庭と花の物語*西原村

小さな村の小さな庭やそこで育った花々を紹介します。季節の移り変わりとともに。

俵山珈琲焙煎所は味と香りにこだわる 

2017年05月20日 | 熊本地震

袴野地区(西原村の東側)塩井社の駐車場から珈琲カップの看板が見える。

水を汲みに来た人は気づいているでしょうね。

珈琲の焙煎所とカフェになっています。

こちらが入り口です。緑の手入れが行き届いた小庭から入ります。

中はこだわりの家具と小物でデコレートしてありました。

テーブル席とカウンター席があります。

3年前に熊本市内から越してきたそうです。

店主の男性は珈琲に関わるようになって40数年ということでした。

一年前の地震の時は各避難所に珈琲サバーを置いて無料で珈琲を提供したそうです。

その時初めてコーヒーを飲んだおばあさんが、今も遠くから豆を買いに来てくれると聞きました。

おいしかったんですね。

珈琲の話をたくさん聞きました。

大きな焙煎の機械。

喫茶店やレストランに注文を受けて珈琲を送っているそうです。

各店の特徴に合わせてブレンドしているとのことでした。

私の好みのブレンドを作ってもらいました。

もう一つはこの店のオリジナル。

この二つ。

100グラム500円。私にはちょっと高めかな。

オリジナルブレンドを早速飲みました。  香りも味も体に優しい珈琲です。

熊本放送主催のカルチャー教室で、珈琲の講座を持っているそうです。

おいしい珈琲に興味のある方はどうぞ。

このカフェのマスコット犬「cocoちゃん」

「おりこうさん」な女の子です。

俵山の水でコーヒーを飲んでみてほしいな。一味違いますよ。

 


萌の里、再開から2か月  ポピーの花も咲いています。

2017年05月15日 | 俵山

俵山高原にある「萌の里」

地震前は「ポピー祭り」をやっていました。

今年は例年の半分以下の広さですが、花畑はあります。

店舗から橋を渡って、ポピー畑に行きます。

川は地震で多少壊れていました。

川べりの白とピンクのウツギの花が可愛いですよ。

 

連休は大勢のひとが訪れていました。

しばらくはポピーが見られますよ。


最近の庭   気ままに顔を出す植物も

2017年05月14日 | 山野草

ムサシアブミ

テンナンショウ やウラシマソウは草苅の時に切ってしまうのに、毎年顔を出す。

ホウチャクソウとナルコユリもどこにでも出てくる。

チョウジソウはしばらく青い花をつけていた。

日本サクラソウのカラゴロモ

花の裏側が濃いピンクで、優雅な花。

遅く咲きだすが他のサクラソウが花を終わらせた後まで咲いている。

緑に覆われた庭。

ギボウシ

クリンソウ

梅の身も大きくなりました。


相良のトビカズラ(うどんげの花)  千年の古木

2017年05月13日 | 花木

学名を ムクナ センベルビーレンスと言うそうであるが、昔から「トビカズラ」として親しまれてきた。

熊本県の北部、山鹿市の相良寺という観音を祭る寺の近くに自生していた。

源平の合戦の戦火で、寺が焼き討ちされた時、千手観音がこのカズラに飛び移り無事だったという伝説がある。

トビカズラの名前もこの伝説に由来する。

日本に1本しかなく、仏教でいうところの三千年に一度咲くうどんげの花になぞられていた。

近年は毎年咲くようになったそうであるが。

相良観音から1㎞程離れた所にトビカズラの公園がある。

近年ここに移されたものである。

御覧のようにうっそうとしたカズラの棚である。

薄暗い中にまたまた怪しげな大きな花が下がっている。

相良寺には今回はいかずに帰った。

私が相良時に来た数十年前は、花を見ることはまれで、数年前に咲いたという噂を聞くだけであった。

むろん手入れもされてはいなかったと思う。

うどんげの花の霊力はなくなったかもしれないが、花に出会える喜びは増したことだろう。

千年の古株である。

千年前に、訳在ってここに来たトビカズラ。

種は結ばないそうだから、人の手によって植えられたものである。

消えた物語があったことだろう。

藤の花に似た香りも異国的に感じる。

 


霊水の枯渇   揺ヶ池(おいけさん)の現在

2017年05月08日 | 熊本地震

俵山交流館 「萌の里」です。

萌の里の向かい側に鳥居があります。

ここから「おいけさん」にいきまず。

鳥居とお宮に変わりはありません。

通称「おいけさん」と呼ばれる「揺ヶ池湧水」は、大正時代に霊水としてブレイクしました。

おいけさんから万徳集落までの1㎞の道沿いに、旅館が立ち並んだ当時の絵地図が残っています。

霊水を求めて多くの人が西原村に来ていたのです。

その後、ブレイクは終息しましたが、水を汲みに訪れる人は地震の前まで続いていました。

そのおいけさんの現在。

 以前はろうそくと線香は途絶えることなく、清掃も行き届いていました。

 

お堂の中は片づけてありましたが、ロウソクと線香はありません。

灯篭はたおれて。

 

 

霊水は枯れていました。

 おいけさんの裏側の崖が地震で崩れてれています。

地中深くまで崩れたのでしょうね。

この霊水は活断層と深い関係があったのでしょうか。

おいけさんが次の軌跡を起こすことを願っています。

 


最後の庭づくり    母が愛したミヤコワスレ

2017年05月05日 | 西原村, 熊本県,

 

[庭]にどんな木や花を植えるのか、どんな花を木や植えたいのか。

考えるのが楽しいですよね。  

我が家の庭の植物は、40年以上かけて父母が集め、空いてるところに次々に植えられて出来上がりました。

いわば素人考えの庭といえると思います。

数多くの木や花が植えられましたが、数多くの木や花が枯れました。

これも素人考えの結果なのでしょうか。

この庭に根ずいて繁茂している草木は、現在世話をしている私に喜怒哀楽の物語を語ります。

我が家の庭は、以前藪に近いといいました。

家の周りは実質藪ですから、どこからでも笹が入り込んできます。

ヤブカラシ、クサイチゴは太い根を張り廻らせています。

その中にあって、ミヤコワスレは春に変わらぬ花を咲かせます。

 「ミヤコワスレとギボシだけはよく育つ」と母が言ったので、

「いっそ、ミヤコワスレとギボシの庭にしたらいいわ。」と答えたことがありました。

もちろん、母はその後もせっせと 草むしりをして藪の庭に花を植え続けました。

母が亡くなってから気づいたのですが、庭にはいたるところにミヤコワスレとギボシが植えてありました。

多分なくなる半年前に植え替えたと思います。

エビネも編み笠ユリも植え替えられてていました。

母は母なりの庭の形を考えたのでしょうか。

ミヤコワスレの庭。わたしも好きです。

 

 

 

 

 

 


だいぎりの花   山の花木ですが

2017年05月04日 | 俵山

しゃがの花が見頃です。

むろんどんなに美しく咲いても見るのは私だけですが。

「誰も見てくれないからもったいないわ」と、母から電話がかかってきた時、

「なんでもそんなものよ」  私は答えていました。

一人でも見る人があれば、素敵なことだから。

春になり、母が育てた花が一つ、二つ咲くと、このごろは胸がつんと痛みます。

 

だいぎりは山の花。

この花が咲くのを待つなんて。

この山道に咲いているのも、私は最近まで知らなかったのに。

短い花の時期に目にとめた人がいたのでしょうか。

今年は忘れずに見ました。

花が終わると、どれがだいぎりの木なのか見つけられなくなります。

山の花木は緑に埋もれてしまいます。

純白で華やかさのあるだいぎり。

この時期に山に入ったら探してみては如何でしょうか。

 


俵山の放牧  昔の農業の形を残している

2017年05月02日 | 俵山

阿蘇地方の草原は古くから農業にとっても大切な資源でした。

昔はどの家にも牛や馬がいました。農耕に使われていたのです。

夏の間は草原に放牧されていました。

現在も一部残っています。

雨が降ると牛も寂しくなるのか「モーモー」と悲しそうに泣いていました。

遠くの山から聞こえたものです。

牛たちは人里に一番近い場所まで山の上から下りて飼い主を待つこともありました。

 

牛がいます。昔は赤牛でしたが、現在は黒牛。

農家の方は毎朝夕牛の世話に牧場まで行きます。

地震の時は水場が壊れたので、毎日水を運んでいました。

そんなある日、農家の方の軽トラックが溝にはまって動けなくなり大変なこともありました。

牧草地数か所を移動しながら放牧をします。

何事も簡単ではないのですね、

牧場には柵があるので牛が逃げ出すことはありません。

草原はすっかり草に覆われました。

 

山歩きをしている多くの人を見かけました。

多分、カキランやオキナグサを見つけたことでしょう。

 

 

 


阿蘇の山野草   外輪山で見つけた花

2017年05月01日 | 山野草

日当たりのよいところは黄スミレがいっぱいですが。

日陰、半日蔭には様々な花が見られます。

梅花イカリソウが小さな花をつけています。

横には大葉ショウマも。

これは山ホトトギス。

日陰にはテンナンショウが黒い顔をもたげ。

ギボウシが芽吹き。

ヤブカンゾウが斜面に。

肥後スミレも。

エビネランも咲いています。

カワラナデシコ。8月に咲きます。

ヒトリシズカもひっそりと咲いていました。

4月28日の二重の峠の花たちです。