私は少し動揺しながら、薔薇を写しても良いか伺った。すると突然「持っていかれますか?」と問われたのだが、写すだけで良いと答えた。奥様は「どうせ切って捨ててしまうんだから、遠慮なさらずに」と仰った。けれども、私は頑なに辞退した。
奥様は庭仕事をしている最中のようで、裏庭の方へ行かれた。
私は可愛い薔薇を何枚か写し、立ち去ろうとしたが、不意にある思いが湧き上がった。
今日は娘が帰省する日。もし、いただけるものなら、この薔薇を家に飾って、娘を迎えてあげられたら、それは素敵な事だな等と思い始めた。
それで、一度は断っておきながら、また図々しいとも思いながらも、裏庭へ行って姿の見えない奥様に向かって、声をかけた。
先ほど断ったけれど、今日が娘の帰省の日なので…と、私の思いを伝えると、奥様は快く薔薇を切ってくださった。
お庭で美しく咲き誇っている薔薇を切ってしまうのは、私から見ると少し心苦しくはあったけれど、奥様は他にもピンクの薔薇を加えて下さった。
感謝の言葉を述べる私に、薔薇のトゲに気をつけるようにと言いながら、ビニールの袋に入れてくれた。
私は家に帰り、直ぐに花瓶に飾ってみた。娘が喜ぶ顔を思い浮かべながら、うれしかった。
夫と娘を空港へ迎えに行くと、飛行機は定刻よりも早く到着した。
久々の再会を喜び、帰途の車中は3人の会話が間断なく飛び交った。日ごろ無口な夫は、3カ月分ぐらいの量の話をしたと、後で娘と笑い合った。
夕食を終え、夫が先に寝床へ着いた後、娘が懐かしんで幼い頃のアルバムを開き始めた。長男より写真の量が少ないと、娘に文句を言われるけれど、生まれてから幼稚園までの分厚いアルバムが3冊ある。
アルバムを開くと、幼かった2人の子供達が笑顔でこちらを見つめている。どの写真も愛しい。
アルバムを見ながら、二人で思い出をあれこれ思い出し、笑った。
「この時に戻りたい」と無邪気に娘が言う。ココロの中で、「私も」と呟いた。
写真の中の30年近く前の私は、もはや自分とは乖離していて、どこかの女の人を客観的に眺めるような気分だ。
若くてまだ魅力もある生き生きとしている自分。
色々な事に毎日追われていたけれど、可愛い子供達と過ごす日々は、かけがえのないものだった。
今になって思うのは、幸せ過ぎたこの時期の「幸福」を、じっくり味わう時間が無かった事。それが少し悔しくて悲しい。こんなに一生懸命で、幸せに生きた時間はもう無いだろう。
私は写真の中の自分を自分自身と感じる事が出来ないまま、私がよく知るこの女性が、一生懸命毎日頑張っていた事を、心から褒めてあげたいと思った。
いただいた薔薇が、3日目で満開になった。