もと弘法太師念誦堂でした。堂の本尊として日本最古の秘仏、弘法太師の肖像画、御影を祀っています。これも何回かの火災にあい1848年に再建。年に一度だけ内拝が許されます。暗闇に燈籠が点々と浮かび上がる様は当に聖地だと言う事が心に染み入るそうです。
高野山の総本山。恒例の法会や法要、年中行事の大半がここで行われる。これも昭和7年再建の鉄筋コンクリート造り…です。中の秘仏も再刻されたものです。高野山は7度もの雷火に見舞われた。1646年頃はおびただしい数の子院1865軒が伽藍を中心に存在しました。現在は117(宿坊52)に淘汰されたと言う事です。
世界の何処にも古い木や大木には魂が宿っているといわれ信仰の対象になっている事があります。空海が二年間の留学を終え唐を離れる時、自らが会得した密教の修行場に合う所はどこかと三鈷と言う密教の法具を日本に向かって投げた。その法具は伽藍を建てる地の松の木に引っかかっていたという伝承があります。密教道場としての聖山である事と空海の超人間性から、真実性が増し平安時代中期には広まっていたと言う事です。その松、意外と小さい。何代目かも…。
伽藍の中で一際鮮やかな色彩で荘厳されているのが、根本大塔です。度々の雷火で焼かれ現在の建物は昭和12年に完成した鉄筋コンクリート造りだそうです。そう聞くと有難味も薄れてしまう。しかし内陣には巨大な大日如来と金剛界四仏が安置されていて、柱には堂本印象の十六菩薩、壁には真言八祖像が極彩色で描かれていて、異界の不思議な雰囲気を漂わせています。確かロシアの教会の柱にもキリスト像やマリア像が描かれていた事を思い出す。神や宗派は違っても人間の考え方の根本は同じだと感じます。