どこの組織でもよい人もいればそうでない人もいる。いうまでもなく自衛隊員個人もそうだろう。私の知人の家族にも自衛隊員は少なくないし、同じ特別職でもこちらは地方公務員か、遠くの兄弟より親しく付き合った白バイ隊員、今は派出所のお巡りさんの友人もいる。
今度の震災でも、国策の最悪の帰結である原発事故の尻拭いをさせられたり、警察、消防、医療や福祉関係者、多くのボランティアさんとともに、被災者の皆さんに感謝されていることはよくわかる(冷静に全体的に見れば「トモダチ作戦」など日米の共同訓練の色合いが濃かったといわれているが)。
しかしそうした雰囲気に乗じて、佐賀の玄海原発における九州電力のさくら(やらせ)メール問題にも通じる世論作りの中で、北沢俊美防衛相は記者会見で、下地島での自衛隊と米軍との共同訓練を示唆するところまで踏み込んだ。沖縄県や宮古島市の災害時支援物資備蓄基地構想が逆手にとられて、というか、どこまでが筋書なのか、被災者の皆さんの気持ちを利用し、先島に自衛隊を増強配備しようとする、まさに「火事場どろぼう」という言葉がぴったりではないか。
自衛隊員個人がいくら良い人でも自衛隊という組織は別人格だ。自衛隊の本来任務は敵と戦うことで、住民を守ることではない。米戦略への追随というだけで、あまり意味のないどころか近隣諸国に緊張を招く陸上自衛隊配備、10年後には2万と言われているが、規模の小さい自治体の先島では、その家族を含めれば選挙結果も左右される。ヤマトゥに言いなりの沖縄を作る深謀で、既得権益を持つ人はいいだろうが「人間の盾」に使われる庶民はたまらない。
この9日の来沖の際、どこの政党、政権であっても、辺野古に基地を作ると、前原誠司が言ってそうだ。沖縄の言うことだけは聞く耳を持たぬ姿勢に、彼らにとって沖縄は「日本」ではないのだと、改めて思う(普)