
前回最後にノートに書いておいた、「もっと、こう、なんていうか、もっと――。」のダッシュに入る言葉から考え始めました。
ノートには
①お父さんの性格がいやなんだ
②大人っぽいことなんだよ
③子どもっぽいと思われるのはいや
④幼稚園扱いじゃなく6年生として扱って
⑤もっとかっこいい感じ
⑥も~どうでもいいや
⑦感情をちゃんと出してる。
の7通りの答えが書かれていたことを紹介した。
「この次にどうするの?」
と訪ねると、「似たものを合わせたり、違うものをやめて数を少なくする。」
と答えました。そして
②と③と⑤は同じとなりました。①はここではなくなりました。これで挙手により数を数えました。
②大人っぽいことなんだよ 25人
④幼稚園扱いじゃなく6年生として扱って 2人
⑥も~どうでもいいや 1人
⑦感情をちゃんと出してる。 1人
となりました。ここから自由討論が始まりました。
「そんな子どもっぽいことじゃなくてと書いてあるから、その反対の大人っぽいだよ。」という意見が多く出ました。
しかし、大人っぽいだったら、大人っぽく扱ってと書いてあるはずだ。という反論がでます。
その間「子どもっぽい」を辞書で引く子がいますが、「載っていなかった」と残念そうです。
「もっと、こう、なんていうか」と書いてあるので、子どもっぽいではないけれども、はっきり言えないのではないかと意見が出されます。
「あ~そうか。」というつぶやきがでます。
「ダッシュは、言葉にできないときに使うんだから、自分でもうまく言葉にならないんだよ。」という意見が出され、全員納得します。
次の小問題は
「お母さんは本当にお父さんの味方か?」です。
①お父さんの見方 2人
②両方の味方 27人 から話し合いスタートです。
①の意見の根拠は、「いつだって」「いつも」という2つの言葉です。
②の意見の子ども達が、その根拠を何とか崩そうと試みます。
・本人が悪いのだから、母親が悪いというのは味方云々ではない。
・お父さんとの仲直りの方法を教えているので、ぼくの味方でもある。
・お父さんの本当の気持ちを言って、仲直りさせようとしている。
そんな意見がでました。
その中で「お母さんは中立なのに、どうしてひろしにはおとうさんの味方と見えるのだろう」という疑問が出てきます。
「思いこみだ。ひろしは、そう思いこんでいるんだ。」
客観的には中立でも、お父さんに腹を立てているひろしには、お母さんもお父さんの見方だと一方的に思いこんでいると結論が出ました。
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