大崩山1643m〔 宮崎県北川町 〕 ■ 2001.10.26~27 お代官様,さくら婆,泰山 ■ 2泊2日
湧塚メインコース/行程10時間(山頂はパス)
下祝子登山口 25= 大崩山荘 20= 和久塚・三里河原分岐 5=徒渉点・丸木橋 14= 徒渉点 25= 水場 = ガレ場の沢 45= 乳房岩分岐 3= 袖のダキ 3= 乳房岩分岐 30= 下わく塚 23= 中わく塚 28= 上わく塚 4= モチダ谷分岐 4= 山頂分岐 7= りんどうの丘 10= 山頂分岐 10= テラス(わく塚展望) 3= 小積ダキ 25= 見返りの塔 35= 坊主岩(米塚) 30= 林道分岐(エスケープ道) 20= 水場 = 徒渉点 3= 大崩山荘 20= 下祝子登山口 注:数字は所要時間/分
本題は大崩山の紀行文だが,今回のテーマの一つは「山登りとIT情報革命」。はじめに,情報収集の大切さについてコメントしておこう。
山登りには周到な計画は元より,目的の山の情報の入手が特に重要なポイントであるということを改めて痛感した。特に初めての山や大きな山でいろいろなコースが入り混じっている場合は,それぞれの情報を入手しておくことが,その山の特徴を最大限に満喫するためとパーティ全員が無事に下山口まで生還するという上で極めて重要な事だ。
情報の入手先は,今なら断然インターネットである。各地のHPで日本全国のあらゆる最新の山情報や天気予報が即座に手に入る。今回,特に重宝したのは地図だ。深山幽谷さんのHP「九州一の原生林大崩山」 http://www.wainet.ne.jp/~kens/で紹介されている松下さんが作成された大崩山の立体鳥瞰図ともいうべき手作りの地図だ。500円と安価だが,実際に使用してみて付加価値は2,000円くらいあったと思う。失礼だが,大半の市販の大崩山のガイドブックは大まかなコース案内くらいしかなく,記事と実際に行ってみるとは大違い。中身は生きた情報とは言い難いものが多い。いい例が坊主岩コースと山荘を結ぶ祝子川の渡りだが4,5年前には丸木橋があったそうだが,今はすっかり消滅しているのに,古いガイドブックにはそれが載っていて,勘違いしやすく非常に危険だ。それに比して,松下さんの地図には,懇切丁寧に増水した場合のチェック項目や迂回路が詳細に記載されている。また全体のコース案内,ビューポイントはもとより各ポイント間の距離,実測の各所要時間等様々な生の情報が載っている。
特に感心したのは,上和久塚からりんどうの丘までの細かい時間。→モチダ谷4分,→山頂分岐4分,→りんどうの丘7分計15分。半信半疑だったが,実際に計測したらピッタリだった。身体の疲労もピークを迎えている状態で,最後の鞭を入れる場合,正確な時間配分をするのに非常にありがたい。これが少しでも狂っていると疲れも倍増してしまうものだ。(本当は他の表記時間も正確だったんだろうが,疲れで,それを体感するほどの余裕がなかっただけである)。加えて,山口県からの最短アプローチを記入した地図も大変ありがたかった。夜半の暗い時間帯に,最新兵器のカーナビにも載っていない山中の林道に入って行くから,詳細な案内は非常に助かった。読み易く,記載されている時間も極めて正確であった。大崩山登山の際には是非必携したい資料だ。500円というのは立体図の価格ではなく,全体の地図の値段だ。山口県からのアプローチ方法はおまけに頂いたもの。入手先は上の深山幽谷さんのHPに入手方法が載っている。
地図の作者松下さんと,入手してくれたさくら婆に感謝。さくら婆は最近特に,山登りに取り付かれた感じ。情報収集などお手のものである。我々にとって,頼もしいリーダー的存在だ。
さて,本題に入ろう。
10月26日徳山西ICを午後7時10分に出発。
今回の計画では,午後11頃大崩山登山口に到着。仮眠を取って,午前6時に登山開始。和久塚コースを辿り,下・中・上和久塚のまさに中国の山水画に描かれているような文字通りの絶景を驚嘆し,深山の山肌に映える紅葉を満喫しながら,午前11時頃に山頂に到着して,午後4時頃までには下山終了,そして時間的な余裕があれば,出来たばかりの温泉「美人の湯」で汗を流し,今夜の乾杯地,大分県直入町の長湯温泉に向かう,というものだ。
登山の全行程10時間というハードなスケジュールだ。メンバーはこんなハード登山はおそらく初めて。山頂はおろか坊主岩ルートまで降りて来れるかどうか不安があるが,先週の広島県の十方山での6時間走破訓練或いは帰宅後の夜の歩行訓練,これらをこなしたという自信によって,どうにか募る不安を抑えることにした。
山陽自動車道・九州自動車道を経て小倉東ICから国道10号線を一路南下。5月の連休に祖母山に登った時や,9月の韓国岳・高千穂峰行程と同じアプローチを辿る。我等がお代官様のRAVE4には強力なカーナビが装備されており,加えてこのナビをひたすら信じて,運転中でも起用に操り,どこまで行っても全く疲れというものを知らない百万馬力の鉄腕アトムのようなドライバーがいる。2年前のナビなのに,地図とを見比べて,ナビに載っていない道路があれば,真っ先に地図の方を疑ってみるという御仁だ。それでも,カーナビは一旦目的地をセットすれば目を瞑っていてもたどり着ける,きわめて便利なものができたものだ。全知全能のカーナビの導く方向どおり,椎田道路,宇佐有料道路を経て大分自動車道へ。出口は5月と同じように大分から出て,326号線へ。しかし,ここでちょっとハプニング。道路工事で渋滞が続く。大分県は山口県と比較して道路工事の区間がやたらに長すぎると恨んでみるが既に遅い。大きなトラックの後にのろのろついて行き,ようやく326号へ。
ここからは,カーナビと,上記の地図が強力な武器となった。山口県方面からのアプローチはこのルートが一番近いらしい。
地図に記されている道の駅「 うめりあ 」を経て,大きな橋(コンクリート製の吊り橋)を渡り,長いト ンネルを出てすぐの桑の原交差点を右折して,突き当たりの林道を左へ。時刻は午後11時。ここから約1時間で目的地に着く。もうすぐだ。
余談だが,九州のこのあたりにはユニークなネーミングの施設が目に付く。例えば,以前宿泊した熊本県のそよかぜウインド・パーク,これは,蘇陽町の「そよ」からアイデアが出たものと思われる。この「 うめりあ 」も,大分県宇目町の「うめ」と「えりあ」を合成したものだろう。地域の特徴を巧みに取り入れているという感じがして楽しい。
山中ながら割と広い林道を,どうにかこうにか12時に登山口に到着。すぐ,明日に備えて,寝酒を胃袋に流し込む。なれない車中泊に戸惑いながらも,年寄りはすぐ高鼾。しかし,持参のシェラフを使用するのも面倒臭く,寒さもそれ程ではあるまいと不精したのがたたり,明け方の冷え込みでまんじりともしない夜明を迎えたのでありました。この不精のお陰で不自然な姿勢で寝たのが,後の登山でボディーブローのように効いてくるのです。
5時15分にセットした携帯電話のアラームは無情にも正確に鳴り出し,しぶしぶ起き出したものの,来るべき期待とスタミナ不足への不安を抑え,解凍したコープのむすびとバナナを頬張る。腹ごしらえを終えたところで,超ハードな登山に気持を引き締め,新しく買ったヘッドランプをやっと使える子供じみた喜びで,早速準備作業に取り掛かる。特に水は,十分過ぎるほどの量を持っていこう。結局上で沸かしたコーヒーも含めて,3リットルくらいの水を飲んだことになるが,途中,小用は一回しかしなかったから全部汗で流れ出たんだろう。それ程水分の補給は考えておきたい。
ビールについては,飲み干した時の喉越しの感触は何事にも変えがたいが,後の行程を考えると,控え目に350mlを二人で飲むくらいの程度にしておこう。
準備が完了したところで,丁度午前6時。入山届を提出し登山開始。しかし,さあーこれからだというところへ,いきなり最初のハプニング。取っ付きの登山道が分らない。正面の山火事防止の横断幕がそれらしかったが,前のパーティは右の道を行ったよということで右に行くがすぐ通行止め。右往左往してやっとこさ本道を探し当て,全員安堵。仕切り直して,真っ暗の不案内の道をヘッドランプと100円ショップで手に入れたミニ電灯のかすかな光を頼りに,アップダウンしながら進む。この道も要注意。下山時にちょっと迷うことになる。25分で,地図の案内どおり大崩山荘に到着。小休止の間トイレを探す。山荘の側に崩れ落ちた小屋のようなものがあったが,見たとたん出るものもでなくなって,本日の用足しは諦めた。この頃には夜も明けて,気分も爽快,ルンルン気分で和久塚分岐に向かう。しかし,ここで今度は最初のビックリ。何と,川の真中に大きな一本の丸木と命綱のような細いロープしかないではないか。何処かの職場の課長が落ちたという橋であろうか。本当だろうか,ここから落ちたら命はないぞ,と思うくらい高い。足元はしっかりしているが,落下への不安でおそるおそる進む。どうにか渡りきるが,今日の登山の厳しさを予感させ,気を引き締めよというお告げに似たようなものか。その不安は随所に現実のものとして登る者に試練を与えることになる。
分岐から1時間で最後の水マークに辿り着く予定で,気を取り直して進む。その頃には幾組かのパーティに出会うが,我々は全行程の時間配分を考え,マイペースで進むから,後からどんどん来る健脚に道を譲る。ところが,このあたりで,多少へばってきたのか,小さめの登山標識を見落として仕舞った。
川の右岸の岩の割れ目を通らなければならないものを,左に進んで,また川を渡って対岸に出たのだ。後程改めて案内分を読み返してみると,「間違っても左に入るべからず」とあった。そして,すぐ後ろを二人連れの余り若くもない女性がついて来ていたが,この二人を先にやり過ごして,暫くすると道がなくなったと言う。迷った時には赤いテープ,ということで,探して行くとそのテープが偶然にも所々貼り付けてあったことも二重にミステイクを犯す原因でもあった。しかし,冷静に考えると後から考えるとこのテープはロッククライミングを目的とするパーティへの道標ではないかと気が付いたが,この時点では既に遅し。テープを信じ,探しながらどんどん深入りに嵌って仕舞った。ところが,本道を探せど探せどテープはあるが足の踏み跡もない。あんなに大勢いの人が入っているのに,これはおかしい。そんな筈はない,きっと迷ったのだ。そういえば,前の二人は靴はスニーカーだし,食料その他装備らしいものは持っていない。恐らく地図も持っていなければ,山の概略も頭に入っていないに違いない。それとも我々の実力を試すために神が使わせた狐狸狐狸か。これは,とんだど素人について来たことを後悔したが,後の祭り。直ちに前進をストップし,引き返すべく作戦変更を提案。とにかく迷い始めた辺りまで勇気をもって引き返すことだ。女性二人はそれでもどんどん登って行く。二人には悪いがすぐ来た道を戻り始めた。お陰で,暫くして我々は大勢の登山者が行き交う本道に帰ることが出来たが,あの二人はどうしただろう。無事に帰ってくださいと祈りばかりである。(その後新聞紙上にそれらしい記事はないから,無事だったのは間違いないが)。そして再び,山を舐めずにそれなりの装備をし,山の楽しさを知る者として帰ってきてほしい。
このハプニングのお陰で三つの教訓を得た。蛇足ながら加筆する。
教訓Ⅰ:白いスニーカーと赤いテープには要注意。
たまたま出合った同行者が全て経験豊かな登山者であると誤信しないこと。あんな深い山にスニーカ-で来るなんて。ど素人もいいこと。しかし,それを暫く何気なく見過ごしていた私が馬鹿なのね。また,赤いテープは普通は登山者を安全に導いてくれる心強い案内標識だが,時としては古くなったり,大雨で上流から流れて来た枝にもついていたりして,思わぬ方向へと導くことがある。従って,頭から信じないことも大事なことである。
教訓Ⅱ:己の薄識を信じて墓穴を掘るな。
登山道は上下左右十分見ながら歩くこと。特に前を行くリーダーは,事前のロケーションが頭に入っていても,面の前のちいさな標識も見逃さないこと。
教訓Ⅲ:迷ったら,勇気をもって来た道まで引き返せ。
間違ったと思ったら,素直に己の失敗を認め,勇気をもって引き返すこと。徒に前進しないこと。これが事故を回避する一番大事なこと。
何はともあれ,本道に帰り登山に復帰することができたが,約30分はロスしている。これで結論は出た。山頂へは断念して,りんどうの丘経由で帰ることで全員一致。
本線に戻って一安心したところで,気分一新。今度は迷わず,上を目指して頑張ろう。岩の割れ目を通って水場を過ぎると,急登が始まる。先程書いたが,この辺りから昨夜の寝不足と,車中の不自然な姿勢が祟ったのか,疲労感がどっと出てきた。足の上げ方に高低差が少なくなってきた。また,腰の辺りに違和感がある。先程の余分な寄り道をしたことによる筋肉疲労と,パーティに余分な負担をかけまいと心配したことによる精神的な疲労が加わったことによるものなのか。同時に,時々疲れたときに起きる,小生特有の「老人性くっさめ」も次第に出てきた。肺活量が小さいのか,疲労による酸素不足なのか,嘔吐まではいかないもののそれに近い感じでおきるハクションである。これは疲労度のバロメーターだ。四国の霊峰石鎚山1982mに登ったときも,前の晩の車中での仮眠時に,車の窓を開けて寝たばかりに百箇所くらい蚊に刺されて,あくる日に疲労困憊したイヤーな思い出がある。また,9月に山口県の三ツヶ峰970mに登ったときは,水分ばかりとって塩分が不足したときに起こる熱けいれんという熱中症になりそうなことがあり,この嘔吐に近いものが盛んに出て閉口したこともある。これらを識っているから,お代官様も,ばばも心配してくれる。
果たして持つだろうか。しかし,ここで引き返す訳にはいかない。前を行く二人に遅れまいと疲れた身体に非情の鞭を打つ。で,マイペースを保ちながら,どうにかこうにか袖のダキを過ぎて,下わく塚の展望台に到着。
さあ,ここで,最初の大感動。本当にすばらしい。さすがに,メインコースだ。目の前に聳え立つ大きな岩山。ストンと落ち込む千丈の絶壁。その間に広がる紅葉の絨毯。見る者全ての目を奪う,まさにカラーの一幅の山水画のような光景が目の前一杯に広がる。これまでの疲労感と「くっさめ」を全て忘れさせてくれる,ボコボコ流れ出ていた汗も一瞬に引いて仕舞う。大げさではなく,実際の感動である。よくこれまで頑張って登ってきたと神がくれた御褒美か。右手すぐ前方を見上げると,屹立する中わく塚の大岩も早くおいでよ,上はもっとすごいよと誘っているようである。
この大展望の感動の余韻は暫し続き,忘れてかけていた記念の写真も無事撮影し,英気を養ったところで,再出発。一路,中わく塚に向かう。
この頃から,天気予報では,明日は雨だが,今日は何とか持ちそうと思っていたが,下から次第に霧が立ち上って来る。雨になればなるべく早く折り返し地点まで行かなければならない。
ところで,今日のウエアーは長袖のアンダーシャツに山シャツ,その上にベスト。今日の気温では着過ぎの感じ。尋常ではない発汗の原因も,そのせいか。一枚脱げばいいものを,なぜか脱ぐ気がしない。加えて,岩山のための軍手も,手首からの発汗を阻害している。疲労感を助長しているのだ。何とか,岩山が切れたところで,軍手を脱いでみると,見事に疲労感が抜けていくような気がした。
岩を回り込む木々の中を喘ぎながら,ようやく,中わく塚に到着。前にも増してすばらしい絶景に改めて感動することしきり。正面の山の見上げる辺りに目指す「りんどうの丘」がかすかだが見える。取りあえず,今日の休憩地が見えたことで,勇気百倍。この後,余り長くはないが,道は細くしかも壁が道に迫り出していて,危険な地帯があったが,ここを恐る恐る通過して,上わく塚へ。上わく塚では。大きな岩塊の上に登る人もいて楽しげにはしゃいでいる。岩の下では多くのパーティーが思い思いに休憩をとっている。時折り,「ヤッホー」,「ヤッホー」の連呼が木霊する。集う人皆,ここまでよく頑張ったという思いが一挙に現われたに違いない。我々も同じ思いで暫しの休憩の後,モチダ谷分岐を経て,りんどうの丘へ到着。この分では予定通り午後4時までは下山できるだろう。一安心したところで,大休憩。まずは乾杯。この一杯のビールの美味かったこと。今までに何百・何千杯飲んだか分らないが,1番美味かったのではないだろうか。それくらいの爽快感と達成感であった。しかし,ビールは一杯だけでお仕舞い。まだまだ行程は長い。フラつく足は事故の元だ。香り立つコーヒーに感謝し,今まで登ってきた岩山を眺めながら自分を誉め,自然が与えてくれた壮大なドラマと紅葉をバックに記念撮影した後,下山開始。
下山道は登るときに感動した景観が,今度は逆方向から再び蘇り,二度楽しめる。像岩,テラスから,何カ所あっただろうか,アルミ製の真新しい梯子を伝わり,坊主岩を経て祝子川の歩渉に。川を渡るときに,ここでちょっとしたハプニングが起きるがこれは内緒。帰路時間は約3時間。その割には体感時間は以外と長く,祖母山の黒金尾根コースとよく似ているように思えた。ひたすら下るのみで,膝への負担も大きく,とにかく疲れきった。それでも何とか,帰ってきた。後から考えると,まさに「よくぞ生きてかえって来た」という感じ。それほど,すさまじい山であった。
午後3時50分に登山口に到着。一同万歳,登山者名簿に記帳して,本日の大崩山登山は,無事めでたく終了した。
追記
あれほど疲れていたのに,できたてほやほやの「美人の湯」に浸かって火照った身体を癒すと,もう,次は何時来ようかと言い出す始末。実に人間というものは都合のよいように出来ている。しかし,それ程すばらしかった。やおよろずの山の神に感謝,そして乾杯。
湧塚メインコース/行程10時間(山頂はパス)
下祝子登山口 25= 大崩山荘 20= 和久塚・三里河原分岐 5=徒渉点・丸木橋 14= 徒渉点 25= 水場 = ガレ場の沢 45= 乳房岩分岐 3= 袖のダキ 3= 乳房岩分岐 30= 下わく塚 23= 中わく塚 28= 上わく塚 4= モチダ谷分岐 4= 山頂分岐 7= りんどうの丘 10= 山頂分岐 10= テラス(わく塚展望) 3= 小積ダキ 25= 見返りの塔 35= 坊主岩(米塚) 30= 林道分岐(エスケープ道) 20= 水場 = 徒渉点 3= 大崩山荘 20= 下祝子登山口 注:数字は所要時間/分
本題は大崩山の紀行文だが,今回のテーマの一つは「山登りとIT情報革命」。はじめに,情報収集の大切さについてコメントしておこう。
山登りには周到な計画は元より,目的の山の情報の入手が特に重要なポイントであるということを改めて痛感した。特に初めての山や大きな山でいろいろなコースが入り混じっている場合は,それぞれの情報を入手しておくことが,その山の特徴を最大限に満喫するためとパーティ全員が無事に下山口まで生還するという上で極めて重要な事だ。
情報の入手先は,今なら断然インターネットである。各地のHPで日本全国のあらゆる最新の山情報や天気予報が即座に手に入る。今回,特に重宝したのは地図だ。深山幽谷さんのHP「九州一の原生林大崩山」 http://www.wainet.ne.jp/~kens/で紹介されている松下さんが作成された大崩山の立体鳥瞰図ともいうべき手作りの地図だ。500円と安価だが,実際に使用してみて付加価値は2,000円くらいあったと思う。失礼だが,大半の市販の大崩山のガイドブックは大まかなコース案内くらいしかなく,記事と実際に行ってみるとは大違い。中身は生きた情報とは言い難いものが多い。いい例が坊主岩コースと山荘を結ぶ祝子川の渡りだが4,5年前には丸木橋があったそうだが,今はすっかり消滅しているのに,古いガイドブックにはそれが載っていて,勘違いしやすく非常に危険だ。それに比して,松下さんの地図には,懇切丁寧に増水した場合のチェック項目や迂回路が詳細に記載されている。また全体のコース案内,ビューポイントはもとより各ポイント間の距離,実測の各所要時間等様々な生の情報が載っている。
特に感心したのは,上和久塚からりんどうの丘までの細かい時間。→モチダ谷4分,→山頂分岐4分,→りんどうの丘7分計15分。半信半疑だったが,実際に計測したらピッタリだった。身体の疲労もピークを迎えている状態で,最後の鞭を入れる場合,正確な時間配分をするのに非常にありがたい。これが少しでも狂っていると疲れも倍増してしまうものだ。(本当は他の表記時間も正確だったんだろうが,疲れで,それを体感するほどの余裕がなかっただけである)。加えて,山口県からの最短アプローチを記入した地図も大変ありがたかった。夜半の暗い時間帯に,最新兵器のカーナビにも載っていない山中の林道に入って行くから,詳細な案内は非常に助かった。読み易く,記載されている時間も極めて正確であった。大崩山登山の際には是非必携したい資料だ。500円というのは立体図の価格ではなく,全体の地図の値段だ。山口県からのアプローチ方法はおまけに頂いたもの。入手先は上の深山幽谷さんのHPに入手方法が載っている。
地図の作者松下さんと,入手してくれたさくら婆に感謝。さくら婆は最近特に,山登りに取り付かれた感じ。情報収集などお手のものである。我々にとって,頼もしいリーダー的存在だ。
さて,本題に入ろう。
10月26日徳山西ICを午後7時10分に出発。
今回の計画では,午後11頃大崩山登山口に到着。仮眠を取って,午前6時に登山開始。和久塚コースを辿り,下・中・上和久塚のまさに中国の山水画に描かれているような文字通りの絶景を驚嘆し,深山の山肌に映える紅葉を満喫しながら,午前11時頃に山頂に到着して,午後4時頃までには下山終了,そして時間的な余裕があれば,出来たばかりの温泉「美人の湯」で汗を流し,今夜の乾杯地,大分県直入町の長湯温泉に向かう,というものだ。
登山の全行程10時間というハードなスケジュールだ。メンバーはこんなハード登山はおそらく初めて。山頂はおろか坊主岩ルートまで降りて来れるかどうか不安があるが,先週の広島県の十方山での6時間走破訓練或いは帰宅後の夜の歩行訓練,これらをこなしたという自信によって,どうにか募る不安を抑えることにした。
山陽自動車道・九州自動車道を経て小倉東ICから国道10号線を一路南下。5月の連休に祖母山に登った時や,9月の韓国岳・高千穂峰行程と同じアプローチを辿る。我等がお代官様のRAVE4には強力なカーナビが装備されており,加えてこのナビをひたすら信じて,運転中でも起用に操り,どこまで行っても全く疲れというものを知らない百万馬力の鉄腕アトムのようなドライバーがいる。2年前のナビなのに,地図とを見比べて,ナビに載っていない道路があれば,真っ先に地図の方を疑ってみるという御仁だ。それでも,カーナビは一旦目的地をセットすれば目を瞑っていてもたどり着ける,きわめて便利なものができたものだ。全知全能のカーナビの導く方向どおり,椎田道路,宇佐有料道路を経て大分自動車道へ。出口は5月と同じように大分から出て,326号線へ。しかし,ここでちょっとハプニング。道路工事で渋滞が続く。大分県は山口県と比較して道路工事の区間がやたらに長すぎると恨んでみるが既に遅い。大きなトラックの後にのろのろついて行き,ようやく326号へ。
ここからは,カーナビと,上記の地図が強力な武器となった。山口県方面からのアプローチはこのルートが一番近いらしい。
地図に記されている道の駅「 うめりあ 」を経て,大きな橋(コンクリート製の吊り橋)を渡り,長いト ンネルを出てすぐの桑の原交差点を右折して,突き当たりの林道を左へ。時刻は午後11時。ここから約1時間で目的地に着く。もうすぐだ。
余談だが,九州のこのあたりにはユニークなネーミングの施設が目に付く。例えば,以前宿泊した熊本県のそよかぜウインド・パーク,これは,蘇陽町の「そよ」からアイデアが出たものと思われる。この「 うめりあ 」も,大分県宇目町の「うめ」と「えりあ」を合成したものだろう。地域の特徴を巧みに取り入れているという感じがして楽しい。
山中ながら割と広い林道を,どうにかこうにか12時に登山口に到着。すぐ,明日に備えて,寝酒を胃袋に流し込む。なれない車中泊に戸惑いながらも,年寄りはすぐ高鼾。しかし,持参のシェラフを使用するのも面倒臭く,寒さもそれ程ではあるまいと不精したのがたたり,明け方の冷え込みでまんじりともしない夜明を迎えたのでありました。この不精のお陰で不自然な姿勢で寝たのが,後の登山でボディーブローのように効いてくるのです。
5時15分にセットした携帯電話のアラームは無情にも正確に鳴り出し,しぶしぶ起き出したものの,来るべき期待とスタミナ不足への不安を抑え,解凍したコープのむすびとバナナを頬張る。腹ごしらえを終えたところで,超ハードな登山に気持を引き締め,新しく買ったヘッドランプをやっと使える子供じみた喜びで,早速準備作業に取り掛かる。特に水は,十分過ぎるほどの量を持っていこう。結局上で沸かしたコーヒーも含めて,3リットルくらいの水を飲んだことになるが,途中,小用は一回しかしなかったから全部汗で流れ出たんだろう。それ程水分の補給は考えておきたい。
ビールについては,飲み干した時の喉越しの感触は何事にも変えがたいが,後の行程を考えると,控え目に350mlを二人で飲むくらいの程度にしておこう。
準備が完了したところで,丁度午前6時。入山届を提出し登山開始。しかし,さあーこれからだというところへ,いきなり最初のハプニング。取っ付きの登山道が分らない。正面の山火事防止の横断幕がそれらしかったが,前のパーティは右の道を行ったよということで右に行くがすぐ通行止め。右往左往してやっとこさ本道を探し当て,全員安堵。仕切り直して,真っ暗の不案内の道をヘッドランプと100円ショップで手に入れたミニ電灯のかすかな光を頼りに,アップダウンしながら進む。この道も要注意。下山時にちょっと迷うことになる。25分で,地図の案内どおり大崩山荘に到着。小休止の間トイレを探す。山荘の側に崩れ落ちた小屋のようなものがあったが,見たとたん出るものもでなくなって,本日の用足しは諦めた。この頃には夜も明けて,気分も爽快,ルンルン気分で和久塚分岐に向かう。しかし,ここで今度は最初のビックリ。何と,川の真中に大きな一本の丸木と命綱のような細いロープしかないではないか。何処かの職場の課長が落ちたという橋であろうか。本当だろうか,ここから落ちたら命はないぞ,と思うくらい高い。足元はしっかりしているが,落下への不安でおそるおそる進む。どうにか渡りきるが,今日の登山の厳しさを予感させ,気を引き締めよというお告げに似たようなものか。その不安は随所に現実のものとして登る者に試練を与えることになる。
分岐から1時間で最後の水マークに辿り着く予定で,気を取り直して進む。その頃には幾組かのパーティに出会うが,我々は全行程の時間配分を考え,マイペースで進むから,後からどんどん来る健脚に道を譲る。ところが,このあたりで,多少へばってきたのか,小さめの登山標識を見落として仕舞った。
川の右岸の岩の割れ目を通らなければならないものを,左に進んで,また川を渡って対岸に出たのだ。後程改めて案内分を読み返してみると,「間違っても左に入るべからず」とあった。そして,すぐ後ろを二人連れの余り若くもない女性がついて来ていたが,この二人を先にやり過ごして,暫くすると道がなくなったと言う。迷った時には赤いテープ,ということで,探して行くとそのテープが偶然にも所々貼り付けてあったことも二重にミステイクを犯す原因でもあった。しかし,冷静に考えると後から考えるとこのテープはロッククライミングを目的とするパーティへの道標ではないかと気が付いたが,この時点では既に遅し。テープを信じ,探しながらどんどん深入りに嵌って仕舞った。ところが,本道を探せど探せどテープはあるが足の踏み跡もない。あんなに大勢いの人が入っているのに,これはおかしい。そんな筈はない,きっと迷ったのだ。そういえば,前の二人は靴はスニーカーだし,食料その他装備らしいものは持っていない。恐らく地図も持っていなければ,山の概略も頭に入っていないに違いない。それとも我々の実力を試すために神が使わせた狐狸狐狸か。これは,とんだど素人について来たことを後悔したが,後の祭り。直ちに前進をストップし,引き返すべく作戦変更を提案。とにかく迷い始めた辺りまで勇気をもって引き返すことだ。女性二人はそれでもどんどん登って行く。二人には悪いがすぐ来た道を戻り始めた。お陰で,暫くして我々は大勢の登山者が行き交う本道に帰ることが出来たが,あの二人はどうしただろう。無事に帰ってくださいと祈りばかりである。(その後新聞紙上にそれらしい記事はないから,無事だったのは間違いないが)。そして再び,山を舐めずにそれなりの装備をし,山の楽しさを知る者として帰ってきてほしい。
このハプニングのお陰で三つの教訓を得た。蛇足ながら加筆する。
教訓Ⅰ:白いスニーカーと赤いテープには要注意。
たまたま出合った同行者が全て経験豊かな登山者であると誤信しないこと。あんな深い山にスニーカ-で来るなんて。ど素人もいいこと。しかし,それを暫く何気なく見過ごしていた私が馬鹿なのね。また,赤いテープは普通は登山者を安全に導いてくれる心強い案内標識だが,時としては古くなったり,大雨で上流から流れて来た枝にもついていたりして,思わぬ方向へと導くことがある。従って,頭から信じないことも大事なことである。
教訓Ⅱ:己の薄識を信じて墓穴を掘るな。
登山道は上下左右十分見ながら歩くこと。特に前を行くリーダーは,事前のロケーションが頭に入っていても,面の前のちいさな標識も見逃さないこと。
教訓Ⅲ:迷ったら,勇気をもって来た道まで引き返せ。
間違ったと思ったら,素直に己の失敗を認め,勇気をもって引き返すこと。徒に前進しないこと。これが事故を回避する一番大事なこと。
何はともあれ,本道に帰り登山に復帰することができたが,約30分はロスしている。これで結論は出た。山頂へは断念して,りんどうの丘経由で帰ることで全員一致。
本線に戻って一安心したところで,気分一新。今度は迷わず,上を目指して頑張ろう。岩の割れ目を通って水場を過ぎると,急登が始まる。先程書いたが,この辺りから昨夜の寝不足と,車中の不自然な姿勢が祟ったのか,疲労感がどっと出てきた。足の上げ方に高低差が少なくなってきた。また,腰の辺りに違和感がある。先程の余分な寄り道をしたことによる筋肉疲労と,パーティに余分な負担をかけまいと心配したことによる精神的な疲労が加わったことによるものなのか。同時に,時々疲れたときに起きる,小生特有の「老人性くっさめ」も次第に出てきた。肺活量が小さいのか,疲労による酸素不足なのか,嘔吐まではいかないもののそれに近い感じでおきるハクションである。これは疲労度のバロメーターだ。四国の霊峰石鎚山1982mに登ったときも,前の晩の車中での仮眠時に,車の窓を開けて寝たばかりに百箇所くらい蚊に刺されて,あくる日に疲労困憊したイヤーな思い出がある。また,9月に山口県の三ツヶ峰970mに登ったときは,水分ばかりとって塩分が不足したときに起こる熱けいれんという熱中症になりそうなことがあり,この嘔吐に近いものが盛んに出て閉口したこともある。これらを識っているから,お代官様も,ばばも心配してくれる。
果たして持つだろうか。しかし,ここで引き返す訳にはいかない。前を行く二人に遅れまいと疲れた身体に非情の鞭を打つ。で,マイペースを保ちながら,どうにかこうにか袖のダキを過ぎて,下わく塚の展望台に到着。
さあ,ここで,最初の大感動。本当にすばらしい。さすがに,メインコースだ。目の前に聳え立つ大きな岩山。ストンと落ち込む千丈の絶壁。その間に広がる紅葉の絨毯。見る者全ての目を奪う,まさにカラーの一幅の山水画のような光景が目の前一杯に広がる。これまでの疲労感と「くっさめ」を全て忘れさせてくれる,ボコボコ流れ出ていた汗も一瞬に引いて仕舞う。大げさではなく,実際の感動である。よくこれまで頑張って登ってきたと神がくれた御褒美か。右手すぐ前方を見上げると,屹立する中わく塚の大岩も早くおいでよ,上はもっとすごいよと誘っているようである。
この大展望の感動の余韻は暫し続き,忘れてかけていた記念の写真も無事撮影し,英気を養ったところで,再出発。一路,中わく塚に向かう。
この頃から,天気予報では,明日は雨だが,今日は何とか持ちそうと思っていたが,下から次第に霧が立ち上って来る。雨になればなるべく早く折り返し地点まで行かなければならない。
ところで,今日のウエアーは長袖のアンダーシャツに山シャツ,その上にベスト。今日の気温では着過ぎの感じ。尋常ではない発汗の原因も,そのせいか。一枚脱げばいいものを,なぜか脱ぐ気がしない。加えて,岩山のための軍手も,手首からの発汗を阻害している。疲労感を助長しているのだ。何とか,岩山が切れたところで,軍手を脱いでみると,見事に疲労感が抜けていくような気がした。
岩を回り込む木々の中を喘ぎながら,ようやく,中わく塚に到着。前にも増してすばらしい絶景に改めて感動することしきり。正面の山の見上げる辺りに目指す「りんどうの丘」がかすかだが見える。取りあえず,今日の休憩地が見えたことで,勇気百倍。この後,余り長くはないが,道は細くしかも壁が道に迫り出していて,危険な地帯があったが,ここを恐る恐る通過して,上わく塚へ。上わく塚では。大きな岩塊の上に登る人もいて楽しげにはしゃいでいる。岩の下では多くのパーティーが思い思いに休憩をとっている。時折り,「ヤッホー」,「ヤッホー」の連呼が木霊する。集う人皆,ここまでよく頑張ったという思いが一挙に現われたに違いない。我々も同じ思いで暫しの休憩の後,モチダ谷分岐を経て,りんどうの丘へ到着。この分では予定通り午後4時までは下山できるだろう。一安心したところで,大休憩。まずは乾杯。この一杯のビールの美味かったこと。今までに何百・何千杯飲んだか分らないが,1番美味かったのではないだろうか。それくらいの爽快感と達成感であった。しかし,ビールは一杯だけでお仕舞い。まだまだ行程は長い。フラつく足は事故の元だ。香り立つコーヒーに感謝し,今まで登ってきた岩山を眺めながら自分を誉め,自然が与えてくれた壮大なドラマと紅葉をバックに記念撮影した後,下山開始。
下山道は登るときに感動した景観が,今度は逆方向から再び蘇り,二度楽しめる。像岩,テラスから,何カ所あっただろうか,アルミ製の真新しい梯子を伝わり,坊主岩を経て祝子川の歩渉に。川を渡るときに,ここでちょっとしたハプニングが起きるがこれは内緒。帰路時間は約3時間。その割には体感時間は以外と長く,祖母山の黒金尾根コースとよく似ているように思えた。ひたすら下るのみで,膝への負担も大きく,とにかく疲れきった。それでも何とか,帰ってきた。後から考えると,まさに「よくぞ生きてかえって来た」という感じ。それほど,すさまじい山であった。
午後3時50分に登山口に到着。一同万歳,登山者名簿に記帳して,本日の大崩山登山は,無事めでたく終了した。
追記
あれほど疲れていたのに,できたてほやほやの「美人の湯」に浸かって火照った身体を癒すと,もう,次は何時来ようかと言い出す始末。実に人間というものは都合のよいように出来ている。しかし,それ程すばらしかった。やおよろずの山の神に感謝,そして乾杯。