「ふふ。姫宮千歌音さん、貴女にお会いできてうれしかったです。神無月の巫女の私たち、すばらしいおふたりでした」
来栖守千歌音が一歩近づいて、姫宮千歌音に握手をもとめた。
千歌音も微笑み返す。いつのまにか、三組のあいだで、互いの健闘をたたえ合い、別れを述べる流れになっていた。
「こちらこそ、まさか、私と姫子が姉妹になっているなんて思いもしなかった」
「私たちはもともと同じ魂をもった巫女のつがいの生まれ変わり、だそうです。私は妹と引き離されるのがいやで、神を否定しました。神を愛さず、この世の理を壊して、つくりなおそうとした。しかし、そんなことをしなくてもよかったのかもしれません。姫宮さんと来栖川さん、貴女がたお二方を見て、そう確信したのです」
姫宮千歌音が目を瞬かせする。
私たちがお手本ですって? むしろ、彼女たちの方が一年も二年も進化している関係のように思えるのだけれども。姫子と私の関係はまだ完成形ではない。互いを疑わず、信念にもとづいて身を捧げられ、血を流すことさえ厭わないと願っても、私はあまりに無力。それができるのは──きっと、あのふたり…。
千歌音は、かおんとひみこの二人をちらりと覗き見た。
かおんもひみこも、あんなにおいたをしたはずの女神のことを、なぜか敬愛すべき主人のように扱っていたのだった。
「自分の身代わりがこんなにいるなんて知ったら。なんだか、この人生が恐ろしくなくなりました。どの世界にいっても、私の代わりがいて姫子を救ってくれる、愛してくれるはず。だったら、私は私の時代の生き方で、姫子を好きになり、姫子とともに生きればいいんです。無理に神様を封じ込めたりせずに、共存できる道もあるのかもしれない。輪廻転生から外れるのもいいけれど、あえてそれに乗っかるのも悪いことではないのかもしれませんね」
来栖守姉妹が立ち上がって、丁重にお辞儀をした。
双子のように揃っていて、息ぴったりだった。生まれながらに一緒に暮らしているからこその、呼吸の間合いなのだろう。遺伝子で結ばれる絆には、愛憎を超えた何かがある。彼女たちもまた、私たちとは異なった新しい私たちの歩みなのだ。
かおんは簀巻きにした女神を俵のごとく肩に抱え、その横にはひみこが寄り添っている。
ひみこが一枚残っていたスケッチブックの紙を差し出してきた。姫子と千歌音とが巫女服すがたで、抱擁し見つめあっている一枚絵だった。どこかで見かけたことがある。とても懐かしい、そして、よく知っているはずのふたりの姿だった。
「これをわたしと千歌音ちゃんに? ありがとう、ひみこちゃん。かおんちゃんもわたしを助けてくれてありがとうね」
「いいえ、どういたしまして。貴女はおいしそうだけど、マナをいただいても、そちらの千歌音が困るから遠慮させてもらったわ。なんだか、私の主に似ているもの」
このかおんの主とやらも、誇り高い人間なのだろう。
ふたりの黒髪美少女は、激闘を交わした末に友情を育んだ間柄のような、穏やかな笑みを贈りあっている。
千歌音の顔に安堵の表情が浮かんだのは、間違いない。けっきょく、姫子の唇は守られたのだ。
姫子がうつらうつらしはじめた。なんだか意識が揺らいでくる。
千歌音もあくびを噛み殺したくなり、我慢できずにとうとう前にがっくりと倒れて…。後に残ったのは、誰かのこんな言葉だけだった。
「そろそろ効果が現れたみたいですね。次にお目覚めのときは、もう姫宮さんには、貴女だけしかいない。来栖川さんにも、貴女だけしかいない。次の時代に貴女がたがどんな形で、いかなる姿で出逢ったとしても、きっと同じ答えに辿り着くはず。だから、お互いをずっと信じていてね」
十月のとある日の夜更け──。
姫宮邸の客室には、ふたりの少女だけ。姫宮千歌音と来栖川姫子は、たがいに手を握ったまま眠りに落ちていた。姫宮邸には不思議な部屋がある。そして、ふたりには運命と名づけられた、極上の秘密の時間がある。誰も知らない奇蹟は稀に、そこで生ずるのかもしれない──。
【目次】神無月の巫女×姫神の巫女二次創作小説「召しませ、絶愛!」