Carry me back to Old Virginny

1974~1975年にわたるアメリカ・バージニア州R-MWCへの留学記(手紙)です。

春休み(2) 引き続きDelawareにて

1975-03-06 | アメリカ(Delaware)

おじちゃん、チコタン、お元気ですか?Delawareからの第2伸です。

再びLunch timeでベッドの中です。今日は朝なんと10時にのこのこ起き出して、午前中にJenniferとパン作りをしました。JenniferはWhole wheet breadを、私はswedish rye breadを作りました(それぞれ、2斤づつなので、かなりの量になりそうです。Mrs.Stilesは今日はチーズケーキパイをこしらえてくれています。ホームメイドの味に慣れてしまうと、大学に戻ってから悲劇ですね。

その後で、Jenniferと2人でHagley Museumに行きました。世界的に有名な小麦粉の生産地で、100年ほど前からの水車小屋や、その仕組みなどが機械仕掛けで説明されていました。火薬の製造で有名なE.I.Du Pontが火薬工場を建てたのも、このあたりです。museumには私たちも入れて5,6人しかお客がいなかったのですが、テープレコーダーのガイドに日本語版もあるときいて、Jenniferがたのんだら、わざわざ私の為に日本語の説明を流してくれました。日本語の観光客もいるということでしょうね。

そういえば、昨夜は映画を見に行きました。イングリッド・バーグマンの出演するアガサ・クリスティ原作の"Murder onthe Orient Express"という探偵映画でした。アカデミー賞を何個もとったらしいから、日本でも上映されているのでは?最後はなんともあっけない結末でした。

今日は、昼寝の後、Mr.Stilesがミシガンから帰っていらっしゃるのを待って、みんなでオペラに行くそうです。なんとも恵まれている生活でしょう? それでは、またあとで。


春休み(1) Jennifer家にて・思い悩む将来

1975-03-03 | アメリカ(Delaware)

今は早Jenniferの家(Delaware)に着いて3日目です。

この家の習慣で、昼食(オープンサンドイッチと西洋梨とサラダとビスケットにコーヒー)を各人のベッドでのんびり食べてから、午睡に入る前に、これを書いています。まったくのんびりした生活で、勉強なんかしなくていいし、優雅そのものです。 Mrs.Stilesは今日の朝早く仕事でミシガン州へ飛んでいきました。水曜日に帰っていらっしゃるそうです。昨夜は4人でYathzee(ヤッツィー)というダイスのような遊びをして(暖炉に火をおこしながら)過ごしました。DelawareはさすがにVirginiaよりは寒く、雪が降る可能性もあります。

と、ここまで書いたら、Mollyというビーグル犬が部屋に入ってきました。ベッドにもぐりこんできました。どうやら彼女と一緒に午睡をしなくてはなりません。アメリカの犬は家の中で飼われているせいか、より人間に近いみたいです。アメリカ人は犬や猫を人並みに甘やかして育てています。

今日は買い物に行って、旅行用のシーツを買いました。セールで$1.99。YH用に寝袋式に改造するつもりです。今日の午後はJenniferとブラウニーというチョコレートケーキを作ります。brownieは大学の週末のbuffetにいつも出るデザートで、私のお気に入りなの。Jenniferのお母さんはデザートを作るのがとても上手で、pineapple upside-down cake(舌をかみそうな名前)とかcherry pieとか、舌がとろけそうに美味しいデザートを夕食後出してくださいます。Yum, yum, yum!!!

ところで、前のお手紙で上智の寮についていろいろ聞いてくださってありがとう。さっそくAlisonにはなしましたが、もうAlisonは上智に行くことに決めてしまっているそうです。Dr.Anthonyも彼の知人などに色々連絡してAlisonの面倒を見るようです。Alisonという子はちょっと一風変わっているの。まじめなのか、ふざけているのかわからないような面がありますし、日本語の勉強も本当にやる気があるのかわかりません。本人は将来国連あたりで働きたいそうです。Dr.AnthonyはAlisonよりはWandaのほうに期待をかけているようですが、Wandaには日本へ行くだけの経済的余裕がないの。Alisonのお父さんはAM trackの上役で、彼女は鉄道運賃がタダなのだそうです。おうちはWashingtonにあるので、春に私を家に招いてくれるそうです。

もう春休みが終わったら2ヶ月で授業も終わり。本当にクリスマス以後の早いこと!アメリカにもう1年居る気はないの?との質問ですが、できればもちろんもう1年いたい気は山々です。一年間では会話などマスターできません。Hisamiなどは2年居てもまだ物足りないといっているくらい。やっと今頃になって生活をエンジョイできるようになったのですもの。 日本はもちろん懐かしいけど、帰ろうと思えばいつでも帰れると思うから、恋し~いというほどでもないし。私さえその気なら、Dr.Anthonyの口ぶりでは来年も続けてScholarshipがいただけるのです。

でも、津田の卒業も大切だし、もうすでに次の人へのapplicationも出してしまったので、今ではもう駄目でしょう。今帰るのが潮時、というわけ。 それに、もしもう1年居るなら、今度は西海岸のどこかで過ごしたいし。。。R-Mは来年には今の友達はほとんど卒業か転学で居ないのですものね。 Donnaたち4年生は卒業、JenniferはWyomingへ、WandaはUniversity of Texasで1年過ごすそうです(ここは、チコタンが行ったところじゃない?)Alisonは日本だし。。。だからそれほど未練はないの。

でも、日本に帰って就職のことを考えるとゆーーつです。アメリカでは、同い年の学生たちも皆のんびりしていて、日本のようなくらい就職競争などないので・・・うらやましいくらい。Jenniferはライブラリアンになりたいそうです。私も今頃になって大学院に進めばよかった、と思います。アメリカで贅沢な思いをしちゃったので、日本のちっぽけな会社に入って、歯車の1部になるのはたまらない気がするし、かと言って、英語の教師というのもあまり気が向かないし。(中高での英語ーーいわゆるテキスト中心のーーは、ここで接する英語とはあまりにもかけ離れている気がするの)。 もっと生の英語と接するような職に就きたいな~とは、ちょっと贅沢かな。そういえば、NAちゃんが秘書になるという東大の教授は、私の昔の友達のIさんの先生です。Iさんはたぶん今大学院の2年生だと思うけど、今もその先生に付いているかしらないけど。奇遇ですね。

話はクルクル変わりますが、休み前にMarthaという子が私に、"We decide you are the cutest little girl in the campus."といいました。ブラボーーー!
それでは、またね。眠くて目がくっつきそうです。  Love


再びDelawareにて(3)

1974-11-26 | アメリカ(Delaware)

今日は素晴らしい快晴の天気。とっても寒くて19degreeだと言っていました(華氏ですよ)。ところで、テレビや新聞にデカデカと出ていましたが、田中首相がついに退陣したんですって?日本は大騒ぎでしょうね。新首相は誰になるのかしら?大平氏?それとも福田氏かしら?いずれにしても、日本はなんでもアメリカの真似をするみたいね。スケールは小さいけど。

 今日はJenniferとMrs.Stilesとで、家の近くのWinterthur Museumに行きました。アメリカのアンティーク家具が揃っていて、すばらしいmuseumなのです。ピューリタン時代の家の中の様子がそのまま再現されていて、一部屋一部屋、時代が違っているの。机、椅子、暖炉、カーペット、窓、食器、キャンドル立てetc.すべてが昔のままの形で残っています。火薬製造で有名なHenry Du Pontが建てたそうですが、とにかく豪華です。私はちょうどアメリカのPuritan時代の文化と文学を学んでいるので、とりわけ興味深くみました。若い女の子が私たち3人につきっきりで説明してくれました。

アンティークと言えば、Jenniferのおうちにもアンティーク家具が多く、天井まで届くようなGrandfather's Clockや机、椅子など、古めかしいものが山のようにあります。とっても素適なおうちなのですよ。 Jenniferのお父さんは岩に興味があって、世界各国からの石を集めています。始め聞いた時は、ちょっとした趣味程度かと思ったのですが、地下室のコレクションを見せていただいたら、もう驚き!これほどの石を持っている人はそうはいません。この家でmuseumが開けるほどです。 珍しい石(もちろん、オパール、エメラルド、ダイヤ、トパーズ、コーラルなどの宝石から、聞いたこともないような天然石にいたるまで)が無数に並べられています。 30年かかって集めたと言うのですが、全部の値段を考えたら、気が遠くなりそうです。

地下室と言えば、アメリカの家庭はみんな地下の貯蔵室を持っているようですね。これが台所や他の部屋を広々と保っている秘訣なのでしょう。戸棚とかがあまり見当たらないのも、みんな地下室に古いものを放りこんじゃうかららしいです。 地下室には大きな大きな冷蔵庫もあり、その他の棚の上にも、10年分は持つのではと思われるほど、山のような食物が並べてあります。本当に、どうしてこんなに食料を買い込むのか不思議です。 誇張でなく、本当に10年は持つでしょう。

【Jenniferのお宅】 クリックで拡大
   

【Jennifer&Dad&Mom】【私とMolly】

     

Winterthurからの帰りに、スーパーに寄って食糧を買い込みましたが、27日のThunksgiving Dayのための七面鳥が、山のように置かれてあり、誰もが買っていました。 もちろん我々もとびきり大きいのを買いました。明日のディナーは七面鳥にパンプキン・パイというわけです。今晩は、私がスキヤキを作ってご馳走しました。といっても、日本のように食卓の上でじかに料理するわけには行かないので、フライパンで料理し、お皿にのっけてフォークで食べたので、あまりおいしいとは言えないけど・・・それに見た目も悪いしね。でも、天ぷらよりは簡単だし、味もアメリカ人好みだから、まぁまぁのできだったと思います。

夕食後は、テレビで"Winny the Pooh"(熊のプーさん)を観てから、お部屋の一つにある暖炉で火を起こして、温まりながらお話しをしました。 本物のfireplaceなんて、実にロマンチックだと思わない? Mrs.StilesもMr.Stilesも、実にいい人たちです。 とくにMr.Stilesのほうは、アメリカ人らしいユーモアの持ち主で、しょっちゅう冗談をとばしますが、私は冗談か本気なのかわからず、まじめに受け取って、いつも笑われます。それでは、またね。


Delawareにて(2)

1974-11-25 | アメリカ(Delaware)

Hi!再び、Delawareからです。

 今日25日は曇りの天気でしたが、サンドイッチのお弁当を持って海岸にドライブしました。Delaware Memorial Bridgeという大きな橋(通行料50¢)を渡るともうNew Jersieです。車で2時間ほど行くと、Atrantic Cityというリゾート地域につきます。いろいろな会合や集会などがある時、みんなが集まったり、夏の間は避暑に用いられるそうで、motelやhotelが立ち並んでいますが、この季節はガラーンとしていて、広々とした道路に木枯らしが吹きすさんでいます。seagullがピーピー鳴きながら飛び交っています。思えば、飛行機で上からNew York Cityを取り囲む大西洋は見たけれど、実際に海岸近くまで来たのは、これが生まれて初めてなわけですね。大きな貝殻をたくさん拾いました。天気のせいか、波がかなり荒れていました。おおきなカモメも、人を怖がらないですぐ足元まで来るのです。

貝を拾ったり、リゾートセンターでwindow shoppingをしたりして時間を過ごし、家に帰る頃はついに天気が崩れて雨がふりだしました。ドライブしててよく気付くのですが、さすがアメリカ、ヒッピー風の若者がリュックをしょってよくヒッチハイクをしています。大学に帰る時はJenniferが車を運転して帰る予定なのですが、お母さんたちは彼女がヒッチハイカーを乗せるのではないかと心配しています。私が見張らなくてはなりません。

ところで、話は変わりますが、休みの前にチコタンたちからの手紙、お兄ちゃんの手紙、それからアメリカ文学に関する本2冊、「緋文字」の本、届きました。いろいろとお金をかけてくれてどうもありがとう。とても助かります。

Mrs.Klousからクリスマス休暇のご招待は受け取りました。 Aunt Sallieも私と一緒にクリスマスもしくはお正月を迎えたがっておられるので、半分に分けて両方のお宅にご厄介になるつもりでいます。 それから、大学の同じ寮に住んでいるLauraも、彼女のおうちはLynchburgなのですが、2、3日彼女の家で過ごすように、といってくれています。まだ詳しくはわかりませんが。 

Mrs.Klousは、手紙の他にわざわざ大学まで電話をかけてきてくださって、また例の調子でしゃべりまくりました。私は、ちょうど食事の鐘がなったところで、早くdining hallに行かねば食事を取れないので、もう半分上の空。なんとか切り上げようと思って焦るのに、Mrs.KlousはいよいよGood-byeというかと思うと、"then, honey......."とか"Remember Kumiko,.......ペラペラペラ"とか新たに話し始めて、30分くらい話しました。なんでも、Dr.Quillianのお家にぜひ訪ねなさいとか言って、でも突然訪ねるのは失礼だから15分くらい前には家に電話をして、Mrs.Quillianに都合を伺いなさい(言われなくてもわかってる!)、とか、たとえMrs.Quillianが都合が悪いと言っても、それはあなたに来て欲しくないからではなくて、きっと忙しいのだから、他の日に改めて訪ねなさい・・・etc...まったく下らない(といっては悪いけど、やはり実に下らない)アドバイスまで非常に熱心に、いかにも重大な丸秘情報かのごとくおっしゃるのです。でも、Mrs.Klousのような方は、こっちがあまりしゃべらなくてもフンフン言って聞いていればいいので、気楽であります。


Dalawareへ

1974-11-24 | アメリカ(Delaware)

お元気ですか?私は今Delaware州のWilmingtonにいます。

Thanksgiving Recessは11月26日(火)の夜から始まるのだけど、私とJenniferは月・火と2日間cutしちゃって、23日(土)に大学をたちました。なんと朝3時におきて、4時に出発したのです。Marylandのボルチモアに家があるNancyも一緒に、汽車に乗ったのですが、Jenniferの友達のSallieが親切にも車でLynchburg駅まで送ってくれたの。

汽車はSouthern Railroadで、なんでもニューオーリンズからずっと北上して、New Yorkまで行くそうです。日本の鉄道に比べて時間はとてもルーズだと聞きましたが、ちゃんと定刻どおりに着きました。乗り込むと、真夜中なので車内は真っ暗。みんなグーグー寝ています。席はゆったりとしていて、とても快適です。(新幹線よりずっといい) 私も座るやいなやグーグー眠ってしまいました。目が覚めると、もう空が白み始めていて、広大な草原の真ん中を走っています。すばらしい朝日が見えました。(日本からきた時、飛行機の中で見た夜明けを思い出しました)それからまた眠りに落ちてしまいましたが、次に目が覚めると、Washington D.C.です。RーMの友達はみんなWashingtonはすばらしいとほめちぎっていて、みんなの憧れの地のようです。私がまだ行っていないと言うと、みんな目を丸くします。来学期にいつか訪れるつもり。そこは、今までのcountrysideの町とはさすがにちがい、大きなビル群が整然と立ち並び、アメリカの国旗がはためき、朝日を浴びて荘厳な雰囲気すらしました。同じ大都市と言っても、New Yorkとはだいぶ違うようです。

 Nancyはボルチモアで降り、私とJenniferは10:40にWilmingtonに着きました。Jenniferのご両親が出迎えに来てくださり、車でお家へ行きました。彼女のおうちはやはりcountrysideにありますが、実に素晴らしい美しいところです。Virginiaともまたちがった雰囲気です。(両方とも植民地時代からの古い州ですが)まったくこんな所に住めたらすばらしいわね。夢のようです。広々とした庭にはチェリーの木やholy treeやメープルや、薔薇、菊などがあります。おうちの中でもアメリカの家庭らしく、広くて部屋がたくさんあり、きれいに整頓されていました。一家揃って古物趣味だそうで、非常に古めかしい家具などもたくさんあります。まったく何もかもゆったりしていて、日本の住宅難がウソみたいです。日本は高度成長とかいっても、人間尊重の面では最低ですね。GNPが3位だろうが、2位だろうが、一家揃って4畳一間の部屋に住んでる、なんて現状を考えると、情けなくなります。アメリカ人には想像もできないでしょうね。

今日は日曜日なので朝早く教会へ行きました。Jennifer家はブレスビテリアンです。小さな礼拝堂にぎっしり人が集まって、とてもinformalな礼拝です。小さな町でみんな知り合いだから、とてもなごやかなの。お説教のあとで、preacherが、「今日は皆に紹介する人がいる」とおっしゃって、何かと思ったら、「Stiles家のお客さんだ」といって私のことなのでした。びっくりしました。Jenniferが立って、私のことを、「R-MWCにきていて、アメリカの文化の勉強のために彼女の家に泊まっているのだ」とかなんとか。皆に紹介してくれました。

礼拝のあと、家に帰ってひと休みしてから、皆で落ち葉掃きをやり↓

【落ち葉掃き~しながら木登り?】
    

お昼をいただいてから午後にはペンジルベニアにあるLongwood Gardenに行きました。広々とした公園のようなところで、野外にはシェークスピア劇をしたりできる野外劇場(カーテンの替わりに噴水が出るのですって)があり、春には一面のバラ園になるのですが、今の季節では一面の緑の芝生でした。大きな温室があり、山のような菊(いろんな種類の)が咲き乱れていて、すばらしいのです。私の背丈よりずっと大きい菊や、緑色をした菊まで、実に様々です。日本独特の花かと思ったら、アメリカにもたくさんあるのですね。日本では11月に菊祭りみたいのがあったと思うけど、ここの菊は日本のより立派な気がします。スケールが大きいのです。私の頭より大きな花もたくさんあるのよ。

【Longwood Gardenにて(中央はJenniferとお父さん)】
    

温室にはその他、ジャングルもあり、熱帯植物園もあります。なにしろ山のような花で、むせかえるようでした。午後はずっとそこで過ごし、夕食時に家に帰りました。夕食は量は多くはないけど(ハム、コーンブレッド、フルーツサラダ、それにミルク)、とてもおいしいの。またもや太ってしまいそう。Help! 2、3日のうちに、私がスキヤキを作る予定になっています。天ぷらは時間がかかるし、お鮨は無理だから、スキヤキにしたのだけど、アメリカ人の好みに合うかしら?中身は、ビーフ、オニオン(ナガネギはなさそうなので)、マッシュルーム、ほうれん草、で作るつもり。お豆腐は手に入らないだろうし、春雨なんかないし・・・ちょっとスキヤキの雰囲気は出ないけど、しかたないわね。それより、電気釜無しでご飯が上手く炊けるか心配。まぁなんとかなるでしょう。どうせ、向こうは本物の味を知らないのだから・・・

お台所はとてもきれいで広々としています。(チコタンが羨ましがるかな?)自動食器洗い機や大きなレンジが整っていて、さすが合理的なアメリカですね。

今日(いつの間にか日は移って25日です)は、大西洋の海岸にドライブする予定です。またあらためて手紙しますね。それでは、お元気で。