ふたりは石段の両脇を固める木立が少なく、視界が開けた箇所にさしかかった。
雲の切れ間から覗いた月が強く輝いていて、さしもの懐中電灯もお役御免とばかりに、足もとは急に明るくなった。
自分の動作を裏切らないようについてくる影を、いつのまにか追いかける恰好になった。
もの寂しい夜行路にお仲間が増えたようで、じんわりと気持ちもほぐれてくる。
しかし、いささか縦に縮んだ黒い輪郭の自分が太すぎやしないか、と姫子は案じて、紅いベストの脇腹やら裾やらをつまんでは横にひろげている。真琴はおかしくて、くくく、と笑いを洩らしている。姫子は軽い肘鉄を一回お見舞いしてやった。
姫子は不意に誰かにつけられているのではないか、という気がした。
背中に気味の悪い視線を感じ、二人にしては足音が賑やかに聞こえる。ひょっとしたら、隣の真琴がまた脅かそうとして、どたどたと踏み鳴らしているのか。確かめようと自分が足を止めれば、数秒遅れて後ろの足音もぱたりと消える。しかも靴音というよりは、濡れた路面と擦れあって高く響く草履のような音だった。先を進んでいた真琴は、少し歩いては足をとめ、止めては進むを繰り返す姫子を不思議がっている。
「姫子、どうかしたか?」
「ん、なんでもない」
先刻の水田を前にした歩路での一件を思い返せば、これもやはり空耳かもしれない。
まさか、ほんとに川で溺れた人を写した写真を暴かれるのが嫌で、幽霊になって尾行されている──なんてホラーめいたことは、どうあっても信じたくはなかった。だったら、まだしも真琴がでまかせに語ってくる学園七不思議のほうが、気が紛れるというものだ。
「え、と。次は第五の怪だね。理科室あたりが舞台かな?」
「おおっ、勘がするどくなってきたな、姫子くん。いいぞ、いいぞぉ」
「褒められても嬉しくないよ」
別にそれを喜んで聞きたいのでもないが、真琴が喋り出すと、例の足音の気配も、闇に潜む気味の悪いまなざしも気にならなくなった。理科室の不気味な白骨標本や、哀れなホルマリン漬けのカエルや、内臓のおもちゃを腹に詰め込んだハムのような筋肉の模型を想像するほうが、まだ恐ろしくはない。
「んじゃ、ま。ご期待どおり、第五の怪を話してしんぜよう。ターゲットは、夜の理科室でひとりきり、実験道具を片づけていた女子学生。と、そこへ白衣を身につけた眼鏡の女が後ろから近づいてきた。彼女はもの言わず、その女の子の制服に手をかけてだな…」
「あっ…!」
真琴がいきなりベストをつかみ、タイをほどこうとしたので、姫子はすかさずその手のひらを払った。払うというより、ぺちり、と肌がうなるほど思いっきり叩いた。こんなところで、襲われたらたまらない。