平らな深み、緩やかな時間

364.『キェルケゴール 生の苦悩に向き合う哲学』鈴木祐丞について②

はじめに、私に関する連絡です。

2月12日(月・祝)から17日(土)まで、東京・京橋の「ギャラリー檜e・F」で個展を開催します。いよいよ来週からとなりました。

ギャラリーのスケジュール表は次のリンクを開いてください。

https://hinoki.main.jp/img2024-2/exhibition.html

なお、私のホームページから、案内のDMと展覧会に向けて作成したパンフレットをPDFファイルの形式で見ることができます。

http://ishimura.html.xdomain.jp/news.html

パンフレットの文字原稿をこのblogに転載しました。文字だけをお読みになりたい方は、前々回の私のblogをお読みください。

https://blog.goo.ne.jp/tairanahukami/e/5a3f6224008e7b4055310622ed97528a

もしもDMとパンフレットの現物をご覧になりたい場合は、私に直接メールで連絡してください。ご住所とお名前をいただけましたら、送料等を含めて、すべてこちらの負担で送らせていただきます。

私のメールアドレスは「harvestone1@gmail.com」です。

 

そして「毎日新聞 2024/2/2 地方版(東京)」の「遊ナビ」という欄に次のような私の展覧会の紹介が掲載されました。

 

■石村実展―触覚性絵画の探究―

 12~17日、11時半~19時、ギャラリー檜e・F(中央区・宝町駅)。

石村は、1985年に愛知県立芸術大大学院絵画研究科修了。今展は、奥行き表現と、絵画の触覚性との緊張関係について探究を深めるものになっている。作品によっては、二つのモチーフのイメージを重ね、イメージが表出する複雑な奥行きと絵画の触覚性について試行錯誤している。ミクストメディアによる絵画約20点を展示する=写真は触覚性絵画「芦名の木立」ミクストメディア、20×28センチ。

会期中無休。入場料無料。03・6228・6361

https://mainichi.jp/articles/20240202/ddl/k13/040/010000c

※実際の紙面には、DMで使用した作品写真が掲載されました。

 

この記事を見て、一人でも多くの方に来ていただけるとうれしいです。

 

実は、今日の夜、作品の搬入と展示をします。この作業を何十回もやってきたのに、いまだに慣れることがありません。心配事だらけで、何をやっても落ち着きません。特にコロナ禍の後は、搬入時に発熱していないことが第一条件になります。これが業者や弟子に展示を任せられるぐらいの作家になれば、作品さえ仕上げて仕舞えば何の心配もないのでしょうが、私のような単独者は、いつまで経っても不安なことに変わりありません。大学時代に、東名高速と首都高を辿って初めて東京で展覧会をやった時の不安感と期待感は忘れられませんが、歳とともに期待感はほぼ壊滅して、不安感だけが残ってしまった感じです。

愚痴を言っても仕方ありません。展示のプランは、もう決まっています。後は行動するのみです。何とか頑張りますので、よかったら、というか、ぜひ見にきてください。それだけが私の励みになります。



さて、今回もデンマークの哲学者、思想家のセーレン・キェルケゴール(Søren Aabye Kierkegaard 、1813 - 1855)さんに関する本を取り上げます。

『キェルケゴール 生の苦悩に向き合う哲学』という新書ですが、この本を書かれたのは、鈴木祐丞(すずきゆうすけ)さんという研究者です。鈴木さんは大学の先生をなさっている方のようです。

そして今回は前回の続きになりますので、よかったら先に前回のblogをお読みください。

https://blog.goo.ne.jp/tairanahukami/e/b4c8ea7d7e8c12c72db08a4677f74b00

 

その前回ですが、私のキェルケゴールさんの哲学への苦手意識の原因を探りつつ、その突破口がこの『キェルケゴール 生の苦悩に向き合う哲学』という本から見えてきた、ということを書きました。今回はもう少し話を整理して、まずはキェルケゴールさんがどんな人だったのか、ということから学びましょう。

 

キェルケゴールさんは、今から200年以上前にデンマークの首都コペンハーゲンにあった大邸宅で生まれたのだそうです。父親のミカエルさんは貧しい百姓の息子でしたが、地方から首都に出てきて叔父の商売を継ぐと、その商才を生かして一代で富を築きました。その裕福な家の7人目の子(末っ子)として生まれたのが、セーレン・キェルケゴールさんだったのです。

それならば、さぞ幸福な人生を過ごしたのだろうと思うのですが、そうはいきません。セーレンさんはある理由があって、ミカエルさんの常軌を逸した厳格な宗教教育を受けることになったのでした。それにセーレンさんの家族は、何故かみんな若死にして、1834年末には父親のミカエルさんと長兄のペーターさん、そしてセーレンさんの3人だけが生き残る、ということになってしまいました。そんなわけで、セーレンさんは頭脳明晰ながら、複雑な内面を持った屈折した人になったのでした。

そのようなセーレンさんの内面性を考えることは、彼の思想を考えることにもつながるのですが、それは後ほど考察することにしましょう。ここではとりあえず、彼の人生の事実関係を押さえておきます。

前回と同様に『死に至る病』(1849)の岩波文庫版の解説を読んでみましょう。翻訳者の斎藤信治さんが、手際よくキェルケゴールさんの人生をまとめています。

 

彼の生涯は内面的には複雑多岐をきわめていたが、外から見れば割に単調である。裕福な家に生まれ、父の息苦しいまでに厳粛なキリスト教的雰囲気のなかに少年時代をすごしたが、大学入学とともにその雰囲気から解放されていささか反動的にいわゆる「美的生活」に憧れ、文学・音楽・オペラ等に親しむことになる。「女の恥ずべき行為に対して金を与える」ところの「奇妙な」場所にも、一度位は出かけたことがあるらしい。二十四の年にレギーネという女性に出会って恋し、既に婚約者のあった彼女の心を捉えることに成功して二十七歳で彼女と婚約するのだが、翌年理由不明のままその婚約を破棄し、その後一生を独身ですごしている。彼は父の希望に添うて大学では神学を専攻したが、真実のキリスト者として生きることがまた彼の生涯の念願でもあった。牧師になりたい希望も抱いておりながら、三十の年に『これか=あれか』を持ってデンマークの思想界にデビューして以来、矢継早に多くの著書を公けにすることになり、結果において彼の生涯は定職のない著述家のそれであった。晩年にキリスト受難の意義を強調して立ち上がり、世間との安易な妥協のうちに生きているキリスト教会の攻撃に移ったが、教会との戦いのさなかに四十二歳で街頭に倒れ、病院にかつぎこまれてまもなく死んでいる。祖国の困窮にもかかわらず彼の父の遺産のおかげで生涯経済的には割合に楽な生活であったが、街頭に倒れたときは遺産はきれいに使い果たされていたという。四度ばかりベルリンに旅したほかはほとんどコペンハーゲンを離れることもなかった。こと魂の問題に関してはあれほど情熱的・革新的であったにもかかわらず、政治にあまり関心をもたず、その立場も保守的で、専制君主の知遇もあったらしい。

(『死に至る病』「解説/岩波文庫」斎藤信治)

 

このようにキェルケゴールさんの人生を辿っていくと、レギーネさんとの婚約破棄という非道な行為はともかくとして、斎藤さんの書いている通りの「外から見れば割に単調」な人生が見て取れます。

その中でも宗教との関わり、つまりキリスト教との関係を見ていきましょう。彼は父親の厳格な宗教教育を受けていました。その後、反発はあったようですが、生涯を通じてキリスト教と関わって生きていくことになります。

このことを基礎としながら、今回は二つのことを考えてみたいと思います。一つは、キェルケゴールさんにとって課題であった宗教(キリスト教)に、当時(デンマークにおいて)どんな問題があったのでしょうか、という課題です。そしてもう一つは、牧師にもならずに「定職のない著述家」として生きたキェルケゴールさんは、どんなふうに宗教に関わろうとしたのか、ということです。この二つのことが鈴木祐丞さんの『キェルケゴール』からは明確に読み取れ、なおかつそのことが芸術表現者の立場から見ても、とても興味深いのです。

それでは、まず当時のキェルケゴールさんが宗教上の問題として、どんなことを考えていたのでしょうか。

前回も引用した部分と重なりますが、鈴木さんの解説を読んでみましょう。

 

ときは19世紀のデンマーク。すでにキリスト教は長きにわたり、ヨーロッパの国々の支配的な宗教となっている。今やほとんど誰も、キリスト教をめぐって真剣に思いを巡らせたりしないし、そのために生きることもしない。人々は神との関係について、せいぜい祝祭日に、それも他人事のように想像するくらいのことしかせず、自分自身の救いが懸かったリアルな問題として考えることはないようだ。こうしたキリスト教界にあっては、キリスト教を「再」導入するという課題が生じる。キェルケゴールはその任を担おうとしたのである。

キリスト教界にキリスト教を再導入すること。これを彼は自分の生涯の課題として見た。その課題に彼は、著作の執筆と刊行を中核とする活動をつうじて取り組んだ。そこに彼の思想家としての側面も立ち現れたわけである。『死に至る病』もやはりその取り組みの一環だった。それは基本的に、絶望という死に至る病の診断を読者に下すことで、キリスト教の信仰によるその治療へとつなげようとする臨床的な書であり、同時に、絶望を分析した思想書の観も呈するのである。

(『キェルケゴール』「序章 神に仕えるスパイ」鈴木祐丞)

 

上の文章の「今やほとんど誰も、キリスト教をめぐって真剣に思いを巡らせたりしないし、そのために生きることもしない」とか、「自分自身の救いが懸かったリアルな問題として考えることはない」というくだりが重たいですね。この19世紀のデンマークの状況を実感するには、キリスト教の問題を社会全般の問題に置き換えて、現代社会について考えてみると良いのかもしれません。例えば生命を脅かす環境破壊や富の不平等による貧富の差など、すぐにでも取り組まなくてはならない問題が山ほどあります。しかし、概ねの人たちはそんなことを「リアルな問題として考えることはないよう」に見えてしまいます。この状況と向き合った時に、キェルケゴールさんの焦燥感が分かるのかもしれません。

そして、そんな状況下でキェルケゴールさんは、どんなふうに宗教と関わろうとしたのでしょうか?「キリスト教界にキリスト教を再導入すること」、これがキェルケゴールさんが取り組もうとしたことでした。これはさらりと言うほど簡単なことではありません。次のように考えてみるとよくわかるでしょう。

例えば現代において、このような困難な状況に危機感を持って活動している人たちがたくさんいます。しかし、キェルケゴールさんのように、自分にとって正しいと思うこと、つまり自分の信念を世界に向けて「(再)導入」しなければならない、と大それたことを考える人は、それほど多くはないでしょう。これはつまり、世界を核心から変えてしまおう、という試みなのです。

その課題を果たすために、キェルケゴールさんが選んだ方法は独特でした。「著作の執筆と刊行を中核とする活動をつうじて取り組んだ」というのが、その方法なのですが、ただ本を執筆するだけでは、キリスト教を外側から批判することにしかなりません。それでは、キェルケゴールさんは、その困難な課題にどのように取り組み、どのように宗教と向き合ったのでしょうか?そのことに関する鈴木さんの解釈が、ユニークです。

 

キェルケゴールはまた別の日記のなかで、自分のアイデンティティについて触れ、自分は「最高の奉仕の任を与えられたスパイ」であると記している。神に仕えるスパイということである。当時のデンマークでは、警察は犯罪者たちを、その前歴の負い目の意識を利用して、スパイに使っていたようだ。同じように神は、罪人であるキェルケゴールを、スパイに任命する。ただ神の場合それは、憐れみから罪人である彼を教育し、改心させようとしてのことである。キェルケゴールとしては、この生の来歴の負い目の意識ゆえに、神への無条件の服従が促されていることを強く感じ取る。

キェルケゴールは懺悔者として、キリスト教界にキリスト教を再導入するという、神から与えられた任務を果たそうと<実存哲学>を展開する。そのキェルケゴールとは、一言で表せば、神に仕えるスパイだったのである。それが彼の基本的なアイデンティティであった。罪を悔い、その悔恨の意識から、神のために、真理のために自分の生涯を捧げようとする。そこで神の道具、手先となり、神により人々のもとに放たれ、人々を<実存哲学>によって神のもとへ寝返らせようと、さまざまな工作活動を展開するのである。

(『キェルケゴール』「序章 神に仕えるスパイ」鈴木祐丞)

 

この文章を読むにあたって、前回も引用した「実存哲学」の解説部分を一緒に読んでおきましょう。

 

「実存」(Existens)とは一般に、とくにキリスト教の教えのなかで見られた、現実の存在するものの姿のことである。すなわち、存在そのものとしての神から、それぞれの本質に存在を付与されて現前するようになった、個々の事物の具体的なあり方のことである。言い換えれば、神や永遠という相を遠景としたときの、人間をふくむ時間的で有限な事物のリアルな姿である。

(『キェルケゴール』「序章 神に仕えるスパイ」鈴木祐丞)

 

キェルケゴールさんは、キリスト教について論じる際に、「神=永遠」という高い位置から物事を見て論じるのではなく、「リアルな存在=実存」という位置から見て論じているのです。それはあたかも、神から派遣されて人々の日常に入り込んだスパイのような活動である、と鈴木さんは言っているのです。そのスパイ活動の内容について、ここで解説できるほどの理解力が私にはないのですが、例えばこういうことではないでしょうか?

人々は神のことを、永遠の存在であるがゆえに、どこか遠い存在だと思ってしまっています。自分とは関係ない、と思ってしまえば、誰も神について真剣に考えません。それよりも人々にとって切実なのは、肉体的に死んでしまうこと、つまり人間が時間的に有限な存在である、ということです。肉体の死よりも重要なことは他になく、そうであれば宗教も信仰もおざなりのものになってしまうでしょう。しかしそんな私たちでも、永遠の魂について考えることはできます。肉体は死んでも魂は残る、と想像することは可能です。もしもそうであるなら、魂にとって最も深刻な問題は何でしょうか?それは魂が「絶望」してしまい、生きる気力を失うことです。そう考えると、「絶望」は肉体的な死よりも深刻な病ではないでしょうか。そのことに気づいた時、宗教や信仰は再び人々にとって必要不可欠なものとして「再導入」されるのです。

神から遣わされたスパイとして活動するために、キェルケゴールさんは「実存」という概念を導入して、人々にとってリアルな視点からキリスト教について考えようとしたのだと思います。

このキェルケゴールさんの活動について、鈴木さんは『死に至る病』の解説の中で、次のように書いています。

 

『死に至る病』は人間について、まず、身体に代表される時間的なものと、精神に代表される永遠的なものの、二項から成る「総合」であると見る。じつはこのような理解はすでに『不安の概念』でも示されていた。『死に至る病』に特徴的なのは、人間を静的で固定的な総合としてよりも、動的で可変的な「関係」として捉える理解である。すなわち、時間的なものと永遠的なものから成る人間が、自分自身の在り方に「関与する」のである。人間は、身体を持ち、それが欲し求める時間的な物事に囲まれながら、それでも精神をあわせ持ち、永遠的なものからの働きかけを受けつづけてこの世を生きる。このなかで人間は、自分のあり方に関与し、何を優先し何を犠牲にするか、いつも態度を決しながら生きつづけるのである。

(『キェルケゴール』「第7章 汝自身を知れ」鈴木祐丞)

 

ここで私が興味深いと思ったのは、例えば「身体」と「精神」を区別する二元論的な考え方ならば、それらが合わさった存在が人間である、と説明したところで終わると思います。しかしキェルケゴールさんは、「身体=有限な時間」と「精神=永遠」と捉えた後で、それらを「総合」しようとしているのです。その結果、人間という存在を「静的で固定的な総合」として捉えるのではなく、「動的で可変的な関係」として捉えることになるのです。

おそらく、学問的に何かを秩序だって考えようとするならば、一つの固定的な視点から物事を観察して、それを一定のやり方で整理してみるのが妥当でしょう。その際に、例えば「有限」と「永遠」という矛盾があるとしたら、それらを切り離して考えるのが普通でしょう。

しかしキェルケゴールさんは、あえて人間という存在を「動的で可変的な関係」として考え、「有限」と「永遠」という矛盾した要素を併せ持つ存在としての人間を、そのまま受け入れたのです。

このblogを継続して読んでいただいている方ならわかると思うのですが、この矛盾をそのまま受け入れて、より豊かな表現を実現できないものか、というのが私の姿勢です。ですからキェルケゴールさんの思想や感性は、学者としてのそれよりも、芸術家としてそれに近いような気がするのです。

もう一度、上の文章の最後のところを抜き出して読んでみましょう。

 

人間は、身体を持ち、それが欲し求める時間的な物事に囲まれながら、それでも精神をあわせ持ち、永遠的なものからの働きかけを受けつづけてこの世を生きる。このなかで人間は、自分のあり方に関与し、何を優先し何を犠牲にするか、いつも態度を決しながら生きつづけるのである。

 

この最後の二つの文章を取り出して読んでみると、これこそが、今、芸術家として求められる考え方ではないか、と思います。芸術表現に一定の答えはありません。芸術を作る人も、鑑賞する人も、常に自分の「態度を決しながら」作品と接しなければなりません。そしてそれこそが、芸術表現の存在意義であり、芸術と接することの楽しみでもあるのです。

私たちは、日頃、資本主義社会の序列に従って、高価な値段がつく作品ほど尊いと単純に考えていないでしょうか?あるいは、偉い評論家が評価することを鵜呑みにして、自分にとってリアルでない作品を良い作品だと思い込んでいないでしょうか?あるいはあなたが表現者であるなら、そのような意味での高みを目指して、日々、右往左往していませんか?値段が安かろうが、高かろうが、それはあなたの表現です。そんなことよりも「自分のあり方に関与し、何を優先し何を犠牲にするか、いつも態度を決しながら生きつづける」人の作品のみが、みる価値のあるものではないでしょうか?私はキェルケゴールさんの問いかけから、そんなことを感じます。

 

さて、2回続けて『キェルケゴール 生の苦悩に向き合う哲学』(鈴木祐丞著)を読んでみました。この本は読みやすい新書ではありますが、私が取り上げたのは私の視点から見た一部分でしかありません。キェルケゴールという複雑な内面を持った難解な思想家にアプローチしたこの本の素晴らしさを味わうには、やはり直接読んでみるしかありません。

もしもあなたが芸術に興味があって、それでこの本を読む意味があるのか、と疑問に思うようでしたら、このblogを読み直してみてください。少なくとも、私にはとても意味があることだと思えます。

そのことが少しでも伝わったなら、幸いです。

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