♪話す相手が居れば、人生は天国!

 人は話し相手を求めている。だったら此処で思いっきり楽しみましょう! 悩み事でも何でも、話せば気が安らぐと思うよ。

小説らしき読み物(39)

2016年02月04日 16時11分54秒 | 暇つぶし
                   
 翌日、和久は陽が昇る前に目を覚ました……夕子とダイスケは、囲炉裏の側で眠っている。
 静かに戸を開けて外に出た和久! 昨夜見た満天の星空に代わり、見事な雲海が和久の眼前に姿を現している……まるで、山水の世界に迷い込んだ様な幻想的な風景である……真っ白い雲の海が果てしなく続き、雲の間から出ている山脈が点在する島の様に見えている。
 小屋の戸を開けて夕子を起こした和久。
「おはよう和さん……随分早いのねっ!」
 夕子は目を細めて、爽やかな笑顔を投げ掛ける……側で寝ていたダイスケも目を開け、大きなあくびをして伸びをしている。
「夕子、外に出てみっ! 凄い雲海や!」
 興奮して夕子を誘う和久。
「雲海?……」
「そうや! 雲海や! わしも初めて見たわ……」
 和久に誘われ、上着を羽織って外に出た夕子は、眼前に見える自然の奇跡に声を失い、ぼーぜんと立ち尽くした。
「綺麗!……」
 ぽつりと呟く夕子の前で、静かに上下を繰り返す雲の海は、大海原の波の様に見え、山頂に佇む二人を優しく包み込んでいる。
 陽が昇り、光が雲海を照らし始めると、雲は御伽の国に居る様な色彩に変わって行った。
 佇みながら、自然の奇跡を見詰める夕子……朝日に照らされ、雲海を見詰める夕子の瞳は、夢を追い掛け、夢を見続けた幼い日の少女の様に輝いている。
「ありがとう……和さん」
 眼前の奇跡を見詰めて、小さな声で呟くように言った夕子。
「・・・・・・・」
 消え入る様に呟いた夕子の気持ちを察した和久は、優しく肩を抱き寄せて無言で頷いた……山頂に佇み、雲海に魅せられた二つの影が、照らす光を浴びて一つになった。
 暫し佇み、生物の様に波打つ雲海に見入っている和久と夕子。
「スープを温めて来るわ! もうちょっと此処に居るか?」
「うん、和さん……」
 和久に振り向き、短く返事をした夕子は、足元に居たダイスケをそっと抱き上げ、雲海を見詰めている。
「そうかっ……そんなら、用意が出来るまで此処におりっ……」
 雲海を見詰める夕子に微笑み掛け、山小屋に戻った和久はスープを温め、餅を網に乗せて夕子を呼んだ……ダイスケに食事を与え、スープと餅だけの朝食を取った和久と夕子。
 二人は惜しみながら雲海に別れ、新緑を楽しみながら山頂を下りて行く……先に降りたダイスケは、山女に吠えながら和久達を待っている。
「ダイスケの奴、山女に挨拶をしているのやなぁ……」
 和久の言葉に、笑って頷く夕子。
 家に着き、囲炉裏に火を熾した和久は、ダイスケと遊ぶ夕子に目を細めた。
「夕子! 朝風呂に行ったらどうや?」
「うん、ダイちゃん行くよ!」
 ダイスケを連れて家風呂に行く夕子は、ドアの所で振り返り、囲炉裏の火を整えている和久に爽やかな笑顔を投げ掛けた。
 夕子の後ろ姿を見送る和久……だが、自分を信じ切っている夕子を、如何にして怒らせれば良いのか、見当も付かないまま日は過ぎて行く。

小説らしき読み物(38)

2016年02月04日 08時41分01秒 | 暇つぶし
                 
 ゆっくりと立ち上がった和久は夕子の側によって、泣いている夕子の肩をそっと抱いた。
「そうやったのか……やっぱり夕子は優しいのやなぁ! わしも嬉しかった! 夕子が料理を分かってくれて……」
 泣いている夕子の肩を抱いて、囁き掛ける様に言った和久。
「和さんだけだった! 私の事を本当に心配してくれたのは……嬉しかった、本心から心配してくれる人が居てくれる事が分かって……でも、芸能界に戻って忘れてしまったのね! 神様の罰が当たったのよねっ!……どうして、あんな人と結婚したのだろう……」
 当時を思い出して結婚を悔やみ、拳を震わせて顔を伏せる夕子。
「夕子……神さんは罰なんか当てへんよ! 夕子に試練を与えただけや……」
 体罰を受けた事を思い出し、込み上げて来る怒りを抑える夕子に、優しく語り掛ける和久。
「試練?……」
夕子は、伏せていた顔を上げて和久を見詰め、小さな声で問い掛けた。
「そうや! この試練を乗り越えてみっ! 言うてなっ……」
 和久の言葉に、顔を曇らせる夕子。
「心配せんでもええ!……超えられん様な試練は与えられへんから……この試練を超えれたら夕子はもっと大きゅうなる! 今まで以上に良い歌が歌えるようになる!……」
 夕子の心配を取り払い元気付ける和久! 和久の気持ちを理解した夕子は、穏やかな眼差しを投げ掛けて頷いた。
「和さん、星が見たい……」
 気が楽に成ったかのように、夕子は微笑んで甘える様に言った。
「よっしゃ、行こう! 外は寒いから上着を着てなっ!」
 二人が外に行くのを見て、慌てて追い掛けて来たダイスケ。
 風も無く静まり返った山頂で、星空を見詰める和久と夕子……夕子は大きく息を吸い込み、何かを吹っ切る様に深呼吸をした。
和久の横顔を見て、無限の星空に視線を移した夕子。
「綺麗ねぇ和さん……あっ流れ星! 和さん、見たぁー?」
 夕子の声と同じくして、大きな流れ星が一つ、光りながら二人の頭上を流れて行った。
「うん、見たよ!……夕子に幸せをくれたのや!」
 さり気ない和久の優しさに触れた夕子は、佇む和久の手を、そっと握り締めた……静かな時が流れ、満天の星空を見詰めている二人に、星明かりが優しく降り注いでいる。
「和さん、お酒が飲みたくなった! お腹も空いて来た……」
 何かが吹っ切れた様に、爽やかな笑顔の夕子が甘える様に言った……山小屋に戻って酒を飲み、和久と話す夕子の笑い声が、星空に響き渡る爽やかな夜である。