とかくに人の世は・・・

智に働いてみたり情に棹さしてみたりしながら
思いついたことや感じたことを徒然に記します 
  nob

手話を学んで

2005年11月23日 | 手話
 昨年から手話を習っています。手話奉仕員養成講座の入門課程を終え、いま基礎課程を受講中です。なかなか上達しませんが、手話で簡単な会話ぐらいならできるようになりました。入門過程を修了した頃から手話サークルに入会して、いろいろな行事にも参加しています。

 ボランティア精神とか社会の役に立とうという大それた考えで手話を勉強し始めたのではありません。視覚で意思を伝え合う世界ってどんなものだろう。知ってみたいという単純な考えからはじめました。
 なんでも知らないより知っている方がいいですね。知ることは大事なことだと思います。

 人間は時々自分の思い込みで判断することがあります。自分がして欲しいことだから相手もして欲しいだろう。自分はこれが好きだから相手もこれが好きだろう。でも、そうでない場合もたくさんあります。
 たとえば、自分はお酒が好きなので他の人も好きだろうから是非勧めなければ失礼にあたると考えますね。でもお酒が苦手な人にとってはいくら善意で勧められても苦痛になるだけです。
 相手が本当にして欲しいことは何かを知ることが大事なことです。そうでないと善意(思い込みの自己満足的な)の押し売りになります。

 人間はどうしても自分中心に考えるので他人のことはわからない部分がいっぱいあります。世の中には目が見えない人、耳の聞こえない人、手足が不自由な人いろいろな人がいます。そんな人たちの体のことや考えを理解することは難しいし、また簡単にはできないことです。しかし知ることはできます。一つ一つ知ることによって少しでも障碍しょうがい:害という字は使いたくない)のある人との距離が縮められるのではないかと思っています。

 先日、「手話の集い」という会があり参加しました。いろいろなテーマについて話し合うという会でしたが、そのひとつの分科会で「手話学ぶから手話学ぶ」ということを覚えました。今私は「手話学んで」いますが、同時に「手話学ぶ」ことで聴覚障碍者の世界をより深く知ることができるのだと強く感じました。


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