♪話す相手が居れば、人生は天国!

 人は話し相手を求めている。だったら此処で思いっきり楽しみましょう! 悩み事でも何でも、話せば気が安らぐと思うよ。

小説らしき読み物(43)

2016年02月06日 14時41分31秒 | 暇つぶし
                  
  散歩から帰り、夕食の支度をしている和久は、風呂に行くように勧めた……風呂の支度をして部屋から出て来た夕子は、食事の支度をしている和久に近付き、微笑みながら佇んでいる。
「和さん……」
 小さな声で和久を呼んだ夕子。
「んっ、何や? 夕子……」
 支度の手を止めて、優しく夕子を見詰めて問い掛けた和久。
「ううん、何でも無い……」
 何かを言い掛けた夕子だが、何も言わずに微笑み、ダイスケを連れて風呂への階段を下りて行った。
 夕子が朝霧に来て二ヶ月が経とうとしている……桜の季節に来て、里が新緑に染まり、梅雨が終りを告げようとしていたが、和久の思いとは別に、時が空しく過ぎ去っただけである。
 暦が替わり掛けた梅雨末期の早朝、物凄い落雷と共に、夕子の悲鳴が聞こえた……囲炉裏の側で寝ていた和久は、夕子の悲鳴を聞いて、慌てて夕子の部屋に飛び込んだ……ダイスケも怖がり、夕子の布団に潜り込んでいる。
 夕子の部屋に入ると同時に、再び空が光り間髪を入れづに落雷した……その音の凄まじさに悲鳴をあげた夕子は、部屋に入って来た和久に抱き付いた。
 怖がる夕子を、しっかりと抱きしめている和久……落雷の度に、抱き付いている手に力を込める夕子。
 必死に耐えている夕子の震えは、抱き締めている和久の手に、小刻みに伝わって来る。
 外は物凄い豪雨に成り、容赦ない雨粒がガラス戸を叩く……暫く降り続いた雨が止み、雷雲が遠ざかると、雲の合間から朝日が差し込んで来た。
「もう大丈夫や夕子! 陽が差して来た……雷の音で、よう眠れんかったやろ? 朝飯が出来るまで寝てたらええ……」
 夕子は頷いて、ダイスケが潜り込んでいる布団に入った……朝食の支度が整い、夕子とダイスケを呼んだ和久は、囲炉裏の側に座ってテレビの気象情報を見ている。
「何や、夕方からまた雷雨やて……まっ此れが最後の雨やろ! そやけど、朝の雷は凄かったなあ……怖かったやろ、夕子?」
 味噌汁と飯を手渡しながら、和ませるように問い掛けた。
「うん、怖かった! でも、和さんが来てくれたから……」
 愛しそうに和久を見詰めて答える夕子。
「そうか!……夕子、この大根おろし辛いけど美味いでぇ……」
 夕子の答えに照れた和久は、目を細めて話をはぐらかした……ダイスケは先に食事を終えて、夕子の側で伸びをして夕子を見詰めている。
 朝食が済み、後片付けが終った和久と夕子は、ほうじ茶を飲んでいる。
「美味しいねっ和さん、此のお茶……」
 ほうじ茶を飲んだ夕子は、和久に感謝する様に言った。
「夕子は大した者やなぁ……歌だけやなしに、凄い味覚の持ち主やなぁ」
 和久は嬉しそうに夕子を褒めた……褒められた夕子は恥ずかしそうに、和久を見詰めて頬を赤らめている。
「夕子、夕方から雨に成る様やから、握り飯を持って山頂に行こうか? 歩いて汗を出したら気持ちがええから……」
「うん、和さん行こう……」
「よっしゃ行こう! 日差しが強よなってるから、帽子を被って行く方がええでっ!」
 昼前にダイスケを連れて、山頂に向かった夕子と和久……途中の小川で湧水を汲み、山頂に着いた和久は、夕子の背中を拭いてやる。
「ありがとう和さん……気持ちが良いねっ!」
 山小屋の窓を開けて風を入れ、木陰に成っているベンチに腰を下ろして、走り回るダイスケを見て笑っている夕子と和久。
 梅雨は明けてはいないが、山頂の風は心地良く、和久と夕子の頬を撫でて行く……昼食が終り、風に吹かれて姿を変える、雲の形を楽しんでいる二人。
「ぼちぼち帰ろうか?」
「うん……ダイちゃん帰るよ!」
 夕子に呼ばれたダイスケは、息を切らせて走り寄って来た……帰る途中、川辺に咲いている花を見つけた夕子は、川辺に降りて行った。
「綺麗でしょう……摘んで帰っても良い?……」
 夕子の嬉しそうな問い掛けに、にっこり微笑んで頷いた和久……家に入り、摘んで来た花を陶器の花挿しに挿し、囲炉裏の縁に置いた夕子。
「綺麗やなぁ……夕食が一段と美味なるわ! 流石に夕子やっ!」
 和久を見た夕子は、ポット頬を赤らめて下を向いた。
「もう少しダイちゃんと遊んで来る!」
 照れを隠す様に、夕食の下準備をしてる和久に言って、ダイスケと河原に行く夕子。
 気象予報のように雲行きが変わり掛けた頃、汗を掻いた夕子が帰って来た。
「曇って来たよ! 雨が降りそうになって来た!」
 少し慌てている夕子の報告を聞いた和久は、夕子に微笑んで外に出た。
「ほんまや! 予報が当たったなっ……ちょっとしたら降り出すわ! 夕子、それまでに風呂に行ってこいや……」
 勧められて支度をして来た夕子は、和久の所に来て佇んでいる。
「んっ、どうかしたんか?……」
 佇む夕子に声を掛けた。
夕子は恥ずかしそうに、うつむき加減に佇んでいる。
「和さん、一緒に入ろう……」
 思いの全てを打ち明ける様に、恥らって小声で言った夕子……夕子の一言に驚いた和久は、調理の手を止めて夕子を見た……目が会った夕子は、和久から目を逸らし、頬を赤らめて俯いた。

小説らしき読み物(42)

2016年02月06日 08時43分32秒 | 暇つぶし
                  
 翌日も予想した通りの雨である……朝食を済ませて、ソバの打ち方を教えている和久。
「和さん、これ位で良いの?」
 夕子の問い掛けに、夕子が打った蕎麦の硬さを見る和久。
「おう、丁度ええわ! 夕子、お前は天才と違うか?……」
 初めて夕子が打った蕎麦の出来栄えを、大袈裟に褒める和久。
「本当! 和さん……」
「本当や! わしでも初めての時は上手く出来んかった……やっぱり、一芸に秀でる者は全てに秀でる! と言うが、本当やなぁ……大した者や、夕子は!」
 和久の絶賛に頬を赤らめ、嬉しそうな眼差しで見詰める夕子……麺棒での生地の伸ばし方を教え、生地の折り畳みと切り方を教える和久……教えられた夕子は額の汗を拭い、微笑んで和久を見た。
「うん、出来たなあ夕子! 麺の太さはバラバラやけど、初めてにしては特上やっ! 後は、ちょっと置いといて、お好み焼きの粉を混ぜるでぇ……」
 見詰める夕子に目配せし、説明しながらお好み焼きの生地を作る和久。
「まず初めに、出汁にお好み焼きの粉を入れる! 出汁はインスタントでええのや! 粉も、山芋入りの市販の粉! 卵を入れて泡立てで混ぜる……粉の玉が出来んようになっ……」
 和久の説明に聞き入っている夕子。
「和さん、ソースは?」
 夕子の問い掛けに、微笑んで夕子を見る和久。
「うん、ソースも市販のお好み焼きソースに、焼きそばソースを混ぜて、ケチャプを入れて混ぜるのや!」
 説明しながらソースを作った和久。
「手抜きの魔術師!……」
 見ていた夕子が、笑いながらぽつりと言った……夕子の一言を聞き、顔を上げて夕子を見詰めた和久は、大きな声で笑い出した。
「ほんまに面白い事を言うなあ夕子は! 頭がええのやろなぁ……」
 和久は、夕子が心を許して居る事が嬉しかったのである……だが、夕子が心を許せば赦す程、和久の思惑から離れて行く不安が、和久を襲うのも事実であった。
「夕子、蕎麦を打って汗を搔いたやろ? 風邪を引いたらあかんから、風呂に行ってこいや……昼過ぎにお好み焼きを焼いて、夕子が打った美味しい蕎麦を食べるからなっ!」
 少しの可能性を見付けようとする和久ではあるが、其の糸口さえ見えずに日は暮れて行く。
 降り続いた雨が止み、久し振りに青空が見える朝霧の里……梅雨の中休みを喜んだダイスケは、山女の所に走って行き、大きな声で吠えている……和久と夕子は全ての窓を開けて、空気の入れ替えをし、陽の当たるベランダに布団を干した。
「久し振りの天気や! 散歩に行こうか? 夕方から雨に成るそうやから……」
 布団を干して、居間に来た夕子に声を掛けた和久。
「うん……」
 短い返事をして、和久を見詰めて微笑んだ夕子……だが、心なしか何時もの夕子では無い様な気がした和久である……梅雨は続いていたが、その日以来、何かを思い詰めた様な仕草が気に掛かる和久であった。
 暫く続いていた雨が止み、少しの晴れ間に散歩をする和久と夕子……ダイスケは喜び、走り回って夕子に纏わり付いている。