でも、「手術が思ったより早く終わりました。」なんて言葉を期待してしまっている自分がいました。
しかし、そんな淡い期待に、現実が変わるはずもありません。
「(癌が)転移していて、(手術によって)癌(がん)を取り除くことはできませんでした。」
「そのまま(癌の部位を切らずに)閉じさせていただきました。」との主治医の言葉でした。
私はホールにもどり、椅子にすわると、はじめて一筋の涙が流れました。
妻がそばにいなくて、知り合いもいませんでしたので、気兼ねなく涙を流すことができたのです。
でも、涙を流したのはそのとき1度きりで、その後も、母の死後も泣くことはもうありませんでした。
知り合いの手術も、もう終わっている時間です。
知り合いの方は、今、ちょうど母が亡くなった歳と同じ歳です。
毎日、さまざまな死のかたちが世界中で起こっていても、身近な人の心配ごとは、また格別なできごとであるのは、しかたのないことなのでしょう。