
「夕子君が目を覚ましたら、何か食べさせて薬を飲ませてくれ……」
立ち上がった武は、和久に言って履物を履いた……何時もの様に不貞腐れているダイスケを抱いて、車の所まで見送りに行く和久……車のドアの前で立ち止まった加代は、不貞腐れているダイスケを見て微笑んでいる……そして、笑いながら和久から受け取り抱き締めた。
「ダイちゃん、また来るからねっ!」
加代の言葉が分かるのか、機嫌を直して加代の頬を舐めるダイスケ。
雷雲が去った後の夜空には大きな月が有り、月明かりが静かな朝霧を照らしている……武夫妻を見送った和久は家に戻り、ダイスケを居間に下ろすと、夕子の食事を作り始めた……準備を終えた和久は、夕子を冷やしている額のタオルを変えようと、ダイスケと共に夕子の部屋に入る。
部屋の中は電灯が要らない位に明るく、眠っている夕子に、月明かりが優しく降り注いでいる……冷やしているタオルを取ると、気が付いた夕子が目を開けた。
「和さん?……」
まだ記憶がはっきりしないのか、目を開けた夕子が虚ろに問い掛けて来る。
「うん、わしや……ごめんなぁ夕子、起してしもうたなぁ……」
夕子の額に手を当てた和久は、微笑んで答えた。
「ずーと付いて居てくれたの?」
「うん、よう眠って居たなぁ夕子……武さん達は少し前に帰った。 熱も下がったし、もう大丈夫や!……」
夕子の額に当てていた手を退けて、安心させる和久。
「和さん……」
優しい眼差しで和久を見詰めた夕子は、愛しそうに和久の名前を呼んだ。
「夕子、汗を掻いてへんか?」
和久に言われて体を起した夕子は、汗で湿っているパジャマに気が付いた。
「うん、汗掻いてる……」
「そうか! 急いで体を拭いて着替えなあかん……また、熱が出たら大変やからなっ」
夕子に聞いて、着替えを取り出した和久は、絞ったタオルで夕子の背中を拭いてやる……そして、其のタオルを洗って夕子に手渡した。
「夕子、食事を作って来るから、着替えたら寝てるんやでっ……」
食事を作る為に部屋を出た和久は、暫くして料理を持って戻り、部屋に有る木のテーブルに食事を置いた……夕子は、ダイスケを抱いて和久を見ている。
「夕子、其処で食べるか?……」
和久の問い掛けに首を振った夕子は、ダイスケを膝から下ろし、ベッドから降りてテーブルの椅子に座った。
「寒うないか?……」
「うん大丈夫! 部屋が暖かいから……」
微笑んで穏やかに応える夕子……和久は土鍋の蓋を取り『おじや』を注いで夕子の前に置いた。
「熱いから、ゆっくり食べるんやでっ……」
「うん……」
愛しげな眼差しで見詰め、小さく答える夕子。
「美味しい!……和さん、此れは……」
一口食べた夕子は、和久を見て問い掛けた。
「そうや! 夕子が思っているものや……あのスープで作ったのや! やっぱり夕子の味覚は大したものやなぁ……いっぱい食べるんやでっ」
夕子を労わり、目を細めて勧める和久……お代わりをした夕子は、和久が注ぐのを見て涙を流している。
「如何したんやっ、涙なんか流したりして……」
涙の意味が分からない和久は、夕子を見詰めて優しく問い掛けた。
「和さんが優しくしてくれるから……酷い事を言って怒った私を、大切にしてくれるから嬉しくて……和さん、怒ったりしてご免なさい!」
泣きながら詫びる夕子。
「アホやなぁ夕子は……大切な人を、大切にするのは当たり前やないか!……其れになぁ夕子、怒りたい時には怒ったらええのやっ! 無理に笑う事なんか無いのや……夕子が本気で怒って、わしは嬉しかったのや……」
夕子は、和久の慰めに泣きながら頷いている……泣いている夕子を見た和久は静かに立ち上がり、タオルを洗って絞り、泣いている夕子に渡した……渡されたタオルで涙を拭き、照れたように微笑んで食事を終えた。