何か、清々しい空気を味わいながら、少し休憩しました。
賣太神社(めたじんじゃ)は、古来より、日本最古の書物”古事記”の語り部であった稗田阿礼を主祭神として祀ってきました。
地元の人は、「ちえの神・記憶力の神・お話の神様」として、崇敬して、お参りされます。
これから、次の地図に従って、ウォーキングを続けます。
境内のトイレの横から外へ出るコースになっています。
草がいっぱい生えていて、わかりにくい道でしたが、なんとか、境内の外へ出ることができました。
(この小さな鳥居を通って出ました。)
ここから、稗田集落の中を地図に従って歩きます。
地図のBの印の場所を確認できました。
ここをまっすぐ先へ歩きました。
次の風景は、脇道の小路にあった家、家です。
稗田環濠は、大和の環濠の代表例として有名です。
(学校の教科書にも出ています。)
室町時代には現在のような形になっていたようでした。
東西260m、南北260mの規模です。
道は、複雑に交差したり、袋小路になったり、細い道がたくさん通っています。
遠くが見通せないようにし、村の防御にしたのでした。
コースの目印の建物の美容院を発見して、さらに少し歩くと、環濠集落の北の端にある標識がありました。
ここから、環濠に沿って歩きます。
地図のCの印の場所の風景です。
このような環濠がぐるっと村の周りを取り囲んでいます。
このあたりは”七曲り”といって、環濠がくねくねと曲線を描いていました。
ひたすら、環濠に沿って歩きます。
こういうところは、道としてはわかりやすいのです。(迷うことがありません。)
ぐるっとまわって、最初に集落に入ってきたところに出ました。
最初に、稗田環濠集落に入ってきた入り口のところの大きな家でしたね。
これで、最初の観光ポイントは歩けました。
ここから、もと来た道を地図に沿って、戻って行き、地蔵院川と佐保川を渡り、「金魚池」を目指しました。
しばらく歩くと、地図のDの印のところにきました。
西を見た風景です。
金魚池です。
金魚池が続きました。
目の前に、目標のものが近くにきました。
道路とJRが交差している場所を通ります。
ここは少しわかりにくいので、もとのハイキングMAPには、詳しい拡大図がありました。
JR線をくぐる地下道に入ります。
地下道から出て、「郡山金魚資料館」に向けて歩きました。
道の左に用水路があるということでコースの確認ができます。
今日は、天気が良くて、少し暑いぐらいです。
近鉄橿原線の踏切にやってきました。
ちょうど、踏切が閉まったので、カメラを構えます。
良い写真が撮れました。
この踏切を渡ると、もうすぐ、「金魚資料館」につきます。
少し歩いたところで、金魚の積み出し?…………、
確かめていませんが、親父と息子が、金魚を移動させている風景と感じました。
左側の奥に見えるのが、「金魚資料館」です。
資料館の入り口にやってくると、残念なことに、今日は休館でした。
脇から中を撮影させてもらいます。
金魚が泳いでいる姿がわかるでしょうか?………………。
賣太神社からここまで歩いてくるのに約1時間かかりました。
ここで少し休憩します。
(今日は、お茶を飲むことに注意しました。途中で熱中症になってもたいへんです。)
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