月風のプロフィール・・・気高く、強く、美しく生きる

思い出を交えて!

徒然なるも未来に希望を託し随筆を嗜む

俳句、音楽を添えて

明治の世から(1)

2010年05月08日 20時41分34秒 | 日記
本日は明治時代の「五箇条の御誓文」について書きます。

本文の前にここで申し上げたいのですが、

私は決して「軍国主義」を肯定するものではありません。

私は昭和28年の生まれであり戦後の教育を受けて育ったものです。

諸先輩方の政治に関する本を見ますと、私は自国の歴史や文化に偏見を抱いて育って来たと思うのであります。

偏見と申しますのは「日本は戦争に負けたのだから西洋やアメリカの方が上位の国だ」

とずーっと思いこんで育って来てしまったことです。

(実際には日本は本当に負けたのではなかった、敵が戦争違反の虐殺、つまり原子爆弾を使用して

一般人の子供や婦女子まで巻き添えにしたので天皇陛下が痛むこころを押さえる事が出来なかったのが実情だ。)

しかし、このように気が付いたのはつい最近のことです。

たとえば、日本の美術品が海外に大量に流出していたことを知って驚きました。

が、かつてそのような美術品が存在することも未知のことでした。

想えば、大英博物館、ナショナルギャラリーなど世界中には有名な博物館が沢山あるけれど、

戦利品と称し云わば盗んで来た美術品などを飾っている所も多いのです。

戦後教育の問題点が浮き彫りになって表れた想いでした。

それというのも櫻井よしこ様のこの本に触れて感じたことでした。

読んで行く途中で、ああそうだったのか!!と気付きました。

「もっと若い時期に気が付いていれば・・・」と悔やまれます。

しかし、若かった時はこの種の本は無かったと思います。

ですので、若い人たちよ、明日を担う人達よ、“温故知新”です。

以下、「気高く、強く、美しくあれ」より。 

高校生の現状、村上ファンド、堀江氏、日本外交。

日本を構成する全く別々の部分をこうして取り出してみると、全てに共通するのが、志の欠如である。

人間としての志。日本人としての志。経済人としての志。政治家としての志。

全ての面で、最も大切な志が欠落している。

言いかえれば、日本人が日本人らしさがなくなってきたということでもある。

ここで、しかし、日本人らしさとか、日本の真髄とか、日本的なるものを規定するのは容易ではない。

言葉による定義よりも身近な事例で考えるほうが早いだろう。

たとえば以前の日本人には明らかに節度と慎ましさがあった。

恥を不名誉とし、自らを律することで品格を保った。

そのような価値観は、「卑怯なことはしない」「嘘はつかない」「悪いことはしない」

「誰が見ていなくても、神様がみている」という素朴な言葉で国民全員に認識され、

慎ましくも好ましい国柄を作りあげてきた。人間を超える神の存在を意識し畏(おそ)れ、

正しく身を保ち、勇気を持つことの大切さを日々の生活のなかで教えられた。

だからこそ、「強きを挫き、弱きを助ける」こと、

責任ある立場であるほど私益よりも公益の優先を忘れてはならないことなどを心に刻んだ。

良心に恥じることや卑怯な振る舞いはしないこと、両親や祖父母、年長者を敬うこと、

幼い者を慈しみ守ってやることに加えて、自然の恵みに感謝することなど、

美徳とされた価値観は多くあった。 

しかし、現代の日本人、否、戦後の日本人はこうした価値観を旧(ふる)いものとして捨て去ってきた。

国のかたちの根本である現行憲法にも、こうした価値観への言及は全くない。

あるのは、日本人が幾十世紀にもわたって育て、

日本人の生き方や死に方に刻み込んできた日本の価値観、

私はそれを日本文明と呼ぶのだが、その日本文明の全否定のみである。

敗戦と占領以降、日本を日本たらしめてきた

これらの価値観がどれほど素晴らしいものであるかを徹底して忘れ去ってきたのが私たち戦後人だ。


休憩しましょう。私は古賀メロディーが大好きです。音楽とは不思議な物です。
淋しさの中に凛として勇気を感じ慈しみも感じるのです。

影を慕いて/美空ひばり










「影を慕いて」・・・ギターで聴いて見ましょう。
影を慕いて/ギター独奏









日本文明の素晴らしさに最も気付いていないのは、恐らく私たち日本人であろう。

日本人の秀逸性に驚き、感嘆したのは、実は外国から日本にやってきた人々だった。

彼らは皆一様にこの国とこの国の人々の姿に感動し、

この国をあるがままに礼賛した。

ハリスが感動した日本の「人民の本当の幸

福の姿」


1856年(安政3年)初代米国総領事として来航したタウンゼント・ハリスは

「日本滞在記」(坂田精一訳、岩波文庫)のなかで日本人についてこう記した。

「見物人の数が増してきた。彼らは皆よく肥え、身なりも良く、幸福そうである。

一見したところ、富者も貧者もない・・・これが恐らく人民の本当の幸福の姿というものだろう。

私は時として、日本を開国して外国の影響をうけさせることが、

果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるか、どうか、疑わしくなる。

私は質素と正直の黄金時代を、いずれの他の国におけるよりも、より多く日本において見出す。

生命と財産の安全、全般の人々の質素と満足とは、現在の日本の顕著な姿であるように思われる」



「質素と正直の黄金時代」とハリスは書いた。

ハリスは米国の国益を双肩に担い、

日本を米国の利益に資するように巧みに使い、

不平等条約に見られるように搾取するためにやってきた人物だ。

心中には白色人種が黄色人種に対して抱く人種偏見も蔑視の想いもあったはずだ。

そのハリスさえ、日本人の「皆、幸福そうな姿」、「富者も貧者もない」、

「恐らく人民の本当の幸福の姿」に感動したのである。


そして彼は自らの立場を忘れて思わず書いた。

「日本を開国して外国の影響をうけさせることが、

果たしてこの人々の普遍的な幸福を増進する所以であるか、どうか、疑わしい」と。

・・・このように先達は教えていますので、私は今一度、

歴史、文化、政治を見直さなければいけないと感じました。

再出発の切符を渡された想いです。

前書きが長くなりました。






【五箇条の御誓文】


    から何かを学びたく思います。
             

明治天皇の【五箇条の御誓文】明治政府の基本的な政策を示した5つの条文。

明治維新の際,京都御所内の紫宸殿(ししんでん)で、

明治天皇が新政の根本方針を神にちかう形で示(しめ)したもの。

初め越前藩福井県の由利公正(ゆりきみまさ)と土佐藩、

高知県の福岡孝弟(ふくおかたかちか)が原案をつくり,

それに木戸孝允(きどたかよし)が修正をくわえ,1868年3月14日に発表したもの。

時代背景慶応3年(1867)10月、大政奉還が行われ12月9日には王政復古が宣言された。

まさに時は明治維新、時は大きく変わろうとしていた。

翌年の3月この「五箇条の御誓文」が発表された。同じ年に明治元年となった。

明治維新とは何であったか、と考える時忘れてはならないのは、

それが「維新」であると同時に「復古」でもあったということである。

内容はは伝統の上に根ざしたものとなっている。明治時代を象徴するものであった。



【五箇条の御誓文の内容】




一.広ク会議(かいぎ)ヲ興(おこ)シ万機公論(ばんきこうろん)ニ決スベシ。
  
  (広く議論の場を興して、すべてのことを議論して決めなさい)




二.上下心ヲ一ニシテ盛(さかん)ニ経綸(けいりん)ヲ行フ(う)ベシ。
 
 [(身分制度をなくし)これまで身分が上だった者も下だった者も、

  心を一つにして国家運営に当たりなさい]  

  ※経綸とは国策のこと




三.官武一途庶民(かんぶいっとしょみん)ニ至(いた)ル

  迄各其志(までおのおのそのこころざし)ヲ遂(と)ゲ

  人心(じんしん)ヲシテ倦(う)マザラシメンコトヲ要(よう)ス。

  (官僚や武士から庶民に至るまで、皆それぞれが自らの志を達成し、

   生きることが嫌だと思うことがないようにしなければならない)



四.旧来(きゅうらい)ノ陋習(ろうしゅう)ヲ破(やぶ)リ天地ノ公道ニ基(もとづ)クベシ。

  (旧来の悪い風習をやめ、天地の公道に基づいて行いなさい) 
 
  「天地の公道」は「国際法」のことと解釈されているが、より広く、
  普遍的な価値観、或いは真理と言った意味



五.智識(ちしき)ヲ世界ニ求(もと)メ大(おおい)ニ皇基(こうき)ヲ

  振起(しんき)スベシ。 
 
 (知識を世界に求め、国家の基盤を大いに奮い立たせなさい)

  我国未曽有(わがくにみぞう)ノ変革ヲ為(な)サントシ,

 朕躬(ちんみ)ヲ以(もっ)テ衆ニ先ンジ,

  天地神明(しんめい)ニ誓ヒ(ちかい),

 大(おおい)ニ斯国是(このこくぜ)ヲ定メ

  万民保全(ばんみんほぜん)ノ道ヲ立(たて)ントス。

 衆亦此旨趣(しゅうまたこのししゅ)ニ基(もとづ)キ協力努力セヨ。
 






※ 参考 五つの立て札(五榜の掲示) 3月15日、
 

進歩的な五箇条の御誓文が出された翌日、


     国民には、五榜の掲示を公布して、


旧幕府の民衆統制政策を受け継ぐ基本方針を表明しました。



(1)「人たるもの、五倫の道を正しくすへき事」。
 
  五倫(五は5、倫は人の道)とは5つの人の道で、

  君臣・父子・夫婦・長幼・朋友の儒教的道徳のこと。




(2)「宜しからざる事に大勢申合せ候を徒党」・
  
  「徒党して強て願ひ事企るを強訴」・「申合せ居町居村を立退き候を逃散」・

  「右類の儀これあらば、申出すべし。 御褒美下さるべき事」。
  
  江戸時代と同じように、民衆運動を禁じています。




(3)「切支丹邪宗門の儀は、堅く御制禁たり」
  
  「若し不審なる者これ有るは…申出すべし。御褒美下さるべき事」。
  
   キリスト教を禁止しています。


(4)「外国人に対して暴行を為すを禁す」。




(5)「逋逃を禁す」。
  
逋(税金や借金を払わず、にげる)逃(にげる)とは、
  
罪をおかして逃亡することをいいます。













読者の皆さんは気が付くでしょう。

「五箇条の御誓文」が聖徳太子の十七条憲法と

その精神において極めて共通点が多いことに。


物事について広く意見を聞き、

上下の別なく心をひとつにしてこの国を盛り立て、

全国民が価値ある人生だと思える一生をすごすことが

出来るような国造りをせよと言っている。

広く世界に目を向けよとも言っている。


この五箇条の御誓文を基本として明治の国造りが始まったのだ。

なかでも最大の仕事は明治憲法の制定だった。



 憲法制定に向けた国民のエネルギーは、

頼もしく力強く、国民各層から実に65種類もの起草提案があった。

日本国民は文字通り上下心を一つにして、

国のあり方を真剣に考え、熱く論じたのだ。

明治憲法は天皇の絶対的権力を認めた“帝国主義的”かつ“軍国主義的”な

憲法だと私達は学校で教えられて育って来ました。

だが、きちんと中身を読むと決してそうではないことが理解出来る。
(下記の※1~※4を参照)
(ここでは明治憲法を取り上げません。しかし機会がありましたら、
先達の志を取り上げてみたいと考えています。)


※1 例えば「告文」である。現憲法の「前文」に当たるこの「告文」では、
「朕及朕カ子孫ハ将来此ノ憲法ノ条章ニ循(シタガ)ヒ
之を行フコトヲ愆(アヤマ)ラサルヘシ」とし、
天皇もその子孫も、将来、憲法の定める条項に従って
統治することを誤ってはならないと規定している。

※2 また第四条は「天皇ハ帝国議会ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ
此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」と定めた。
天皇はすべての統治権を司ると規定する一方で、
あくまでも統治の仕方は、
憲法の定めるところに従って執り行わなければならないとした。

※3 議会についても、第五条で「天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ」と、
議会の賛同と支持がなければ天皇といえども立法権を行使できない、
天皇単独で立法などはできないと定めている。

※4 さらに第八条では、帝国議会が閉会している時は天皇が勅令を出すとしているが、
同条二項は、次の会期で議会が承諾しなければ、
その勅令は将来にわたって効力を失うと定めた。
天皇の勅令であっても、議会の承認なしには取り消されてしまうことを、
しっかりと明文化しているのだ。




こう見てくると、先達が残していった「五箇条の御誓文」「明治憲法」、ともに民主的であり、

日本の歴史と文明に根ざした憲法だと解る。

また、日本に押し寄せる列強にどう対処していくか、

欧米諸国の力に翻弄されそうな急激な変化のなかで、

いかに日本を守っていくかを必死に考えながら気迫のこもった、

また極めてバランスのとれた憲法だったことが解る。



休みましょう。古賀メロディから「緑の地平線」をどうぞ。

緑の地平線 美空ひばりさん




 現行憲法は日本を日本となしてきたあらかたの価値観の否定の上に成り立っており、

日本人の社会や日本国の基盤としては異形異質のものである。

敗戦の結果として与えられた憲法は木についだ竹のように、

幾世紀がすぎても美しい花をつけ果実を実らせる樹木には成り得ない。



それは、日本人が日本人であることを止め、

日本国が国家であることを止めるという結果をもたらすのみである。

未来に希望を託すことができるとき、人は安堵を得る。

子供のなかに未来を切り拓く力を見出すことができるとき、親は安心を得る。

人は皆、愛する者の未来の確かさを願い、ふるさとや祖国の基盤の堅固なることを願う。



 だからこそ、私たちはいま、真剣に現行憲法をその根本の理念から考え直さなければならない。

憲法改正は条文毎の見直しでは不十分で、

国の形としての憲法をどのような精神と価値観で作りあげていくかをこそ、考えなければならない。


・・・私は近い将来、日本の歴史、文化、伝統を反映した日本人の魂や

気迫のこもった新しい憲法の制定に大いに期待する者であります。


木漏れ日の水面にゆるる神やしろ







最期に一曲聞いてください。三橋美智也さんで「古城」です。
三橋美智也 - 古城



参考資料    

櫻井よしこ 「気高く、強く、美しくあれ」 小学館 2006年







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