夕べは久しぶりに地元の図書館に行きました。新型コロナウイルス(covid-19)拡大に伴う閉館後、初めての訪問です。日が暮れてから行ったところ、図書館の明かりが灯っていることに心が躍り、自動ドアを通って館内に入ったときには、うれしさで身体が震えました。
最近図書館からは足が遠のいてもいたけれど、図書館はあたしにとって大切な場所なんだなとおもいました。森見登美彦さんの小説「熱帯」を読んだことを契機に、「先夜一夜物語」を借りました。
⇒ 森見登美彦「熱帯」、文学的な記憶に揺さぶりをかける小説 物語とは?創造とは
近いうちに読めますよう。
読んだ本の感想投稿です。
三津田信三さんの小説「どこの家にも怖いものはいる」を読みました。
ジャケットからもタイトルからも推察されるように、ホラー小説です。
ホラー小説をほぼ読まないこともあり、あたし自身は三津田信三さんの小説を読むのは初めてでした。今かなり売れているホラー小説家とのこと。
この「どこの家に怖いものはいる」は著者自身が登場するスタイルの小説。その意味においては森見登美彦さんの「熱帯」と似ている。「熱帯」では著者自身が不思議な世界に取り込まれてしまうのに対して、どこの家に怖いものはいる」は著者が不思議な世界を引き寄せてしまう物語でした。
「どこの家にも怖いものがいる」の主人公はホラー小説家。その小説家が、ホラー小説好きであり主人公のファンでもある、ある編集者から怪談を紹介されるというスタイルで物語が進行する。複数の会談を紹介される。それらの怪談はお互いになんの共通性も感じられないけれど、マニアだからこそ、なにかの共通性を感じる、琴線に触れる。それは主人公も、編集者も同じ。
その怪談に思いを馳せていると、主人公のもとにも、編集者のもとにも、あたかもその小説のなかと同じようなことが起こる。さて、どうなる?
という状態でございます。読む方のために、話の内容な書きませぬ。
終わり方はあまりきれいに終わらないというか、尻切れトンボ、尻すぼみな感じで、ぷつっと終わる。その突然終わる感じも、小説なのか本当なのか、どうなの?って考えさせられました。
登場する複数の物語は、お互いの関連していないけれど、何かがかぶっているっぽいところが、逆にほんとうっぽい、というか怖いなあ。
だからこそきっと人気なのかもしれないともとおもいました。
物語に出てくる、思わず膝を打ってしまったエピソード(81ページから82ページ)を紹介させてください。
子供部屋の内装が怖いと相談する妻に対して夫が「なら、いっそ子ども部屋の壁紙を全部はがして、カーテンもみな取り替えてしもうたらえやないか」と発言。
それを妻が、「(妻のことを)夫が信じていないのは間違いない。この人の偉いところは、それを頭から否定せずに、こちらが納得するような解決策を示したことである」ととらえたこと。
でも隙間など暗がりが不安と言ったところ、
「家具と家具の間やったら、すきまを隠すように、布切れを上から垂らせばええ。詰め物をする方法もあるけど、見た目が悪うなるからな。要は、そういう暗がりが、お前の目に入らんようにしたらええんや。その人に見えんもんは。その人に見えんものは、その人にとって存在してへんの同じことになる。そうやろ」と夫がこたえて、
その夜、妻が久しぶりに安眠できた。
小説の内容とは関係ないのですが、パートナーってこういうものなのかもしれないなあと。そしてお互いがお互いの対応に納得がいくからこそ成立するのかもしれないとおもって印象に残りました。
ほかの三津田信三さんの小説も読んでみたいです。
明日も暑くなりそうだなあ。体力第一にまいりましょう。
東京読書交換会は、池袋で本を持ち寄ってお互いの本を交換したり、オンラインで読書経験を交換したりする会です。
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