双極性障害と診断されて、精神薬を飲み続けて14年。断薬をして一年と3ヶ月ちょっと経ちました。
「生きやすい人生とは、自分の全ての感情をゆるす(赦す)ことにある。」
こんなタイトルをつけましたが、
これは、生きづらいと思いながら生きている原因の全てに当てはまる
大事なことだと思ったので、記録しておきます。
最初にさらっと簡単に自分の状況のおさらい。
鬱状態になり27歳から精神薬を飲み続け、41歳で意を決して断薬。
断薬をして一年までは、「絶対に薬には戻らない!」って、
張り切ってアクティブに行動していたけど、8月の後半からまた精神のコントロールが
きかなくなり、この1ヶ月くらいは完全な鬱状態でした。
そんなわたしが、今回立ち止まって、自分の人生を振り返りながら、
ひとつづづ、こうやって片付けていけばいろんな感情から解放されるんだと、
薬に頼らないで鬱状態から抜け出せるんだと実感できたので、
これからもこれを忘れないようにしたい。
「自分の全ての感情をゆるす(赦す)」
これは、わたしが今回鬱状態になって、自分でもどうして良いかわからなかった時に、
出会ったある人のブログを読んで、(これってどう言うこと???)って、
考えて考えてたどり着いた結果。
これに出会う前に、わたしは断薬をした時にすでに心がけていた事。
①自分の気持ちに忠実になる。
②依存という概念を捨てる。
(別にいつでも薬を飲んでいいんだよ)って、自分をゆるしてあげる事で、
わたしはその(薬)の依存から抜け出すことができました。
そして、わたしはなるべく自分の感情をゆるすようにしてきました。
今回の鬱状態で、自分の精神のコントロールができなくなって、
自分を完全に見失ってしまって、このままだと本当にあとは苦しさから逃れたいがために
死ぬなって本気で思っていたけど、
「まずは自分の素直な感情に浸る」
ことから始めました。
まずは過去から。
親への怒り哀しみ。その感情に忠実になって、泣いて泣いて怒りました。
その時の大事なポイント。
親に対して哀しみ怒りをぶつけるイメージではなく、
あくまでも自分のその感情を認めてあげるイメージ。
(これは後になって、鬱状態から抜けた後に分かったことですが。。)
そして、現在。
今ある感情を全て認め、その感情に浸り、ゆるしてあげる。
そうして行くと、自然にその感情(依存)から解放されていきました。
イライラがなくなり、気持ちが穏やかになってきました。
でも、今回の鬱状態で、(これでもまだ生きやすい人生とは言えなかった)って、
ある感情に気づいたんです。
それは、
「自分自身でも気づいていない、心の奥底にある自分の心に隠されている欲求」
が、あると言うことです。
わたしは基本、人から認められたい欲求が強い人間です。
「人から良く思われたい」
「人から評価されたい」
「人が自分をどんな風に見ているのか気になる」
だから、必然的に、
「人から良く思われないだろうな。発言は控えたりしていました」
それが、実は自分の心の中にもあって、
本当の自分の欲求を隠す癖がありました。
自分の感情を、本当の理由を隠して、別の理由にすり替える癖がありました。
それを、今回
「全てわたしの感情はゆるしてあげるから、なんでも思っていいんだよ」
って、心に問いました。
実はこれ、種明かしをすると、自分自身ではどうにもできなかったんですが、
先日行った、「薬に頼らない心療内科」で、先生が1時間も話を聞いてくれたから、
(もういいや!苦しいんだし!)
って、洗いざらい話したんです。
(相手は医者だし、交友関係のしがらみもないし、もう言っちゃえ!)って。
そしたら、ようやく自分の本当の感情に気づいたんです。
いや。。本当は前から、今回の鬱の原因は分かっていたのに、
どうしてもそれを自分自身も認めたくなかった。
そこからは、もうその感情にひたすら浸り、ゆるすだけでした。
自分でもびっくりするほど、心が解放的になって、気持ちが楽になりました。
今回の鬱状態は、精神だけではなく、体の感覚が麻痺しているほどでしたが、
徐々に感覚が戻ってきました。
そうやって、一つづつ自分の感情に浸り、ゆるしていくと、
いずれその感情が心の中からいなくなることに気づきました。
それが依存からの脱却ではないかと。。。
依存というものはそもそも、
「それが悪いことだ」
って、心が思っているからそう思うんだと。
ここまでは自分で分かっていましたが、
「それが悪いことだ」と、思っているから、
逆にそこから抜け出せないんだと言うことを学びました。
「自分がどんなことを思おうが、それは全部いいことなんだよ」
って、心を満たしてあげただけで、
びっくりするほど
「あんなに拘って頭から離れなかった欲求がなんでもなくなった」
本当にあっけなく。。。どうでも良くなった。
あまりにも呆気なかったので、良いのか悪いのか。。。?
自分はもっとその欲求に浸りたかったかもしれないのに。。
本当の自分の感情に気づき、その感情の全てに浸り、そしてゆるす。
それだけで、ものすごく生きやすくなるんだろうな〜って、思いました。
「なります!」ではなく、(なるんだろうな〜〜)ってのは、
自分でもそうかな?って、気づいたばかりだから。。
でもね、わたしは
「人から良く思われたい」って、自分の感情も、自分の感情として大切にしたいから。
(それも良いよ)って、ゆるす。
でも、「その自分の概念から外れた、黒い部分を持った自分の感情」も、
自分の大切な感情としてゆるす。
人には絶対に言わないけどね。
悲しいけど、楽しいことも悲しいことも、自分の感情に浸り、ゆるしてあげると
その感情が消えていく。。
だから、
「感情だけが消えて行き」
「現実だけが残る」
なんか。。究極ですね。。。
この課題は、ものすごく奥が深いと思っています。
今回は、今の感情だけで思いつきで書いたので、
支離滅裂なところもあるし、加筆訂正もしていけたらと思っていますが、
今回は、こんな感じで。。。
自分の感情に気づけない人は、まずは人に話すって大事だと思いました。
でも、そこに相手の意見や感情が入るとまだ厄介なので、
ただ聞いてくれる心を解放させてくれる人がいたら良いですね。
あくまでも「ゆるす」のは、話を聞いてくれた相手からではなく、
自分自身でゆるさないとですから。
自分の感情にうまく気づけるようになったら、あとは自分自身でも
気づき→浸る→ゆるす→消える(浸るとゆるすは逆でもよいのかな??)
自己完結できるようになるような気がします。