陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

思想を噛みしめるように本を読む

2024-11-16 | 読書論・出版・本と雑誌の感想

数年ぐらい前から断続的の本の断捨離をおこない、蔵書を一定数に保つようにしています。
その厳選された書棚を眺めて、つらつら思ったことは、年ふりて手元へ残る本のほとんどは手軽に読める文庫サイズ、さらにわかりやすい言葉で書かれているものが多いということ。

転職を繰り返すたびに買った業界本や関連資格本は情報の鮮度が落ちやすく、けっきょく手放すことになります。その一方で、手堅く、何度も読みやすいのは古典として読み継がれてきた文学や思想書であったりもする。

本を読むことは、著者の思考を自分に憑依させるようなものです。
仕事人として成功したいと思えば、それなりのキャリアを築いたビジネスマンの訓戒じみた本を。経済に不安があれば、社会保障や税金、金融関係の本を。暮らしに豊かさを求めたいならば、節約やお片付けの作法。なにごとかトラブルがあれば、法律や裁判手続きなどのガイド。健康不良になったときは、医療関連やヘルスケア、メンタルマネジメントの書。苦手だったのはIT関連の本で、ディープラーニングだとか、プログラミングだとかは少し覗いたけれども、私にはハードルが高そう…と表紙を撫でるだけに終わります。ゴリゴリに凝った脳をほぐすために、クスっと笑えるようなエッセイもいいですね。

どんな本を読んできたか、選ぼうとしてきたか。
その結果で、その時々の自分の望み、もしくは悩みがわかります。自分に足りないものだから、同じように苦しみ、乗り越えてきた先人の知恵にすがりたくなるのです。

毎年購入している手帳の後ろの余った頁に、読書して印象に残ったフレーズを書き留めていくのですが、この作業がある意味、写経のようで、精神的に落ち着くことがわかりました。もともと、講演やらテレビのトークやらでリスニングするよりも、視覚的に見た情報をまとめるほうが得意でしたから。

「幸せになろう」「こころ豊かに」「自然を愛して環境に優しく」「他人には寛容に」「勤勉実直に」「意志を曲げず目的に邁進」「心身充実を」
こうしたまっすぐな青青しい若木のような、あるいは匂いやかな華のような、美辞麗句を浴びて、浴び続けると、胸が膨らんで明るいもので満たされた心地になります。その言葉を耳にしただけで、うっとりと、それができるような謎の万能感に包まれる。

ところが、ほんのささいな生活上の不満がふくれあがって、自分の中心においたはずの信条がしぼんでしまったりするもの。
ネガティブ思考がむくむく湧いて、不機嫌になってしまう。慌てて、本を読んで、自分の精神を復帰させる言葉を頁をめくってはめくっては探すのです。批判的なワードが飛び交うSNSやニュースサイトを眺めていると、自分の何かがどす黒くなっていく。だから、洗浄しないといけない、きれいな言葉で。

ここ最近は、漫画にせよ、小説にせよ、娯楽という楽しみ方のみならずに。
落ち込んだ時の自分回復用の効果がどれくらいあるか、というものさしで本を選り抜くようになりました。この作家ならハズレがないと信じていた著作でも、馬が合わなくなってくることもあります。これは作者と読者の感性の分かれ道なので、どうしようもありません。

図書館に出向いても、書店に足を運んでも、あるいはウェブ上のレヴューでも、たくさんの本が溢れています。
しかし、限られた人生の時間で、いくどもいくども、噛みしめるように著者の思想を頭になじませ、叩き込みたい。そうした本はすでに物故者の場合が多いものです。本人がすでにこの世にいないことで、言説が研ぎ澄まされ結晶化されているので、文字として読みやすく、その生き様に不純な感想を抱かないから、というべきなのかもしれません。


(2024.11.11)


読書の秋だからといって、本が好きだと思うなよ(目次)
本が売れないという叫びがある。しかし、本は買いたくないという抵抗勢力もある。
読者と著者とは、いつも平行線です。悲しいですね。





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