昨日は庭の手入れを頑張った。やっている途中で、「あなたこのやる気をほかでも出せればだいぶ人生好転するよ」と自身に突っ込みを入れるぐらい頑張ったよ。
もっとも庭木の手入れをするのは、開運を考えていないかというとそんなことはなくて、おもいっきり人生を意識してやっている。
最近、断捨離ブームや、こんまりさんのときめきお片付けで多くの方が実感しているように、不要なものを手放したり、ものをため込まなかったりすると、人生はより快適になる。
ちなみにあたし自身は、カレン・キングストンさんの「ガラクタ捨てれば自分が見える」が好き。
新 ガラクタ捨てれば自分が見える (小学館文庫) | |
田村 明子 | |
小学館 |
かつてキングストンさんのドイツ人のお弟子さんが日本で暮らされていたとき、集中講座を受けに行ったこともある。
キングストンさんはもともと風水を専門とされる方。つまり「どこどこに〇〇を置く」ということを重視されているわけだけど、「ちょっと待って! その前にガラクタを処分するのが先でしょ、こんな状態じゃ何を配置しても開運しにくいよ」ということで、ものを手放す方向にだんだんと、自身の活動を立ち位置を変化させていった様子。
ほんとうそう。モノと所有者、住居と住人のエネルギーはつながっている。
だから何かを手放すと、あたしたちのエネルギーもまた変わる。心を見つめるのはなかなか大変よ。そして変わったつもりになっていても、、、まあ自分がおもっているほどは変わっていないから(苦笑)。
モノとのつながりは癒着であり、執着もである。だからモノを手放すのは、かなりおすすめの方法。
ただし、だからこそ、絶対に他人(家族ももちろん含む)のものは勝手に捨てないでね。つながりはとても強固なので、ほかの人からみてガラクタでも、実際本人にとってガラクタだったとしても、つながっているから。このプロセスをできるのは、本人だけなのだ。
⇒家族のガラクタや不用品を処分したいという欲求☆断捨離 ミニマリストへの道
さて、住居と住人はつながっている。
となると、あたしの場合は庭の状態も自身とつながっている。だから庭が荒れているのは、あまりよろしくない。
逆の言い方をすると、荒れているものが目の前にあるのだから、そこをただひたすらに片づければいいから、こんなに楽なものはないのよね。
とわかっているから、がんばれるのだ。
あとこれはあたしのある意味特殊事情かもしれない。こういう価値観で生きているから、庭が荒れた状態になっているのがけっこうプレッシャーだったりする。放置していることがストレスになる。これはこれで不自由だけど、まあしょうがないね、何事も表と裏があるから、どちらか片方だけというわけにはいかない。
だから、そのプレッシャーも後押しとなり、昨日はちょっと頑張りすぎてしまい、今日は思いっきり寝込んだ。個人的には庭のエネルギーが一気に変わったのもあると判断しているけれど、その価値観はそれぞれだろうからさておき。純粋に疲れたのもあるだろうな、生理中だし。
嘔吐したときは、それほどまでか、、とおもったね。今、体調がほぼ戻っているみたいなのだけれど、早くも回復したことにびっくりするくらいのしんどさだった。あーー、つらかったよーーー。
頑張った様子は自身の記録(自画自賛)として別記事にする予定♬
⇒頑張りました!垣根に取り掛かった 尻すぼみ植木日記
ちなみに、他人のガラクタを処分してはいけないと同じで、庭となると家族もまたつながっているから、家族の同意は絶対に必要。
大きくお手入れされたい方は、どうぞくれぐれもお気をつけください。
ではまた
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