満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。テモテへの手紙 第一 6章6節
今日はこの言葉がなぜだか頭に浮かぶ
自分は高慢だ〜と思わされることが多々あって。こんなにも恵まれているのに、不平が出るって…、そりゃあとても高慢なことだよとジワリと思わされるのです。
自分が通ってきた常識、正義がいつの間にやら出来上がっていて、そこに沿わない状況が許容できなかったり。
神様は最善しかなさってないのに、勝手に嫌なこととして受け取ってしまって、体も心も拒絶しちゃうというか…。
そんな私はとても罪深い存在だと思わされる。
罪を悔い改め、振り切り、もうそんな自分を繰り返すまい〜と思うけど、やっぱり自分のダメさを思い知る
でも、そんなダメダメな私を、神様は驚くべきことにものすごい愛してくれているのだから、すごい恵みや〜とジワジワ感じるクリスチャンライフ
そして私たちには、なんと言っても感謝と賛美という強力な秘密兵器が与えられてる。
でも、武器持ってても使わなきゃ、隠してちゃ意味がない。
…っていうか、使わないと使いにくくなる、錆ちゃうのではと今思った。そして、もっと真剣に使わなければと思う。
練りに練られて強い器ができる
必要な神様からの練りの中に、時にかなった助け、いつも見れますように。どんな訓練も喜んで感謝して、軽やかに超えていけますように。
私は神様に期待する