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ウォーキングと旅行でのひとり言

兵庫県 但馬の小京都出石 散策 その7

光明院で、紅葉を楽しんでいました。





次の地図の黄色の線に沿って番号順にウォーキングします。





(今は、⑩番の光明院です。)


来た道を下に降りて、来ました。





この手前の道を、北へ歩きます。


向こうに、「弘道館」の文字が見えます。(地図のFの位置)





”夢 出石藩校弘道館復元”とあります。

前に見えるお宅も、すごく大きな立派な建物だったので、これが弘道館なのかと勘違いしてしまいました。

この建物の上の方へ上がってみましたが、何も見つけられませんでした。

後で分かったのですが、広場のようなところに石碑があったようでした。


宝永3年(1706年)、仙石政明が上田から出石に国替えになります。

一代後の仙石政辰は、文武を盛んにしなければ充分な治世ができないと考えて、安永4年(1772年)に儒学者桜井篤忠に命じて、はじめて学校を創設し、藩士に文武を学ぶことを奨励しました。

明治維新の時代に移り、この学校の”弘道館”から多くの文武に秀でた人を輩出します。

多田立徳、高橋重健、加藤弘之、新井晴簡…………。


明治9年3月、出石で火事があり、大風がこれを煽り、900余の建物が焼け、弘道館の建物も全くなくなってしまったそうです。


上の高いところまで上がって、降りて来たので、たいへんでした。


ここから、前の道をさらに北へ歩きました。


上の地図のG地点に来ました。





ここを右に曲がると、「願成寺」さらにその先の『宗鏡寺」に行けるみたいです。





道が急に登っています。





しばらく登りを歩くと、「願成寺」の山門の前にきました。





山門に、木造の像が見えました。








禅宗の寺なので、達磨大師か?……、向かい合って2つあります?…………。


山門の上の方の額を見ると”萬里山”とあります。



寺の境内に入らせてもらいました。


すごい立派な庫裡です。





庫裡の前にも木像があります。





鐘楼







ここから、すぐ近くの「宗鏡寺」に向かいます。



宗鏡寺に来ました。





今から境内に入って寺を見学したいと思います。

コメント一覧

tkgmzt2902
福岡市美術館の古美術で、「白磁卯花がき細工瓶」が「出石焼」と説明がありました。
瓶の銅に窓を開けて内部に細かい細工をした見事な白磁でした。
町並みと合わせて、素晴らしい伝統工芸があったのですね。
スケッチを拝見していたので、出石のイメージがわきやすかったです。
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