オークランド通信

のんびりしたお国柄が気に入りニュージーランド在住27年。仕事、子育て、生活全版にわたって語ります。

その222 メルボルンのいけばなイベント 06−12−24

2025-01-22 07:11:31 | 第221−230
            メルボルンのいけばなイベント

06−12−25

                 222号

10月30日から11月5日まで、オーストラリア、メルボルンに行って
来ました。
いけばな草月流ビクトリア支部の60周年のイベントに参加しました。
1964年に海外での草月流の草分け的先駆者、Norman Sparnonにより
オーストラリアの各州の支部が設立され、今年60周年です。
私が支部長を務めるニュージーランド、オークランド支部も設立から54年
経っています。
オセアニアの草月は、世界の中でも歴史が古い方です。

メルボルンで、ビクトリアの60周年のイベント、展覧会、日本の本部講師
によるデモンストレーションを見て、ワークショップとcerebration dinner
に出席しました。
オーストラリアとニュージーランドの草月の支部は創立当時から関係が深く、
あちらからワークショップやイベントに来てくれたり、私もシドニー、
ブリスベンで開催されたイベントに何回か参加しました。
何人か顔馴染みのメルボルンとシドニーのメンバーに、会うことができました。
杖をついている人がいたり、みんな歳とったな、と感じました。
でもまだ飛行機に乗ってやってくるのは元気な方で、引退して草月のイベント
に出てこなくなった人もいました。
コロナロックダウンがあり数年は会ってないので当然かもしれませんが、中心的
存在であるメンバーが平均80歳になるので、仕方がない事ですね。
でも、若い方達に知り合いになれてよかったです。

展覧会場はBox Hill , デモンストレーションは Fedaration Square、ワークショップ
はメルボルン大学、最後のdinnerは Kewでありました。
Mykiカードを使ってトラムやバス、電車で行ったので、メルボルンの公共交通機関を
使いこなせるようになりました。
街の中心部は、無料のトラムが走っていて、ホテルからのちょっとしたおでかけに
便利でした。

話はそれますが、オークランドのCBDは、地下鉄工事が10年以上経っても終わらず
通行止めだらけで、平日6時以降や週末も駐車料金がかかる事もあり、閑散としてます。
コロナ以後の復興もあまり進んでおらず、私もたまにコンサートとかにバスで
出かけるくらいです。メルボルンは無料のトラムのせいもありますが、CBDも人が
多く活気がありました。


せっかくの機会でしたので、ツアーに参加しました。
Yarra River Winery Tourは、3つのワイナリーを訪れて、ランチ、テイスティング
を楽しみました。
この地方は赤ワインがおいしく、クリスマス用に赤ワインのシャンペンとshirazを
買って帰りました。
メルボルン最後の日は、Great Ocean Rd Day Tourに参加し、ダイナミックな
海岸の景色を見ることができました。
途中、野生のコアラやカンガルーに会えてラッキーでした。
660キロのドライブで、朝7時からほぼ12時間の長い旅でしたが、堪能しました。


11月のメルボルンは比較的過ごしやすい時期でしたが、朝は8度、日中は28度
くらいに上がり、一日のうちに20度も温度差があり、服装に困りました。

帰ってきたらオークランドは初夏になっていて、庭の野菜もぐんと大きくなって
いました。いちごもおいしく毎日食べてます。
でもメルボルンのQueen Victoria Marketで買った$1のマンゴーの味が忘れ
られません。こちらでも$5くらいで売ってますが、甘くなさそうだし手が出ません。
トロピカルなフルーツは、オーストラリアが美味しいです。
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その221 オークランドでお花見 25-10-24

2024-12-04 05:17:12 | 第221−230
25-10-24

        オークランドでお花見
                 221号


10月の始め、孫達とCornwall Parkでお花見をしました。
うちで稲荷寿司を作らせて、ピクニックしました。稲荷は味付けして真空
パックに入ったものがアジア系スーパーで売っているので、ご飯を詰める
だけですが。

その日はスクールホリデー中ということもあり、平日にも関わらず、結構
混んでいました。
お花見シーズンは、オークランド在住のすべての日本人団体が来てるのではないか
と言うくらい、日本人が目立ちました。
もちらん、あらゆる人種が来てました。
高校生の誕生パーティーのグループは、簡易ネットをはってバレーボール
してました。
お昼時には、Uber eatsでピザを公園に配達してもらっていて、賢いと思いま
した。

日本人会主催のお花見は利き酒があったようです。
ここは、飲酒も許されてます。
お花見は、桜と写真を撮りに来てるグループと、ピクニック派に別れます。
ピクニックのグループは、子供の自転車やサッカーポールなど遊具を持って
来て、数時間はいると言う感じです。

私たちもピクニックマットを広げて、お弁当を食べました。
孫達がボールで遊んでいる間、私は寝そべってゆっくりしてました。


たまたまクライストチャーチから来ている友人がCornwall Parkに桜を
見に行って驚いてました。
クライストチャーチは、公園では飲酒はもってのほかで、ピクニックも
禁止だと言ってました。お花見は、だた桜の木の下をそぞろ歩くだけだそうです。


オークランドでは、8月始めに台湾緋桜が咲き始めます。
濃いピンクの花で、市街地の街路樹としても植えられてます。

日本のソメイヨシノは、ここではうまく育たないようで、私たちが日本の桜として
目にするのは改良種だそうです。
今年は、9月に入ってから、朝の冷え込みが厳しく、日中は気温が上がる日が
続いたので、2週間ほど開花が早かったです。
うちの近くでは、今でも山桜系の桜が咲いています。
葉っぱも同時に生えてます。
オークランドでは、8月から10月までどこかで桜を見ることができます。
雨が降ってもそんなには散らないので、長持ちするのだと思います。


今年3月日本に行った時は、桜の開花が遅れていて残念でした。
帰る前日、ちょっとだけ成田不動でやっと咲き始めた桜を見にいきました。

桜を見る、見ることによって心踊るのは日本人独特の情感だと思います。
日本を思い、外国でも桜を植え、故郷に思いを馳せるのだと思います。
娘の庭にも見事な桜の木があり、しばらく楽しみました。

今度日本に帰る時は、京都の鴨川沿いの桜並木、円山公園のライトアップ
された枝垂れ桜を見たいです。
私たちはこちらに来るまで京都にいたので、桜といえば京都を思い浮かべます。
来年4月に京都に行く時に、桜が見れるよう密かに祈ってます。
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その220 クライストチャーチでいけばなワークショップ 13~09−24

2024-10-24 06:35:22 | 第211−220回
     クライストチャーチでいけばなワークショップ


13−09−24
                 220号


8月30、31日にクライストチャーチに行って来ました。
草月流のクライストチャーチ支部の先生方対象に、デモンストレーションと
ワークショップをしました。

一般の方や学生向け、フラワーデザインのクラブではよくいけばなの
ワークショップをやっていて問題はないのですが、地元以外で、
しかも私の親先生がずっと教えに行かれていた所なので、プレッシャーを
感じてました。
結果、思っていたよりうまくいき、皆さんにも喜んで頂けたので安心しました。


今回一番懸念していたのは、デモンストレーションです。
花器はお借りして、材料は前日採集、そこから5つのデザインを考えなけ
ればなりません。
お花は事前にネットで注文するというので、適当に5種類お願いしました。
ラッパ水仙、スプレー菊、アイリス、ヘリコニア、waratah(オーストラリア
原産の赤い花)です。
組み合わせる枝ものが解らないので、賭けでした。


金曜日2時にクライストチャーチ空港に到着しました。
クライストチャーチはほぼ3年ぶりです。
コロナ期間中、何度か仕事等でクライストチャーチに行こうとしたのですが、
2回は直前にロックダウンになり、フライトがキャンセルになり行けません
でした。
その当時、オークランドのコロナ対策が非常に厳しくて、ロックダウンになると
陸路、空路も数時間のうちに閉鎖された事がありました。全く暗い時代でした。

迎えに来てくれたPさんのお宅にまず行きました。
Pさんのお宅は、Red Cliffsにあり、とてもモダンな建築でした。
海側はほぼガラス張りで、デッキから直接海岸に出れます。夕陽がとても
美しかったです。
私は2階の寝室に泊めて頂いたのですが、廊下の床の一部がガラス張りで、
高所恐怖症の私はそこを通る時、ヒヤヒヤしました。
海の眺めはとても素敵なのですが、津波が来たら攫われてしまう、と思って
しまいました。
実際、2011年のクライストチャーチ地震の時、Red Cliffsは通じる一本の道が
崖崩れで塞がり、その地域はしばらく孤立したそうです。
海側は陸が流された部分が補強され、綺麗な遊歩道になってました。
崩壊した崖は、今だに高い塀で覆われ立ち入り禁止で、家を建て直す事ができ
ないそうです。

ちょっと休んでから、他のメンバーと合流して、エイボン川のほとりのレッド
ゾーンに、デモンストレーションとワークショップの材料の採集に行きました。
そこは元々住宅地だったのですが、2011年の地震の時に液状化がひどく、
レッドゾーンと指定され住めなくなり、現在は市の公園となってます。
誰でもそこから植物を取っていいそうで、実際材料の宝庫でした。
桜、木瓜、レンギョウ、小手毬、椿、いろんな種類の木蓮、ユーフォルビア、柳、
とくさ、斑入りのニュージーランドフラックスを切って来ました。
日本的な花の咲く木々が多く、意外でした。
クライストチャーチ在住の友人によると、オークランドでよく見る多肉植物、
サボテンなどの亜熱帯の植物は寒くて育たないので、草花を毎年植える、
とのことでした。
白やビンクの椿が何本がまとまって植っていたりして、きっとここに住んで
いた方は椿が好きだったのだろうと、とか想像しました。
家も道もなくなったのに、人々に愛された木々だけが取り残され、春爛漫の
花盛りを見ると、なんだかちょっと寂しくなりました。
友人は、夜は気味が悪いのでその地域には行かない、と言ってました。

金曜の夜は、クライストチャーチのメンバーの方々とアジアのストリート
フードのレストランに行きました。
おしゃれでお味も良かったです。


翌日は本番です。
朝6時に起きて、デモンストレーションの準備をしました。
いける順番と形を考え、使う花器と花材に番号をつけておきました。
枝を丸めたりと細工の必要なものは、加工しておきます。

9時に会場に到着し、9時半から開始しました。
皆さん、よくレッドゾーンには行かれてるようですが、私の目の付け所が
違うのか、デモの作品を見て感心されてました。
45分で大小含めて5点生けました。
豊富な材料に恵まれ、買って貰った花ともいい取り合わせになりました。
実際、その場のインスピレーションでそこにある物で活けるという、私の
いい勉強になりました。

Morning teaの後は、草月の基本の形のおさらいをしました。
私は、桜の枝とアイリスで見本をいけました。
皆さんとても熱心で、質問にもたくさんお答えしました。

午後は、9月21日のいけばな展に向けての準備ということで、
本番に近い大作を制作してもらいました。
とても独創的なデザインで、実際の展覧会を見に行けないのが残念でした。
4時に終了し、またPさんに空港まで送って貰いました。


6時発の飛行機に乗ることができ、8時過ぎのには自宅に帰りつきました。
あっという間のクライストチャーチ訪問でしたが、楽しめました。
お花を通じて、又友達が増えて嬉しいです。

オークランド支部も9月21、22日がいけばな展です。
支部長としての責任もあり、自分の作品制作、デモの準備とこれから2週間
集中していきます。
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その219 家族と祝うMatariki Day 26−07−24

2024-09-09 10:36:22 | 第211−220回

              家族と祝うMatariki Day

26−07−24

                 219号


5月18日から始めた我が家のランドスケーププロジェクト2024は、
6月28日、Matariki Dayに完成しました。

6月20日ごろに庭作りは最終段階に入り、庭師のYさんに最後の日は石や
バークを運んだりの仕事で人手がいると言われました。
ちょうど翌週の28日は、Matariki Dayで祭日でしたので、家族を招集しました。


2年前から始まったニュージーランドの新しい祝日Matariki について説明
します。
https://www.matariki.net.nz/
Matariki とは「神の目」を意味し、9個の星からなる星群です。
これは、The Pleiades(プレアデス星群)で日本では昴と言われています。
Matarikiが、冬に入る頃に北東に見えるようになって初めての新月の日を、
マオリの新年(太陰暦)と定めてお祝いします。
これまでニュージーランドの先住民族であるマオリの祝日がなかったので、
Matariki Dayは歴史的に重要な日となりました。


6月28日は、朝から娘と息子一家に来てもらいました。
息子と婿が一輪車で石を運び、他の家族が平らにならしていきました。
石は重いので運ぶのは結構な重労働です。
白い川石を家の周りにぐるりとひき、大きな石はランドスケープにも使い
ました。
ランドスケープの部分は、専門家である庭師のYさんが石組みしました。
枯山水風にして、石で川、滝、山を作り、エアープラント、多肉植物、
プルメリアなどを所々に植えました。
ガレージの横のロックガーデン、道側のランドスケープは、すべて我が家
の敷地にあった火山岩を使いました。
我が家の家の向かいに休火山があり、ここの土地は元は山の麓だったので、
ちょっと掘ると石がゴロゴロと出てきます。
うちの生花の生徒さんがこの庭を見て、“It belongs to here.”とコメントしてました。
この土地の何百年もあった火山岩を使う事によって、地域と調和のとれたいい庭
になりました。


家の北側は柑橘類が植っていてバークを入れました。
南側は、20本のニュージーランドフラックス、君子蘭、紫陽花などを
植えました。
孫たちも、バケツでバークを運び、植物の間に撒いてくれました。
てんこ盛りにしたので、紫陽花の苗がどこなのかわからなくなりましたが、
元気があれば葉っぱが出てくるでしょう。

お昼は、娘が近くの寿司屋に巻き寿司を買いに行き、みんなで頂きました。
うちのちびっ子は9歳二人と8歳なので一緒に庭を手伝ったり、食事する
のは楽しそうでした。


家族が集い、庭仕事をして、全員で食事をして、まさにMatariki Dayに相応しい
ファミリーイベントとなりました。


庭の広い部分は人工芝にして、その他の部分はWeed matを敷き詰め、その上に
石庭やバークをひいた庭になったので、雑草は生えなくなりました。
毎週、週末は芝刈りや雑草抜きに追われていたので、急にぽっかりとする事が
なくなってしまいました。

これからは、植物や野菜の成長が楽しみです。
先週から緋桜が咲き始め、小さなロビンが蜜を吸いに来てます。
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その218 ランドスケーププロジェクト 07-06-24

2024-07-26 04:44:35 | 第211−220回
ランドスケーププロジェクト

                 218号

07-06-24


5月の中旬から長年やりたかった、庭のリノベーションを始めました。

我が家は築25年で、当初に作った石垣、花壇が劣化して崩れてきてました。
木が成長して、根っこで花壇が変形し、石が崩れ落ちてきてました。
それと同時に、2年前に始まったお隣の住宅開発で、境目の部分の庭が削り取られて
しまいました。
やっと去年12月に228軒の住宅が完成し、うちと隣との間は3メートルの排水、
地崩れ防止の擁塀ができ、さらにその上の2メールの塀ができました。
つまり我が家の方が高い所に建っていて、お隣の新築住宅は3メール下に建ってます。
これで境界線もはっきりしたので、庭作りをお願いしました。


今回の庭改造の大きな目的は、low maitemance gardenにすることです。
これまで散々庭で苦労して来たので、これからは年齢も考えて、手間いらず
の庭にしようと思います。

この家を建ててから15年は、夏の草抜きに時間を費やしました。
オークランドは温暖な気候で住みやすいのだけど、年中雨が降るのでほっておくと
いくらでも雑草が生えます。
夫が亡くなってからの10年は、芝刈り、木の剪定、草取り全てを自分でやりました。
去年3月に庭仕事中に肩を痛めてしまい、回復するのに9ヶ月かかりました。
これはもう限度だと思い、芝刈りだけは業者にやってもらう事にしました。
大体のニュージーランドに家の庭には芝生があり、2週間に一回芝刈り機で
刈ります。これはニュージーランドの文化というか、風物詩なのですが、芝は
刈っても刈っても生えてくる訳で、時間の無駄というか、終わりなき戦いです。


庭のデザイン施工は、日本人の庭師のYさんにお願いしました。

メインロードに面したところは、枯山水を思わせるロックガーデンにしました。
ガレージの横もロックガーデンで、とっくり椰子とアロエの大株が火山の様に
みえます。
ロックガーデンの石は、全てうちの庭にあったものです。
うちは休火山の向かいにあり、火山岩が庭中ゴロゴロしてます。

塀の近くは、ニュージーランドフラックスをたくさん植えるつもりです。
他の植物は、葉っぱの散らない物、ほとんど水やりしなくていいものをと
お願いしました。

Yさんの仕事始めの日、近くにできた新しいカフェに一緒にランチに行きました。
古いヴィラを改装したおしゃれなカフェで、道に面したところは人工芝で
パラソルの下で食事ができる様になってました。
Yさん曰く、最近Yさんのクライアントのお宅も人工芝にして、とても喜んで
おられる、最近なかな質もいい、とのことです。
カフェの人工芝もぱっと見は本物に見えたので、私はこれだ、と思いました。
早速、Yさんが手配して、3日目には見積もりに来てもらいました。
うちの庭の一番地面が広い部分を、人工芝にする事にしました。
表面の土を取って、マットをひくので雑草は生えない、とのことです。
これで芝刈りからおさらばです。


庭のリノベーションと同時に、薪や植木鉢を入れる小屋も作りました。
小屋は今日完成しました。薪を入れるには来年の冬からになるので、夏はここで
お昼寝ができそうです。

人工芝は1ヶ月後に施工が決まり、それまでには他の部分もできてくると思います。
今から完成を楽しみにしてます。

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その217 ワイへケ島 25−04−24

2024-06-05 12:16:37 | 第211−220回
                ワイへケ島

                 217号
25−04−24

3月に友人達とワイへケ島に週末出かけました。
ワイへケ島は、オークランドダウンタウンのフェリーターミナルから45分毎で
行けます。
日帰りもできますが、今回は2泊しました。


金曜日朝9時のフェリーに乗りました。
通常往復NZ$55ですが、私たちはシニア向けのパスを使いタダで行けました。
オークランド市民は、シニア、65歳になると年金が支給されると共に、
AT(Auckland Transport) cardに切り替えられます。
バス、電車、フェリーが無料で乗れます。

ワイへケ島に到着してから、レンタカーを取りに行きました。
レンタカーに荷物を入れて、Sculpture on the gulfを見に行きました。
島のオークランド側に面した丘に大小様々な彫刻が展示されてました。
私は毎回来ているのですが、今年はちょっと小規模かな、と思いました。
それでも、潮風に吹かれながら散策するのはいい気分でした。

いくつかのワイナリーに行きましたが、大きい所は観光客や結婚式などの
ファンクションのお客さんで混んでました。
ちょうど、オークランド港にクルーズ船が寄港していて、その乗客と思われる
人たちが団体で来てました。
ワイへケ島は、ロックダウン以前の賑わいを取り戻してました。
ただ、ワインのテイスティングが$30くらいに上がっていて、そう何箇所も
試せないな、と思いました。
クルーズ船の人たちも、値段を聞いてびっくりして、見学しただけで帰ってました。


今回は、女性4人でしたので大きめのホリデーハウスに滞在しました。
一人一部屋で大きいベッドに寝れたので、快適でした。
大体、ランチはワイナリーなどのレストランで食べ、夕方、早にめに戻り
ジャグジーに浸かりゆったりした後、夕食を宿で頂きました。
ワイへケ島のワイン、スーパーで買っお惣菜やチーズ、パンをつまみながら、
おしゃべりを楽しみました。
夜は真っ暗で、頭上には一面に星空が広かり、どっかとても遠い所に来た気分
でした。

ワイへケ島は、高級な別荘地で、丘の上や海沿いに豪華な家が建ってます。
週末だけやってくる、夏の間過ごしに来るようです。
もちろん住んでいて、毎日フェリーでオークランド側に通勤してる人もいます。

最近どこへ行っても思うのですが、ホテル代とか全てが値上がりしていて、
とても高くつきます。
コロナ以前の倍近くはすると思います。
ワイへケ島は、オークランド市内ですが、値段は外国より高いと言われてます。
娘一家は先週、家族用のパッケージでフィージーに旅行に行ってました。
国内を旅行するより、アイランドに行くほうが安いと言ってました。
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その216 ジャパンデイ いけばな展示とお茶席 08−03−24

2024-04-25 08:26:51 | 第211−220回
                 ジャパンデイ
               いけばな展示とお茶席


08−03−24

                  216号

2月25日はオークランドのジャパンデイでした。
文化展示、ステージでのパフォーマンス、お店、屋台と楽しいイベントでした。

私は、例年、いけばな展示とお茶席に参加してます。
今年は、朝から雨が降って気温も高く、とても蒸し暑かったです。

いけばな展示は、私の草月流いけばなの親先生の社中展ですが、前回から孫弟子、
つまり私の生徒さんも参加させてもらってます。
一昨年からいけばなを始めた私の娘も一品展示しました。
今回は、最多の参加者で24名がいけばな展示を行いました。
私は、展示の責任者で参加者へのメールでの連絡、当日の搬入、搬出のお手伝い
をしました。
いつものことながら、主催者側からの連絡が直前になってやっとくるという状態で、
毎回なんとかなるのですが、ヤキモキしました。

ジャパンデイの前に、お稽古で本番いける花の下活けを生徒さんにしてもらいます。
作品を見て、アドバイスしたり、当日の手順など伝えます。
社中展となると、私自身の作品より生徒がうまくできるかの方が気がかりです。
ジャパンデイ本番、下活けに使った花が手に入らず、多少デザインを変えた生徒も
いたのですが、みんな上手にできました。

私は、床からの大作と台上がりの2点をいけました。
大作は高さ3メートルほどで、我が家の庭の椰子の皮と泰山木の枝を使いました。
庭に落ちていた椰子の皮を集めておいて、茎の部分はオレンジ色のペンキを塗り
ました。ペンキは昨年12月に家の外装を塗った残りです。
茶色の幅広の椰子の皮で形を作り、中心にオレンジ色に塗った茎を加え、
最後に泰山木の深緑の葉をアクセントに加えました。
草月のいけばなでは、このような大作を作る時は電動ドリルで枝を固定したりする
ので大工仕事のようであり、彫刻やオブジェに近いかもしれません。
台上がりの作品は、庭の畑のコリアンダーが枯れてたなびく雲のような形になったのに、
ウイキョウの枝だけとユリ、紫陽花を加えました。

社中展ですから、何十年もやっているベテランの先生方から入門者までのいけばな
作品が見れます。
入門者の方たちの教科書に沿った盛花や投入は、一般の方にもわかりやすく人気でした。


朝7時に到着してからのいけばな展示が終了したら、着物に着替えました。
これからはお茶席の手伝いです。
一重とはいえ、着物を着ると暑いです。
髪はプロの美容師さんがセットしてくださいました。私はショートなのですが、片側だけ
ウェーブをつけてカッコよくなりました。

表千家の茶道を学ぶ有志でお茶席をジャパンデイで毎年やってます。
11時から4時半までお茶席で、お茶を立てる、半東、影立てのお運びなどしました。
暑くて湿気もあるので、茶杓などお道具が手はから離れにくい、お抹茶がお茶碗にドボっと
落ちてしまう、など普段のお稽古で経験しない苦労があります。
私がお茶を主客に立てた時、その方が飲み方がわからなくてなかなかお茶を召し上がらない
ので、私は帛紗をつけられず困りました。
あとで考えたら、勝手に進めた方が良かったかもしれません。
このようなイベントでのお茶席は経験のない方がほとんとですが、中には心得のある方も
いるので油断はできません。
お運びの人が足りなかったので、私の友人にも手伝ったもらいました。
彼女はプロの方に着付けしてもらい、髪もアップにして、とても着物が似合ってました。
久しぶりに着物が着れて嬉しかった、と言ってました。

4時半のお茶を立てる番が終わると、着物を脱いでジーンズとTシャツに着替えます。
イベントが終了するまでしばらく待ち、5時からいけばなを撤収しました。
私の大作は分解するのに時間がかかり、皆さんが手分けして私の車まで運んでくれました。

いつもほとんど自由時間がなく、家族や友人が来ていてもほとんど喋る時間もありません。
息子が果物とたこ焼きを差し入れしてくれました。

ジャパンデイは、お茶といけばなの両方やっているので、朝一番に来て、帰るのは最後です。
その日は本当に疲れ果てました。
参加者、来場の皆さんに楽しんで頂き、事故もなく無事終わったのでホッとしました。

今年最初のイベントが終わったので、今週末は友人たちとWaiheke Islandに遊びに行きます。
ワイナリー巡り、野外彫刻展などお楽しみがいっぱいです。
次回のメルマガで、またご報告しますね。
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その215 初コロナ 19~01−24

2024-03-07 08:57:40 | 第211−220回
19−01−24
                 初コロナ

                 215号

皆様 新年明けましておめでとうございます。
日本は新年早々、元旦に能登の地震、2日に羽田での飛行機事故と続き、
なんと言う新年の出だしだろう、と思いました。
被災地の皆様には、1日も早く通常の暮らしが戻ってくる事をお祈りします。


我が家は、例年通りの3家族合同のお正月ランチを致しました。
娘一家が、元旦朝5時着の日本便でオークランドに帰ってきました。
彼たちは、眠いのを我慢して一番にやって来ました。

去年から、娘がお重に詰めるものをほとんど作るようになり、私はこれで
バトンタッチできたかな、と思ってました。
ところが、今年は娘をあてにできなかったので、メインの物はほとんど私が
作りました。
お節料理、筑前煮、お雑煮に、今年は、タイの塩焼き、牛たたきも作りました。
他の家族がサーモンの巻き寿司、みたらし団子、杏仁豆腐を持ってきたので、
いつも通りの賑やかな元旦の食卓となりました。


12月に、私は不覚にもコロナにかかりました。
4年間どうもなかったのに、初めてコロナになりショックでした。
4月に5回目のコロナワクチンとインフルエンザの予防注射にしたのですが、
12月には効果は消えていたようです。

12月10日に、友人3人でMaestroの映画を見に行きました。
Bernsteinの音楽、映画の内容もよく楽しみました。
Netflexでもほぼ同時配信ということもあり、映画館は空いてました。
でもどっかにコロナ菌が潜んでいたようです。
3人並んで座って、真ん中にいる友人はかかりませんでした。彼女は、すでに
2回コロナにかかってます。
両側の私ともう一人の友人がかかりました。
彼女も私と同じく、コロナは初めてです。

翌週、月曜日に友人からメッセージが来て、陽性と言って来ました。
翌日、私は異常な喉の痛みで目を覚まし、鼻がむず痒くてはくしょんの連続
でした。
RATテストすると陽性でした。
私は何回も濃厚接触してもうつらなかったし、コロナにはかからない体質だと
思っていたので、RATテストの結果を見ても信じられませんでした。
それから、Foggyな頭痛、疲労感、唾も飲み込めないような喉の痛み、鼻詰まり
が始まりました。
熱はありませんでした。
少し前から、ニュージーランドでもコロナは風邪同様の扱いとなり、陽性になっても
自己隔離はする方が好ましいが、しなくても良い、となってました。
しかしながら、この時期クリスマス、忘年会と人に会う機会も多いし、誰も
うつされたくはないだろうし、5日間家にこもってました。
その週にあったクリスマス会は全部キャンセルしました。
家中の窓拭きをしたら、疲れて長いお昼寝、ちょっと掃除したら、また横に
なるを繰り返してました。
食欲は落ちなかったので、しっかり三食食べてました。

一緒に罹かかった友人が、孫悟空の頭の輪っかと例えた頭痛には、悩まされました。
頭を使うことが全然できない、パソコンに向かって仕事しても集中できないので、
いっさい諦めました。

でもコロナの症状はある日突然消えてました。
あれ、今日は頭痛や鼻のムズムズがない、という具合にです。
風邪やインフルエンザだったら2週間くらい長引く事が多いです。
そういう意味で、5日間と短期間で治って、不思議な感じがしました。
テストすると陰性になってました。
私は寝込む事もなく軽症だったのですが、友人の旦那さんは2週間ぐらい寝込んだ
そうです。

しばらく悩まされたのは胸の動悸です。
ちょっと運動すると、胸がバグバグしてました。

お正月明けから軽いヨーガ、短距離の散歩を始めました。
4キロぐらいから少しずつ距離を伸ばして、先週は、一万歩、8キロを以前のペース
で歩けるようになりました。

今日は、一か月ぶりにジムのクラスに復活して、スピンバイクを1時間やりました。
もう動悸もせず、みんなについていけたので、ほぼ体調は戻ったと実感しました。

ニュージランドは去年の12月あたりからコロナがすごく流行っていて、第五波と
言われてます。
2月の末からマスク、RATテストも無料で配布されなくなります。
今年はどうなっていくんだろうと思います。

昨年の今頃は雨が多く1、2月は洪水と災害が多発しました。
今年は、夏らしい暑い日が続きてます。
庭の野菜もよく育ってます。
しばらくはこのいい天気を楽しめそうです。
                
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その213 スクールホリデー 13−10−23

2024-01-18 05:56:58 | 第171−180回
                スクールホリデー

                 213号

13−10−23


先週はスクールホリデーだったので、うちの孫3人と友人の子供二人、合計5人の面倒を
見ました。
7歳一人、8歳3人、10歳一人です。
1週間でクタクタになりました。夕方になると声が枯れてきて、風邪かしらと
思ったほどです。


ニュージーランドの法律では、14歳以下の子供をお留守番、又は車の中に
放置できません。
そのため、共働きの家庭ではスクールホリデー中に子供をどう過ごさせるかは、
大問題です。
しかも、小学校から高校まで4学期制で、10週行ったら、2週のお休みがすぐ
やってきます。
学童保育、ジム等がやっているホリデープログラムに行かせる事もできます。
日替わりの楽しいメニューでなかなかよくできてるのですが、とても高いです。
遊園地に行く日は一人$60、子供二人なら$120でいろんなのに5日間行かせれば、
合計$600です。
片親の給料分が簡単に飛んでいきます。


そこでばあちゃんの登場です。
孫3人見るのも、5人も一緒ということで、我が家が学童保育所となりました。

3家族の親が送迎を分担してました。
8時半ごろ、5人到着です。
バックパックに、それぞれ宿題やらおもちゃを詰めて持ってきます。
おやつや、お昼ご飯の材料も持ってきます。

最初は、ちょっとだけおもちゃの見せ合い、交換して遊んだりのプレータイムです。

9時から1時間くらいは、勉強させます。
公文の宿題、日本語、ドリル等をやってました。
日本語ができる子が、できない子を助けます。
7、8歳で掛け算を習っているので、ペアを組んで掛け算の練習しました。

勉強に飽きたら、morning teaで、ミルク、ビスケットなど食べます。
お昼まで、庭でサッカーをしたりボードゲームをしてました。
今年は、ラグビーの女子のワールドカップがニュージーランドであったので、
ちょっとしたサッカーブームです。
ボードゲームは、オセロとチェスをやってました。
私も相手をすると、攻め方に子供の個性が出ていて面白いです。
先の先まで読んで慎重な子、考えずにどんどん敵の思う壺にハマり負ける子。


お昼近くなったら、子供達を呼び集めてご飯作りです。
カレー作りは、ご飯を洗って炊く子、じゃがいも、人参をピーラーで皮を剥いて
切る子、お肉を刻む子と全員参加です。
うちは働かざるもの食うべからず主義なので、最初はあんまりやる気がない子も渋々
手伝います。
カレーライスは、みんなおかわりします。
普段小食な子も、5人で食べると楽しい、おっとりしてたら食べられてしまうので、
よく食べました。
一番人気のランチは、お餅でした。
もちっ子でお餅をつき、私がちぎったのを、子供たちがどんどん丸めていきます。
ここでも算数の問題です。
お餅が35個できました。5人で分けると一人何個食べられるでしょう?
本当に7個食べた子がいて、驚きです。

午後は、公園に遊びに行きました。
一日中家にいたら、おもちゃが散らかって戦場のようになり、泣いたり泣かされたり
で険悪な雰囲気になります。
10歳男子が、7歳女子に喧嘩で負けて泣いてました。
力関係は、年とは関係ないようです。

木曜日はいい天気だったので、ワンツリーヒルにお花見がてら遊びに行きました。
ちょうど桜が満開で、平日にも関わらず賑わってました。
桜の小枝をバックにいい写真の撮れるスポットは、行列ができるほどでした。
うちの子供たちがサッカーをしていたら、5人がいつの間にが10人になってました。
サッカーに飽きると、今度は別のグループでかくれんぼしてました。


たっぷり遊んだら、家に帰って片付け掃除をさせます。
僕はこのおもちゃで遊んでないとか、文句を言う子もいますが、共同責任なので私が
満足するまで片付けさせます。
綺麗になったら、お迎えが来るまでデパイスを使うことを許します。
Ipad, ノートパソコンでゲームとかしてました。
この最後の30分が一番平和な時間です。

6時半頃お迎えが来て、全員帰って行きました。
私は、一人静かにワインタイム。
朝から逃げ出していた猫2匹も恐る恐る帰ってきて、まったりしてます。


今週月曜から普段の生活に戻りました。
やっぱり、子供は学校に行ってもらわないと、です。
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その214 4年ぶりの日本 01−12−23

2024-01-18 05:48:19 | 第211−220回
その214                 01−12−23

            4年ぶりの日本


10月23日から11月7日まで、4年ぶりに日本に行って来ました。
今回は、旅行はせずに東京、京都のみの滞在でした。

東京は、11月というのに26度もあり、湿気も多くて疲れました。
暑いと友人にこぼすと、今年の夏の暑さに比べたら何でもないよ、と怒られ
ましたが。
11月8日にニュージーランドに戻ってみると、初夏に向かっているオークランド
が東京より涼しいくらいでした。


さて、東京滞在の目的は、日本橋高島屋で開催された104回草月展の出展でした。
最後の出展は2019年3月で、その年の暮れからコロナのニュースが’聞かれる
ようになり、ニュージーランドは2020年4月にロックダウン入り、3年近く
暗い時間を過ごしたのでした。
ようやく外国人も規制なく日本に入国できるようになり、草月展も4年ぶりに
外国からの出展ができるようになりました。

私がしばらく来なかった間に、草月のトレンドも変わり、奇抜な発想、表現に
驚きの連続です。
まさに、井の中の蛙大海を見る、です。
本番の展覧会の活け込みでは、こんなことで動揺してはいられないので、計画通り、
自分の花を活けました。

自分のいけばな展示の3日間は、なるべく会場にいるようにして、ニュージーランド
から帰国した友人達や親戚と再会しました。
オークランドにいた時は毎週のように会っていた仲間も、いったん帰国して
しまうとほとんど会うことはないようです。
私が草月展にお招きしたチャンスに、オークランドのRe- unuon(同窓会)の
になり、何人かで食事に行き、再会を楽しみました。


東京で感じたのは、私は日本人であるけど、この社会に属していない海外居住者、
出たっきり邦人である、という事です。
7月にサンフランシスコに行った時は、国の文化の違いは感じても、そこにいる
事に違和感は感じませんでした。草月の仲間達とも、初めて会う人でも、わだかまり
なく、一緒に過ごせました。
アメリカも移民の国で許容性が高い、ニュージーランドに文化が似通って
いるせいかもしれません。
ニュージーランドに30年、私の人生のほとんど半分を住んでいるせいか、日本は
懐かしい場所ではあるが自分の国ではない、と感じます。
うまく表現できないけど、日本は特別なところですよね。


毎年日本に帰っている時は感じなかったのに、この4年のギャップは大きい
です。
ホテルでもどこでもやたらとちまちましていて、それは細かい心配りなのかも
しれなけれど、必要のない、過剰サービスに思えました。

この4年間で、ニュージーランドはキャッシュレス化が一気に進み、普段
キャッシュを触る事がほとんどなくなりました。
それに比べると、日本はまだまだ現金が主流でした。
日本の方には不便はないのかもしれないけど、海外のクレジットカードが使え
ないお店、現金のみのお店が多く、困りました。
日本以外の国を旅行した時は、どこでもニュージーランドのクレジットカード、
Apple Payが問題なく使えたのに、です。

展覧会場で、カナダからの友人に出会い思わずハグして、再会の喜びを分かち合い
ました。
だけど、日本の友人にはハグしてしまいそうになっても、いかんいかん、
日本ではこんなことしてはいけないんだな、自制してました。



東京の混沌から抜け出し、京都の1週間はのんびり過ごしました。
今回は、お茶のイベントしか予定を入れず、後の時間は一人でゆっくり過ごしました。

滞在先は、哲学の道近くのゲストハウスで、親戚の家に泊まっているような落ち着いた
気分になりました。
哲学の道の周辺は、50年前、主人とよく散策したところでした。
久しぶりに安楽寺の山門に立つと、5月のある日、ピンクのつつじが’満開だった事、
疏水に揺らぐ柳の枝などが蘇って来ました。
百万遍あたりをバスで通りながら、昔通ったあの喫茶店はあるかしらと、探して
しまいました。
二条城市民茶会で晴れがましい、張り詰めた時間を過ごした後は、出町柳の商店街を散策
し、鴨川べりで川面を見ながらぼんやりしてました。


京都には、大学時代とニュージーランドに来る前までの7年間住みました。
今でも当時働いていた花屋があり、その時代からの友人もいます。
学生時代は主人との、後半は家族と過ごした思い出がたくさんあります。

私にとって東京と京都の違いは、住んだ事があるかないか、だと思います。
住めば都、とはよく言ったもので、住んだ場所がどのようなところでも愛着が
生まれるのかもしれません。
それに比べ、東京は何回行っても、通りは見慣れても、私は訪問者に過ぎません。

窓の外の木々を眺め、鳥のさえずりを聞きながら、今このメルマガを書いています。
やっぱり我が家が何よりです。


この1年間のご購読ありがとうございました。
楽しく、安全にホリデーシーズンをお過ごし下さい。
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