山の雑記帳

山歩きで感じたこと、考えたことを徒然に

「北斎の富嶽三十六景」を巡って

2024-10-04 08:40:10 | 浮世絵の山

富嶽三十六景・尾州不二見原

山座同定の楽しみ

 1月10日の夜、晩酌をやっていると突然、I氏より電話があった。ほろ酔いの頭で聞いた話は「NHK日曜美術館で、北斎『尾州不二見原』(富嶽三十六景)に描かれている富士は、実は聖岳を見誤ったのではないかということだ。ついては、東からもこのように聖が尖って見え、お前と会話を交わした記憶があるが、それはどこの山だったか」というものだった。我が地から見る聖岳は、前聖と奧聖が吊り尾根を成し、どっしりとした屋根型の特徴で比較的すぐにそれと判る。これが西側の伊那辺りから望むと、形がずいぶんと違って見え驚いた覚えがある。だが東側からとなると、すぐには思い浮かばなかった。翌日、次のようなメールが交わされた。

〔I〕昨夜は、おかしな電話にお相手いただきありがとうございました。ご厄介かけついでといっては申し訳ないですが、もうひとつ我ままをお聞ききいただけないでしょうか?
 聖を東から見た時三角形に見える山として、釈迦ヶ岳を選びました。そこからの聖を例のGoogle Earthでシミュレーションしていただけませんか? 釈迦ヶ岳が不具合なら、その近辺の山で、それらしき山があれば入れ替えていただいても構いません。
 Googleマップは時々利用しますがGoogle Earthは未体験です。お忙しいところ申し訳ありませんがよろしくお願いします。

〔T〕興味深いお話をお聞かせ頂きありがとうございます。前聖~奧聖の尾根は東西ではなく、奧聖がやや北側なのですね。今回の話題で地形図を確認して再認識しました。釈迦ヶ岳はいい選だと思います。前聖~奧聖の一直線状の延長は大菩薩辺りだろうと思います。両方のGoogle Earth上の展望図を送付致します。ご検討ください。
 今年の島信のカレンダー「東海道川尽大井川の図」(広重)の山座同定を、正月からトイレでやっています。(このシリーズ、我が家ではトイレが定位置です)
〔追伸〕先程、風呂の中でふと、大兄と聖の会話を交わしたのは「小倉山」かなと思いました。前聖・奥聖~大菩薩を結ぶ線上でありますし、2009.3.15の山行日なら、奥山の稜線も白くくっきりと分かったのではないかと思います。

Google Earth による大菩薩嶺からの展望図

 この「小倉山」がビンゴだったらしい。13日の再放送日は富士山双子山での雪上歩行講習だったが、順調に終わり、「野田屋」での反省を済ませ帰宅しても十分間に合った。またしても、ほろ酔いの頭であったが、なるほど面白い内容だった。山登りの楽しみの一つである眺望=山座同定を、作品上の山に照らしてやってしまうのは愉快だ。加えて芸術家の構図力、デフォルメ力にも感嘆する。もしかして「尾州不二見原」は、見えないことを承知の上で、聖岳を富士山に擬して描いたのかなとも想像した。北斎ならやりかねないのではと思った。それにしても、I氏の山、版画、投稿(?)へのマメな嗜好が目一杯に結びついて、私も一緒になって楽しめた一週間だった。

小倉山から望む南アルプス

【I氏のNHKへの手紙】

 こんにちは。1月6日朝の日曜美術館「北斎の富嶽三十六景」を、大変楽しく拝見しました。一人目の研究者にYさんが登場して最初のビックリ。彼は、同じ会社でピアノ作りをしていた仲間でした。Yさんが写していた大井川を隔てた富士山の下に広がるS市に、当時も今も住んでいることにも縁を感じました。NHKの超望遠カメラをもってすれば、拙宅が見えるのではないかと思えました。
 「尾州不二見原」にまつわる話も面白かったです。趣味で長く山登りをしてきました。所属するハイキングクラブでは大井川、安倍川流域の山々をホームグランドとして登っています。年に2~3回、富士山または富士山が望める山へ行きます。塩山市北部の小倉山に登ったときのことです。南アルプス前衛の山の上に聖岳がチョコッと頭を覗かせていました。リーダー格の同士と「この位置から見る聖は、つまらんね」と呟いてしまいました。志太平野や大井川、安倍川流域の山々から見る聖岳は、前聖と奥聖が大きな吊尾根で結ばれ、堂々としています。小倉山からは聖岳を吊尾根方向に見るため、三角形に見えてしまうのです。特徴的な山容の聖岳を真っ先に見出し、そこから南アルプスの山座同定をしていくのが我々のやりかたです。翻って尾州からの聖岳が三角形に見えることも頷けます。聖岳を挟み対座しているからです。我らの憧れの山・聖岳を、北斎が富士山と見間違えたことが面白いです。冠雪したピークは晩秋から早春、空気が澄んでいる時でなければ名古屋からは見通せないと思うので、取材はその時分だったことでしょう。
 リタイヤして十余年、登った山を木版画で彫っています。たまたまNHKの番組の中で私の作品がチラッと現れたので、いっとき仲間内で話題になりました。版画教室の先生から、いつも山は高く、高く描きなさいと指導されます。そう言われても極端に高くすれば形が崩れ、どこの山か判らなくなってしまうので、鵜呑みにはできませんでした。穂高連峰の高さ方向を120%にしたのが精一杯です。ところが「凱風快晴」ではCG上で200%にすると北斎の画とピッタリ一致したので、これにもビックリ。スケッチ場所が三ツ峠ではないかと推量するくだりも興味深かったです。三ツ峠にも、何回か登っていますから尚更でした。
 拙い文ですが、お知らせしないではいられないほど興奮した時間でしたので、初めてお便りさせていただきました。ありがとうございます。

(2013年2月記)

【I氏の山の版画作品3点】

仙丈ヶ岳

5月・蝶ヶ岳からの穂高連峰

荒川岳



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