陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

学び直しの意義とは自己修養のみにあらず

2023-02-02 | 教育・資格・学問・子ども

最近、日経新聞でやビジネス雑誌やらでやたら目にするようになった「リスキング」
生涯現役で働き続けられるように、社会人が資格取得に励んだり、スクール通いすることを奨励するという。岸田首相が育休産休中の労働者も、その間に学び直しに努めようと発言して、反論異論大わらわだったらしい。復職後のキャリアダウンを心配しないようにとの意味あいだったらしいが、「育児や出産自体が仕事で休んでいるわけではないのに」と非難轟々。

私自身は行政書士含めた士業資格や、日商簿記2級を取得し、さらに個人事業上の経理経験もあって、正社員復帰ができた人間であるので、学び直しの必要性は否定しない。

よく、あの資格は駄目だとか、その年齢からでは遅いとか、そういった後ろ向きなことは言われる。
そのあたりは個人がどう生きたいかによるので、一概には言えまい。私も行政書士なんて取っても開業費用かなりかかるよと厭味を言われたものだ。大学院で専攻した分野を就職に活かせなかったね、とも嘆かれた。外大を出たのに英語を活かした仕事に就けず、うさんくさいイラストレーターなんぞを名乗る人間にだ。だが、それなりの収入がある今は誰もそんなお小言を言われない。専業主婦だったが資格取得して開業し、配偶者よりも稼ぎが多くなったケースだってある。人生何が起きるか分からない。

しかし、自分が勉強しないにもかかわらず、我が子のお受験には必死な親御さんを見ていると。
べつだん、資格なり、進学なりでなくともいいが、人間は何歳になっても、「なにかを学ぶとろうとする意欲」は持ち続ける必要があるだろう。大人がリビング横でスマホを眺めているのに、お子様が学習に向かうはずがない。

だが、その一方で。
これは資格取得者や留学経験者に多分にありがちなのだが。学んでいます、頑張っています、というその態度によって、自分が何者かであろうと誇示する人が少なからずいることだ。いまの担当業務が冴えなくとも、弁護士やら税理士やらの勉強をしていれば、自分は偉いものだと自負している。学位取得のない、ワーキングホリデーやら一年ぐらいの語学学校通学で社会人留学しかり。職歴における実績が伴っていなければ、人事評価はされない。難関資格はとくに、数年にわたって資格浪人を続けてしまうと就業機会を失ってしまう。派遣のように勤務時間を選べる働き方は、中高年では紹介が少なくなるからだ。

私はかつて個人事業上の傍ら、派遣仕事で知り合った仲間に、士業資格持ちを打ち明けたことがある。
そうすると、高卒なのに、医学部受験をめざしてるだの、金融投資のセミナー講師をしていて、あれこれのIT資格があって、だの、そんなうさんくさいことをアピールする人がいた。では、そのひとの職歴はといえば…軽作業がほとんど。

教育の本当の意義とは、学んで身に着けたことを自分だけの箔付けにせずに、社会で働いてお返しすることである。高給取りで知名度のある仕事をして、世の中を見返してやるためではない。

我が子数人を東大に進学させたお受験ママが話題のひとだが、その娘はなんと専業主婦希望を豪語しているらしい。東大生になったことをだけを売りに本を出したり、クイズタレントになったり、うさんくさいライターになった人もいる。けれども、それは学歴の正しい使い方なのだろうか? そんな程度の働きぶりしかできないのならば、学歴なんぞ誇らないほうがマシだ。この教育ママは、子どもにカップ麺を食べさせていたとか、受験で忙しい時は部屋が片付いていないとか本で書いていたが、自分の母親がこんな教育虐待親でなくてよかったと思う。子どもの学歴や出世をネタにして、才能のない親が自分を売り出すことが傍から見たらどれほどあさましいか、考えてほしい。この本に釣られて、我が子によからぬ夢をみてしまう親が昨今多すぎるのではなかろうか。

私はここ数年、社労士やら日商簿記1級やらのテキストを買っては受験できない日々が続いていた。
個人事業兼業会社員では時間の捻出がかなり厳しいからだ。資格で学ぶことはすべて実務で必要とは限らない。社会保険手続きで必要な知識は総務責任者ならば社会保険委員会に加入していれば冊子が送られて学習できようし、そもそもそのときどきでないと活かせない行政手続きや法制度はいくらでもあるのだ。

そして、いまの職場で、自分は大学院出ですとか、かれこれの資格持ちですなどと、口が裂けても私は自分からピールしたりはしない。長年そこで働く大先輩からしたら、特殊な法知識や経理経験があっても、私は新米社員。キャリアの長い大ベテラン労働者の実直な姿勢から学ぶことはいくらでもあるのだ。だから、私は今の勤め先が楽しくて仕方がないのである。

ところで、政府がやたらとリスキングを煽ったり、経済界がうるさいのは。
私立大学やら教育業界やらが経営難で社会人呼び込みを計っているだけなのだろうかと思う。リスキングをして高度な職業に就こうとけしかけるのはいいが、農林水産業や介護、医療、保育などの、かならずしも高度な資格が不要な職種が必要でなくなるわけではない。誰もが高度なホワイトカラーの仕事に就いたら、誰が生活回りのものをつくってくれるのだろうか? むしろ、そうした労働こそ尊ばれなければならないのに。

大企業社員や公務員は数年ごとで部署移動があるため常にブラッシュアップが必要だろうが。
中小企業の社員はほとんど専任業務が固定しており、かつそれに加え、複数のかけもち業務を担当しているので、学ぶ時間などあるかというのが実情であろう。人手不足で賃金も低い、なのに業務量は過多。そんな働き方をまず改革しない限りは効率化も、仕事能力の開発もあったものではないと思うのだが。政府のお偉方には、お勉強もせず、あくせく目の前の仕事をこなすだけで日々生きている労働者がお馬鹿さんに見えるのだろうか? 

学校の成績こそよかったが、生活上のしつけがまったくなっていない、部屋も散らかり放題、家庭内で暴言を吐く、そんなエリート家庭をみるにつけ、私は日本の教育熱はどこか間違っていると思わざるを得ない。英語を学ぶ前に、日本語で相手の感情を傷つけないもの言いや振舞いを学ばせるべきではないのだろうか?



( 2023/01/29)







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