陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

働かせかたは、法律だけでは解決しない(四)

2018-09-02 | 仕事・雇用・会社・労働衛生

日本の労働者の実に四割が非正規労働者という、驚くべきデータがあります。(総務省の2017年「労働力調査」)
就職氷河期に正社員になれなかった人。時間の融通が利くので、低賃金労働に就いたままの人。学卒時に介護など家庭の事情で就活を諦めた人。結婚出産のために専業主婦になり、その後パートタイム労働を選んだ人。ブラックな中小企業を退職し、福利厚生の優れた大企業や公法人の非正規社員としてあえて留まるという人もいます。

断言はできませんが、日本の労働社会では30歳までにそれなりの学歴や資格取得歴がなければ、正社員雇用が難しいとされてきました。
ところが、現在は人手不足のため軒並み求人倍率が高く、人気の高い職種(事務系など)を除けば、再就職もしやすくなっています。人手不足なので黒字でも廃業してしまう企業もあり、政府がとうとう外国人労働者受けいれ枠を広げる動きをみせる。転職の35歳限界説ではなく、それなりのキャリアがあれば40歳過ぎでも正社員になれるチャンスはあります。しかし、正社員といえども経営難の中小企業では人減らしのために、一人当たりの業務過多が多かったり、暗黙のサービス残業を強いられた上にボーナスが支給されなかったり、引き継ぎ不十分で業務に混乱をきたしたというケースをよく聞きます。

公法人の非正規職員と、中小企業の正社員とを経験した自分からすれば。
経営母体が大きな職場は、たとえ非正規であってもそれなりに優遇されています。健康診断や安全衛生のセミナーなどが業務時間内に受けられ、有給休暇も取得しやすい。健康保険でも優遇されるサービスを受けられますし(インフルエンザ接種料金が支給されるなど)、また最新の情報システムを利用した業務に従事できます。ただし、組織が大きければ業務が細分化されてしまうので、一部の専門特化になりがちではあるのですが。親や配偶者の体裁があって、あるいは勤め先のネームバリューにこだわるあまり、長年、非正規社員を続けているという人もいます。

ただ、こうした非正規社員がもはや多数になっている職場では、非正規と正規との間にかなりの溝ができていることが多いもの。正社員が契約社員やパートタイム労働者、もしくは派遣社員に対して差別的発言をしたり、立場上の優位を利用して過重労働を強いたりする。中小企業ではそこの正社員の給与よりも派遣企業に払うマージンが割高になるため、正社員がやりたがらない危険で過酷な業務を派遣社員に押し付けがちになります。聞き捨てならない言葉で敢えて言わせてもらえば、まるで、現代の奴隷制度ですよね…。

労働契約法では、正規と非正規との不合理な格差を禁じていますが、実行力がありませんでした。この6月に、非正規社員の待遇改善を促す最高裁の判決が下されました。それを受けて、今回の法改正が果たされたわけです。

今回の「同一労働同一賃金」のポイントは。
・業務、責任範囲、勤続年数が同じであれば、基本給、賞与などは同額に
・合理的な理由(責任範囲、業務貢献度)あれば、賃金格差は容認される。労働者からの求めに応じて、待遇格差の説明義務がある。
・通勤手当、出張旅費、福利厚生(食堂・休憩室利用、慶弔休暇など)は同じに


日本の非正規雇用者は、2017年に2036万人。
地方圏では中小企業の基本給よりも、大手企業や官公庁の非正規職の給与のほうがわずかに上回ることもあります。すでに多くを非正規労働者が占め、彼ら彼女らの奮闘なしには現場が立ち行かないこともあります。日本の女性労働者は結婚育児のためにキャリア中断し、非正規雇用として再就職するケースがあり(いわゆるM字カーブ現象)、年収の高い夫と結婚していれば世帯収入のバランスがとれていました。ところが、近年は、独身男女がずっと非正規のままで結婚したくともできず、社会保険も加入できないまま、高齢親の介護で失職し困窮に陥る事例が増えています。大企業勤めの配偶者が失職して再就職できず、パート勤めの専業主婦(主夫)が家計の支え手になってしまうことも珍しくはありません。待遇への不満で労働意欲を失くし、キャリア形成もできなくなっている。非正規職の待遇改善は多くの労働者にとっては救いとなるはず…。

しかし、非正規職が正規職並みに待遇改善されるとは限らない。
トヨタ自動車は18歳未満の子をもつ期間従業員に家族手当支給を決定。いっぽう、日本郵政グループは、転居無しの正社員の住居手当を廃止。正社員の賃金引下げに反発し、企業がやむなく定年延長制度で妥協させた事例も。

高齢者雇用促進法により、定年延長し65歳までの再雇用を保障しているところもありますが、再雇用での非正規職は賃金が下がります。高所得の研究開発者でも部門が閉鎖して会社から退職勧奨を受けることがありますし、過重労働のストレスで退職せざるを得なくなることもありえます。

今回の法改正は、労基法に規定された「労働者」のためのものですが、定年後に会社に雇用されない生き方を選んだりする人もいます。
被用者にならない働き方はストレスフリーですが、しかし、生活の糧にはかなり苦しみます。毎月、決まったお金が入らないと暮らしていけない人、所属価値がないと自信がない人にはお勧めできません。自分で仕事の人間関係やお金の出入りをうまく抑制でき、健康にも留意できる、家族を路頭に迷わせず、家族の理解が得られる、思いやりと覚悟がある人でないと向いていません。しかし、そもそも、日本はかつて、農業や個人商店、職人などの自営業が多くて、それでものんびり暮らしていけたんですよね。しかし、農業の効率化や技術革新で失業者が生まれ、大店法の改正で小資本のお店が潰され、月給取りが多くなったのです。20年前と比べると自営業者はほぼ半分の500万人超程度に減っています。さらに、今後はA.I.技術の飛躍で、多くの雇用者が仕事を奪われると予想されています。

けっきょくのところ、社員に社会保険や福利厚生という恩恵を与える代わりに、会社は労働で縛りつけるという関係性によって、日本の働かせ方は成り立っています。私が子供の頃は、日本では30年もしたら会社員なんて身分はなくなると預言されていましたけど、なくなるどころか事業廃業して被用者になってしまう人が多いのが現状でしょう。



働かせかたは、法律だけでは解決しない(目次)
2018年6月29日に改正成立した働き方改革関連法により、日本の労働慣行は大きく変わるのか? 労働対価を時間で計っていた慣行からの脱却、金銭的な待遇の格差是正があったとしても、「労働者」と「使用者」との間にある本質的な、不幸な不和が消えない限りは日本の労働現場での痛ましい事故や事件はなくならないだろうと思われる。



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