♪話す相手が居れば、人生は天国!

 人は話し相手を求めている。だったら此処で思いっきり楽しみましょう! 悩み事でも何でも、話せば気が安らぐと思うよ。

小説らしき読み物(53)5章

2016年02月11日 12時35分32秒 | 暇つぶし
                 
 第一章  永遠の別れ

 数日間、元の生活に戻った和久と夕子……和久は今後の相談に、夕子とダイスケを残して診療所に出掛ける……武は和久の話を聞いて、夕子が所属する事務所に連絡を取り、事の一部始終を社長に話した。
「和さん、社長が感謝していたよ! 宜しく伝えて欲しいとの事だ!……明日迎えに来ると言っていた!」
 報告を聞いた和久は黙って頷き、大きく溜息を吐いた。
「武さん、今から用意をするので、後で加代さんと来てくれや! 夕子に送別会をして遣りたいから……」
 急な出来事の中、和久の誘いを快く受ける武夫妻……朝霧に帰って来た和久は、夕子に事の説明をして調理に掛かった。
 武夫妻と共に送別会を終えた和久と夕子は、ダイスケと共に武夫妻を見送り、ベランダの椅子に腰を下ろした……大きな月が朝霧を照らし、和久と夕子を優しく照らしている。
「綺麗なお月さま……」
 ぽつりと呟いた夕子は静かに立ち上がり、ベランダの手摺に両手を突いて月を見ている……その様子を見て立ち上がった和久は、月を見上げる夕子の肩にそっと手を掛けた。
「本当に待っていてくれるのよねっ!」
 静かに振り向いた夕子は、和久を見詰めて問い掛ける。
「うん、ずーと待っている! 夕子が帰って来るまでなっ!」
 和久の返事に小さく頷き、見詰めていた目を閉じて佇む夕子……佇む夕子を抱き締めた和久は、夕子の唇にそっと唇を重ねた。
 翌朝、何時もの様にダイスケを連れて散歩に行く和久と夕子……明日からは夕子の居ない山道を登る和久! 和久は、そっと夕子の手を握り締め、ゆっくりと階段を上って行く。
 山頂に着くまで何も言わなかった夕子……山頂で和久を見詰める夕子は、涙を滲ませている。
「行きたくない! 此処に居たい! 和さんと居たい!……」
 消え入る様な声で言い、和久の胸に顔を埋める夕子……夕子をそっと抱き締めた和久は、夕子の黒髪を優しく撫でて無言で夕子を諭した。
 山頂から帰り朝風呂を勧めた和久は、朝食の支度に掛かった……支度をして部屋から出て来た夕子は、調理をしている和久の前で佇んでいる。
「一緒に入ろう……」
 寂しそうな眼差しで見詰め、呟くように声を掛けて来た。
「うん、入ろう……直ぐに終わるから、ダイスケと先に行っててくれるか……」
「うん、和さん……」
 嬉しそうに答えた夕子は、爽やかな笑顔を投げ掛けて居間を出た……風呂に入り夕子の背を流す和久は、夕子と暮らした日々を振り返り、一筋の涙を流した。
 風呂から上がり自分の部屋を片付けた夕子は、荷物の準備をして囲炉裏の側に座った……ダイスケは、夕子との別れを感じているのか、夕子に纏わり付いて離れない。
 無言の内に朝食を終えた和久と夕子……夕子はダイスケを膝に乗せて、優しく全身を撫でている。
 互いの感情を労わる重苦しい空気の中で、ダイスケの仕草が和久と夕子を和ませた。
「そろそろ社長達が着く時間や……」
 夕子を見詰めて、重い口を開く和久。
「うん、和さん……」
 寂しそうな眼差しで、呟くように答える夕子……二人が外に出ると、武の車の後に迎えの車が見える……車は朝霧の入口を曲がり、奥の駐車場で停まった。
 車を降りた社長は、迎えに出ている和久に頭を下げて礼を言い、夕子に歩み寄る……夕子は挨拶の後、満面の笑みを浮かべて社長の温情に応えた。
 社員が夕子の荷物をトランクに積み、武と和久に挨拶をした社長も、後部座席に乗り込んだ。
 夕子を見送る和久と武夫妻……車に乗り掛けた夕子は、足元で自分を見詰めているダイスケを抱き上げる。
「ダイちゃん、元気で居るのよ! 病気をしない様にねっ……ありがとう、ダイちゃん……」
 優しく礼を言う夕子の頬を、ペロっと舐めたダイスケ……ダイスケを加代に渡した夕子は、武に礼を言い加代に別れを告げて、後部座席に乗り込んだ。
 愛しそうな眼差しで、和久を見詰める夕子……和久は、二度三度と大きく頷いて、夕子の気持ちを和らげた。
 車が動き出し、和久の前をゆっくりと通り過ぎる。
「夕子! 待って居るからなぁ……」
 涙を流して叫ぶ和久……和久の声に振り返った夕子は、涙を流して和久を見詰めて頷いている……ダイスケは吠えながら車を追い、その姿を見た夕子も手を振ってダイスケに応えていた。
 朝霧の入り口を曲がり、夕子を乗せた車は朝霧の里を後にした……吠えながら、入り口まで追い掛けて行ったダイスケは立ち止まって、夕子の後ろ姿に吠えている。
 そして、此の別れが今生の別れに成ろうとは、誰も知る由が無かったのである……朝霧を旅立ち、再び和久の元に戻る事を誓った夕子は、生きて再び朝霧の土を踏む事は無かった。
 夕子の車が見えなくなっても、ダイスケは後を追う様に見詰め、その場を動こうとはしなかった。
「ダイスケ! おいで!」
 大声でダイスケを呼び戻す和久……和久の声を聞いたダイスケは、入り口を振り返り振り返り、和久の所に駆け戻って来た。
 ダイスケを抱き上げた和久は、旅立った夕子の面影を追っている。
「寂しく成るなぁ……」
 和久の肩を軽く叩き、慰める様に呟いた武……武の言葉に黙って頷く和久。
 空は良く晴れ、温かさを増した一陣の風が、爽やかな笑顔を残して旅立った夕子の笑顔と共に、青葉を揺らして見送る三人の頭上を吹き抜けて行った。
 そして、歌謡界に戻った夕子は、再び復帰公演を催した……朝霧の囲炉裏の側で公演の中継を見る和久と武夫妻。
 夏が過ぎて、秋風が心地よい朝霧の里……優しく朝霧を照らす中秋の名月! ダイスケを膝に乗せ、期待を込めて見詰める和久……超満員の観衆が見詰める中、舞台に立った夕子は深々と頭を下げて顔を上げた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小説らしき読み物(52)

2016年02月11日 08時46分38秒 | 暇つぶし
                   
 和久の翼に飛び込んだ夕子……静かに翼を閉じて、優しく抱き締める和久! 朝日に照らされた二つの影が、朝露の光る山頂で一つになった。
 少しの時が過ぎ、足元に来ているダイスケに気付いた夕子は、静かに抱き上げて頬擦りをする。
「ダイちゃん、ありがとう……ダイちゃんのお陰で声が出たよ! 歌が歌えたよ!」
 可愛い目で見ているダイスケに、語り掛ける夕子……喜びの仕草をしたダイスケは、頬を伝う夕子の涙をぺろりと舐めた。
「やっぱり夕子は凄いなぁ……流石は天才や! 茜 夕子は天才や!……夕子の歌に感動した! 感動して鳥肌が立ったわっ……流石に茜 夕子やっ!」
 流れる涙を拭おうともせず、夕子を見詰めた和久は心の内を夕子に伝えた。
「和さん……」
 綺麗な瞳に涙を溜めている夕子は、愛しむ様に名を呼び、ダイスケを抱いたまま和久の胸に寄り掛かった。
 空は晴れ渡り、昇った朝日が夕子の門出を祝う様に、優しい光を投げ掛けている。
「さぁ夕子、家に帰ろうやっ! 朝風呂に入ろうやっ! 一緒に入るか? 背中を流してやるわ……」
 夕子の復活を確信した和久は、興奮してはしゃぐように言う。
「本当! 和さん、背中を流してくれるの!」
 嬉しそうに微笑みを投げ掛けて、和久の言葉を確かめる夕子。
 山小屋を片付けて山を下りた和久と夕子は、家に着くと朝風呂に行く……風呂で夕子の背を流す和久は、小さな体で苦難と戦い、苦難に打ち勝った夕子に涙した。
 風呂を出て、朝食の支度に掛かろうとした時、駐車場に車が停まり、武が入って来た……武は和久と夕子の採血をする。
「武さん、朝飯は?」
「ありがとう、済ませて来たよ! 何軒か回るので失礼するよ!」
 住民の採血に行くと言う武は、慌ただしく帰って行った。
 武を見送った後、朝食を済ませた和久と夕子は、ベランダの椅子に座って小川のせせらぎを聞いていた……夕子は小川の流れに目を移して、何かを考えている様に川面を見詰めている。
「何か心配事でも?……」
 夕子の心情を察している和久は、其れとなく問い掛けてみた。
「此れから如何したら良いかなぁ?」
 天性の歌声を取り戻した夕子は、進む道に迷っている様に小さく囁いた。
「夕子は如何したいのや? 歌謡界に戻りたいのやろ?」
 夕子の心情を探る様に、優しく問い掛ける和久。
「うん、でも此処に居たい! 和さんの側に居たい! 歌は捨てても良い!」
 和久を見詰めて、訴え掛ける様に言った夕子。
「ありがとう夕子……そやけどなぁ夕子、人には天分と言うものが有るのや! 夕子の天分は歌や!……大勢のファンが夕子の歌を待っているのや……天才、茜 夕子の歌をなっ! 人の生涯は短い、今歌謡界に戻らんかったら、後で後悔すると思う! わしはなぁ夕子、お前が歌謡界の頂点に立って輝き、魂を揺さ振る歌を歌う姿が見たいのや! 此処には何時でも帰って来られる……疲れたら翼を休めに帰って来たらええ! わしはダイスケと一緒に、夕子が帰って来るのを此処で待ってるから……此の部屋も、何時夕子が帰って来ても使えるようにしとく! そやから、安心して行ったらええ……」
 夕子の迷いを取り払う様に、優しい眼差しを投げ掛けて諭す和久。
「本当にずっと待っていてくれる?……」
 目を潤ませて、縋る様に確かめる夕子。
「うん、何時までも夕子を待っとく、大切な夕子をずーと待ってるでっ……」
「本当! 本当ねっ和さん、嬉しい……」
 感極まった夕子は、何度も確かめて手で顔を覆い俯いた……俯いて泣く夕子を見た和久は静かに立ち上がり、夕子の小さな肩をそっと抱き寄せる。
「ずーと待ってるからなっ……」
 小刻みに震える肩を抱きながら、優しく語り掛ける和久……和久の腕の中で小さく夕子が頷いた。
 初夏の日差しの中で、小川のせせらぎと時たま聞こえる小鳥の囀りが、二人に安らかな時を与えている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする