七
奈々子はやがて3年生となった。
3年の夏ともなると奈々子は嫌でも受験勉強に専念せざるを得なくなった。それでフランス語からも遠ざかった。大学にあがったらまた一からやり直そう、そんな具合に思っていた。
健二と直接会うことはなくなったが、健二とはだいたい月1回のペースでメール交換をしていた。健二からのメールはもっぱら応援メールだった。『受験勉強大変だとは思いますが頑張ってください』、そんなメールだった。
夏休みは奈々子は高校の図書館に来て勉強をした。高校まで通う時間はロスだが、家よりも集中できると思ったからである。分からないことがあれば職員室へ行き、先生を捕まえて質問できるというメリットもあった。親友の美香も図書館に顔を出して二人で勉強会をすることもあった。
夏休みも中盤のある日、その日は美香と二人で勉強していた。二人で小休止をとって学校の自販機コーナーで話をしているときだ。美香が奈々子に話しかけた。
「ナナ、勉強の方はどう? ナナは確か志望、B大の法学部だったわよね?」
「うん・・・。でもやっぱり変更したんだ。」
「えっ、どこにするの?」
美香はちょっと驚いて聞いた。
「それが・・・、G大学なの。」
奈々子は少し言い難そうに言った。
「ええっ、ナナ、本気なの? G大学って力はあるけど東大に行けない人が行くところよ。ナナには難しすぎると思うけど。」
「いいの。私、本気よ。」
「どうして? 一体何があったのよ?」
「実は・・・私の知ってるある人がG大出身だったのよ。」
「ある人って、誰?」
「その・・・以前フランス語講座で一緒だった・・・」 言いにくそうに奈々子は言った。
「まさか以前カフェでデートしてた例の男だとか?」
「そう。でも、それは確かにそうだけど、関係ないわ。私の今の志望校はG大学の経済学部。」
「経済って! ナナはずっと法学部志望だったでしょう?! なんで?」
「私、決めたの。」
「でも・・・、ナナのお父さん弁護士なんでしょう。お父さんと同じ道へ行くってナナ言ってたじゃない?」
「私、正直言うと法律には興味がないの。前からよ。そこへ彼から経済学の話を聞いて、もう断然こっちだって思えたの。」
「やっぱりあの男ね。」
「ええ、まあそういうことになるけど・・・。」
「でもG大学だったら国立だからセンター試験で5教科あるわ。二次だって数学もあるし。ナナ、数学ダメでしょう?」
「私、頑張る。」
「それでさっき職員室に行って佐藤先生に質問してたのね。私立志望のナナが何で数学の先生のところへ行くのかな?って思ってたのよ。」
「佐藤先生も少し驚いているわ。藤野さんは確か私立じゃ・・・って。でも私、頑張りますから、って言ったわ。先生も分かってくれたみたい。現役ではG大経済一本槍。落ちたら浪人するわ。」
「ご両親反対しなかった?」
「したわ。特にお父さん。私が弁護士目指すと思ってたみたいだから。結局、一浪までは許してくれたわ。浪人したらB大も滑り止めに受けなさいって。美香、あなたはどうなのよ?」
奈々子は話を美香に振った。
「私はC大学よ。Cの文学部英文科。ねぇ、シェークスピアよ。シェークスピアの原書を読んで論文を書くの。C大学には専門の先生がいるからそこに決めたの。あとセンターで得意の英語の傾斜配点が高いし。数学は数ⅠAだけだし、理科もないし私に有利ね。模試もB判定2回取って、ナナとは違って安全志向よ。」
「あら、英語の配点が高いのはG大も一緒よ。私だって英語、美香に負けないわ。」
「お互い頑張ろうね。」
二人は笑いあった。
志望校をG大学にしたことを奈々子は健二にも知らせた。思い切って電話したのだ。
健二はびっくりしていたが、それでも喜んでくれた。
「そうですか。奈々子さんはぼくの後輩になるんですね。」
「いえいえ。受けるつもりというだけですから。」
奈々子は照れながら言った。
「もう奈々子さんならご存知とは思いますが、うちの大学、2次の問題はむしろ簡単なんです。英数国、どれも基本的な出題ばかりです。きっと今でもそうじゃないかな。」
「健二さんのおっしゃるとおりです。最近の過去問を見てもそうです。英語だったら前置詞を入れる問題。あと英文和訳に英作文。数学は微分積分に行列の問題。国語は現古漢まんべんなく・・・」
「ハハ、相当研究されてるようですね。おっしゃるとおり。簡単だから高得点取らなきゃいけないんですが、まあ、あなたならきっと大丈夫でしょう。」
頑張ります! そういって奈々子は電話を切った。胸が高鳴るのを感じた。
奈々子はやがて3年生となった。
3年の夏ともなると奈々子は嫌でも受験勉強に専念せざるを得なくなった。それでフランス語からも遠ざかった。大学にあがったらまた一からやり直そう、そんな具合に思っていた。
健二と直接会うことはなくなったが、健二とはだいたい月1回のペースでメール交換をしていた。健二からのメールはもっぱら応援メールだった。『受験勉強大変だとは思いますが頑張ってください』、そんなメールだった。
夏休みは奈々子は高校の図書館に来て勉強をした。高校まで通う時間はロスだが、家よりも集中できると思ったからである。分からないことがあれば職員室へ行き、先生を捕まえて質問できるというメリットもあった。親友の美香も図書館に顔を出して二人で勉強会をすることもあった。
夏休みも中盤のある日、その日は美香と二人で勉強していた。二人で小休止をとって学校の自販機コーナーで話をしているときだ。美香が奈々子に話しかけた。
「ナナ、勉強の方はどう? ナナは確か志望、B大の法学部だったわよね?」
「うん・・・。でもやっぱり変更したんだ。」
「えっ、どこにするの?」
美香はちょっと驚いて聞いた。
「それが・・・、G大学なの。」
奈々子は少し言い難そうに言った。
「ええっ、ナナ、本気なの? G大学って力はあるけど東大に行けない人が行くところよ。ナナには難しすぎると思うけど。」
「いいの。私、本気よ。」
「どうして? 一体何があったのよ?」
「実は・・・私の知ってるある人がG大出身だったのよ。」
「ある人って、誰?」
「その・・・以前フランス語講座で一緒だった・・・」 言いにくそうに奈々子は言った。
「まさか以前カフェでデートしてた例の男だとか?」
「そう。でも、それは確かにそうだけど、関係ないわ。私の今の志望校はG大学の経済学部。」
「経済って! ナナはずっと法学部志望だったでしょう?! なんで?」
「私、決めたの。」
「でも・・・、ナナのお父さん弁護士なんでしょう。お父さんと同じ道へ行くってナナ言ってたじゃない?」
「私、正直言うと法律には興味がないの。前からよ。そこへ彼から経済学の話を聞いて、もう断然こっちだって思えたの。」
「やっぱりあの男ね。」
「ええ、まあそういうことになるけど・・・。」
「でもG大学だったら国立だからセンター試験で5教科あるわ。二次だって数学もあるし。ナナ、数学ダメでしょう?」
「私、頑張る。」
「それでさっき職員室に行って佐藤先生に質問してたのね。私立志望のナナが何で数学の先生のところへ行くのかな?って思ってたのよ。」
「佐藤先生も少し驚いているわ。藤野さんは確か私立じゃ・・・って。でも私、頑張りますから、って言ったわ。先生も分かってくれたみたい。現役ではG大経済一本槍。落ちたら浪人するわ。」
「ご両親反対しなかった?」
「したわ。特にお父さん。私が弁護士目指すと思ってたみたいだから。結局、一浪までは許してくれたわ。浪人したらB大も滑り止めに受けなさいって。美香、あなたはどうなのよ?」
奈々子は話を美香に振った。
「私はC大学よ。Cの文学部英文科。ねぇ、シェークスピアよ。シェークスピアの原書を読んで論文を書くの。C大学には専門の先生がいるからそこに決めたの。あとセンターで得意の英語の傾斜配点が高いし。数学は数ⅠAだけだし、理科もないし私に有利ね。模試もB判定2回取って、ナナとは違って安全志向よ。」
「あら、英語の配点が高いのはG大も一緒よ。私だって英語、美香に負けないわ。」
「お互い頑張ろうね。」
二人は笑いあった。
志望校をG大学にしたことを奈々子は健二にも知らせた。思い切って電話したのだ。
健二はびっくりしていたが、それでも喜んでくれた。
「そうですか。奈々子さんはぼくの後輩になるんですね。」
「いえいえ。受けるつもりというだけですから。」
奈々子は照れながら言った。
「もう奈々子さんならご存知とは思いますが、うちの大学、2次の問題はむしろ簡単なんです。英数国、どれも基本的な出題ばかりです。きっと今でもそうじゃないかな。」
「健二さんのおっしゃるとおりです。最近の過去問を見てもそうです。英語だったら前置詞を入れる問題。あと英文和訳に英作文。数学は微分積分に行列の問題。国語は現古漢まんべんなく・・・」
「ハハ、相当研究されてるようですね。おっしゃるとおり。簡単だから高得点取らなきゃいけないんですが、まあ、あなたならきっと大丈夫でしょう。」
頑張ります! そういって奈々子は電話を切った。胸が高鳴るのを感じた。