電話ボックス編

電話ボックス編  

昨日は『おっぱいバレー』に感動してごちゃごちゃ書いちゃいましたが(本編を見ていない方への配慮から、ピンポイントの感想です。)

その中で、書き漏らした 昭和50年代のファッション・・・とか、11PM・・・とか、フラッシャー付きの自転車・・・とか

リアルタイムだったパパにとっては【昭和の缶詰】みたいでした。(えっ?と思われる方は、どうぞ本編をご覧ください。)


・・・・で、本日のお題。

電話ボックス


まぁ 電話ボックスが時代によってどのように変遷してきたか? は文化人類学の先生方にお任せすることとして


世のお父さん方は【あの狭い空間】にずいぶんとお世話になったはずなのです。

お世話といっても、ビジネスマンになってからの話しではなく、中高生の頃に・・・である。



鼻の頭にニキビが咲き始める頃、彼女らしきものができたりする。(まぁ個人差はありますが)
そんな時、今の時代はケータイでメール。
簡単に本人へ直接連絡が取れてとても便利であるが、昭和という時代にはそんな便利なものはなかった。

だから、電話ボックスが重宝したのである。

〔今度の日曜日にデートがしたい〕

この思いを伝えるためにどれだけ当時の少年達(現在のお父さん達)は苦労したことか・・・・

まず、彼女に話しが伝わるまでにいくつもの難関がある。

それは、

1,自分の家族
固定電話(昔は黒電話のダイヤル式で決してプッシュ式の『プッシュホン』なんて一般家庭にはほとんどなかった)から電話をしようものなら・・・

『どこにかけるの?』『用件は簡単に済ませなさいよ!』『3分10円なんだからね!』

また、ダイヤル式の場合かけた相手の電話番号が読み取られてしまうのである。(ナンバーディスプレイもない時代に・・・)

ジジジジジジジジ・・・・と回して戻るまでの長さで『2・・・・・3・・・・・6・・・・』など、0番を回したときに、戻るのに一番長くかかるので、最初に0を回すと『市街にかけると電話代が高くなるからすぐに切りなさい!』と言われるのである。

そして、この頃の電話といえばだいたい〔居間〕に置かれていて、そこには必ず自分以外の家族が常駐している。(コードレスでもなければ、ハンディーでもない柱からコードで繋がれた電話が台の上に鎮座している。時々白いレースの服を着ている電話もいたが・・・)

会話が筒抜けになってしまうし逃げ場もない。だから、家からの脱出が必要となってくる。

2,脱出

『ちょっと自動販売機でジュースを買ってくる。』
そう言って、家からの脱出を図ろうとする。
(もちろん、ジュースなんか買う気はない)
『どこへいくの?』(厳しい追及が待っている)
『あのぉ 黒住神社のかどの自動販売機』
(もちろん、目的はその先の電話ボックス)
『はよー帰ってくるんよ!』(このパターンの時は成功であるが)
『もう、遅いからやめなさい!』(この場合は次の日に賭けるのである)

だから、脱出計画は日曜日のデートに対して、失敗してもいいように水曜日ぐらいから計画を実行できるようにしていた。
『決戦は水曜日』・・・・歌のタイトルにもあるように

3,到着

やっとの思いで家を出て電話ボックスに到着。
もちろんポケットには10円玉がぎっしり。

しかし、ここにもやっかいな出来事が・・・・・
そう、先客である。
ほとんどの場合が、外で待っていると早めに会話をやめてくれて
『どうも・・・』とか言って替わってくれるのだが
同業者の場合そうはいかない。

ガラス越しに目を合わせようとせず、知らんふりをしながら楽しそうな会話を続けているのだ。

〔焦る〕

自動販売機にジュースを買いに出ているだけの人間が10分も20分も帰らないわけにはいかない。

別の電話ボックスに走るか? 待ち続けるか?
(この絶体絶命の場面のおかげで今の自分があると言っても過言ではない。)

長くなったので、次回に続く。
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