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本・映画・美術・仙台89ers・フィギュアスケートについての四方山話。

◇ 辻邦生「樹の声 海の声 上中下

2013年12月05日 | ◇読んだ本の感想。
歴史物でもないのに上中下ってのはやだなー、と思いながら読み始めたら、若干歴史物でした。

若干というのは、
――時代は明治。歴史上の人物が綺羅星のごとく出てくるけど、主人公は一応架空。
しかしモデルにした人物はいるらしい。しかもけっこうなモデル率のようだ。
別名にしたのは、存命の人物に対する慮り、という印象を受けた。

時代の過渡期に生きた(上流階級の)女性の一代記。
今「八重の桜」が放送中だけど、明治維新は物理的な時代の転換点で、良くも悪くも目に見える派手な変化。
明治から大正期の文化的な転換は、外形的には見えず、しかしそれだけに始末の悪い変化。
始末の悪いというのは言い過ぎか。いつだって時代の気分は常に移り変わるし、
10年20年で見れば、どの時代もそれなりの転換だったと言えないこともなかろう。

ただ、この主人公は――というより、この主人公の立場は、知識により新しい価値観はどんどん入るのに、
上流階級であるがゆえに身に沁みついた、保守性から来る限界とバランスを取るのが難しい。
そんな立場。支配者層は保守的なものです。新しい考えに魅了されるのは支配者層だが、
実際のところ、彼らはわが身に受けている恩恵をなげうってまで、新しい価値観に
殉じることは出来ない。まあ人間、それが普通だと思うけどね。わが身が可愛いさ。どうしたって。

もっとも、本の中にはそういう偽善性に耐えられずにいる立場の人も散見される。
有島武夫とかか?武者小路実篤は、ほとんど噂としてしか出てこないけど、そういう人だろう。
人間は頭だけでは生きられないからね。損得勘定をまるで持たない人は絶無だろう。

庶民は易きにながれる。新しいことでも、楽なことや得なことは受け入れるけれども、
しかし理性の部分で動くことは少ない。“こうあるべき”という理想像をモチベーションにして
動くことは――ないとはいわない。戦時中の“お国のために眦を決して”という姿は
国家が提示した理想像にみんながのった形。
まあそれはどうしようもないことなんだと思います。長いものに巻かれるのは易き道だし、
そこまで自分や周囲を客観視出来る人も少なかろうし。


……という内容の話では全然なく、女性の一代記。
いつもの辻的な、主人公可愛さは若干鼻につくけれども、3巻まあ面白く読めた。
それこそ、大正期の動揺なんて今まで意識したこともなかったし……
大正期は、明治の厳しさと活気の反動で、ごく自然に弛緩と優雅の世界に入っていったものだと
思っていた。実際に生きてる人には、いろいろありますよね。

ただ、やはりいつもの辻の悪癖というか、それはそれは細かく書いていくがゆえに、
最終盤はもう飽きて雑になっちゃうんだよなー。
ヤンと出会ってから結婚し、ポーランド占領に巻き込まれ、日本へ向かう船に乗るまでというのは、
咲耶さんの人生のなかではもっと分量を占めていると思うのだが……
中間が長すぎる。離婚をしたかった長い期間と離婚後の数年、たしかに本人としては思うことは
色々あった時期だろうけど、その時期をあんなに微細に書くなら、その後はもっと書かなきゃ
だめだろうと……
まあ、わたしは辻が好きですけどね。


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彼はどの本でも声を限りに叫んでいる。
「世界は美しい。人生は美しい」と。
その声に慰めは感じるけれども、それを信じることは出来ない。







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