陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

ドラマ「サマヨイザクラ」

2009-05-31 | テレビドラマ・アニメ


いつもなら映画を放映する土曜プレミアム枠で放映されたのは、いま話題の裁判員制度をあつかったドラマ「サマヨイザクラ」
最近、こうした法廷ドラマがやたらと増えている。これは、刑事や推理探偵といった専門職が解決するサスペンスドラマではなく、刑事事件解決の鍵をにぎるのが一般市民の側へシフトしている流れなのだろう。
その裏にはおそらく、近年高まりつつある警察の不祥事もしくは判決への批判があげられる。

さて、このドラマ。
設定がなんとなく漫画っぽいな、と思いましたら、原作はたしかに劇画。
しかし、漫画だと侮るなかれ。なかなか社会派サスペンスの展開で、二時間弱がまったく飽きませんでした。映画にしてもいいぐらいのできだと思います。しょーもない邦画だって多いのに。日本はドラマのほうが面白いのかな。宣伝コピーがおおげさじゃないぶん。

以下、ネタバレあり。

28歳のネットカフェ難民でフリーター青年、圭一は、凶悪殺人事件の裁判員にえらばれる。
会社を退職し、派遣アルバイトで食いつなぐ彼は、極度なアニメオタクであるために恋人にも去られ、人生に絶望していた。彼は他人の罪を裁くという、このチャンスを自分の人生復帰の踏み台のように考える。

主婦三人を殺害した罪を問われたその容疑者は自分とおなじ28歳の青年、雪彦。しかも圭一とおなじ美少女アニメの愛好家だった。
雪彦を担当した若き女性弁護士は、彼の一家が長年にわたり、閉鎖的なその地域で街ぐるみの嫌がらせをうけてきたことを、しきりと訴える。「集団の悪」の被害者。その言葉は、圭一にも思いあたりがあった。彼は一年前につとめていた大手製薬会社の不正を暴こうとして失敗し、同僚や上司からの不当ないじめによって、職を辞したのだった。以来、彼は日雇いのバイトで生活し、マンションも追われて、ネットカフェで寝泊まりしてきた。
嫌がらせをしたかつての上司と町中で再会し、あやうく刺しそうにもなった。圭一は容疑者に自分を重ねてしまう。

弁護人の説得にも関わらず、反省の色のない容疑者は罪科を肯定し、死刑を求刑する。
彼は高校生のときから引きこもりになって、自暴自棄していた。さらに悪いことに、雪彦の近所に住んでいたという少女が、以前、彼にいたずらされたことがあったという、警察側の証言までとびだす。

圭一をふくむ九人の裁判員、そして三人の検察官をまじえた審理は難航する。
オタクの偏見を持つ者。集団の悪を憎むために法廷に挑んだ者。殺人即死刑の論を譲らない者。人を裁くことを恐れる者。親心から更生の可能性もあると大目にみたい者。
それぞれの人生経験、価値観がぶつかりあい、評決が右に動き、左へと迷う。五日目の裁定をくだす投票日。判定は一転する。
それを揺るがす手には、圭一を見下していたエリート検察官和泉もふくまれていた。彼はなぜ、そんな投票をしたのか?

最後の三〇分が逆転劇で、決まりかけていた量刑がみごとにひっくりかえる。
それは、圭一の一年前の行動からだった。いち裁判員にすぎない青年が、現場近くを見て回ったり、あれやこれやと推理を働かせるさまは、なんとも性急なドラマ仕立てなのですが。明かされた真相は、胸に痛むものが。

オタクの青年が主人公ですが、単純に同胞意識から仲間をすくうというような筋書きではなく、ひじょうに泥臭い人間心理が絡まっていく。
じっさいの事件ではここまで因縁だらけな人たちを集めることはないだろうけど、候補者からの正式の裁判員の選び方というのが気になる。

これを観たあと、やはり人を裁くことの難しさを感じずにはいられない。
検察官や警察へという法権力への異議申し立てともいえるし、またマイノリティ文化愛好家へのエールともうけとれる。

タイトルは、事件の現場にあった、容疑者の家の敷地にあった枯れ桜の異名。
アニメのヒロインに憧れて正義の枷をふるおうとして敗れた男。集団の悪によって家族や暮らしを奪われた人びと。みずからの呵責のために、裁判員の感情をうごかし、刑を逃れさせんとこころ砕く者。感情の害によって、うかつに死刑か回避かの決定をくだすことを恐れた者。
そんな、裁判員たちの気持ちの揺れを示している。

エンディングで、五日間の審理をおえて日常に放たれた裁判員たちが、評決をもとに人生を前向きにとらえていく姿を描いたのが好印象。
社会から隔絶した青年をテーマにしているので、視聴覚教材にして学校で放映してもいいぐらいの話だとは思う。ただ、過去の事件がネックかもしれないが。
先週に観た「ニューオーリンズ・トライアル」とは違った手応えで、おもしろかった。

原作は、漫画雑誌『漫画アクション』(クレヨンしんちゃんが載ってる雑誌ですよね、たしか)に連載された郷田マモラの漫画。
ドラマにもなった「きらきらひかる」の作者。死刑制度をテーマにした「モリのアサガオ」では、07年の文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞を受賞し、刑事事件ものをあつかうのには長けた漫画家と思われる。


(〇九年五月三〇日)


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