「それはカップ焼きそば現象ですね」
一人の千歌音の言葉に、残り二人である千歌音とかおん、三人の姫子たちは驚きを浮かび上がらせる。
そんな現象、見たことも聞いたこともない。しかし、彼女たちはいま見てしまったのだ。女神様は縛り上げられて、床に転がされていた。シティハンターよろしく、あはれ、布団に簀巻きにされている。
とある十月の午前零時。
ここは、姫宮邸の数ある大広間の客室。
重厚な木目のテーブルの左右に、ビロード張りのソファが並ぶ。入口から向かって右側には、説明役の来栖守千歌音、通称千歌ねえちゃん。および、その妹の姫子とは、仲睦まじそうな姉妹である。
その向かいには、白衣に藤袴のかおん。
マントは脱いだらしい。片膝を立てたまま小粋に座っている。いつでも臨戦態勢なのは、女神を監視しているためだった。その隣には、眼鏡のひみこ。スケッチブックを離さずにしきりとこの状況を描きとめている。みんな油断しきって、マスクなどしていない。というか、マスクをしたら誰が誰やらわからなくなるからだった。三密どころか、四密も五密もいいところである。
来栖守姫子と来栖川姫子のふたりは、手分けしてお茶を配り終わっていた。
ほんらいは侍女の乙羽にさせるべき仕事だが、この事態に招きいれたくはなかった。姫宮翁ことお爺さまの留守中にこんなことになるなんて。来栖守妹からうけとったティーカップを手元であたためながら、姫宮千歌音は憂うつだった。この前、消費税増税前の駆け込み需要で邸内の空調設備を更新したばかりなのに。
来栖守妹の姫子は、顔は似ているのに匂いが違う。どことなく都会じみた洗練さがある。
髪は後ろでふたつ分けにしているし、キャラクターもののストラップがついた携帯をいじっていたりする。今風の女子高生といった感じだ。ひょっとしたら、自分たちとは年代が異なる次元にいるのかもしれない。
一同、謎の言葉に沈黙。そのあと、姫宮千歌音が口火を切った。
「カップ焼きそば現象って、何のことかしら」
「焼きそばとカップ焼きそばは名前が似ていますが、調理方法も違いますし、味も異なります。それぞれが独自の進化を遂げたものです。かいつまんで言えば、似て非なるもの」
「要するに、ここに居合わせた私たちの存在そのもののことね」
姫宮千歌音の応答に、来栖守の姉こと千歌音がすばやく相槌を打つ。
この二人は、頭の構造が似ているのか、冷静に分析するのが得意なようだ。それに比べ、戦士のかおんは鉄火肌というか、見境なく動くタイプのようである。千歌音そっくりの女神さんときたら、もはや言わずもがな。同じにしてほしくはない。
「そうです、姫宮さん。焼きそばとカップ焼きそばとを同時に食べる人なんてめったにいませんよね。それと同じで、私たちも本来は同じ時間、同じ場所に存在などしてはならないのです」
「あは。なんだか、SF漫画みたいだねえ。レーコ先生の新作みたい」
来栖川姫子が、クッキーをつまみながらのんびりと言う。
その横で、来栖守の妹こと姫子も、ああそれそれ、いま連載中なんだよねえ、あの先生の新作! 数年ぶりのシリーズの続きなんでしょ、とうなずいてみせる。姫子がそうそう、あの作品はね…、あれ、シリーズじゃなくて新連載なんだけど…と漫画談義を咲かせる。「タピオカをふたりが恋人飲みしていたりね」「え、タピオカってなあに? 主人公は猫を飼っていて」「え、そうだっけ?」── しかし、どうも来栖守の妹の話す中身とは異なるようだ。やはり別次元に暮らす者であったらしい。それはおいといて。
【目次】神無月の巫女×姫神の巫女二次創作小説「召しませ、絶愛!」