第4章 蘇る不死鳥
爽やかな笑顔を取り戻した夕子……家に入り診察を終えた武が、夕子の部屋から出て囲炉裏の側に座った。
「優しい笑顔だなぁ、良い笑顔だ!……安心したよ和さん! 風邪も治ったし他に異常は無いよ! ただ、少し気に掛かる事が有るので、その内に血液検査をしょうと思っているんだ……」
ほうじ茶を入れている和久に、含みのある事を言った武。
「気に掛かる事? 夕子の体で?……」
思いも掛けない事を聞いた和久は、ほうじ茶を飲みながら考えている武に問い質した。
「いやぁ、大した事は無いと思うけど、念の為になっ……」
話している最中、夕子の部屋のドアが開き、笑いながら夕子と加代が居間に来た……夕子と加代は、目が会った二人に微笑み掛けて、ほうじ茶が置かれている囲炉裏の側に腰を下ろした。
囲炉裏の側で目を瞑っていたダイスケは、夕子が座るのを見て皆の顔を見回し、そろりと夕子の膝に上がり目を瞑っている……暫く話していた武夫妻を見送った和久と夕子は、初夏の太陽が照り付ける中、ダイスケを連れて山女の所に歩き出した。
時折吹く風が夕子の黒髪を撫で、木々を揺らしている……何時もの様に山女に吠えるダイスケを見て、夕子が笑っている。
「夕子、何か食べたい物があるか?……」
夕子の希望する料理を作ってやろうと、問い掛ける和久。
「何でも良いの?……」
和久の問い掛けに、何か希望がある様に聞いて来た。
「うん、何でもええよ!……何か有るんか?」
「太閤楼のお料理が食べたい!」
夕子は、懐かしそうに言った……3日後に迫った夕子の誕生日を前に、夕子の気持ちを確かめた和久である。
「そうか! そんなら、腕によりを掛けて最高の料理を作ってやるわ!……楽しみにしときや夕子……」
自分の思いと同じであった事に喜んだ和久は、目を細めて夕子に告げた。
「本当! 和さん、嬉しい……」
和久を見詰めて、満面の笑みで答えた夕子。
七夕の早朝、朝食と昼食の支度を終えた和久は、伝言を書いた紙を囲炉裏の縁に置いて、食材の仕入れに向かった……和久が出掛けた後、起きて居間に来た夕子は囲炉裏の縁に置いて有る伝言を見ている。
伝言の通り、ダイスケを連れて散歩から帰って来た夕子は、ダイスケに食事を与え、一人だけの朝食を済ませた……朝食を終えた夕子は部屋と居間の掃除をして、部屋のベランダの椅子に腰を下ろして、暫しの休息を取っている。
初夏の爽やかな風が夕子の頬を撫で、小川のせせらぎが優しく夕子を包み慰めていた……そして一人に成って初めて、和久の存在の大きさに気付いた夕子である。
自然と調和する夕子は、和久の居ない寂しさを紛らわす様に、自分の歌を小さな声で口ずさんでいる……少しの休息を取った夕子は、ダイスケを連れて外に出た。
河原に降りて岩に座り、川面に流れる木の葉を見詰めている夕子……ダイスケは小魚を見つけ、水しぶきを立てて追い掛け出した……ダイスケの仕草を見て夕子が微笑んでいる。
家に戻り早めの昼食を済ませた夕子は、和久の帰りを待ちながら、ダイスケに吠えられて泳ぎ回る山女の姿を楽しんでいる……山女を追い回していたダイスケは山女に飽きたのか、チラッチラッと夕子を見て小川の水を飲み始めた。
つまらなさそうな表情に変わった夕子が、何げ無く朝霧の入り口に目を向けると、和久の車が入って来るのが見えた……その途端、喜びの表情に変わった夕子は、急いで駐車場に走って行く。
小川の水を飲んでいたダイスケは夕子の様子を見て、慌てた様に土手を駆け上がって追い掛けて来た……車を降りた和久は、笑みを浮かべて夕子を見詰めている。
「お帰りなさい!」
夕子は満面の笑みを浮かべて抱き付いて来た。
「ただいま! ごめんなぁ夕子……一緒に行こうと思ったんやけど、よう寝とったんで一人で行って来たのや!……昼飯食べたか?」
抱いている夕子の黒髪を撫で、笑いながら言った和久。
「うん、食べたよ!……和さん、寂しかった……」
抱き付いている手に力を込めて、喜びを隠す様に呟く夕子……一緒に走って来たダイスケは、和久の足下に来て和久を見詰めている……ダイスケを抱き上げて頬擦りをする和久。
「ダイ、ご苦労さん……夕子を守ってくれてたのやなぁ……」
抱き上げた耳元で労うと、和久の頬をぺろりと舐めた。
車から荷物を下ろして家に入り、急いで下準備に掛かる和久。
「和さん、何か手伝う事は無い?……」
荷物を運んで来た夕子が、荷物を下ろして和久に問い掛けた。
「おう、ありがとう……それやったら、此の器を洗ってくれるか?……」
出掛ける時に出していた、食器の洗いを頼んだ和久。
「はい! 和さん……」
嬉しそうに返事をした夕子は、楽しそうに洗い出した……鼻歌交じりに食器を洗っている夕子は、今日が自分の誕生日である事を、すっかり忘れている様である。
食器を洗い終えて、調理の様子をじっと見詰めている夕子。
「美味しそうだね、和さん……」