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みずべ公園(長野県下諏訪町)🙂😐😐約100キロ先にある「富士山」を望む絶景ポイント

2022-02-27 12:00:00 | 国内旅行
葛飾北斎「冨嶽三十六景 」の「信州諏訪湖」
歌川広重「冨二三十六景」の「信州諏訪之湖」

葛飾北斎「冨嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)」の15「信州諏訪湖」や、歌川広重「冨二三十六景(ふじさんじゅうろっけい)」の28「信州諏訪之湖」に描かれ、2021(令和3)年8月21日にはNHK「ブラタモリ」の「諏訪 なぜ人々は諏訪を目指すのか?」で紹介された「諏訪湖」から一直線に伸びる谷の約100キロ先にある「富士山」を眺めようと、下諏訪町の諏訪湖畔「みずべ公園」を訪ねた。


「中央構造線」と「糸魚川-静岡構造線」の交差点「諏訪」の地形がつくり出した奇蹟の眺望だ。「富士山」の真下には、かつて湖水と湿地に囲まれて「諏訪の浮城(すわのうきしろ)」と呼ばれていたという「高島城」が見える。



葛飾北斎「冨嶽三十六景 」の「神奈川沖浪裏」

 ❖ 葛飾北斎「冨嶽三十六景」 
1831~34(天保2~5)年に完結したとされる富士山を題材とする風景版画の連作「冨嶽三十六景」(全46図)は、江戸時代後期の「化政文化(かせいぶんか)」を代表する浮世絵師「葛飾北斎(かつしか ほくさい)」(1760/宝暦10年~1849/嘉永2年)の代表作で、当初「三十六景」の予定だったが、同時期の歌川広重「東海道五十三次」とともに評判好調のために、十点が追加になったという。
◇ ◇ ◇
大胆な構図や自由な発想の描写、そして鮮やかな色彩の葛飾北斎の作品は、フランスの印象派に影響を与えたと言われている。
歌川広重「東海道五拾三次」の「箱根」
 ❖ 歌川広重「冨二三十六景」 
「葛飾北斎」の作品に着想を得たとの指摘もあるが、富士山を主題とした浮世絵風景画「冨二三十六景(ふじさんじゅうろっけい)」(全36図)は、代表作に「東海道五拾三次」(全55図)「名所江戸百景」などがあげられる江戸後期の浮世絵師「歌川広重(うたがわ ひろしげ)/安藤重右衛門(あんどう じゅうえもん)」(1797/寛政9年~1858/安政5年)没後の1859(安政6)年に「蔦屋吉蔵(つたや きちぞう)」を版元にして出版が開始されたという。
◇ ◇ ◇
歌川広重の作品は大胆な構図などとともに、青色や藍色の美しさで欧米での評価が高く、フランスの印象派や、アール・ヌーヴォーの芸術家らに影響を与えたと言われている。
 ❖ 高島城 
「信濃諏訪藩/高島藩」初代藩主「日根野高吉(ひねの たかよし)」(1539/天文8年~1600/慶長5年)が、1592(文禄元)年から1598(慶長3)年にかけて、現在地の諏訪湖畔「高島村」に築いた連郭式平城で、はじめ諏訪湖に突き出した水城だったという。
◇ ◇ ◇
1601(慶長6)年に「日根野氏」は「下野国(しもつけのくに)壬生藩(みぶはん)」へ転封となり、譜代大名「諏訪頼水(すわ よりみず)」(1571/元亀元年~1641/寛永18年)が入封、再び諏訪氏が領主となって明治維新まで続いたという。
◇ ◇ ◇
現在、二の丸と三の丸は宅地となり、1970(昭和45)年に「本丸」に「天守」「櫓」などが復元され、高島公園として整備された。
 ❖ 中央構造線 
「諏訪湖」南の「杖突峠」から「赤石山脈」西縁、「紀伊半島」北部、さらに「四国」北部から「九州」西岸へと約 800kmにわたって続く日本一大規模な大断層線で、「中生代」を三分した最後の地質時代で約1億4500万年前から6600万年前までの「白亜紀」中期にその形成が始まり、約258万年前から現在に至る「第四紀」まで、いくつかの異なる時期に異なる断層運動を繰り返して来たとされる。
◇ ◇ ◇
これによって西南日本は、日本海側の内帯(北側)と太平洋側の外帯(南側)に分けられるという。
 ❖ 糸魚川-静岡構造線 
「新潟県糸魚川市」付近から「松本盆地」「諏訪盆地」「甲府盆地」を経て「静岡市駿河区」付近に至る大断層線で、「フォッサマグナ」の西縁をなし、本州の中央部を地質構造上「東北日本」と「西南日本」とに二分する。
◇ ◇ ◇
これを境に、西南側には約5億4100万年前から約 2億5217万年前までの「古生代」に形成された地層や、約2億5217万年から約6600万年までの「中生代」に形成された地層の「中・古生層」や「変成岩」「花崗岩」類などの「基盤岩」が広く分布し、東北側には約 2303万年前から約 258万年前までの「新生代新第三紀」以降の地層が厚く堆積しているという。

南アルプスと中央アルプス😐😐😐まだ春遠き冬の姿を見せている

2022-02-20 17:00:00 | 四季

厳しい冷え込みと降雪の一週間だった。「春よ 遠き春よ 瞼閉じればそこに」(「春よ、来い」)や「明日 春が来たら 君に逢いに行こう」(「明日、春が来たら」)を何となく心に浮かべながら、厳しい冬の姿を見せる中央アルプスや南アルプスの山々を眺めた。

 ❖ 木曽山脈(中央アルプス)  再掲(写真は更新)
長野県の木曽谷と伊那谷を眼下に南北に連なる山脈で、「飛驒山脈(北アルプス)」「赤石山脈(南アルプス)」とともに日本アルプスと呼ばれる
◇ ◇ ◇
最高峰は「木曽駒ヶ岳」(標高2,956メートル)で、2020(令和2)年3月27日「中央アルプス国定公園」に指定されたが、「飛驒山脈(北アルプス)」は1934年(昭和9年)12月4日「中部山岳国立公園」に、「赤石山脈」は1964年(昭和39年)6月1日「南アルプス国立公園」に指定されている。

 ❖ 空木岳  再掲(写真は更新)
「空木岳(うつぎだけ)」(標高2,864メートル)山頂一帯は花崗岩の岩場とその砂礫地だが、「木曽山脈(中央アルプス)」では「木曽駒ヶ岳」(標高2,883メートル)に次いで標高の高い山で、深田久弥「日本百名山」に選定されている。
◇ ◇ ◇
伊那谷側から春の残雪を眺めると、頂上だけが満開の「卯木(ウツギ)」の花のように美しく残って見えることから、山名になったと言われている。

 ❖ 南駒ヶ岳  再掲(写真は更新)
岩場の山として人気があるという「南駒ヶ岳(みなみこまがたけ)」(標高2,841メートル)は、木曽山脈の主稜線にあって、北の「空木岳(うつぎだけ)」から南の「越百山(こすもやま)」(標高2,614メートル)へ続く南北の縦走ルートになっているが、雪形「五人坊主」は、古くから農事暦として農耕の目安に用いられて来たという。
◇ ◇ ◇
稜線下に広がる「摺鉢窪カール」縁で、現在も山肌が大きく崩れ落ちる「百間ナギ」と呼ばれる大規模崩落地を抱えている
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南に仙涯嶺(せんがいれい)」(標高2,734メートル)が連なり、「摺鉢窪カール」北には「赤椰岳(あかなぎだけ)」(標高2,798メートル)と、さらに「田切岳(たぎりだけ)」(標高2,730メートル)が連なる。

 ❖ 赤石山脈(南アルプス)  再掲(写真は更新)
「長野県」「山梨県」「静岡県」に連なる山脈で、我が国第2位の高峰「北岳」(標高3,193メートル)や山脈名来由の「赤石岳」(標高3,121メートル)など9つの3,000メートル超峰があって、10の山が「日本百名山」に選定されている
◇ ◇ ◇
「赤石山脈(南アルプス)」の山容は、険峻な「飛驒山脈(北アルプス)」に対し、なだらかな山が多いとされるが、比較的新しい隆起で浸食が進んでいないためだと考えられているという。現在も世界有数の年間4ミリメートルほどの隆起速度で隆起が続いているという

 ❖ 仙丈ヶ岳  再掲(写真は更新)
「赤石山脈(南アルプス)」主稜線上にあって、3000メートル超峰最北端の山(標高3,033メートル)だが、多くの高山植物が見られる比較的なだらかな女性的な山容で、「南アルプスの女王」とも呼ばれるという。
◇ ◇ ◇
深田久弥「日本百名山」、岩崎元郎「新日本百名山」、田中澄江「花の百名山」「新・花の百名山」に選定されている。
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「北沢峠」(標高は2,032メートル)まで交通の便が良く、多くの登山道も整備されていて、我が国3,000メートル級の山の中では登頂しやすいと言われている。

 ❖ 北岳 
「北岳(きただけ)」は、深田久弥「日本百名山」、田中澄江「新・花の百名山」に選定されている山梨県南アルプス市にある標高3,193メートルの山で、知名度において「富士山」(標高3,776メートル)とその差は大きいが、我が国第2位の高峰だ。
◇ ◇ ◇
「赤石山脈」の北部に位置して、その南稜線上には「間ノ岳(あいのだけ)」(標高3,190メートル)「農鳥岳(のうとりだけ)」(標高3,026メートル)など「白根山系」の山々が連なっている。
◇ ◇ ◇
山体は中生代(約2億4800万年前から約6500万年前まで)の地層の堆積岩から構成されているという。

 ❖ 甲斐駒ヶ岳 
全国に18あるという「駒ヶ岳」の名前を持つ山々の中で最高峰の「甲斐駒ヶ岳(かいこまがたけ)」(標高2,967メートル)は、なだらかな稜線が連なる「赤石山脈」にあって、例外的に峻険な山容で、深田久弥「日本百名山」、岩崎元郎「新日本百名山」、田中澄江「新・花の百名山」に選定されている山だ。深田久弥は、「日本の十名山を選べと言われたとしても、私はこの山を落とさないだろう」と絶賛したという。

 ❖ 荒川岳  再掲(写真は更新)
「荒川岳(あらかわだけ)」は、深田久弥が「日本百名山」に数える「悪沢岳(わるさわだけ)/東岳(ひがしだけ)」(標高3,141メートル)と南に連なる「中岳(なかだけ)」(標高3,083メートル)「前岳(まえだけ)」(標高3,068メートル)の「荒川三山」とも呼ばれる三つの山の総称で、一帯は氷河によって削られた地形であるカール(圏谷)が数多く見られるが、山頂にかけて森林限界のハイマツ帯で、高山植物のお花畑が広がり、ライチョウの生息地としても知られている。

 ❖ 赤石岳  再掲(写真は更新)
深田久弥「日本百名山」、岩崎元郎「新日本百名山」に選定されている長野県と静岡県にまたがる標高3,121メートルの山で、山名は山体を構成する「ラジオラリア板岩(赤色チャート)」に由来すると言われるが、南アルプスの山脈名「赤石山脈」来由の山でもある。
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南アルプスでは、「富士山(ふじさん)」(標高3,776メートル)に次ぐ高峰「北岳(きただけ)」(標高3,193メートル)や「間ノ岳(あいのだけ)」(標高3,190メートル)「悪沢岳(わるさわだけ)」(標高3,141メートル)に次ぐ標高だが、国内では氷河の痕跡がある最南端の山で、北の「小赤石岳(こあかいしだけ)」(標高3.081メートル)から「赤石岳(あかいしだけ)」(標高3,120メートル)の山頂にかけて森林限界のハイマツ帯で、高山植物のお花畑が広がり、ライチョウの生息地としても知られている。

諏訪湖😐😐😐氷結したが待望の四年ぶり「御神渡り」出現はまだまだ

2022-01-17 18:00:00 | 国内旅行


寒気に包まれて「諏訪湖」が氷結した。しかし、待望の四年ぶり「御神渡り」出現はまだまだ…か。
宮坂清「八劔(やつるぎ)神社」宮司の曰く「この冷え込みが、あと4~5日続くと、氷の厚さが10cmくらいになってきます。氷脈が出来てくれるのでは…という期待を、大きく持っています」と。



 ❖ 諏訪湖 
「糸魚川静岡構造線」と「中央構造線」が交差する長野県中央部「諏訪盆地」にある断層湖で、「天竜川」の源流となっているが、「八ヶ岳(やつがたけ)」などの火山地から流入する「上川(かみがわ)」「宮川(みやがわ)」「砥川(とがわ)」などによる土砂の堆積が激しく、埋め立て工事もあって面積は縮小しているという。
◇ ◇ ◇
面積約12.8平方キロメートル、周囲約16キロメートル、湖面標高 759メートルで、平均水深約4.7メートル、最大水深部でも 6.3メートルにすぎないが、湖岸には温泉が多く,湖底にも湧出口があるという。
◇ ◇ ◇
周辺の岡谷市、下諏訪町、諏訪市には、「諏訪大社」や「高島城」などのほか美術館や博物館が点在するなど観光スポットが数多く存在する。また、毎年8月には打ち上げ数4万発という日本有数の規模をもつ「諏訪湖祭湖上花火大会」が開催されるほか、9月には「全国新作花火競技大会」も開催されている。

 ❖ 御神渡り 
全面氷結した湖や沼の氷が堤状にせり上がる自然現象で、「諏訪湖」のものが知られている。伝説では、「諏訪大社上社」の男神「建御名方神(たけみなかたのかみ)」が「諏訪大社下社」の女神「八坂刀賣神(やさかとめのかみ)」へ会いに通った道とされている。
◇ ◇ ◇
「御神渡り」が現れた年の冬には、特殊神事「御渡り神事(みわたりしんじ)」が、「八剱(やつるぎ)神社」の神官により行われる。これは「御渡り」を拝観して、氷への亀裂の入り方などを「御渡帳(みわたりちょう)」などと照らし、その年の気候農作物の作柄、世の中の吉凶などを占いまとめた「御渡注進状」を、「諏訪大社上社」の神前に捧げるという神事だ。その年の天候によって「御神渡り」の観測されないこともあるが、「明けの海(あけのうみ)」と呼び、「注進式」は行われる。
◇ ◇ ◇
平安時代末期の歌人「西行(さいぎょう)」(1190/建久元年~1118/元永元年)の私家集「山家集(さんかしゅう)」(成立年未詳 3巻 1569首)に「春を待つ諏訪のわたりもあるものをいつを限にすべきつららぞ」とあることから、古く平安時代末期には呼称があったと考えられているという。
◇ ◇ ◇
「御神渡り」の記録は、1443(嘉吉3)年から1681(延宝9/天和元)年の「当社神幸記(とうしゃしんこうき)」、1682(天和2)年からの「御渡帳(みわたりちょう)」があり、現在まで毎年記録され続けているという。

 ❖ 八劔神社 
全国に鎮座する「八劔(やつるぎ/はっけん)神社」だが、ここ「諏訪市小和田」の「八劔神社」は、JR中央本線「上諏訪駅」から徒歩約12分、中央自動車道「諏訪インターチェンジ」から車約10分にある旧社格「県社」で、「諏訪大社上社」の「摂社(せっしゃ)」(本社の祭神と縁故深い神を祀る本社と末社の中間に位する神社)だ。社は始め当時の「高島の里」で現在の「高島城址」の場所にあったというが、築城にあたって1590(天正18)年に現在地へ遷座したという。
◇ ◇ ◇
「諏訪大社」祭神「建御名方神(たけみなかたのかみ)」の父神「大国主神(おおくにぬしのかみ)」の異称「八千矛神(やちほこのかみ)」を主祭神に、第12代「景行天皇」の皇子で記紀伝説上の英雄「日本武尊(やまとたけるのみこと)」と、第15代「応神天皇」の諱である「誉田別尊(ほむたわけのみこと)」を祀っている
◇ ◇ ◇
初代高島藩主「諏訪頼水(すわよりみず)」(1571/元亀元年~1641/寛永18年)が城の鎮護神社として以来、歴代藩主が生まれた土地の守り神「産土神(うぶすながみ)」として、崇敬の念を寄せて来たという。
◇ ◇ ◇
現在は「小和田地区」の氏神として信仰を集めるというが、同神社が守り伝えて来た1682(天和2)年以降の「御渡り」拝観を記録した「御渡り帳」は、現在も書き継がれているという。


厳しい冷え込みの朝😐😐😐広がるモノクロームの世界を愉しむひと時がここにある

2022-01-08 10:00:00 | 四季


夜間の降雪と厳しい冷え込みで迎えた朝は、モノクロームの世界となって広がった木々が、凍てつくひと時を愉しませてくれる。
厳しい冷え込みは、またその厳しさを忘れるひと時を、提供してくれる。


新年おめでとうございます☺️☺️☺️今年もよろしくお願いいたします

2022-01-01 18:00:00 | 神社仏閣
昨年末、初詣への準備が進む「諏訪大社」四社を、巡りました。
諏訪大社上社本宮 幣拝殿
諏訪大社上社前宮 本殿

諏訪大社下社秋宮 神楽殿
諏訪大社下社春宮 神楽殿

諏訪市「上社本宮(かみしゃ ほんみや)」と茅野市「上社前宮(かみしゃ まえみや)」、下諏訪町「下社秋宮(しもしゃ あきみや)」、下諏訪町「下社春宮(しもしゃ はるみや)」の四ヶ所に境内をもち、軍神・農耕神・狩猟神「お諏訪さま/諏訪大明神」として信仰される「諏訪大社(すわたいしゃ)」は、全国に一万社を超えるという「諏訪神社」の総本社だ。「建御名方神(たけみなかたのかみ)」とその妃神「八坂刀賣神(やさかとめのかみ)」を主祭神とし、旧社格「官幣大社」で神社本庁の「別表神社」だが、記録に示される「上社」「下社」の区分けは、1180(治承4)年が初出だという。
◇ ◇ ◇
「建御名方神」は、「高天原(たかまがはら)」系の大和朝廷の神々「天津神(あまつかみ)」の主宰神「天照大神(あまてらすおおみかみ)」に対し、我が国の古称「葦原中国(あしはらのなかつくに)」系の土着の神々「国津神(くにつかみ)」の代表的な神「大国主神(おおくにぬしのかみ)」の次子で、「高天原」から派遣されて「国譲り」を承諾させた「建御雷神(たけみかづちのかみ)/建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)」への抵抗を発端に「州羽の海(すわのうみ)」に逃れることになったとされる。
◇ ◇ ◇
一方、「建御雷神/建御雷之男神」にすぐに服従したと言われる兄神「八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)」は「下社」で合祀されるが、大和朝廷との縁は深く、娘「媛蹈鞴五十鈴媛(ひめたたらいすずひめ)」(「古事記」では「比売多多良伊須気余理比売(ひめたたらいすけよりひめ)」)が初代皇后で神武天皇の岳父となり、皇室の守護神として祀られているという出雲系譜の神だ。
◇ ◇ ◇
「国津神」の主宰神「大国主神」次子「建御名方神」は、「建御雷之男神」との「力競べ」に敗れて、「州羽の海」に逃れたが、進出による狩猟系先住民族との争いに勝利し、出雲系稲作民族を率いる「建御名方神」子孫「諏訪氏(後に『諏方氏』)」が、「諏訪大明神」の「依代(よりしろ)」として現人神の地位「大祝(おおほうり)」に就いて諏訪地方に君臨したとされる。世襲は1871(明治4)年の「太政官布告」による神職の世襲制度が廃止されるまで続いたという。
◇ ◇ ◇
「下社」神官の最高位「大祝」は、皇族を祖先とする氏族「皇別(こうべつ)」の「科野国造(しなぬのくにのみやつこ)」後裔と言われる「金刺(かなさし)氏」が務めたが、「上社」と「下社」の対立は続き、戦国時代の1518(永正15)年「上社大祝」の「諏訪頼満(すわ よりみつ)」(1473/文明5年~1540/天文8年)によって、断絶に至ったと伝わる。
◇ ◇ ◇
「諏訪大社」は「上社前宮」以外に神霊を安置する社殿「本殿(ほんでん)」がなく、「幣拝殿」と「片拝殿」のみで、社殿の四隅に「御柱」が建つ「諏訪造り」という独自様式で、「上社本宮」は「守屋山」を御神体、「下社秋宮」は「櫟」、「下社春宮」は「杉」を御神木としている。「本殿」にあたる社殿といわれる二つの「宝殿」の一方に納められた「神輿(みこし/しんよ)」は、6年ごとに遷座するという。
◇ ◇ ◇
なお、「下社」の祭神は半年毎に遷座される。「秋宮」から「春宮」へ遷座する「遷座祭(せんざさい)」は2月1日に、「春宮」から「秋宮」へ遷座する「御舟祭(おふねまつり)」は8月1日に行われる。
諏訪大社上社本宮 勅願殿
諏訪大社上社本宮 拝所
諏訪大社上社本宮 幣拝殿
 ❖ 諏訪大社 上社本宮 
「上社本宮」は「守屋山(もりやさん)」を御神体とし、「幣拝殿」と「片拝殿」のみで「本殿」がなく、社殿の四隅に「御柱」が建つ「諏訪造り」という独自様式だが、1964(昭和39)年に指定を受けた「長野県天然記念物」の落葉樹自然林「社叢」に相応しい質実森厳な趣をもって、その姿を見せてくれる。
◇ ◇ ◇
「拝所」は、1983(昭和58)年12月26日に、国の「重要文化財」に指定されているが、一般参詣者が進むことのできる最終の社殿で、ここから恒例祭典や重要神事の場である「幣拝殿」への参拝をおこなう
◇ ◇ ◇
現在の「幣拝殿」は、1835(天保6)年に左右「片拝殿」「脇片拝殿」とともに、宮大工「二代目立川四郎富昌(たてかわ わしろう とみまさ)」(1782/天明2年~1856/安政3年)と地元の宮大工「原五左衛門親成」によって上棟されたという。1983(昭和58)年12月26日に、国の「重要文化財」に指定されている。
◇ ◇ ◇
御神体「守屋山」に向かって建てられた「勅願殿(ちょくがんでん)」は、1690(元禄3)年の建立とも、1847(弘化4)年の再建ともいわれるが、2016(平成28)年に国の「重要文化財指定」を受けた社殿だ。「勅願」とは「勅命による祈願」「天皇の祈願」が本来の意味だが、ここ「諏訪大社上社本宮」では、古く「祈祷所」と記された祈祷をおこなう場所で、「幣拝殿」が「諏訪大社」の恒例祭典や重要神事を斎いおこなう場所であるのに対し、「勅願殿」は個人私事の祈祷をおこなう場所だったという。
諏訪大社上社前宮 御神燈
諏訪大社上社前宮 拝殿
諏訪大社上社前宮 拝殿
諏訪大社上社前宮 内御玉殿
 ❖ 諏訪大社 上社前宮 
「諏訪大社 上社前宮」は、主祭神の「建御名方神」とその妃神「八坂刀賣神」が、最初に居を構えた「『本宮』以前にあった宮」で、諏訪信仰発祥の地と伝えられている。
◇ ◇ ◇
 「諏訪大社」の中で唯一「上社前宮」だけが持つ「本殿」は、主祭神「建御名方神」とその妃神「八坂刀賣神」が鎮まり坐すと伝えられる「御神陵」を奥に控える。「拝殿(はいでん)」は、1932(昭和7)年に「伊勢神宮」から下賜された材で造営されたというが、質実端厳な「上社前宮」の社殿にあって、聊かの華を感じさせる社殿だ。
◇ ◇ ◇
「内御玉殿(うちみたまでん)」は、1932(昭和7)年に現在の社殿に改築されるまで1585(天正13)年造営の社殿で、「諏訪大明神」の祖霊がやどるとする「神宝」が安置されていた「上社」では最も古い建物だったという。中世まで強大力な権力で君臨し諏訪地方を支配した神職「大祝」が、神事にあたり「内御玉殿」を開いて、神宝「弥栄の鈴(やさかのすず)」「眞澄の鏡(ますみのかがみ)」「御鞍轡(みくらくつわ)」を人々に示し、現身の「諏訪明神」そのものとして神威を示威して、「諏訪明神に神体なく大祝をもって神体をなす」と言わしめたと伝えられている。
諏訪大社下社秋宮 さざれ石
諏訪大社下社秋宮 神楽殿
諏訪大社下社秋宮 神楽殿
諏訪大社下社秋宮 幣拝殿
諏訪大社下社秋宮 幣拝殿
 ❖ 諏訪大社 下社秋宮 / 春宮 
JR中央本線「下諏訪駅」から徒歩約15分、「長野県下諏訪町」の旧「中山道」と旧「甲州街道」分岐に、「下社秋宮」は鎮まり坐している。
◇ ◇ ◇
「下社秋宮」から徒歩約20分、西に「砥川(とがわ)」が流れる「下諏訪町大門」で、「下社」最初の遷座地とされる地に鎮まるのが「下社春宮」だ。
◇ ◇ ◇
「神楽殿(かぐらでん)」はその名称のとおり雅楽や舞を奉納するほか祈願も行う建物だ。「下社秋宮」の「神楽殿」は、宮大工「立川和四郎二代目富昌」によって、1835(天保6)年に上棟され、1983(昭和58)年に国の「重要文化財」指定を受けている。一方、「下社春宮」の「神楽殿」は、天和年間(1681~1684)の造営といわれるが、その後修改築が繰り返され、1936(昭和11)年に大改修されて現在に至っているという。同一の図面で建築されたというが、「下社秋宮」より小ぶりの建物で、施されている彫刻も異なっている。
◇ ◇ ◇
「幣拝殿」は、地元宮大工の立川流初代「立川和四郎(たてかわわしろう)富棟(とみむね)」(1744/延享元年~1807/文化4年)が「秋宮」を、大隅流「柴宮/伊藤長左衛門矩重(のりしげ)」(1747/延享4年~1800/寛政12年)が「春宮」を、同じ図面で請け負って、技を競ったといわれる。
◇ ◇ ◇
その「幣拝殿」は、参詣者が神前に奉献する「幣帛(へいはく)」を捧げる社殿「幣殿(へいでん)」と、拝礼を行うための社殿「拝殿」が、一棟の楼門形式「二重楼門造り」になった「幣拝殿」を中央に、「右片拝殿」「左片拝殿」を並べた祭祀と拝礼のための「下社」独自の様式の建物だ。「下社秋宮」と「下社春宮」の「幣拝殿」は、いずれも1983(昭和58)年に、国の重要文化財に指定されている。
諏訪大社下社春宮 大鳥居
諏訪大社下社春宮 神楽殿
諏訪大社下社春宮 幣拝殿
諏訪大社下社春宮 幣拝殿