以前のブログ「日本美術の歴史を知る」を書いてから長谷川等伯の〈松林図屏風〉が気になっていたのですが、そんな折にお勧めしていただいたのが安倍龍太郎さんの『等伯』でした。
昔から歴史に弱く、小説を読むのが好きでも歴史物を遠ざけがちだった私。
ちゃんと読めるかな?と不安に思いながらも上下巻合わせて購入しました。
読み始め、案の定きちんと説明されているにもかかわらず登場人物の関係性が掴めず、もっと歴史の授業をしっかり受けていればよかったと後悔。
しかし読み進めていくうちに主人公の置かれている状況などが見えてくると、どんどん物語に引き込まれていきました。
『等伯』はその題名からもわかるように、能登国・七尾出身の、桃山時代を代表する絵師〝長谷川等伯〟の生涯を描いた作品で、2012年に148回直木賞を受賞しています。
歴史的事実を元に書かれたものといってもおそらく文献資料だけではカバーしきれず、残された絵から想像を膨らませなくてはならない部分も少なくなかったことでしょう。
装画に〈松林図屏風〉が使われていることからも、おそらくゴールはここだろうと予想しながら上巻、そして下巻と読み進めていきました。
以前ブログで取り上げた秋元雄史さんの「日本美術鑑賞」では〈松林図屏風〉についてこのように書かれています。
・近世水墨画の最高傑作とされる〈松林図屏風〉ですが、この絵は数々の謎に包まれています
・絶頂期の息子の死。そんな失意の中で描いた大作が、この〈松林図屏風〉でした
謎というのは粗すぎる筆致や紙の継ぎ目がズレていること。質の悪い紙を使っているにもかかわらず高価な墨が使われていることなどを指しています。
また息子の死に関しても死因ははっきりわかっておらず、暗殺説や自害した説があるということ。
これらの事実を知って〈松林図屏風〉に興味を持ったわけですが、その部分が『等伯』ではなるほど!これが正解だと思えるほど納得のいくストーリーで描かれていて、読み終わった後になかなか現実へ帰って来れなくなってしまいました。
そうして改めて〈松林図屏風〉の写真を見ると別のものが見えてきます。
当初私は悲しみの際で想いをぶつけるように描いたのだろうかと考えていました。
しかし『等伯』を読み終えた後は、その向こう側の感情という世俗的なものの先にあるものが存在するように感じたのです。
私は単純なので、こう!と言われるとそのようにしか考えられなくなってしまうのですが、それにしても見ているものが別物に感じてしまうほどの奥深い世界観を文章で描き出した安倍龍太郎さんは凄いし、絵師として突き詰め、それだけの境地に辿り着いた長谷川等伯という人物の強さにはただただ圧倒されるばかりです。
魂のこもったものには力があります。
それは良いものだけではなく悪いものにもあるし、一般的に評価されているものにも、一部の人にしか知られていないようなものにも同じようにあるように思います。
そしてそれがきっと本物なのだと思います。
いい魂にはときめいて、悪い魂には惑わされないように、奥底に眠っている魂の存在にも気づけるような澄んだ心を持ちたいものです。
毎年1月に東京国立博物館にて公開されている〈松林図屏風〉
これは一度、直に本物を見なくてはいけませんね。
また違った景色が見えてきそうな気がします。