緊急事態宣言禍でしたが、前からの約束でもあって、友達がめちゃ楽しみにしていたので
あまり密にならなさそうで空気の良いところへ行こうと、奈良の大神神社にしました
うちからは一時間ほどで行けますし、高速代もそんなにかからないので(友達と行くと割り勘だし負担をかけないように…人数が多いと多く割れるけどね)
寒さもマシです、人混みも左程でもなくゆっくり出来ました
その友達は5年ほど前に脳内出血で命まで危ぶまれ生還した人
このブログにもよく出てきますが
その脳出血で手足を動かすのも話す事も記憶障害もありましたが、魂がもう一度この肉体で生きると宣言して生還してきました
多分本人元より家族より誰よりもその回復への経過を知っていて覚えていると思います
その彼女の過去もその倒れた時の前後の事情も家族より秘密も知っているかもしれない、長く深い付き合いです
そして特に私は人の感情や心理、意識、魂といった事も探究していたので、その彼女の経過と共に意識の移り変わりもみてきました
もちろん家族はそれ以上に関わらないといけないので大変だったでしょうし
家族の理解と私の理解は全然違うところで分析が進んでいますが
私にとっては申し訳ないけど人間の意識の変化でとても参考資料となっています (^_^;)
手足は全然問題なく元通り、話す事も後遺症なし、記憶もほぼ回復
ただ認知症が気まぐれにやって来ます
これは病は気からという説を根拠にしている私にとったら必然で気まぐれといった方が良いと思います
忘れて良い事は忘れたらいいんです
好きな事を我慢し、~ねば、~べきといった思考の呪縛から荒治療で解かれるという事故だっただけ
自身の肉体の思考と魂の意識のズレがもう命一杯破裂寸前というか破裂しただけ
そんな事故(あえて病気と言わず)が起きる前に自分が嫌だった事自分勝手なところが露わにでてきたというだけです
年齢を重ねている分、思考の擦り込みや呪縛は強くて手放しにくいんです
でも肉体の意識以上に向上心は強いし、負けん気も強い、そして神様への向かう意識も強いんです
その神様へ向かう意識がものすごく強い割には向かう神様の次元が低い、人への愛は大きい割には人の支配心も強い
いわゆる大きなエネルギーで向かうところは間違っていないのに、エゴも強すぎるという
肉体の意識と魂の意識のバランスが大きく引き合って、はち切れた状態、バランスが取れなくなってきたという訳です
そんな事故です、きっかけです
なので、回復してからは記憶障害が残りつつももっと神様へ向かう気持ちが大きすぎて勉強熱心になっているんですが
勉強して出来るわけでもない神様へ向かって次元を上げるなんて (^_^;)
自由になるだけ、心をゆるゆるにするだけなんだけどなぁ~なんていつも言っているんですが
真面目さは事故の前後変わる事も無いので一生懸命過ぎて緊張感が (^_^;)
でもその気持ちは大事にしてあげたいので、毎回いろんな事言っても忘れるんですが、気長に同じ事繰り返しています
神様の話をしていると近づいている気持ちになって嬉しいようです
そして、そんな勉強(彼女がそう思うので)している事が理解できることが自分の成長だと信じているのでその時間が幸せなんだそうです
中々神様の世界とか宇宙の世界の話を家族とか身近な人間とかと出来る時間なんて持てる人も少ないですからね
普通にその辺で神様とか宇宙なんて話が出来る世界になればいいんですが
彼女なんかも70代ですからそんな周りでは認知も理解もないでしょうね
この世の終焉が来るまで、人間は成長が続きますから先ずは自分自身が色んな呪縛から逃れることだけなんですけどね
それは先ず孤独や寂しさとかを受け入れる事でもあるんですよね
人や物の次元にいるとそこには境界線があるので勝手な意識が働いてしまうので (^_^)
なので、今回はそんなテーマでお参りの仕方とか、神様についてとかの話をしながら境内とか周りの神社とかを回りました
この大神神社は大物主尊が御祭神ですが、拝殿の奥の三ツ鳥居を通して三輪山を拝むという
その三輪山に大物主尊も鎮座しているということなんです
私はこういう事が本来の見えない神様の姿だと思っています
実際に何という神様が何したとかというそんな話よりも、この世を超えた逸話だったり神話が人間の意識で想像したり自分と照らし合わせたりして、エネルギーや勇気や悟りを授かり、生きる知恵とするんだと。
私は潜在意識と繋がって後にこの神社へ来た時に、ふとインスピレーションが降りて来たんですが
そんな時に私は変わったユニークな受け取り方をしていたので、「この世に降りた最後の~天使~♫」て、アリスの曲と歌詞が降りてきました
その意味を私は解釈し、しっかり受け取りました
ここは日本最古の神社と言われているけど、その後の神社は俗に属して行ったただのお社的なもので、奥や上を目指しなさいよと言われたような…
色んな学びを授かり、その道を歩いて来たように思います
難し話は彼女には中々解釈できませんが、簡単でも魂は聞いているし、私自身がその魂に話しているのを聴いています
またいつの日かの知恵と働くように
この日も結構長く繋がってお祈りしていたように思います
彼女は人の境界線を引くこと、比べることが癖であり、それがいつも邪魔してしまうという弱点を持っています
優劣というキーワードの弱点です
こういうものはどちらにも無意識に働きます
人を目の前に観るから働くという事もあるんですが…彼女の理解は難しいです
なので、この街を一望できる展望台でお日様を浴びながら、自然を感じながら、自然の平等さも神様からのエネルギーも
沢山の草木、雑草、枯れたもの、大きい、小さい、街の光景
そんなところに生きているだけでも不思議で、感謝で、
そんなものを見下ろしながら平等と、全て個性で、草木もみんな面白い顔で、すべて同じ元で、大地の上にいるという話をしながら区別程自分の次元を下げるくだらないものは無いという様な話をしていました
何度も私も自分自身に言い聞かせてきた話です(自己肯定感低かったので)
こればっかりは無意識に悪気もなく人間が時代に擦り込まれてきたものなので、意識しながら取り除かないといけないのかなぁ~って思います
ポジティブに思い込む方が良いし、過去があるから前向きにもなれる
神様に近づけるし、神様と一体化って気づける
そんな日でした ヽ(^。^)ノ
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