べんきょうなせん(='ω')

べんきょうは論理で考えるトレーニング
熊本県山鹿市中高大学受験の "あすく" です

予測して行動せよ|しあわせになろうよ

2015年09月16日 | 小学から中学へ
 仕事で上手くいくひと。先を見て"行動を"できるひとです


 実のところ「才能」の差もあります。たとえば、記憶力が良かったり情報の処理速度が高かったりといった才能です。生まれつきある才能です。うらやましいなと思いますが、思ったところでわたしに才能がわいてくるわけじゃありません。その才能を持ち合わせたとしても、上には上がいるものでうらやむ気持ちは消えないでしょう。そして、わたしは自分で変えられること"全部を"試したわけでもありません。変えられないことに悩んで立ち止まるぐらいなら、自分で変えられることを試しておきたい。

 失敗するかもしれません。そしたらまた試せばいい。カッコは悪くてもあがいているだけ、なにもしないよりマシに見てもらえるかもしれない。そうやって自分に納得のいく人生をおくりたい。自分に納得がいけば幸せにもなれると思うからです。運は動いたひとからむいてきます。


 わたしは足が悪くなり走れなくなりました。早歩きは転びます。病院に行きましたがひどくならないようにできても元にもどることはありません。自分で変えられることを試しましょう。いままでよりふたつ前のバスに乗ることにしました。

 わたしは寝ぼけて目覚まし時計を止めます。たまにですけど。でも、そういうときに限って大切な約束してるんですよね。だから自分で変えられることを試しましょう。寝ぼけてやってしまうことは変えようがありません。試しに目覚ましを四つ仕掛けます。ケータイのスヌーズ機能で何度もなるアラームを三回と布団から出ないと止められないはなれた場所に目覚ましをおきました。いまは目覚ましを止めて遅刻することはありません。

 授業が始まってから毎回「トイレ…」と言う子がいます。別にサボりじゃありません。緊張で便意をもよおすことはだれにだってありますから。わたしもあります。これは学校や授業に慣れてくればだいたい解消されます。学校に相談しても良い。ただこれを仕事場でまでやることは避けたい。緊張やストレスは生きている限り減らすことはできてもなくなりません。おとなになる前に自分で変えられることを試しておきたい。

 家事や仕事がバタバタするのはやるべきことがたまっていて、そこに突発的な用事が飛び込んでくるときです。忙しいときほど突発事項はやってきます。あれなんででしょうね。確実にやらなければならないことを早めに終わらせる習慣に変えなきゃ生涯ずっとバタバタです。その努力からは得るものがなにもありません。確実にすべきことを書き出してリストにしたらどうでしょう。優先順位を決めて行動したらどうでしょう。リストをもとに上手にひとの助けを借りられるよう相談をしてみたらどうでしょう。一度には難しくとも、ひとつだけでも減らせたらどうでしょう。


 怒ってなにかをさせる(やめさせる)ことはあまりオススメできません。怒ることがダメだからではなく、効果が続かないからです。

 ありのままの自分は大切ですが、他人にとってはそれは子どもとおなじです。"ずっと"子どものままはわたしはイヤです。たいていのひとは試しながら自分を変えていきます。才能があったとしても苦手がないひとはいないからです。自分で変えられることを試してそして見つけていきます。だれかに強制をされたわけじゃありません。わたしが遅刻したとしても怒られないかもしれない。会議や打ち合わせが始まってからトイレへ立ってもなにも言われないかもしれません。自分でどうにかできることかそうでないかは他人からは断定できないからです。そのためにその場を乗り切ればごまかせると思い込んでるい小学生がいますが周りはちゃんと覚えています。またか、とね。

 "何度も"遅刻したり"毎回"始まってからトイレへ立ったりしていては、まわりから距離を置かれてしまうかもしれません。これは避けたい。


 あなたが怒られるのは一人前あつかいされていないから。同時にあなたが怒ればなおると思われている証拠でもあります。できることを自分でなおそうとするなら、またひとのチカラも上手に借り自分を変えていけるのならならたぶん大丈夫です。怒られたってやっていけます。わたしが仕事で見た「才能」があるひとは、わたしより失敗していました。でも平然となおしていきます(内心は平然じゃないかもしれませんが)。その結果わたしよりずっと成果を出していたのです。

 もし何度言ってもなおらないと思われたら…なにも言われなくなっちゃうかもしれません。仕事場でこれはコワイ。とてもコワイ。これをぬぐい去るには何倍もの努力が必要になるからです。職場でいづらくなるかもしれません。仕事を転々としているひとは、自分でできることをを試す経験が(特に子どものころに)足りなかったのかもしれません。もしあなたが仕事で上手くいかないとしたら、このことが理由かもしれません。


 先の毎回「トイレ…」と言う子、いままでより30分早起きして朝食後学校へ出かける前に大をするよう変えてもらいました。

 聞けばおうちでもお母さんは「トイレすませなさい」と毎朝言い続けていたそうです。毎回返事は「しなくて大丈夫」。ウソやいい加減なわけではないのです。"言われたときは"大丈夫だったのです。歩いて体が動いてから便意はやってきます。小さい子ならやっちゃいますよね。経験が足りず先を見て行動ができないからです。たまになら仕方がない。でもしょっちゅうなら、どこかで変えておかなきゃなりません。

 ここで、言われるだけで変えられる子と言われただけでは変えられない子とに分かれます。言われて変えられる子は手がかからずラクですが、言われて変えられない子も"悪い"わけではありません。ひとが自分を客観的にみるためにはトレーニングが欠かせません。言われて変えられない子は、自分が"いつも"できていないという意識がない。先を見ていまの行動を決める経験が足りていないのです。まわりのおとながすべきなのはそのサポートです。具体的にできることを指示してあげましょう。当たり前だと思うことから始めましょう。小さなことでもできたらほめましょう。自信がつけばできることはグッと増えます。自分で変えられることをいくつも試して見つけておけば良いのです。まずいのは言うだけ言ってなにも変えてみないこと。試してうまくいった経験もないまま、親も本人も疲れてあきらめてしまうことです。

 そこで、いままでより早起きをしてもらい朝食後学校へ出かける前に大をさせるように変えてもらいました。そのときは大丈夫でもトイレへは強制的にいかせます(できることは強制します)。トイレに行って出なくても構いません。習慣づけることで出るようにもなり、授業中便意をもよおしてもがまんできる状態には変えられました。授業中「トイレ…」と言うことは、なくなりはしませんでしたが減りました。本人に少し自信もつきました(これが一番効果あったんじゃないかなとわたしは思ってます)。


 予測して行動せよ。あたまのなかの"想像"の問題ではないことはご承知いただきたい。あたまでわかってはいても、"行動をすること"とは等しくないのです。おとなだってそうでしょう。わかっちゃいるけどやめられない。ヒトは現実にあるモデルやまわりとのかかわりのなかで学んでいくものです。そのなかで自分を客観的にみることも学びます。社会性や自主性のように(勉強も)本能ではない行動では特にそうです。

 「言ってはいるんですけどねえ」もあまりオススメできません。それが悪いからではなく、その効果がうすいからです。もし親子のあいだでなあなあになってるようであれば、言ってあげるひとを変えて試すことです。ヒトはおなじことを言われたとしても、違うひとに言われれば納得ができることだってありますからね。モデルやかかわりを"変えて試してみる"ことです。上手にまわりのチカラを借りましょう。たとえば母親から父親へ言うひとを変えてみる。親族に言ってもらう。もちろん塾や学校へ相談しても良いのです。授業がスムーズに始められるサポートなら大歓迎です。お待ちしてますよ。

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 仕事で上手くいくひと。先を見て"行動を"できるひとです。まわりのおとなにできるのは、そのサポートです。(塾長)


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