湖坊諒平っていうブログ

貧しくも 富士より高し わがモチベ

アンダーラブ vol.6

2015-12-27 14:03:19 | 小説


 奈々子はゴールデンウィーク明けから本格的に障害者の施設ふれあい園で働くようになった。勤務日は奈々子の希望で火曜日の午後となった。最初にふれあい園のスタッフから頼まれた仕事は障害者の話し相手をすることだった。
「あら、学生さん?」 勤務初日、利用者の障害者から声を掛けられた。奈々子のきらいなやらしい視線だ。そう思われた。
「ハイ、そうです。」 やや緊張して奈々子は答えた。相手が障害者だと思うとやらしいのは不思議と気にならなかった。
「初めまして、ぼく田中言います。うつ病で来ています。よろしく。」
「田中さん。よろしくお願いします。藤野奈々子と申します。」
「きれいな子やなあ。看護学生?」
「いえ、普通の大学生です。」
「どこの大学?」
奈々子は自分の大学を田中さんに教えた。
「そんないいところ行っているの! ひゃー、秀才やわ。」
「いやあ、田中さん、どうしたの?」
50代くらいの女性が話に加わってきた。
「なあ、大崎さん。今度のアルバイトの学生さん、G大学の人やねんて。」
「うそぉー、すっごい!! 朝倉さんと一緒だ。」
「どうかしましたか?」
健二がメンバールームに入ってきた。
「朝倉さん、この娘すごい、G大学だって!」 大崎さんという女性が、やや誇らしげに健二に伝えた。
「そう、藤野さんはぼくの後輩。田中さん、大崎さん、みんなよろしくね!」
健二がうまくその場をまとめてくれた。奈々子にとって健二はもう初日から頼れる先輩だった。

 次の週末、ふれあい園は全体でハイキングに行った。利用者、スタッフ、家族計30名の大きな団体となった。健二は妻の宏子を連れてやってきた。奈々子もリュックサックに母の作ったお弁当にペットボトル、おやつを詰めて参加した。
 目的地の少年自然公園に着いたところで一行はお昼ご飯を食べることになった。天気も良かったので、木々のないだだっ広い草原に大きな円になって食べることにした。
 座る席をめぐって、少し揉めごとがあった。メンバーたちが奈々子の隣の席をめぐってけんかしたのだ。
「ぼくは奈々子ちゃんの隣がええ。」と、田中さんが言うと
「田中さん、バスの中でも奈々子ちゃんの隣だったじゃん。今度は俺が隣じゃん。」
と、若い佐々木さん。
「もう~! 男の人みんなナナちゃんにいって!おばちゃんも隣行きたいわア。」
と、川上さんも。
ほかにも奈々子の隣に座ることを希望するメンバーがいた。しかし、当の奈々子は明るく言った。
「私の隣に来たい人!みんな聞いて!!私の近くに座っていいわ。隣とか関係なくみんなでご飯食べましょう!! 奈々子班旗揚げよ! ねえ、健二さん、中川さん。それでもいいでしょう?!」
 健二も理事長の中川さんもこれには賛同した。こうして奈々子を囲むグループ、奈々子班ができた。グループは平等に奈々子の近くに距離を取って奈々子とお弁当を食べた。
 ハイキングの帰り道、歩きながら健二が奈々子に話しかけてきた。
「さっきのメンバーのまとめ方、奈々子さんすっごく良かったですよ。」
「そうですかぁ。ありがとうございます。」
「ふれあい園に来る人、みんなこのふれあい園を頼っています。車椅子に乗っている人の車椅子みたいなものです。確かに病気ゆえ常識のない人、遠慮の出来ない人、勝手な人、様々います。でもその人たちも当然れっきとした人間なのです。奈々子さんには失礼な人もいたかもしれません。そのことについてはぼくから謝ります。でも障害を持つメンバーの皆さんの要望に真面目に耳を傾け、応えようとした奈々子さんは立派でした。さっき、理事長ともそんな話しをしていたんです。」
健二からのお褒めの言葉。奈々子にはたまらない一言だった。『健二さんが私を尊敬している!ああ、奥さんさえいなければ!! ダメよ奈々子、もっと冷静になりなさい!』
 この日のハイキングはみんなにとって大変楽しい、いい思い出となった。もちろん、奈々子にとっても。

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