海炭市叙景 (小学館文庫) | |
佐藤 泰志 | |
小学館 |
6月6日 土曜日 晴れのち曇り
昨夜(金曜日)の雨で
朝露に濡れた紫陽花の表情も
穏やかな陽射しを浴びて
ますます色鮮やかになってきたようだ。
休日の午後。
図書館への返却が迫っている一冊
『海炭市叙景』を読み終えた。
何年か前に映画にもなった小説。
”海炭市”という架空の地方都市を背景に
そこに生きる人達の様々な人生模様を
いくつかの小さな挿話という形で
街の四季を映し出そうとしている。
それにしても何とも
微妙な読後感というものがあった。
短い物語群はどれも
クライマックスはなく
平坦さが続いていくだけだが
読み終わって、どこか高い場所から
海炭市の全景を眺めているようで
さらに、そこに生きている人達の息遣いが聞こえてきそうな
極度の寂しさと懐かしさへの安堵感とかが
入り混じったような気持ちの揺動に痺れた。
かなりの技術に裏付けされた微細な描写もすべては
この街の叙景にすり抜けていくような季節の流れ。
静かに響く余韻は心地が良かった。
海炭市の四季を。
という構想だったらしいが
書かれているのは冬と春までしかない。
作者の中途の死によって
夏と秋は永遠にやってこなくなってしまった。