前回はこちら。今回も、論理的思考(ろんりてきしこう)を使います。論理的思考の教科といえば「数学」です。高校数学でならう「命題」(めいだい)で、あなたのおなやみ解決(かいけつ)します!
めいだい【命題】
正しいか正しくないかはっきり決まる式や文章(ぶんしょう)。正しいときは「真」(しん)、正しくないときは「偽」(ぎ)とよぶ。
(1)「100は大きい数である」;はっきり決まらないから命題ではない
(2)「100は10より大きい数である」;正しいので、真の命題
(3)「100は1000より大きい数である」;正しくないから、偽の命題
命題「Aは男である、ならばAは人間である」真!
逆(ぎゃく)「Aは人間である、ならばAは男である」
「ならば」の前と後を逆に。Aは女かもしれません。偽!
裏(うら)「Aは男ではない、ならばAは人間ではない」
順番はそのままで「~ない」に。Aは女かも。偽!
対偶(たいぐう)「Aは人間ではない、ならばAは男ではない」
裏を逆に。人間でないなら男も女もない、これは真!
このように「対偶」が真なら、もとの「命題」も真です。
これおぼえて、大人にきいてみましょう。イヤな顔をすると思いますよ^m^みんなニガテな単元(たんげん)だったから。でも、コレが役に立つんです。たとえば…
「じぶんにピッタリあった仕事につきたい」
なにがピッタリなのかじぶんでもわからないなぁ…
↓こうしたら?
「じぶんにあわない仕事だけは選ばない」
ハデなことはニガテだからコツコツ長くできそうな仕事をしようとか、どこでくらしても仕事ができるよう資格(しかく)をとっておこうなど、とっかかりがつかめます。
「対偶」が真なら、もとの「命題」も真ですから。
「みんなが、幸(しあわ)せになる」
↓こうしたら?
「だれも、不幸(ふこう)にはならない」
みんなが幸せになることは、ひとによって幸せの基準(きじゅん)がちがうのでむずかしいものです。しかし、不幸にならないことを考えればよいのです。たべものがなくてお腹をすかせたひとはないようにする、学校に行けないこどもはないようにする、やる気はあるのに仕事につけないひとはないようにする…
解決できないと思った問題も、考え方を変えてみることで解決できます。あなたのおなやみも、数学で解決できるかもしれません。
もっと、論理的思考=ロジカル・シンキンでいきましょう!(AS)
参考;「自分で考える力をつける算数の本」岡部 恒治・著(日本経済新聞社)
めいだい【命題】
正しいか正しくないかはっきり決まる式や文章(ぶんしょう)。正しいときは「真」(しん)、正しくないときは「偽」(ぎ)とよぶ。
(1)「100は大きい数である」;はっきり決まらないから命題ではない
(2)「100は10より大きい数である」;正しいので、真の命題
(3)「100は1000より大きい数である」;正しくないから、偽の命題
命題「Aは男である、ならばAは人間である」真!
逆(ぎゃく)「Aは人間である、ならばAは男である」
「ならば」の前と後を逆に。Aは女かもしれません。偽!
裏(うら)「Aは男ではない、ならばAは人間ではない」
順番はそのままで「~ない」に。Aは女かも。偽!
対偶(たいぐう)「Aは人間ではない、ならばAは男ではない」
裏を逆に。人間でないなら男も女もない、これは真!
このように「対偶」が真なら、もとの「命題」も真です。
これおぼえて、大人にきいてみましょう。イヤな顔をすると思いますよ^m^みんなニガテな単元(たんげん)だったから。でも、コレが役に立つんです。たとえば…
「じぶんにピッタリあった仕事につきたい」
なにがピッタリなのかじぶんでもわからないなぁ…
↓こうしたら?
「じぶんにあわない仕事だけは選ばない」
ハデなことはニガテだからコツコツ長くできそうな仕事をしようとか、どこでくらしても仕事ができるよう資格(しかく)をとっておこうなど、とっかかりがつかめます。
「対偶」が真なら、もとの「命題」も真ですから。
「みんなが、幸(しあわ)せになる」
↓こうしたら?
「だれも、不幸(ふこう)にはならない」
みんなが幸せになることは、ひとによって幸せの基準(きじゅん)がちがうのでむずかしいものです。しかし、不幸にならないことを考えればよいのです。たべものがなくてお腹をすかせたひとはないようにする、学校に行けないこどもはないようにする、やる気はあるのに仕事につけないひとはないようにする…
解決できないと思った問題も、考え方を変えてみることで解決できます。あなたのおなやみも、数学で解決できるかもしれません。
もっと、論理的思考=ロジカル・シンキンでいきましょう!(AS)
参考;「自分で考える力をつける算数の本」岡部 恒治・著(日本経済新聞社)