威勢良く油の弾ける音がする。
厨房の熱せられた空気を漂って届く、香ばしい風味。植物油のかおりが鼻をくすぐる。
方形の白い物体が油っぽい気泡を集めながら、鉄鍋の底を滑るように沈んでいく。
狐いろに染められた油熱の衣を纏って、どろりとした液体の中から順次に掬い上げられる。
最初は慣れなくて、形の崩れたものもあるけれど。
利休鼠の陶器に盛られて、葱やしめじなどで彩りを添えて。仕上げに、とろみのある飴いろの出汁と片栗粉で溶いた餡をかける。艶やかに光って、心なしか見映えが良くなった。
初めてにしては上出来だと思う。人知れず少女の唇から小さな笑みがひとつ零れる。
見てくれはいい。では中身はどうだろう?
菜箸で、その物体の端をほぐして、ひと口分を頬張る。
「う~ん、こんなものかな?」
独り言めいて小首を傾げると、紅茶いろの髪を纏めた紅いリボンが微かに左右に揺れる。
長い後ろ髪で隠されていた、華奢な腰元が覗かれる。
純白のエプロンの、背中を交差する二本の紐の結び目。
それは頭部と色鮮やかに対をなす二羽の蝶のように、舞い交わす。
少女の唇は喜びで弾み、ハミングが洩れ聞こえてくる。キッチンの戸口に、人影があるのに気づきもせず。
「姫子、それはなあに?」
見るからに心地好い笑顔を用意して、黒髪の少女が優しく声をかける。
目前の作業に熱心な細い背中に、それは穏やかに届けたつもりだった。姫子の口ずさむ旋律に、ちょっとした伴奏を加えるようなつもりで。
けれど。
その彼女は、大仰に振り返った。予想し得ないような、驚き具合で。
「あっ、千歌音ちゃん?!ちょっと待って!」
慌てふためいた姫子は、できあがった卓上の料理を、背中で覆い隠してしまう。
張り手するように拡げられた右手が、数メートル先の千歌音の足を牽制する。理由もなく問いかけを拒まれたことに、千歌音の胸が針でつつかれたような痛みを覚えた。理性で外側をかためた心から、いやな感情の膿が洩れだしてくるような疼きがする。
──あの姫子が、この私に、その答えを、くれないなんて…。
姫子にむりやりな微笑みを向けながら、思考がたどった最悪を千歌音は口にしてしまっていた。
「なあに?私には秘密なの?他の誰かに差し上げるもの?…もしかして……大神君…」
【目次】神無月の巫女二次創作小説「最高の晩餐」
厨房の熱せられた空気を漂って届く、香ばしい風味。植物油のかおりが鼻をくすぐる。
方形の白い物体が油っぽい気泡を集めながら、鉄鍋の底を滑るように沈んでいく。
狐いろに染められた油熱の衣を纏って、どろりとした液体の中から順次に掬い上げられる。
最初は慣れなくて、形の崩れたものもあるけれど。
利休鼠の陶器に盛られて、葱やしめじなどで彩りを添えて。仕上げに、とろみのある飴いろの出汁と片栗粉で溶いた餡をかける。艶やかに光って、心なしか見映えが良くなった。
初めてにしては上出来だと思う。人知れず少女の唇から小さな笑みがひとつ零れる。
見てくれはいい。では中身はどうだろう?
菜箸で、その物体の端をほぐして、ひと口分を頬張る。
「う~ん、こんなものかな?」
独り言めいて小首を傾げると、紅茶いろの髪を纏めた紅いリボンが微かに左右に揺れる。
長い後ろ髪で隠されていた、華奢な腰元が覗かれる。
純白のエプロンの、背中を交差する二本の紐の結び目。
それは頭部と色鮮やかに対をなす二羽の蝶のように、舞い交わす。
少女の唇は喜びで弾み、ハミングが洩れ聞こえてくる。キッチンの戸口に、人影があるのに気づきもせず。
「姫子、それはなあに?」
見るからに心地好い笑顔を用意して、黒髪の少女が優しく声をかける。
目前の作業に熱心な細い背中に、それは穏やかに届けたつもりだった。姫子の口ずさむ旋律に、ちょっとした伴奏を加えるようなつもりで。
けれど。
その彼女は、大仰に振り返った。予想し得ないような、驚き具合で。
「あっ、千歌音ちゃん?!ちょっと待って!」
慌てふためいた姫子は、できあがった卓上の料理を、背中で覆い隠してしまう。
張り手するように拡げられた右手が、数メートル先の千歌音の足を牽制する。理由もなく問いかけを拒まれたことに、千歌音の胸が針でつつかれたような痛みを覚えた。理性で外側をかためた心から、いやな感情の膿が洩れだしてくるような疼きがする。
──あの姫子が、この私に、その答えを、くれないなんて…。
姫子にむりやりな微笑みを向けながら、思考がたどった最悪を千歌音は口にしてしまっていた。
「なあに?私には秘密なの?他の誰かに差し上げるもの?…もしかして……大神君…」
【目次】神無月の巫女二次創作小説「最高の晩餐」