試写会場での映像だろうか。多くの若い女性が泣いていた。間違いなく、感動作なのだろうと思った。
何と言っても戦争中の実話である。
また、内容もさることながら、舞台がロシアであることも、人々の関心を強く引き付けるだろうとも思った。
現在ウクライナを攻撃し戦争を続けている国であり、かつて日本と戦った国。色々な意味で、人々の関心を掻き立てる作品だ。
主演は、クリント・イーストウッド監督の映画「硫黄島からの手紙」にも出演した二宮和也さん。再びの戦争映画。北川景子さんが妻役なのも魅力的だし、周囲を固める男性俳優陣も魅力に溢れた人気俳優ばかりだ。
ノンフィクションの映画作品の場合、書物で読んでから映画を見るか、見てから読むか迷うところだ。
今回の作品は、「泣ける」とか「感動作」という言葉が飛び交うので、こういった場合は冷静に原作から読んでみようと思った。
原作は辺見じゅん氏の「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」だ。講談社ノンフィクション賞と大宅壮一ノンフィクション賞をダブル受賞している。
本当は、それを読むのが一番良いのはわかっていたが、遅読の私。家の中は読んでいない本が溜まっている状態。ここでまた一冊増えると後回しになってしまう可能性がある。ということで、漫画家河井克夫氏が辺見じゅん氏の原作を漫画化した「ラーゲリ」を購入して読んだ。
実在した山本幡男さんは、ロシア語が堪能で大変な知識人でもあったようだ。
収容所という、必要最低限の衣食住もろくに満たされない生活環境の中で、句会や勉強会などを開催するなど、知的な活動を主導されていた。その活動を通じて、苦境の中にささやかな喜びと希望を見出し、俘虜仲間を鼓舞し続けていた。
世が世なら、才能豊かで成功者として人生を送られた方だろうと思われる。
異国のそれも極寒の収容所という過酷な状況下では、普通は自分の事で精一杯なはずだろうと思うが、人を思いやり、尚且つ希望を与えるなど常人では出来ない事だと思う。いかに人として優しく、心豊かで立派な人物であったかが、数々のエピソードを通じて語られる。
漫画上では大げさな表現は避け、ラーゲリでの出来事を原作に忠実に書かれているように感じられた。
巻末近くまで読んだ時、一瞬ハッとした。「嗚呼、この話は知っていた」と思い出したのだ。
それは中学か高校時代であったろうか。社会科の先生が授業を脱線し、熱心に語ってくれた話。それが、この山本幡男氏の遺書の話であった。
どこの学校でもそうだと思うが、社会科の教師、特に歴史に詳しい先生たちは、その豊富な知識ゆえ、様々な歴史にまつわるエピソードへと授業から逸脱していく人が多かった。私が習った先生達もご多分に漏れずそうだった。そして、それは授業より格段に面白い話が多いのである。
特に私は、授業の内容は全く耳に入らないのに、脱線話だけには集中してしまう生徒だった。
そんな脱線話の一つが、山本幡男氏のラーゲリの話だったのだ。
五十年以上の時を経て、あの時社会科の先生が語ってくれた話が蘇ったのだった。
学生の頃授業で聞いた山本幡男氏の遺書にまつわる話、それは正に奇跡的な物語だと感動した。そして、その後に真っ先に思ったのは、「記憶の悪い私がラーゲリに居合わせなくて、本当に良かったな」という愚かな安堵感だった。
我ながらしょうもない。