すそ洗い 

R60
2006年5月からの記録
ナニをしているのかよくワカラナイ

2023年12月13日 | 書籍
 



『中央公論』1956年(昭和31年)1月号に掲載された後、
5月号から12月号まで連載(全9回)

一月一日。………僕ぼくハ今年カラ、今日きょうマデ日記ニ記スコトヲ躊躇ちゅうちょシテイタヨウナ事柄ヲモアエテ書キ留メルコトニシタ。
僕ハ自分ノ性生活ニ関スルコト、自分ト妻トノ関係ニツイテハ、アマリ詳細ナコトハ書カナイヨウニシテ来タ。
ソレハ妻ガコノ日記帳ヲ秘ひそカニ読ンデ腹ヲ立テハシナイカトイウヲ恐レテイタカラデアッタガ、今年カラハソレヲ恐レヌコトニシタ。
妻ハコノ日記帳ガ書斎ノドコノ抽出ひきだしニハイッテイルカヲ知ッテイルニ違イナイ。
古風ナ京都ノ舊家ニ生レ封建的ナ空気ノ中ニ育ッタ彼女ハ、今日モナオ時代オクレナ舊道徳ヲ重ンズル一面ガアリ、
或ル場合ニハソレヲ誇リトスル傾向モアルノデ、マサカ夫ノ日記帳ヲ盗ミ読ムヨウナコトハシソウモナイケレドモ、
シカシ必ズシモソウトハ限ラナイ理由モアル。今後従来ノ例ヲ破ッテ夫婦生活ニ関スル記載ガ頻繁ひんぱんニ現ワレルヨウニナレバ、
果シテ彼女ハ夫ノ秘密ヲ探ロウトスル誘惑ニ打チ勝チ得ルデアロウカ。彼女ハ生レツキ陰性デ、秘密ヲ好ム癖ガアルノダ。
彼女ハ知ッテイルコトデモ知ラナイ風ヲ装イ、
心ニアルコトヲ容易ニ口ニ出サナイノガ常デアルガ、悪イコトニハソレヲ女ノ嗜たしなミデアルトモ思ッテイル。
僕ハ、日記帳ヲ入レテアル抽出ノ鍵かぎハイツモ某所ニ隠シテアルノダガ、ソシテ時々ソノ隠シ場所ヲ変エテイルノダガ、
詮索せんさく好キノ彼女ハ事ニヨルト過去ノアラユル隠シ場所ヲ知ッテシマッテイルカモ知レナイ。
モットモソンナ面倒ヲシナイデモ、アンナ鍵ハイクラデモ合イ鍵ヲ求メルコトガデキヨウ。
………僕ハ今「今年カラハ読マレルコトヲ恐レヌコトニシタ」ト云ッタガ、考エテミルト、実ハ前カラソンナニ恐レテハイナカッタノカモ知レナイ。
ムシロ内々読マレルコトヲ覚悟シ、期待シテイタノカモ知レナイ。
ソレナラバナゼ抽出ニ鍵ヲ懸かケタリマタソノ鍵ヲアチラコチラヘ隠シタリシタノカ。ソレハアルイハ彼女ノ捜索癖ヲ満足サセルタメデアッタカモ知レナイ。
ソレニ彼女ハ、モシ僕ガ日記帳ヲ故意ニ彼女ノ眼ニ触レヤスイ所ニ置ケバ、「コレハ私ニ読マセルタメニ書イタ日記ダ」ト思イ、
書イテアルコトヲ信用シナイカモ知レナイ。ソレドコロカ、「ホントウノ日記ガモウ一ツドコカニ隠シテアルノダ」ト思ウカモ知レナイ。


………郁子いくこヨ、ワガ愛スルイトシノ妻ヨ、僕ハオ前ガ果シテコノ日記ヲ盗ミ読ミシツツアルカドウカヲ知ラナイ。
僕ガオ前ニソンナコトヲ聞イテモ、オ前ハ「人ノ書イタモノヲ盗ミ読ミナドイタシマセン」ト答エルニキマッテイルカラ、
聞イタトコロデ仕方ガナイ。ダガモシ読ンデイルノデアッタラ、決シテコレハ偽リノ日記デナイコトヲ、
コノ記載ハスベテ真実デアルコトヲ信ジテホシイ。
イヤ、疑イ深イ人ニ向ッテコウイウコトヲ云ウトカエッテ疑イヲ深クサセル結果ニナルカラ、モウ云ウマイ。
ソレヨリコノ日記ヲ読ンデサエクレレバソノ内容ニ虚偽ガアルカ否カハ自然明ラカニナルデアロウ。
 
モトヨリ僕ハ彼女ニ都合ノヨイコトバカリハ書カナイ。
彼女ガ不快ヲ感ズルデアロウヨウナコト彼女ノ耳ニ痛イヨウナコトモ憚はばカラズ書イテ行カネバナラナイ。
モトモト僕ガコウイウコトヲ書ク気ニナッタノハ、彼女ノアマリナ秘密主義、
―――夫婦ノ間デ閨房けいぼうノコトヲ語リ合ウサエ恥ズベキコトトシテ聞キタガラズ、
タマタマ僕ガ猥談わいだんメイタ話ヲシカケルトタチマチ耳ヲ蔽おおウテシマウ彼女ノイワユル「身嗜ミ」、
ア 偽善的ナ「女ノラシサ」、アノワザトラシイオ上品趣味ガ原因ナノダ。
連レ添ウテ二十何年ニモナリ、嫁入リ前ノ娘サエアル身デアリナガラ、寝床ニハイッテモイマダニタダ黙々ト事ヲ行ウダケデ、
ツイゾシンミリトシタ睦言むつごとヲ取リ交ソウトシナイノハ、ソレデモ夫婦トイエルデアロウカ。僕ハ彼女ト直接閨房ノコトヲ語リ合ウ機会ヲ与エラレナイ不満ニ堪エカネテコレヲ書ク気ニナッタノダ。今後ハ僕ハ、彼女ガコレヲ実際ニ盗ミ読ミシテイルト否トニカカワラズ、シテイルモノト考エテ、間接ニ彼女ニ話シカケル気持デコノ日記ヲツケル。
 
何ヨリモ、僕ガ彼女ヲ心カラ愛シテイルコト、―――コノコトハ前ニモタビタビ書イテイルガ、
ソレハ偽リノナイコトデ、彼女ニモヨク分ッテイルト思ウ。
タダ僕ハ生理的ニ彼女ノヨウニアノ方ノ慾望よくぼうが旺盛おうせいデナク、ソノ点デ彼女ト太刀打たちうチデキナイ。
僕ハ今年五十六歳(彼女ハ四十五ニナッタハズダ)ダカラマダソンナニ衰エル年デハナイノダガ、
ドウイウワケカ僕ハアノコトニハ疲レヤスクナッテイル。正直ニ云ッテ、現在ノ僕ハ週ニ一回クライ、―――ムシロ十日ニ一回クライガ適当ナノダ。
トコロガ彼女ハ(コンナコトヲ露骨ニ書イタリ話シタリスルコトヲ彼女ハ最モ忌いムノデアル)
腺病質せんびょうしつデシカモ心臓ガ弱イニモカカワラズ、アノ方ハ病的ニ強イ。サシアタリ僕ガハナハダ当惑シ、
参ッテイルノハ、コノ一事ナノダ。僕ハ夫トシテ、彼女ニ十分ノ義務ヲ果タシ得ナイノハ申シワケガナイケレドモ、
ソウカトイッテ、彼女ガソノ不足ヲ補ウタメニ、モシ仮リニ、―――コンナコトヲ云ウト、私ヲソンナミダラナ女ト思ウノデスカト怒おこルデアロウガ、
コレハ「仮リニ」ダ、―――他ノ男ヲ拵こしらエタトスルト、僕ハソレニハ堪エラレナイ。僕ハソンナ仮定ヲ想像シタダケデモ嫉妬しっとヲ感ズル。
ノミナラズ彼女自身ノ健康ノコトヲ考エテモ、アノ病的ナ慾求ニ幾分ノ制御ヲ加エタ方ガヨイノデハアルマイカ。
………僕ガ困ッテイルノハ、僕ノ体力ガ年々衰エヲ増シツツアルコトダ。
近頃ノ僕ハ性交ノ後デ実ニ非常ナ疲労ヲ覚エル。ソノ日一日グッタリトシテモノヲ考エル気力モナイクライニ。
………ソレナラ僕ハ彼女トノ性交ヲ嫌きらッテイルノカトイウト、事実ハソレノ反対ナノダ。
僕ハ義務ノ観念カラ強しイテ情慾ヲ駆リ立テテイヤイヤ彼女ノ要求ニ応ジテイルノデハ断ジテナイ。
僕ハ幸カ不幸カ彼女ヲ熱愛シテイル。ココデ僕ハ、イヨイヨ彼女ノ忌避きひニ触レル一点ヲ発あばカネバナラナイガ、
彼女ニハ彼女自身全ク気ガ付イテイナイトコロノ或ル独得ナ長所ガアル。僕ガモシ過去ニ、彼女以外ノ種々ノ女ト交渉ヲ持ッタ経験ガナカッタナラバ、
彼女ダケニ備ワッテイルアノ長所ヲ長所ト知ラズニイルデモアロウガ、若カリシ頃ニ遊ビヲシタコトノアル僕ハ、彼女ガ多クノ女性ノ中デモ極メテ稀まれニシカナイ器具ノ所有者デアルコトヲ知ッテイル。
彼女ガモシ昔ノ島原しまばらノヨウナ妓楼ぎろうニ売ラレテイタトシタラ、必ズヤ世間ノ評判ニナリ、
無数ノ嫖客ひょうかくガ競ッテ彼女ノ周囲ニ集マリ、天下ノ男子ハ悉ことごとク彼女ニ悩殺サレタカモ知レナイ。
(僕ハコンナコトヲ彼女ニ知ラセナイ方ガヨイカモ知レナイ。
彼女ニソウイウ自覚ヲ与エルコトハ、少クトモ僕自身ノタメニ不利カモ知レナイ。
シカシ彼女ハコレヲ聞イテ、果シテ自ラ喜ブデアロウカ恥ジルデアロウカ、アルイハマタ侮辱ヲ感ジルデアロウカ。
多分表面ハ怒ッテ見セナガラ、内心ハ得意ニ感ジルコトヲ禁ジ得ナイノデハナカロウカ)
僕ハ彼女ノアノ長所ヲ考エタダケデモ嫉妬ヲ感ズル。モシモ僕以外ノ男性ガ彼女ノアノ長所ヲ知ッタナラバ、
ソシテ僕ガソノ天与ノ幸運ニ十分酬むくイテイナイコトヲ知ッタナラバ、ドンナコトガ起ルデアロウカ。
僕ハソレヲ考エルト不安デモアリ、彼女ニ罪深イコトヲシテイルトモ思イ、自責ノ念ニ堪エラレナクナル。
ソコデ僕ハイロイロナ方法デ自分ヲ刺戟しげきシヨウトスル。タトエバ僕ハ僕ノ性慾点
―――僕ハ眼ヲツブッテ眼瞼まぶたノ上ヲ接吻シテ貰もらウ時ニ快感ヲ覚エル、
―――ヲ彼女ニ刺戟シテ貰ウ。マタ反対ニ僕ガ彼女ノ性慾点
―――彼女ハ腋わきノ下ヲ接吻シテ貰ウコトヲ好ムノデアル、
―――ヲ刺戟シテ、ソレニヨッテ自分ヲ刺戟シヨウトスル。シカルニ彼女ハソノ要求ニサエアマリ快クハ応ジテクレナイ。
彼女ハソウイウ「不自然ナ遊戯」ニ耽ふけルコトヲ欲セズ、飽クマデモオーソドックスナ正攻法ヲ要求スル。
正攻法ニ到達スル手段トシテノ遊戯デアルコトヲ説明シテモ、彼女ハココデモ「女ラシイ身嗜ミ」ヲ固守シテソレニ反スル行為ヲ嫌ウ。
彼女ハマタ僕ガ足ノ fetishist デアルコトヲ知ッテイナガラ、
カツ彼女ハ自分ガ異常ニ形ノ美シイ足(ソレハ四十五歳ノ女ノ足ノヨウニハ思エナイ)ノ所有者デアコトヲ知ッテイナガラ、
イヤ知ッテイルガユエニ、メッタニソノ足ヲ僕ニ見セヨウトシナイ。真夏ノ暑イ盛リデモ彼女ハ大概足袋ヲ穿はイテイル。
セメテソノ足ノ甲ニ接吻サセテクレト云ッテモ、マア汚きたなイトカ、コンナ所ニ触さわルモノデハアリマセントカ云ッテ、ナカナカ願イヲ聴きイテクレナイ。
ソレヤコレヤデ僕ハ一層手ノ施シヨウガナクナル。………正月早々愚痴ぐちヲナラベル結果ニナッテ僕モイササカ恥カシイガ、
デモコンナコトモ書イテオク方ガヨイト思ウ。明日ノ晩ハ「ヒメハジメ」デアル。
オーソドックスヲ好ム彼女ハ毎年ノ吉例ニ従イ、
必ズソノ行事ヲ厳粛ニ行ワナケレバ承知シナイデアロウ。………

一月八日。昨夜は私も酔ったけれども、夫は一層酔っていた。
夫は近頃あまり強要したことのなかった眼瞼の上の接吻を、してくれるようにとしきりに迫った。
私もブランデーの加減で少し常軌を逸していたので、フラフラと要求に応じた。
それはよいが、接吻するついでに、あの見てはならないものを、――彼の眼鏡を外はずした顔を、ついウッカリして見てしまった。
私はいつも眼瞼に接吻を与える時は、自分も眼をつぶるようにしているのだが、昨夜は途中で眼を開けてしまった。
あのアルミニュームのような皮膚が、キネマスコープで大映しにして見るように巨大に私の眼の前に立ち塞ふさがった。
私はゾウッと身慄いをした。そして自分の顔が急に青ざめたのを感じた。
でもよいあんばいに、夫は眼鏡をすぐにかけた、例によって私の手足を事細こまかに眺ながめるために。
………私は黙って枕もとのスタンドを消した。夫は手を伸ばしてスイッチをひねり返そうとしたが、私はスタンドを遠くの方へ押しやった。
「おい、後生だ、もう一度見せてくれ。後生お願い。………」と、夫は暗い中でスタンドを探ったが、見つからないので諦あきらめてしまった。
………久しぶりの長い抱擁ほうよう。………
 私は夫を半分は激しく嫌い、半分は激しく愛している。私は夫とほんとうは性が合わないのだけれども、
だからといって他の人を愛する気にはなれない。私には古い貞操観念がこびり着いているので、
それに背そむくことは生れつきできない。私は夫のあの執拗しつような、あの変態的な愛撫あいぶの仕方にはホトホト当惑するけれども、
そういっても彼が熱狂的に私を愛していてくれることは明らかなので、それに対して何とか私も報いるところがなければ済まないと思う。
あゝ、それにつけても、彼にもう少し昔のような体力があってくれたらば、………一体どうして彼はあんなにあの方面の精力が減退したのであろうか。
………彼に云わせると、それは私があまり淫蕩いんとうに過ぎるので、自分もそれにつり込まれて節度を失った結果である、
女はその点不死身だけれども、男は頭を使うので、ああいうことがじきに体にこたえるのだという。
そう云われると恥かしいが、しかし私の淫蕩は体質的のものなので、自分でもいかんともすることができないことは、
夫も察してくれるであろう。夫が真に私を愛しているのならば、やはり何とかして私を喜ばしてくれなければいけない。
ただくれぐれも知っておいて貰いたいのは、あの不必要な悪ふざけだけは我慢がならないということ、
私にとってあんな遊びは何の足しにもならないばかりか、かえって気分を損そこなうばかりだということ、
私は本来は、どこまでも昔風に、暗い奥深い閨ねやの中に垂たれ籠こめて、分厚い褥しとねに身を埋うずめて、
夫の顔も自分の顔も分らないようにして、
ひっそりと事を行いたいのだということ、である。
夫婦の趣味がこの点でひどく食い違っているのはこの上もない不幸であるが、
お互いに何か妥協点を見出す工夫くふうはないものだろうか。………











ある初老の学者(大学教授)が、嫉妬によって性的に興奮して妻の郁子に性的に奉仕するための精力を得ることを目的として、自らが娘の敏子との縁談を持ちかけた教員の木村と妻を、一線を越えない限界まで接近させようと企み、酔い潰れて浴室で全裸で倒れた郁子を木村に運ばせたり、酔い潰れて昏睡する郁子の裸体を撮影し、その現像を木村に頼むなどの経緯を日記に書いていく。また同時に郁子も日記を書いていた。
学者は郁子に日記を盗み読んでほしいことを自らの日記に書き、日記を隠している引き出しの鍵をあえて落とすが、郁子はいつでも盗み読めるが夫の日記を盗み読む気はないと日記に書く。また郁子は夫を性的に興奮させるために、嫌々ながらあえて木村と接近するのだ、自分も日記を書いていることを夫は知らないはずだとも日記に書く。また木村も学者の計画に積極的に協力していく。敏子は母に不倫を強要する父に反発しているようだと郁子は日記に書く。学者は性欲を昂らせるために不摂生な生活を行ったため次第に健康を害するが、性的興奮のため医者の警告を無視して摂生を行わず、さらに不健全な生活に耽溺していく。ついには病に倒れて死亡する。
夫の死後に郁子は、実は自分は以前から夫の日記を盗み読んでおり、自分の日記を夫が盗み読んでいることも知っていて、夫を性的に興奮させ不摂生な生活に追い込んで病死させるため日記に嘘を書いていたことや、敏子も自分に協力していて、本当は積極的に木村と不倫して肉体関係を持っていたと日記に書く。木村は世間を偽装するため形式的に敏子と結婚し、その母である郁子と同居することで、実質的に郁子と結婚生活をする計画を練っていると、郁子は日記に書くのであった。

 

 
 
 


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