私、希少がんP-net患者です

1996年に膵臓手術時は病名も不明。
膵内分泌腫瘍は10万人に一人の希少がん。
通称名 P-net(ピーネット)

身体の冷えの事

2017年02月06日 | 日記
体質改善をしよう!

まずは低体温をなんとかしよう!
と気持ちは前向きになっているのですけども

体温が低めであることはずっと前から分かっていました。
けれども何も自覚する症状がありませんでした。

若いころだったから?
手のひらがあったかい人は心もあったかい。なんて言葉もありましたね~

逆に手のひらがあったかい人は心が冷たい。なんていうのも聞いたことがあります。


実際心と体温の関係性は分からないんですけど

低体温であることってあまり自覚症状がないんですよね


学生の頃、友達と手が触れて私の手が冷たいので友達がびっくりした。ってことは何回かあります。

その程度の認識でしかなかったんです。

いつ頃から低体温だったのか?

ん~ 考えても思い出せません。


自律神経と体温の関係が深く免疫力や気力などとも影響しあうという話を聞いたことがあります。

自分が最初に膵臓に腫瘍ができたころ(22年もまえの事)は低体温だったのかどうかわかりませんが

家族で知らない土地に引っ越して子供たちが学校生活に慣れるようにとか

実家から離れてしまうことで実家に手伝いに行けないことが気になったりで

主人と口喧嘩が多かったのを覚えています。

前の晩にけんかして 朝起きたときに胃の辺りに不快感があって無意識にみぞおちに手がいくようなこともありました。


ストレスとか頑張りすぎることとかが自律神経と関係してるようです。

そう考えると自覚する症状はなかったけれどきっと低体温だったのではないでしょうか?


少々体温が低くてもなにも困らなかったんですよ きっと。

寒いとか暑いとか普通に感じてると思っていましたから…


でも、主人とエアコンの使い方でもよくケンカしていましたね~

主人は暑がりで本当に手のひらとか温かくて 手汗も出る方でした。


私はエアコンの風が当たるところにいるとすぐに寒くなりますし

頭痛やお腹が痛くなったりもします。

腿やお尻はとても冷たくてそれが普通なんだと思っていました。


最近までそういう風に低体温を放置してきてしまったのは本当に残念なことです。

もっと早くから改善しようとしていれば何か違っていたのかもしれません。


体質自体を個人の努力で改善することができるなんてことも知りませんでしたから

今、これからが始まりなわけです。


糖尿外来でも がんセンターでも採血をするのですが

私はほとんど一度は失敗されるんです。

採血する人が下手なわけではないと思います。

ほかにも多くの人の採血をしている人ですからね


上手な人でも私の手を触ったらすぐに温める用に用意してあるホットバッグを二つくらい持ってきてくれて

手のひらで握らせてくれてもう一つを手首の辺りに乗せてくれます。

これで少しは血流が良くなるようです。

かなり循環が良くないのかしばらく摩ってもらったりしてようやく血が採れるのです。


おふろで暖まろうと湯船に浸かっていて

そろそろ温まったかな?と膝裏あたりを触ってみるのですがまだひんやりしている、なんてこともよくあります。

湯船の温度は41度。

でも私が浸かるとお湯の温度が下がってしまうようです。追い炊きをしてしっかり温まらないとすぐに冷えてしまいます。


おふろから上がって気持ちよくお布団に横になって寝付いても朝方足先が冷たくて目が覚める事も多いです。

ふくらはぎが冷たくなっているのでハイソックスかレッグウォーマーをして温めないと足が攣ってしまうこともあるんです。


冷えをこれだけ自覚するようになったのはごく最近の事。

一人で生活するようになったから気が付くようになったのかもしれません。


どんなに寒くても自分が起きて部屋を暖めなければ寒いままだし

自分しかいないから余計に寒さが身に染みるってことでもあるし

一人の暮らしっていうのはこういうことなんだな。と自分に言い聞かせるように体を温めるんです。


今こうして低体温の事を書いていて気が付いたのですが

主人は膵がんでしたがずっと体温高めな人でした。

病気がわかって2か月少しで亡くなってしまいました。

体温の変化などについて注視していなかったので今となってはあいまいな記憶でしか思い出すことができません。


がんと低体温の関係性、絶対ではないのかもしれません。

主人は本当に進行の早い膵がんでしたから 私の病気と比較するには違いすぎるのかもしれません。


とにかく私にできることは今から体質改善をする!ということのみなのです。