起訴となり、裁判となる。

*起訴議決がされると、検察審査会の所在地を管轄する地方裁判所は、検察官の職務を行う弁護士を指定し、指定された弁護士は検察官に代わって起訴をして訴訟活動を行う。

(参考)

本日(7/10)検事総長交代の報道があった。(7/9付)
後任は畝本直美氏(62)で、女性で初めての検察トップへの就任となる。会見で「検察が国民の信頼という基盤に支えられていることを胸に刻み、適正な検察権の行使に努めたい」と抱負を述べているが、直前の東京高検検事長のときに自民党の裏金事件で捜査を指揮したが(安部派5人衆問題のとき)、派閥幹部が立件されなかったことでかなり批判を浴びている。果たしてこの人で大丈夫だろうか。

 

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最高裁が旧優生保護法に違憲判決

2024-07-14 11:48:31 | 話の種

「最高裁が旧優生保護法に違憲判決」

先日(7/3)このニュースを目にしたとき意外な感じがした。
というのも、三権分立にもかかわらず、最高裁ではこれまで国に配慮した判決がしばしばなされ、腹立たしく思うことが多かったから。(国会議員の選挙区定数是正の問題など)
またこの旧優生保護法の問題については、最高裁自身が「除斥期間」が適用されるとの判断を下しており、これまでの裁判では被害者側の損害賠償請求を認めてこなかったこともある。
(しかし、2022年の大阪高裁や東京高裁の判決以降潮目は変わってきたが。)

この問題を簡単に振り返ってみると、

1996年: 旧優生保護法が廃止され、「母体保護法」に改正された。これにより強制不妊手術の規定は削除されたが、被害者への補償措置は取られなかった。
2000年代以降: 被害者団体や人権団体が問題を提起し、旧優生保護法の被害者救済を求める運動が続けられたが、当時は具体的な訴訟には至らず、主に行政や立法府への働きかけが中心だった。

2018年:宮城県の女性が初めて国に賠償を求めて提訴。
これ以降、優生手術等に関する国家賠償請求訴訟が全国各地で提訴されてきたが、仙台、東京、大阪、札幌、神戸の各地方裁判所では、訴訟提起時には改正前民法第724条後段の除斥期間が経過していたことを理由に、原告の請求を棄却。
2019年: 被害者に一律320万円を支給する一時金支給法が成立。
(しかしこれは賠償ではなく、一種の見舞金という性格のもの)
2022年:大阪高等裁判所、東京高等裁判所において、除斥期間の適用を認めることは著しく正義・公平の理念に反するとして、除斥期間の適用を制限し控訴人への賠償を命じ、これ以降各地裁判所で同様の判断が続く。)
(しかし政府はあくまでも補償はしないという立場で、こうした判決を不服として原告側は控訴、上告を重ねる。)
2024年:今回の最高裁判決。

今回の判決の朝日新聞(7月4日付)の見出しと判決内容・理由を簡単に記しておくと、

(新聞の見出し)
「強制不妊 最高裁「違憲」」
「国に賠償命じる判決」「人権侵害重大 請求権消滅せず」

(判決骨子)
・旧優生保護法の強制不妊手術に関する規定は、個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反し、特定の障害がある人への差別で、憲法13条、14条に違反する。
・国民の憲法上の権利への侵害が明白な規定をつくった国会議員の立法行為は違法。
・今回の事案で「除斥期間」を理由に国が賠償責任を免れることは、著しく正義・公平の理念に反し容認できない。

*旧優生保護法:
1948年に「不良な子孫の出生防止」などを目的に議員立法で成立。遺伝性疾患や障害などがある人に本人の同意なく不妊手術の実施を認めていた。1996年に強制不妊手術に関わる条項は削除された。国によると、旧法下の手術は約2万5千件。(しかし本年5月末時点で1,110件に過ぎない。これは国が支給対象者に個別に通知していないことが理由でもある。)

*除斥期間:
法律で定められた期間のうち、その期間内に権利を行使しないと権利が消滅する期間。 
時効と異なり、中断や停止することはなく、期間の経過のみで権利が消滅する。

改正前の民法には、不法行為による損害賠償の請求権は不法行為から20年経つと失われるとの規定があり、最高裁は1989年、この規定について、中断や停止がある「時効」でなく、画一的な年月の経過である「除斥期間」との解釈を示していた。

(2020年4月に施行された改正民法では、この規定は時効と明示され除斥期間ではなくなったが、但し、改正民法の施行前に20年を過ぎた問題には遡って適用されないとしている。)

今回の判決が評価されるのは、
・「立法時点で既に違憲」と初めて明示し、法を作った国会の責任を断じていること。
・「除斥期間」として35年前に最高裁自身が下した判断(判例)自体を変更したこと。

また違憲判決の理由も明快で(それまでに各地高裁の判断があったとはいうものの)、これが15人の裁判官全員の結論というのも喜ばしい。
なぜもっと早くこのような判断を下さなかったのかと言うそしりは免れないが、ともかく国に対してこのような判決を下したということは評価される。

今回の判決で特に注目されるのは「除斥期間」の適用の制限と言うことで、今後他の訴訟にも影響してくることは必至である。

(参考)

昨日(7/9)最高裁長官交代(7/8付)の報道があった。
後任には今崎幸彦・最高裁判事(66)を指名する人事を内定したとのこと。(8月10日以降就任予定)
この人は最高裁刑事局長や同事務総長、東京高裁長官を経て、2022年6月に最高裁判事に就任。
戸籍上の性別変更に生殖能力を失わせる手術を必要とする性同一性障害特例法の規定を「違憲・無効」とした昨年10月の最高裁大法廷決定や、旧優生保護法を「立法時点で違憲」とした今月3日の大法廷判決に加わっている。
また、戸籍上は男性だが女性として暮らすトランスジェンダーの経済産業省職員が、省内での女性トイレの使用を制限されたのは違法だと訴えた訴訟で、制限を認めた人事院の判定を違法とした昨年7月の最高裁判決で裁判長を務めている。期待したい。

 

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権力にしがみつく人たち

2024-07-13 15:42:54 | 話の種

「権力にしがみつく人たち」

本日(7/13)付「天声人語」に次のような記事があった。

(天声人語)引き際の美学
「一国の指導者として、理想的な引き際とは何か。私が見たなかで最もそれに近いのは、ニュージーランドの首相を務めたジョン・キー氏の辞任だ。8年前の記者会見で突然、「今が去るべき時だ」と表明した。当時55歳。3度の総選挙に勝ち、カリスマ的な人気があった▼投資会社の敏腕ディーラーとして巨万の富を築き、40歳で政界に転身。7年で首相まで上り詰めた。辞任会見での言葉が印象深い。「長年、この決断に踏み切れない多くの指導者を見てきた。理由はわかる。辞めがたい仕事だからだ」▼貧しかった幼少時代から、「金持ち」と「首相」になるのが夢だったという。当時取材した側近の一人は「家族と過ごしたいと言いつつ、深く悩んでいた」と話した。夢を果たしたキー氏も、権力を手放すことには迷いがあったか▼「私は進み続ける」。日本時間のきのう、バイデン米大統領は記者会見で、大統領選からの撤退を否定した。初めの方でハリス副大統領を「トランプ副大統領」と間違えた衝撃から、声の張りや言い間違いばかりに気を取られてしまった▼権力を手放す決断には、生き方や哲学、流儀、利害や愛憎など「全人格」が凝縮されるそうだ。日本では、「潔さ」も重要な評価基準だという(塩田潮著『出処進退の研究』)▼どんなに辞めがたい仕事でも現実を直視し、未練なく去るのが理想か。バイデン氏は、続投したいのは「この仕事をやり遂げたい」からだとも繰り返した。引き際とは、かくも難しい。」

今回なぜこれを取り上げたかと言うと、当方もなぜバイデンは立候補を取りやめないのかと常々思っていたから。
そして期せずして現在、兵庫県知事のパワハラ問題の内部告発に端を発した辞任要求に対して、知事は辞任を拒否し続けているから。

バイデン大統領については、81才になってもまだ大統領を続けたいのかとあきれていたが、このところの醜態、また大統領候補を辞退すべきだとの各界からの声にもかかわらず、「私にはまだすべきことがある」として、これらには耳を貸さず意固地になっている。

兵庫県の問題では、その後の対応の問題もあり、副知事が「県政に停滞と混乱を招いたことより、誰かが責任を取らなければならない」として辞職を表明し、知事にも辞任を促したが、知事は「県民の負託を受けているので職務を続ける」としている。
知事の経歴を見たら、東大卒で元総務官僚だったということが分かり、なるほどなと思った。
(なお、内部告発した元県民局長は渦中に死亡しており、自殺とみられている。)

天声人語には、ニュージーランドのジョン・キー元首相のことが書かれていたが、ニュージーランドの首相といえば、当方にはアンダーソン元首相の方が強く印象に残っており、特にコロナ対策の手際のよさで名を馳せたが、この人の引き際も潔く見事だった。

権力にしがみついている人たちといえば枚挙にいとまがないので、列挙することはここでは割愛しておく。
ただ権力にしがみつく人たちは、自己中心で、周りが見えず、ただ醜いだけだということ。
多くの非難を浴びたならば、普通の人間ならとても耐えられないと思うのだが、これらの人たちの神経は図太くできており、蛙の面に小便で、何を言われても感じることなく平気なんだろうね。

 

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鹿児島県警問題にみる権力と報道の問題点

2024-07-07 16:58:25 | 話の種

「鹿児島県警問題にみる権力と報道の問題点」

この問題については、問題が多岐に渡っており、また新聞に報道された日と問題が生じた日との間で内容が行き来して分かりにくいので、まずは朝日新聞デジタルの記事に沿って、何があったかを時系列で整理してみる。
(要旨のみ記載)

・「鹿児島県警の一覧表が漏洩か 捜査を疑問視するウェブメディアが掲載」(2024年3月13日)
(内容は県警の「告訴・告発事件処理簿一覧表」を入手したウェブメディア「ハンター」が、昨年10月25日に県警の捜査について疑問を呈する自社記事を補強する材料として、その内容の一部を公開したというもの。
このハンターの記事は、新型コロナウイルス宿泊療養施設で女性看護師に同意なく性的行為をしたとして県医師会の元職員の男性が強制性交の疑いで書類送検されたが不起訴になった事件について報じており、この件に関する県警の捜査について疑問を呈する内容だった。)
(*この元職員の父親は元警官で、県警に相談に行ったとき、事件にならないから安心しろと言われたとの話もある。)
(*当時鹿児島県医師会の対応にも不審な点があったようである。)

*2024年4月8日鹿児島県警は福岡市にあるハンターを家宅捜索、パソコン等を押収。同日鹿児島では、県警の捜査情報などを「第三者」に流出した地方公務員法(守秘義務)違反の疑いで、元警備部公安課所属、藤井光樹巡査長(49歳)が逮捕された。
(*この巡査長が上述した事件の捜査資料を持ち出したということで逮捕された。)
(*またこの時押収したパソコンの中に、後述する県警本部長の隠蔽疑惑の告発者は前生活安全部長ということが分かったようである。この前生活安全部長は3月末で定年退職している。))

・「不祥事続く県警で警察署長等会議」(2024年4月20日)
「県警を巡っては、4月18日に不同意わいせつの疑いで警備部公安課課長補佐の警部(51)を逮捕。4月8日には捜査情報を外部に漏らしたとして、曽於署の巡査長(49)が地方公務員法違反(守秘義務違反)の疑いで逮捕されるなど、現職警察官の不祥事が続いている」

・「現職警察官を逮捕、約1カ月で3人目 鹿児島県警、今度は盗撮の疑い」(2024年5月14日)
「女子トイレで盗撮したとして、鹿児島県警は13日、枕崎署地域課の巡査部長、鳥越勇貴容疑者(32)=同県枕崎市妙見町=を建造物侵入と性的姿態撮影等処罰法違反の両容疑で逮捕し発表した」
(*この事件が発覚したのは前年の12月19日でその後しばらく捜査は中断していた。これを前生活安全部長は本部長の指示によるものだとして問題視したもの。))

・「警察の内部文書を漏らした疑い、鹿児島県警の前生活安全部長を逮捕」(2024年5月31日)
「監察課によると、本田容疑者は3月25日付で県警を退職した後の3月下旬、鹿児島市内で、生活安全部長在任中に入手した警察情報などが印字された複数枚の書面を封筒で第三者に郵送し、職務上知り得た秘密を漏らした疑いがある。」

・「「隠蔽が許せなかった」情報漏らした疑いで逮捕の前県警幹部が陳述」(2024年6月5日)
「鹿児島簡裁で前部長は意見陳述で、昨年12月に県警の現役警察官による盗撮事件があったが、野川明輝本部長が捜査に消極的だったと主張。別の不祥事についても「本部長指揮の事件」となったが公表されず、「不都合な真実を隠蔽しようとする県警の姿勢に失望した」「マスコミが記事にしてくれることで、不祥事を明らかにしてもらえると思った」と訴えた」

・「鹿児島県警本部長、「隠蔽」の有無明言せず、「捜査の中で確認する」」(2024年6月6日)

・「隠蔽疑惑」本部長説明は5分弱 前部長側「内部通報のようなもの」(2024年6月7日)
「前部長によると、昨年12月にあった盗撮容疑事件をめぐり、「容疑者は枕崎署の捜査車両を使っている」として署員の捜査を進めようとしたが、野川本部長は「泳がせよう」などと言って捜査に着手しなかったと主張。「本部長が警察官による不祥事を隠蔽しようとする姿にがく然とし、失望した」と批判した」
「前部長は、盗撮容疑事件を巡って「本部長が隠蔽しようとした」と主張。「不祥事が相次いでいた時期だったため、新たな不祥事が出ることを恐れた」とし、他にも市民から提供された個人情報をまとめた「巡回連絡簿」を使ったストーカー規制法違反容疑事件も公表されなかったと訴えている」

・「隠蔽の指示は一切なかった」鹿児島県警本部長、前部長の指摘を否定」(2024年6月7日)

・「鹿児島県警の内部文書、なぜ札幌に 前部長逮捕の発端は別事件」(2024年6月11日)
「県警が前部長の漏洩(ろうえい)容疑にたどり着いたのは、あるウェブメディアへの捜査がきっかけだった。
福岡に拠点を置く「ハンター」は、鹿児島県警が進める事件の捜査を批判的に報じていた。ハンターでは、前部長から内部文書を受け取った札幌市のライターが鹿児島県警の不祥事について、県警に公文書の開示を求めながらたびたび記事を執筆していた。
ハンターは昨年10月、事件に関する県警の内部文書「告訴・告発事件処理簿一覧表」を掲載した。今年3月中旬にも、別のウェブメディアが一覧表を掲載し、県警は約50人態勢の調査・捜査チームを発足させた。
そして4月8日、一覧表を外部に郵送したなどの疑いで、曽於署の元巡査長(49)を地方公務員法違反(守秘義務違反)の疑いで逮捕した。捜査関係者によると、県警はこの捜査の過程で、ハンターを主宰する男性の関係先を捜索。その際、前部長がライターに送った内部文書を発見した。ハンターを主宰する男性に、ライターが転送していたという。
前部長は10日に弁護人を通じて発表したコメントで、ライターが県警を糾弾するような記事をハンターで書いていたことなどを郵送した理由に挙げた。ただ、ライターとは面識がなかったとも説明した。前部長を知る警察関係者は「なぜ、通報先がライターだったのか疑問が残る。本部長の不祥事を訴えたいのなら、警察庁や公安委員会に伝えればよかった」と話した。」

・「本部長の「隠蔽」訴えた鹿児島県警前部長を起訴 守秘義務違反罪」(2024年6月21日)
「鹿児島県警の内部文書が漏洩(ろうえい)した事件で、鹿児島地検は21日、県警の前生活安全部長、本田尚志容疑者(60)を国家公務員法違反(守秘義務違反)の罪で起訴し、発表した。」

・「茶封筒の中に「闇をあばいて」 県警の内部文書受けたライターの悔恨」(2024年6月21日)
・「家宅捜索、守れなかった取材源 鹿児島県警前部長から文書受けたライター「小さなメディアでも許されない」」(2024年6月25日)

・「盗撮事件捜査が一時ストップ 本部長指示伝わらず、「私の説明不足」」(2024年6月25日)
「鹿児島県警元枕崎署員の盗撮事件を巡り、野川明輝本部長の指示が枕崎署長(当時)に適切に伝わらず、捜査が一時ストップしていたことが分かった。野川本部長は21日の記者レクで「私の説明がまずかったと思う」と述べた。
野川本部長らによると、同署は昨年12月19日に鳥越被告の関与が疑われる盗撮事件を認知した。3日後に署長が県警本部の首席監察官(当時)に報告。首席監察官は電話で当時の生活安全部長、本田尚志被告(60)に相談し、野川本部長に口頭で一報を入れたという。
その際、野川本部長は「犯人であるとの証拠が乏しかったので、証拠を収集したうえで、(鳥越被告が)被疑者として特定されたら、本部長指揮事件としてやろう」と首席監察官に指示し、捜査継続を署長に伝えるよう話したという。
しかし、署長は「客観的証拠がないので捜査は中止」と受け止め、22日に署員に誤った本部長指示を伝達。署長が25日に首席監察官に再確認して、署長指揮事件として捜査を継続するのが本部長の本意だったと判明した。この結果、22~24日の間、捜査がストップしたという。野川本部長は「私が相手の気持ちに立ってちゃんと説明しなかったのが原因」と述べた。」

・「鹿児島県警本部長を不起訴 犯人隠避容疑などで告発」7/6(土) 共同通信
「鹿児島県警の情報漏えい事件を巡り、鹿児島地検は6日までに、警察官による犯罪の捜査を行わないようにしたなどとして、犯人隠避などの容疑で県警トップの野川明輝本部長が刑事告発され、いずれも不起訴としたと明らかにした。5日付。
地検によると、枕崎署員の盗撮事件の捜査を行わないようにしたとの告発は嫌疑不十分、霧島署員のストーカー事件や、県警本部公安課警察官の情報資料漏えい事件を隠蔽したなどとの告発は嫌疑なしとした。」


経緯の記載がやや長くなったが、問題は大手メディアが本件についてどのように向き合ってきたかと言うこと。

当初当方が新聞でこの件での報道を目にしたときは、何のことか全く意味が分からなかった。記事も小さくまた内容も「内部文書漏洩の問題で県警の前生活安全部長が逮捕された」ということが強調され、前生活安全部長が述べた「県警本部長の隠蔽問題」は付け足しのような感じだった。
県警のウェブメディア家宅捜索の問題も、記事になったのはかなり後になってからである。
それまでは県警が発表することをそのまま記事にしたような感じで、前生活安全部長が述べた県警本部長の隠蔽問題はさほど重視されていなかった。
朝日新聞でさえこのような状態なのだから、他の大手メディアはどうだったのかおよそ想像はつく。
当方がようやく事の本質を把握できたのは、朝日新聞が「茶封筒の中に「闇をあばいて」、県警の内部文書受けたライターの悔恨」(2024年6月21日付)と題した記事を記載してからである。

*(県警本部長が不起訴となったことについては朝日新聞はまだ(7/7現在)報じていない。)

*(追記:本件については、朝日新聞は7/9の朝刊に小さな記事で報じていた。)


「腹が立つ事、腹が立つ輩たち」(2023年8月22日付)のところでも次のように述べたが、近年大手メディアの記者たちも(全部ではないが)サラリーマン化してしまい、昔のような正義感・使命感が失われてしまったように感じられるのは残念なことである。

「新聞で反権力と言えば朝日新聞がその筆頭と言えるが、近年どうも変節してきたように感じる。新聞社と言えども民間企業で経営上、発行部数による収入の問題もあるし、また広告収入などスポンサーの意向も無視するわけには行かないだろうが、近年経営側が取材側にあれこれ口をはさむことが多くなってきたように感じる。」
「新聞記者やジャーナリストだが、どうも近年、権力のある相手にはおもねいたり忖度したりするような傾向が見られる。政治部や経済部などはそうでないと取材相手から記事になるような話が取れないということもあるだろうが、もっと信念を持って取材して欲しいものである。
この点、私が好きなのは社会部の記者で正義感が強く気骨のある人たちが多い。しかし社会部の記者と言えども近年サラリーマン化し、前述のような人たちが増えてきたのは悲しいことである。」


○「(天声人語)隠蔽はない、以上?」(2024年6月12日)

「着任の記者会見では、目標を語った。「県民に信頼される、県民のための警察をめざす」。2年後の離任会見は、自画自賛だった。大きな事件は解決し、交通死亡事故も減少したのだから、「百点満点をつけてよいかと思う」▼1997年まで神奈川県警トップの本部長を務めた渡辺泉郎(もとお)氏の話である。その言葉に反し、彼は離任後に不正を問われた。県警が組織ぐるみで、警察官の覚醒剤使用をもみ消した事件だった▼公判では、自らの指示を認めている。「間違った職場愛から、くさいものにふたをする習性が身についてしまった」。執行猶予つきの有罪判決のなかで、裁判官は断じた。「法治国の基盤を危うくするもので、万死に値する」▼古い事件を思い出したのは、鹿児島県警の前幹部による異例の告発が明らかになったからだ。警察官に嫌疑がかかった事件を「野川明輝本部長が隠蔽(いんぺい)しようとした」という。真偽は不明だ。とうの野川氏は隠蔽を否定しているが、説明に言を尽くしているとは思えない▼県警は、情報を漏らした疑いで前幹部を逮捕した。告発された側が、告発した側を逮捕している構図である。当事者だけによる捜査で、真実は解明できるのか。不正はない、以上、といった釈明では誰も納得できまい▼神奈川県警の事件の後、富山県警でも、元本部長が事件のもみ消しで有罪の判決を受けた。「くさいものにふた」の隠蔽は本当になかったか。問われているのは、警察という組織そのものへの信頼である。」

○「(耕論)報道の自由、守るには」(2024年7月5日)
「鹿児島県警が、情報漏洩(ろうえい)事件の関係先としてウェブメディアを家宅捜索した。こうした強制捜査は、取材源の秘匿や報道の自由、知る権利をも脅かす。報道界はどう反応すべきなのか。」

・「強制捜査、知る権利脅かす」 小笠原淳さん(ライター)
 (要旨のみ記載)

「闇をあばいてください――。表紙にそう書かれた10枚の文書が私の元に封書で届いたのは、4月3日のことでした。内容は、鹿児島県警の警察署員の盗撮事件やストーカー事案などを告発するものでした。」
「県警は前生安部長の行為を公益通報ではないと主張しますが、組織内の不祥事の疑いを告発したもので、自浄作用を期待できないからこそ外部に追及を委ねた公益通報だと思います。しかし大手メディアは当初、容疑者側の言い分を伝える努力も見えず、告発された側である県警の一方的な見立てに沿った報道ばかりで、暗然としました。」
「今回の件で新聞やテレビの記者から取材を受け、何度も「なぜ知り合いでもないあなたに情報提供したのか」と問われました。私にも分かりません。ただ、私は逆に「なぜ皆さんに送られなかったのか、考えてみてください」と言いたい。記者クラブの大手メディア記者と捜査当局との「関係」は、警察幹部であればよく知っていたのでしょう。」
「いわゆる「サツ回り」から記者のイロハを学び、事件報道の取材源を当局に頼る「アクセスジャーナリズム」のあり方を、根本的に見直す機会にすべきです。」
「報道機関を捜索し、押収した資料を元に公務員を逮捕した例など、過去にないはず。取材源の秘匿を脅かす強制捜査は、報道の自由への重大な侵害です。今回のような捜査がまかり通ってしまえば、だれも内部告発などできなくなる。そうなれば国民の知る権利そのものが脅かされます。」

・「大手メディアも連帯して」 篠田博之さん(月刊「創」編集長)
 (要旨のみ記載)

「今回の事件は様々な意味で、大手メディアのあり方に対する大きな問題提起だったと思います。」
「まず、鹿児島県警の前生活安全部長の情報提供先が新聞社やテレビ局ではなかったことを、既存メディアは真剣に捉えるべきです。」
「ジャーナリズムの役割である権力監視において、特に全国紙は従来、一定の機能を果たしてきました。しかし今回、ウェブメディア「ハンター」がかなり前から鹿児島県警の問題を指摘していたにもかかわらず、どの社も後追い報道に及び腰でした。再審請求で弁護側に利用されないよう捜査書類の廃棄を促していたり、市民の個人情報を悪用して警察官がストーカー行為に及んでいたり……。その後明らかになった県警の不祥事は本来、地元の権力と距離を保てる全国紙こそが徹底した調査報道で追及すべきものでした。」
「さらに問題なのは、ハンターへの家宅捜索に対し、報道界全体の反応が冷淡なこと。もし強制捜査の対象が朝日新聞の総局や記者だったら、日本新聞協会もすぐさま声明を出したはずです。小さな独立メディアの受難を、あまりに自分事として捉えられていない。そこには、大手メディアと週刊誌、ネットメディアの間の対立も背景にあるかもしれません。県警もその分断を見越して今回、見せしめ的に捜索したのでしょう。」
「前生安部長が漏らした内容に個人情報が含まれていたことを殊更に強調する報道もあります。SNSでは、情報提供を受けたライターの小笠原淳さんやハンターが取材源を守り切れなかったことを問う声もある。しかしそれは、沖縄密約事件や奈良の医師宅放火殺人事件で、毎日新聞記者だった西山太吉さんやジャーナリスト草薙厚子さん、あるいは逮捕された情報源に対して使われた論点ずらしと同じです。」
「「取材源の秘匿を最大限尊重する」という民主社会の原則を踏みにじる強制捜査こそを問わねばならないのに、当時も情報提供や取材の手法の問題にすり替えられ、これにメディアが加担したことで、世の空気が変わってしまった。」

・「取材源秘匿権、明文規定を」 鈴木秀美さん(慶応大学教授)
 (要旨のみ記載)

「取材源を特定するために警察が強制捜査をしたのだとすれば、報道機関にとって、取材源秘匿権の侵害にあたり、憲法上許されない行為です。」
「ハンターという報道機関への警察の強制捜査について、日本のマスメディアはもっと抗議の声を上げるべきではないでしょうか。事態を見過ごしていると、大手メディアが守ってきた取材源の秘匿という核心部分も崩されることになるという危機感を持って欲しい。」
「強制捜査の令状を出したのは裁判官です。チェックの甘さを感じます。取材源秘匿権を脅かしかねず、憲法上の問題があるという認識が裁判所で共有されていないのは残念です。」

 

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